第三話 リーベルでの目覚め
目を覚ました時、最初に見えたのは木の天井だった。
「……ぁ……」
身体が重い。胸の奥にも、まだ鈍い痛みが残っている。けれど、あの時のような激痛ではなかった。
ぼんやりと視線を動かすと、小さな部屋が見えた。木の机。積まれた荷物。まだ生活感の薄い室内。どこを見ても、ルークには覚えのない場所だった。
窓の外は暗い。けれど部屋の灯りは点いていて、ガルドが椅子に座ったままこちらを見ていた。
「……丸二日くらい寝てたぞ」
低い声に、ルークの肩がびくりと跳ねる。
「っ……!」
慌てて身体を起こそうとした瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。
「いっ……!」
「無理すんな」
ガルドが立ち上がる。
ルークは息を荒くしながら、もう一度周囲を見回した。
「……ここ……」
「リーベルだ」
「りーべる……?」
「フェルノ村から、一日かけて運んだんだぞ」
その言葉で、ルークの動きが止まった。
フェルノ村。父さん。光。悲鳴。
「――父さん!」
反射みたいに声が出た。
ガルドは少しだけ目を伏せる。その反応だけで、全部分かってしまった。
「ぁ……」
息が詰まり、頭の中が真っ白になる。
「……母さん、は……?」
ガルドは答えなかった。ただ黙ったまま、ルークの前に立っている。
それが答えだった。
「――っ……!」
涙が溢れた。
胸が苦しい。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「ぅ……っ……ぁ……」
子供みたいに泣いた。
いや、ルークはまだ子供だった。
ガルドは何も言わなかった。慰めもしない。ただ、ルークが泣き終わるまで、そこにいた。
どれくらい経ったのか。涙が少し落ち着いた頃、ガルドが立ち上がった。
「……腹減ってるか」
ルークは答えない。
ガルドは気にした様子もなく部屋を出ていき、しばらくして戻ってきた。その手には、湯気の立つスープと、少し焦げたパンがある。
テーブルに皿を置く。
「食え」
ルークはぼんやりとそれを見た。
「……いらない……」
「そうか」
ガルドは普通に椅子へ座ると、そのまま自分で食べ始めた。
「……え」
「食わねぇなら俺が食う」
スープを飲む。
「……しょっぱ」
続いてパンを齧る。
「……苦ぇ」
普通に失敗していた。
◇
その時、部屋の扉が開いた。
「うわ、旦那また作ったのか」
入ってきたのはクロウだった。その後ろから、ミレイアも姿を見せる。
「……だから台所焦げ臭かったのね」
「うるせぇ」
ガルドは無言でスープを流し込む。
クロウは呆れたように肩を竦めた。
「だから前から言ってるだろ。旦那は剣だけ振ってろって」
「黙って食え」
「俺は絶対食わねぇ」
ミレイアが小さくため息を吐く。
「本当に、どうして毎回作ろうとするのかしら……」
そのやり取りは、少しだけ変だった。さっきまで泣いていたのに、ほんの少しだけ胸の苦しさが軽くなった気がした。
「……食うか?」
ガルドがもう一度聞いた。
ルークはしばらく黙っていた。けれど、ゆっくり小さく頷く。
「……うん」
ガルドは無言で皿を差し出した。
ルークはスープを口へ運ぶ。
「……しょっぱい……」
「だろ?」
ガルドが真顔で頷く。
クロウが吹き出した。
「だから言ったじゃねぇか!」
ルークは呆然と二人を見る。それから、少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
その表情を見て、ミレイアがそっと目を細める。
食事が落ち着いた頃、クロウが椅子へ深く座り直した。
◇
「……で、何があった?」
部屋の空気が少し変わる。
ルークの肩が小さく震えた。ガルドは黙ったまま待っている。ミレイアも、急かすようなことはしない。
ルークは俯きながら、途切れ途切れに話し始めた。
父さんと狩りへ行っていたこと。村へ戻った直後、突然光が溢れたこと。みんなが倒れていったこと。父さんに投げ飛ばされたこと。
そして、身体へ何かが流れ込んできたこと。
全部を話し終える頃には、また少し息が乱れていた。
クロウが頭を掻く。
「……意味分かんねぇな」
「でも、村の人達から魔力が抜けていたのは確かよ」
ミレイアが静かに言う。
「リーベルのギルド支部には、昨日のうちに報告してきたわ」
クロウが頷く。
「まぁ、今の話も追加で伝えねぇとな」
「明日の朝、アルスレイアまで行きましょう」
ガルドが小さく眉を寄せる。
「本部か」
「さすがに今回の件は、支部だけじゃ抱えきれないわ」
ルークは俯いたまま、その話を聞いていた。
村が、もう無い。頭では分かっている。けれど、まだ現実感がなかった。
しばらく沈黙が続く。
やがて、クロウが視線をルークへ向けた。いつもの軽さを少しだけ抑えた声だった。
「……で、このガキ、どうする?」
ミレイアもガルドを見る。
ガルドは少し黙っていた。
まだ生活感の薄い部屋。ここは元々、ガルドが引退後に一人で暮らすつもりで用意していた家だった。本来なら、一人で静かに暮らすための場所だ。
ガルドはルークを見る。泣き腫らした赤い目。小さな身体。まだ震えている手。
しばらくして、ガルドは短く息を吐いた。
「……俺が見る」
クロウが小さく笑う。
「だと思った」
ミレイアも、どこか安心したように目を細めた。
ルークはまだ、何も分からないままだった。
けれど、あの夜、全部失ったはずなのに。
少しだけここにいてもいいのかもしれないと思えた。




