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第二話 Sクラス


 模擬戦まで、あと三週間。


 午後の訓練時間。


 ベイル・グランツは訓練場へ向かいながら、大盾の固定具を締め直した。


 模擬戦。


 相手はUクラス。


 昨日、レオルド先生から聞かされた名前だ。


 正直なところ。


 まだ強敵という印象はない。


 だが。


 少しだけ気になっていた。


 ミレイア先生が集めた四人。


 レオルド先生がわざわざ意識している相手。


 本当にただの未完成なのだろうか。


 訓練場へ出る。


 そこには既に仲間達が集まっていた。


 レイド・ヴォルク。


 アルク・フェルディア。


 セレス・アイゼル。


 そして自分。


 周囲の生徒達からは、半ば当然のようにこう呼ばれている。


 Sクラス。


「模擬戦ねぇ」


 雷属性の双剣使い。


 レイドが肩を回しながら笑った。


「相手、例のUクラスだろ?」


「らしいね」


 アルクが気怠そうに答える。


 腰の曲刀へ軽く手を置きながら、訓練場の端へ視線を流していた。


 興味があるのかないのか。


 相変わらず掴みにくい男だ。


「わざわざ相手するほど?」


「そう言うなよ」


 レイドは楽しそうだった。


「ミレイア先生が特別扱いしてる連中だぜ?」


「なら多少は骨があるかもしれないだろ」


「期待しすぎ」


 セレスが短く言う。


 手元の魔法書へ何かを書き込んでいた。


「Uクラス」


「構成員四名」


「情報不足」


「判断材料不足」


 相変わらずだった。


 既に分析を始めているらしい。


 ベイルはそんな仲間達を見ながら思う。


 やはり誰も負けるとは考えていない。


 レイドも。


 アルクも。


 セレスも。


 おそらく自分も。


「始めるぞ」


 ベイルの声と同時に訓練が始まった。


 市街地戦想定フィールド。


 木箱。


 石壁。


 土嚢。


 見張り台。


 本番を意識して作られた訓練区域だ。


 相手は訓練用に雇った使用人達。


 全員が防具と訓練武器を装備している。


 数は六。


 実戦を想定した対人訓練だった。


 次の瞬間。


 レイドが飛び出した。


 雷光。


 一気に前へ出る。


「正面三!」


 レイドが叫ぶ。


 ほぼ同時。


 アルクの姿が横へ流れた。


 風属性による加速。


 曲刀を構えながら側面へ回り込む。


 正面をレイド。


 側面をアルク。


 挟撃。


 使用人達の陣形が崩れる。


「右へ誘導」


 後方。


 セレスの声。


 淡い氷色の魔法陣が浮かぶ。


 氷弾。


 発射。


 命中は狙わない。


 逃げ道を限定する。


 結果として。


 使用人達は右へ動くしかなくなる。


 そして。


 そこにはベイルがいた。


「止まれ」


 大盾を構える。


 退路を塞ぐ。


 使用人の一人が無理に突破しようとした。


 鈍い衝撃。


 盾へ剣が叩き付けられる。


 だが。


 崩れない。


「レイド!」


「おう!」


 即座に反応。


 雷光が走る。


 一人目脱落。


 アルクが背後へ回る。


 二人目脱落。


 セレスが行動を制限する。


 ベイルが逃がさない。


 流れるような連携だった。


 使用人達も弱くはない。


 だが。


 噛み合い方が違う。


 数分後。


 最後の一人が降参を宣言した。


「そこまで!」


 訓練終了。


 勝利。


 いつものことだった。


 少なくとも今は。


 模擬戦で負ける姿は想像できなかった。


 訓練は続く。


 使用人達を入れ替えながら、何度も同じ流れを繰り返す。


 レイドが突破する。


 アルクが揺さぶる。


 セレスが支える。


 ベイルが繋ぐ。


 何度も積み重ねた連携だ。


 だからこそ速い。


 だからこそ迷わない。


 その時だった。


 訓練場の入口へ視線が向く。


 ミレイア。


 そして四人の生徒。


 Uクラス。


 昨日聞いた名前。


 ベイルは自然とそちらを見た。


 特別強そうには見えない。


 まとまりがあるようにも見えない。


 だが。


 なぜだろう。


 少しだけ気になった。


 理由は自分でも分からなかった。



 午後の訓練時間。


 ミレイアに連れられ、ルーク達は訓練場へやって来ていた。


 昨日名前を聞いたばかりの相手。


 Sクラス。


 その実力を見ておけ。


 そう言われたのだ。


「……速いな」


 ルークは思わず呟いた。


 訓練場では四人の生徒が動いている。


 前へ出る双剣使い。


 側面から回り込む曲刀使い。


 後方から援護する魔法士。


 そして全体を支える大盾使い。


 噛み合っていた。


 誰か一人が強いだけではない。


 役割がはっきりしている。


 連携が自然だ。


 迷いも無い。


 ルークの視線は自然とパーティー全体へ向いていた。


 誰がどこにいるのか。


 どう支えているのか。


 どう繋がっているのか。


 そんな部分が気になる。


「レイド・ヴォルク」


「雷属性」


「双剣使い」


「前衛突破役よ」


 ミレイアの説明に合わせてルークは視線を向ける。


 短く整えられた金髪。


 琥珀色の瞳。


 細身だが引き締まった体つき。


 いかにも優秀な生徒という雰囲気だった。


 そして実際に強い。


 誰よりも速く前へ出る。


 迷いなく敵陣へ飛び込む。


 雷光を纏って駆ける姿は、まさに突破役そのものだった。


「アルク・フェルディア」


「風属性」


「曲刀使い」


「奇襲と撹乱担当」


 次に目を向ける。


 灰緑色のやや長い髪。


 整った顔立ち。


 どこか軽薄そうな雰囲気を纏っている。


 だが。


 戦い方は真逆だった。


