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第一話  新たな試練


 共通授業と午後の訓練を終えた後。


 ルーク達はミレイアに呼び出され、Uクラスの教室へ集まっていた。


「なんで呼ばれたんだろ」


 ルークが首を傾げる。


 放課後に全員集合。


 しかもミレイアから直接の呼び出しだ。


 心当たりはない。


「追加課題とか……?」


 フィアが不安そうに呟く。


「あり得る」


 シエルが即答した。


「やめてください……」


 フィアの顔がさらに曇る。


 ルークは思わず苦笑した。


 一方。


 カレンは窓際の席に腰掛けたまま外を眺めている。


「どうせ訓練でしょ」


 その時だった。


 ガラリ。


 教室の扉が開く。


「全員いるわね」


 ミレイアだった。


 教卓の前まで歩く。


 いつも通りの落ち着いた表情。


 だが今日はどこか教師らしい真面目な空気を纏っていた。


 ルーク達も自然と姿勢を正す。


「今日は一つ報告があるわ」


 教室が静かになる。


 ミレイアは四人を見回した。


 そして。


「三週間後、学園主催の模擬戦へ参加してもらうことになったわ」


 一瞬。


 教室が止まった。


「……は?」


 最初に声を上げたのはカレンだった。


「模擬戦?」


「そう」


 ミレイアは平然と頷く。


 ルークも驚いていた。


 そんな話は初耳だ。


「私達がですか?」


 フィアがおそるおそる尋ねる。


「もちろん」


「Uクラス四人で出てもらうわ」


 パーティー戦。


 その言葉だけで空気が少し変わる。


 ルーク達が初めて挑む正式な対外戦だった。


「面白そう」


 カレンは早くも笑っていた。


「まだ説明は終わってないわよ」


 ミレイアが呆れたように言う。


「日程は三週間後」


「場所は第一模擬戦場」


「勝利条件は相手パーティーの戦闘不能判定、もしくは降参」


「安全管理は学園側で行うから、その辺りは心配しなくていいわ」


 そこまで説明して。


 ミレイアは少しだけ表情を引き締めた。


「それと――」


「今回の模擬戦は対人戦形式よ」


 ルークは思わず姿勢を正した。


 魔物ではない。


 人間相手。


 その一言だけで、今までの訓練とは違う重みが生まれる。


 教室の空気が静かに変わった。


 対人戦。


 その言葉が教室に残る。


 ルーク達も自然と表情を引き締めていた。


 魔物相手の訓練なら分かる。


 だが、人間相手となると話は別だ。


 ミレイアは教卓へ軽く腰を預けた。


「まず勘違いしないでほしいんだけど」


「対人戦訓練は、人を傷付けるための訓練じゃないわ」


 四人が黙って耳を傾ける。


「卒業後、魔法士として活動するなら、人間相手の戦いを知っておく必要があるの」


 そう言ってミレイアは指を一本立てた。


「魔物は基本的に本能で動く」


「もちろん例外もいるわ。知能の高い魔物もいるし、厄介な能力を持つ個体もいる」


「でも根本的には違う」


 二本目の指が立つ。


「人間は考える」


 静かな声だった。


 だが、その一言には重みがあった。


「誘導する」


「罠を張る」


「陽動する」


「仲間と連携する」


「相手の思考を読む」


「時には撤退するし、時には隙を見せて相手を誘うこともする」


 ルークは自然と頷いていた。


 確かに魔物との戦いとは違う。


 相手も考え、判断し、駆け引きを行う。


 だから厄介だ。


「魔法士の仕事は魔物退治だけじゃない」


 ミレイアは続ける。


「犯罪者の捕縛」


「護衛任務」


「違法組織の制圧」


「そういう依頼も普通にあるわ」


 そこでカレンが口を開いた。


「違法組織って?」


「犯罪ギルドよ」


 ミレイアはあっさり答えた。


「王国中に存在する非合法組織の総称」


「山賊」


「密輸組織」


「誘拐犯」


「違法魔道具の売買」


「違法魔法士」


「色々いるわ」


 フィアが少しだけ不安そうな顔になる。


 ルークも名前くらいは聞いたことがあった。


 だが実際に関わったことはない。


「もっとも」


 ミレイアは肩を竦めた。


「レグナリア王国はかなり治安が良い方よ」


 その言葉にルークは少し安心する。


「アルトリウス・レグナリア陛下の治世になってからは特にね」


 アルトリウス。


 王国民なら誰でも知る名前だった。


