第四話 残された灯
翌朝、窓の外から鳥の鳴き声が聞こえていた。
ルークはゆっくりと目を開ける。昨日より少しだけ身体が軽く、胸の奥に残っていた痛みも、ほんの少し弱くなっていた。
部屋を出ると、クロウが旅用の鞄に荷物を詰めていた。机の上には、報告用らしい書類が置かれている。
「お、起きたか」
クロウが振り返る。
ミレイアも外套を羽織りながら、こちらを見た。
「体調は?」
「……だいじょぶ」
「無理はしないでね」
ミレイアは優しく言う。その横で、ガルドは腕を組んだまま黙っていた。
「今日、アルスレイアまで行ってくる」
クロウが言った。
「昨日の件、本部にも直接報告だ」
ルークは小さく頷く。
アルスレイア。
聞いたことがある。王都。レグナリア王国で一番大きな街。
「旦那は?」
「俺は残る」
短い返事に、クロウは苦笑した。
「まぁ、そう言うと思ったけどな」
ミレイアも小さく笑う。
「ガルド、昔から放っておけないものには弱いものね」
「うるせぇ」
けれど、否定はしなかった。
クロウは肩へ荷物を担ぐ。
「報告が終わったら、俺はそのままセフィリアに戻る予定だ」
「ギルドの仕事?」
「まぁな。まだ食っていかなきゃならねぇし」
クロウが軽く笑う。
ミレイアも外套を整えながら口を開いた。
「私もセフィリアに用事があるの」
ルークには、まだよく分からなかった。けれど、二人がこれから別々の場所へ行くことだけは分かった。
「……これで、ほんとに解散なんだな」
クロウがぽつりと呟く。
部屋が、少しだけ静かになった。
ベテラン魔法士パーティー、『夜明の灯』。
あの夜、ルークが憧れた、信頼し合う仲間達。その空気が、ほんの少し変わった気がした。
「まぁ、元々その予定だったしな」
クロウが軽く笑う。
「旦那は隠居生活。俺はいつも通り働く」
「隠居はまだ早いわよ」
「うるせぇ」
ガルドが顔をしかめる。
ミレイアは、少しだけ寂しそうに笑った。
「……でも、長かったわね」
「だな」
クロウが頷く。その横顔は、いつもより少しだけ静かに見えた。
ルークは三人を見る。
別れるのに、誰も泣いたりしない。けれど、ちゃんと大事に思っているのが分かった。
「んじゃ、行ってくるわ」
クロウが手を振る。
「また来るから、死ぬなよガキ」
ミレイアもルークの前へしゃがみ込んだ。
「ちゃんと休むのよ?」
優しく頭を撫でられ、ルークは小さく頷いた。
やがて、二人は家を出ていった。
◇
扉が閉まる。
家の中が静かになる。
「……」
「……」
残ったのは、ルークとガルドだけだった。
しばらく沈黙が続く。気まずい。けれど、不思議と嫌ではなかった。
先に動いたのはガルドだった。
「寝とけ」
「……え」
「まだ顔色悪ぃ」
ぶっきらぼうに言いながら、水の入ったコップを置く。
「無理すんな」
それだけ言って、ガルドは部屋を出ていった。
◇
その日からしばらくの間、ルークは安静に過ごすことになった。
朝起きると、机には水と薬が置かれている。昼になれば、ガルドが買い物から戻り、黙って食事を置いていく。夜、胸を押さえて苦しめば、何も言わずに水を持ってきた。
相変わらず料理は酷かった。
スープはしょっぱく、焦げたパンは苦い。それでもルークが残さず食べると、ガルドは少しだけ機嫌が良さそうだった。
少しずつ。
本当に少しずつ、ルークの身体は回復していった。
胸の痛みは減り、歩くことも出来るようになった。泣く回数も減って、笑うことも少しだけ増えた。
◇
ある日の朝。
庭で洗濯物を干していたガルドが、ふとルークを見る。
「……だいぶ動けるな」
ルークは小さく頷いた。
「うん」
ガルドは少し考えるように黙ったあと、木剣を一本放って寄越した。
「表出ろ」
「……?」
「身体動かせるか見る」
庭へ出ると、朝の空気が冷たかった。ルークはぎこちなく木剣を握る。
「構えろ」
「えっ」
「ほら」
ぶっきらぼうだった。けれど、どこか気を遣っているのも分かった。
ルークは言われるまま、ぎこちなく木剣を構える。
次の瞬間、ガルドの木剣が飛んできた。
「うわっ!?」
慌てて受ける。衝撃で手が痺れた。
「受けるな」
ガルドが言う。
「逸らせ」
もう一撃。
今度は横へ流す。完全には出来ない。それでも、さっきより衝撃は軽かった。
「……あ」
「止める時も同じだ」
ガルドが木剣を下ろす。
「真正面から受けんな」
それが、ルークとガルドの日常の始まりだった。