 気付けば横にいる。


 気付けば背後へ回っている。


 風のように位置を変えながら相手を翻弄する。


 奇襲役。


 その言葉がよく似合う。


「ベイル・グランツ」


「土属性」


「防御と支援担当」


「実質Sクラスの要ね」


 ミレイアがそう付け加えた。


 ルークは思わず納得する。


 大柄な体格。


 短い茶髪。


 優しそうな垂れ目。


 一見すると穏やかな少年だ。


 だが。


 大盾を構えた瞬間の存在感が違う。


 前衛が自由に動けるのは、あの大盾使いがいるからだ。


 味方を支えるために立つ壁。


 そんな印象を受けた。


「セレス・アイゼル」


「氷属性」


「後衛魔法士」


「援護射撃担当」


 最後の一人。


 青髪のロングストレート。


 整った姿勢。


 冷静な表情。


 いかにも優等生といった雰囲気だった。


 後方から魔法陣を展開する。


 氷弾が飛ぶ。


 だが狙いは撃破ではない。


 相手の動きを制限し。


 仲間が戦いやすい状況を作っている。


 戦場全体を見ながら支援しているのが分かった。


 シエルがじっと見ていた。


 いや。


 見ているのはセレス本人ではない。


 術式だ。


 魔法陣。


 魔力の流れ。


 発動速度。


 そういった部分へ意識が向いている。


 フィアもまた違う。


 訓練場全体を見ていた。


 距離。


 配置。


 動線。


 誰がどこを動いているのか。


 そんなものを確認している。


「全員中等部出身」


 ミレイアが続ける。


「全員貴族よ」


 その瞬間だった。


 ルークの隣で。


 カレンの視線だけが僅かに鋭くなった。


 一瞬。


 本当に一瞬だった。


 だがルークは気付いた。


 何かを思い出したような。


 何かを押し込めたような。


 そんな表情だった。


 けれど。


 カレンは何も言わない。


 すぐに視線を訓練場へ戻した。


 その先にいるのは。


 雷属性の双剣使い。


 レイド・ヴォルクだった。


 訓練終了の合図が響く。


 使用人達が武器を下ろした。


 レイドは双剣を肩へ担ぐ。


 アルクは曲刀を鞘へ収める。


 セレスは魔法書を閉じた。


 ベイルも大盾を背負い直す。


 その時だった。


「ん?」


 レイドが訓練場の入口を見る。


 そこにはミレイアとUクラスの四人がいた。


「お前らがUクラスか」


 レイドはそのまま歩いてくる。


 ベイル達も後に続いた。


 近くで見ると、本当に普通の生徒達だった。


 少なくとも見た目では。


 レイドはルーク達を順番に眺める。


「もっと変な連中かと思ってた」


 そして肩を竦めた。


「思ったより普通だな」


 軽い挑発。


 それほど悪意はない。


 だが。


 言われた側からすれば面白くないだろう。


「へぇ」


 カレンの目が細くなる。


「言ってくれるじゃない」


 空気が少しだけ張った。


 レイドは笑う。


 面白がっている。


 ルークは小さくため息を吐いた。


「カレン」


「……分かってるわよ」


 不満そうだったが、それ以上は言わない。


 模擬戦前だ。


 ここで揉める意味はない。


「まあいいや」


 レイドは手を振る。


「模擬戦、楽しみにしてるぜ」


 そう言い残し、踵を返した。


 その時。


「見事だ」


 別の声が割って入る。


 レオルドだった。


 訓練場へ現れた彼は、満足そうにSクラスを見渡す。


「これが完成されたパーティーだ」


 穏やかな口調。


 だが確信に満ちている。


「完成された個が」


「完成された役割を果たす」


「そして完成された連携を行う」


 訓練場の生徒達も耳を傾けていた。


「前衛」


「支援」


「後衛」


「役割分担」


「距離管理」


「判断速度」


「全てが高水準で成立している」


「実に美しい」


 レイドは満足そうだった。


 アルクも特に否定しない。


 セレスは無表情。


 ベイルもまた、その言葉自体は間違っていないと思う。


 少なくとも今のSクラスは高い完成度を誇っている。


「相変わらずね」


 ミレイアが口を開く。


 レオルドが振り返った。


「おや」


「何か間違ったことを言ったかな?」


「別に」


 ミレイアは肩を竦める。


「連携の質が高いのは事実だもの」


 レオルドは満足そうに笑った。


「だろう?」


「だからこそ私は確信している」


「才能は磨かれ」


「完成されてこそ価値がある」


 ミレイアは何も言わない。


 だが。


 ベイルには分かった。


 二人は同じ生徒を見ている。


 なのに。


 見ているものが違う。


 そんな感覚だった。


 やがて解散の時間になる。


 生徒達がそれぞれ帰り始めた。


 ベイルも大盾を背負う。


 その時。


 ふと視線が動いた。


 帰っていくUクラス。


 ルーク。


 カレン。


 シエル。


 フィア。


 まとまりがあるようには見えない。


 少なくとも今のSクラスと比べれば未熟だ。


 だが。


 訓練中から気になっていた。


 ルークは連携を見ていた。


 シエルは術式を見ていた。


 フィアは戦場全体を見ていた。


 普通なら。


 レイドの強さやセレスの魔法に目を奪われるはずだ。


 なのに違った。


 何かを探しているようだった。


 強さではなく。


 別の何かを。


 理由は分からない。


 言葉にもできない。


 それでも。


 妙に引っ掛かる。


 ベイルはしばらくその背中を見ていた。


 そして小さく呟く。


「……変な連中だな」


 その言葉だけを残して。


 ベイルも訓練場を後にした。

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