 善王。


 民の生活を重視する名君。


 そんな評判をよく耳にする。


「昔に比べれば山賊も減った」


「密輸も減った」


「誘拐事件も減った」


「違法魔法士も減った」


「今の王国は平和よ」


 そこでミレイアは少しだけ表情を曇らせた。


「……とはいえ」


 教室が静かになる。


「犯罪そのものが無くなった訳じゃない」


「犯罪ギルドは今も存在している」


 その声は先程より少し低かった。


「魔法士になれなかった者」


「稼げなかった者」


「流れ者」


「元傭兵」


「色々な人間が集まる」


「だから卒業後に戦う可能性は十分あるわ」


 ルークは無意識に拳を握る。


 魔法士。


 それはただ魔物と戦う職業ではない。


 人と戦うこともある。


 改めて実感した。


 そして。


 ミレイアは何気ない口調で付け加える。


「むしろ最近は少し妙な事件も増えているわね」


 ルークは顔を上げた。


 だが。


 ミレイアはそれ以上何も説明しなかった。


「まあ、その話は今はいいわ」


 あっさりと話題が切り替わる。


 ただ。


 ほんの少しだけ。


 胸の奥に引っ掛かりが残った。


 教室の空気が少し緩む。


 犯罪ギルドの話は気になる。


 だが今すぐ自分達が関わる話ではない。


 ミレイアもそれ以上は触れなかった。


 すると。


 カレンが腕を組んだまま口を開いた。


「つまり」


「人間相手に戦う練習ってことでしょ?」


「まあ、簡単に言えばそうね」


 ミレイアが頷く。


 カレンは不敵に笑った。


「別に悪くないじゃない」


「むしろ面白そう」


 予想通りの反応だった。


 ルークは苦笑する。


「お前絶対そう言うと思った」


「何よ」


「強い相手と戦えるんでしょ?」


「だったら面白いじゃない」


 まるで隠そうともしない。


 カレンらしかった。


 一方。


 シエルは別の方向へ興味が向いていた。


「対人戦……」


 小さく呟く。


「術式が見られる」


「ん?」


 ルークが振り返る。


「人間相手なら」


「術式構築も見える」


「発動前も見える」


「見たい」


「研究者みたいなこと言ってるな」


 ルークが呆れる。


 だがシエルは真面目だった。


 おそらく本当に興味があるのだろう。


「人間ごとに術式が違う」


「構築も違う」


「興味ある」


「そう……」


 ルークはそれ以上何も言えなかった。


 隣ではフィアが少し困った顔をしている。


「私はちょっと不安かも……」


 小さな声だった。


「相手も考えて動くんですよね……?」


「そうなるな」


 ルークが頷く。


「うぅ……」


 フィアの肩が少し下がった。


「私、人の考えてること読むの苦手で……」


「いや」


 カレンが即座に突っ込む。


「一番向いてるでしょ」


「え?」


「戦場全体見てるのあんたじゃない」


 フィアが目をぱちぱちさせる。


「でも私……」


「自信ないだけでしょ」


 カレンはあっさり言った。


 フィアは言葉に詰まる。


 その様子を見ていたルークは少しだけ笑った。


 確かにそうかもしれない。


 フィアはまだ自覚していないだけだ。


 戦闘中、一番周囲を見ているのは彼女だった。


「まあ」


 ルークは肩を竦める。


「本番まで三週間あるんだ」


「今から考えればいいだろ」


 フィアは少しだけ表情を緩めた。


「……そうですね」


 その時。


 教室の扉がノックされた。


 コンコン。


 五人の視線が一斉に入口へ向く。


 ミレイアだけが。


 ほんの少しだけ嫌そうな顔をした。


「失礼するよ」


 返事を待たず。


 教室の扉が開いた。


 入ってきたのは一人の男性教師だった。


 年齢は四十代半ばほど。


 整えられた髪。


 隙のない制服姿。


 そして何より。


 自信に満ちた笑みが印象的だった。


 ルークに面識はなかったが、魔法士学科の副主任として名前と顔くらいは知っていた。


「レオルド」


 歓迎する気など欠片も感じられない声だった。


「何か用かしら」


「つれないな」


 レオルドは肩を竦める。


「同じ教師同士だろう?」


「用件だけ言いなさい」


「相変わらずだな」


 口調こそ穏やかだった。


 だが。


  二人の間に流れる空気は明らかに普通ではない。


 カレンもそれを感じ取ったらしい。


