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第七話 支える力


 無数の氷槍が空を埋めていた。


 戦場上空で激突した氷槍群が砕け散り、白い霧と氷片が降り注ぐ。その中心に立っているのはシエルだった。


 蒼氷色の魔法陣が幾重にも重なり、迎撃、制圧、追撃――三つの術式が同時に組み上がっている。


 観客席は静まり返っていた。誰も声を出せず、目の前で起きていることを理解できない。


 術式は複雑すぎるうえ、構築速度も尋常ではない。普通なら途中で崩れるはずなのに、それでもシエルは成立させていた。


 シエルは静かに戦場を見つめる。


 理想の術式は成立している。


 それだけで十分だった。



 観客席上段。


 黒外套の男は、静かに戦場を見ていた。


 いや、見ていたのはシエルではない。


 ルークだった。


 灰銀色の魔力がシエルの術式へ流れ込んでいる。拒絶はなく、術式の流れも乱れていない。


 本来なら異物であるはずの灰銀色の魔力が、まるで最初からそこにあったように、シエルの術式を支えている。


「……興味深い」


 小さな呟きが漏れた。


 術式ではない。


 あの共鳴。


 あの灰銀色の魔力。


 男は無意識に目を細めた。



 フィアは戦場を見ていた。


 シエルの迎撃、カレンの牽制、ルークの共鳴。その全てが成功している。


 だが、崩れない。


 Sクラスが。


「……うそ」


 思わず声が漏れた。


 普通なら流れが変わり、押し込めるはずだった。なのに、Sクラスはまだ戦線を維持している。


 レイド、アルク、セレス、そしてベイル。


 誰一人として崩れていない。


 フィアは息を呑んだ。


 危険だ。


 このままでは押し返される。


『一旦下がります!』


 《翠銀風域》を通して、フィアの声が届く。


 Uクラスは即座に後退したが、その間もベイルだけは静かに前へ進んでいた。



 ベイルは止まらない。


 大盾を構えたまま、一歩、また一歩と前へ出る。その後ろでレイドが動き、アルクが動き、セレスが位置を変えた。


 陣形が変わっていく。


 ベイルを中心に、Sクラス全体が動き始めていた。


 その時だった。


 岩鉄色の魔力が、ベイルの足元から地面へ広がる。静かに、だが確実に。


 シエルの表情が変わった。


「来る」


 蒼い瞳が細くなる。


「術式が、大きい」


 地面が震え始めた。


 それでもベイルは止まらない。大盾を構えたまま前へ出る。その口が、僅かに動いていた。


 風がその声を拾う。


 詠唱。


 フィアが眉を寄せた。


「……詠唱?」


 小さいが、確かに届いた。


 カレンが槍を振ると、緋紅色の炎が燃え上がり、《紅穿》が一直線に飛ぶ。


 だが、ベイルは止まらない。


 大盾が前へ出る。


 轟音。


 炎が弾けた。


 それでもベイルは歩き続ける。地面を伝う魔力は、さらに膨れ上がっていった。


 ルークも気付いた。


 何かを組んでいる。


 しかも、かなり大きい。


 そして、ベイルが足を止めた。


「――岩柱群」


 次の瞬間、轟音と共に地面が隆起した。


 巨大な岩柱が次々と突き上がり、中央広場の戦場内を埋め尽くしていく。退路を塞ぎ、視界を遮り、さらにそのうちの数本が進路を塞ぐように傾いて、Uクラスへ迫った。


 観客席が騒然となる。


「でかっ!」


「なんだあれ!?」


「広場全部だぞ!」


 フィアの声が響いた。


『来ます!!』


 ルークは迷わなかった。


 前へ出る。


 シエルの前へ。


 フィアの前へ。


 カレンの前へ。


 全員を庇う位置へ。


 灰銀色の魔力が地面を走り、次の瞬間、障壁が地面から突き上がる。


 さらに。


 性質転換。


 弾性。


《弾性障壁》。


 巨大岩柱が激突した。


 轟音。


 灰銀色の障壁が大きく沈み、押し潰されるように歪む。その光景を見た観客達は、耐えられない、砕ける、と確信した。


 だが、ルークは目を逸らさない。


(耐えろ……いや、違う)


 受けるな。


 返せ。


 次の瞬間、沈み込んだ障壁がしなった。


 圧縮されていた衝撃が横へ逃げ、岩柱の軌道が逸れて弾き飛ばされる。


 轟音が響き、石片が舞った。


 成功した。


 初めて実戦で。


 ルークの口元が僅かに上がる。


 観客席が息を呑んだ。


「は?」


「なんだ今の」


「なんで壊れねぇんだ」


 教師達も驚いていた。


 ミレイアだけが笑う。


「やっと使ったわね」


 ベイルの目が細くなる。


 理解できない。


 障壁で受けたのではない。


 流した。


 逸らした。


 予想外だった。


 改めて、ルークの異常性を実感する。



 全員の視線がルークへ向いた。


 観客も、教師も、ベイルも。


 だが、カレンだけは違った。


 見ているのはレイド。岩柱へ向けられた視線が、一瞬の隙を生んでいる。


 それで十分だった。


 カレンの前にも岩柱は迫っていた。正面からまともに当たれば、それで終わる。


 だが、カレンは迷わない。


(ルークがいる。だから、前へ出られる)


 だから踏み込める。


 灰銀色の障壁が地面から突き上がり、カレンの進路へ割り込む。弾き、流し、軌道を逸らす。


 ほんの一瞬、カレンの前に道が開いた。


 その隙間を、カレンは駆け抜ける。


「なっ――」


 近い。


 好機。


 この瞬間のために完成させた、とっておきだ。


 届かせる。


 緋紅色の炎が、槍の後端――石突へ集まっていく。推進力へ変えるために。


 そして、爆ぜた。


「《緋槍突》!」


 轟音。


 緋紅色の炎が、カレンを一直線に押し出した。


 槍がレイドの結界へ直撃する。


「ぐっ!?」


 結界が軋む。


 いや、削られている。


 目に見えて。


 レイドの表情が変わった。


 さらに、槍先は止まらない。結界を削りながら前へ進む。


 このまま受ければ、抜かれる。


「っ!」


 レイドは強引に後方へ跳び、距離を取り、結界を維持しながら魔力を立て直す。


 即戦闘不能ではない。


 だが、前線維持は困難だった。


 観客席がどよめく。


「下がった!?」


「レイドが!?」


「押されたのか!?」


 アルクが目を見開き、セレスも言葉を失っていた。


 ベイルもまた、黙って戦場を見ていた。



 フィアは《翠銀風域》を維持していた。


 風が情報を運ぶ。


 位置、速度、魔力。


 必要なものだけが、鮮明に見える。


 レイド後退。アルク足止め中。セレス牽制中。そして、ベイルだけが前へ出ている。


「……あ」


 声が漏れた。


 見えた。


 ほんの一瞬、戦場の流れが繋がる。


 今まで見えなかったものが見えた。


 レイド、アルク、セレス、ベイル。


 四人で完成していた連携。


 だが、今は違う。


 レイドが下がったことで、噛み合っていた歯車が僅かにずれた。


 風が通る。


 一本の道筋のように。


 勝つための形が見えた。


(見えた。ここなら、通せる)


 フィアの瞳が見開かれる。


『みなさん』


 《翠銀風域》を通して、フィアの声が響いた。


 その声は、もう迷っていなかった。


『勝機、あります』

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