 面白そうな顔で二人を見比べている。


 一方でフィアは少し居心地悪そうだった。


 レオルドは教室を見回す。


 そして。


 初めてルーク達へ視線を向けた。


「なるほど」


「君達が例のUクラスか」


 その言葉にルークは僅かに眉を動かす。


 例の。


 あまり良い意味には聞こえなかった。


「実に興味深い」


 レオルドは笑う。


「既存の評価では測れない才能達」


「未完成な才能達」


 未完成。


 その言葉にカレンの眉がぴくりと動いた。


 だが何も言わない。


 レオルドは続ける。


「私は以前から気になっていたんだ」


「ミレイアが何を期待しているのか」


 ミレイアは腕を組む。


「それで?」


「別に」


 レオルドは楽しそうだった。


「今回の模擬戦を楽しみにしていると言いたかっただけだよ」


 そして。


 口元を僅かに吊り上げる。


「未完成な才能達が」


「どこまで通用するのか」


 その視線がルーク達へ向けられる。


 挑発。


 穏やかな笑みの奥に、それが透けて見えた。


 試されている。


 そんな感覚だった。


 教室の空気が少しだけ張り詰めた。


 張り詰めた空気の中。


 レオルドは楽しそうに笑っていた。


「もっとも」


 わざとらしく肩を竦める。


「君達の相手は簡単ではないがね」


 ルークは視線を向ける。


 ミレイアは黙ったままだ。


 止める気はないらしい。


「今回の模擬戦」


「君達の相手を務めるのは――」


 そこでレオルドは少し間を置いた。


「私の指導するパーティーだ」


 どこか誇らしげな口調だった。


「完成された個が」


「完成された連携を行う」


「実に美しいパーティーだよ」


 ミレイアの眉が僅かに動く。


 だが口は挟まない。


 レオルドはそのまま続けた。


「私は彼らをSクラスと呼んでいる」


 Sクラス。


 聞いたことのない名称だった。


 少なくとも学園の正式なクラス名ではない。


 レオルドは満足そうに頷く。


「君達も模擬戦までに覚えておくといい」


「もっとも」


 再び笑う。


「試合が始まれば嫌でも忘れられなくなるだろうがね」


 最後まで芝居がかった口調だった。


 そして。


「では失礼するよ」


 踵を返す。


 そのまま教室を後にした。


 扉が閉まる。


 静寂。


 数秒。


 誰も口を開かなかった。


「……Sクラス?」


 最初に声を出したのはカレンだった。


 眉をひそめている。


「聞いたことないんだけど」


「私も」


 シエルが首を傾げる。


「魔法士学科にあるのはUクラスだけのはず」


「ですよね?」


 フィアも困惑していた。


「私も初めて聞きました……」


 ルークは少し考える。


 Sクラス。


 完成されたパーティー。


 レオルドが自信満々に語るほどの相手。


 少なくとも。


 弱い相手ではないのだろう。


 模擬戦までまだ三週間ある。


 だが。


 さっきまで漠然としていた模擬戦が、少しだけ現実味を帯び始めていた。


 沈黙を破ったのはカレンだった。


「面白いじゃない」


 不敵に笑う。


 さっきまで眉をひそめていたのが嘘のようだった。


「完成されたパーティーだろうが何だろうが」


「勝てばいいんでしょ?」


 実にカレンらしい。


 フィアは苦笑した。


「簡単に言いますね……」


「難しく考えたって強くならないわよ」


 カレンは肩を竦める。


「どうせ戦うなら勝つ」


「それだけ」


 単純。


 だが力強い言葉だった。


 フィアも少しだけ緊張が和らいだらしい。


「そうかもしれませんけど……」


 一方。


 シエルは静かだった。


 腕を組み。


 何かを考え込んでいる。


 おそらく対人戦。


 未知の術式。


 Sクラス。


 その辺りを頭の中で整理しているのだろう。


 ルークは窓の外へ目を向けた。


 夕陽に照らされた訓練場が見える。


 今日も多くの生徒が訓練を続けていた。


 完成されたパーティー。


 Sクラス。


 そして。


 自分達。


 まだ未完成な四人。


 だが。


 少しずつ噛み合い始めている四人でもある。


 模擬戦まで。


 あと三週間。


 Uクラスの新たな挑戦が始まろうとしていた。

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