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第九話 前へ進む者達


 午前の授業が終わる。


 終了の鐘が鳴り。


 教室から生徒達が出ていく。


 ユノも教材を片付けて席を立った。


 高等部校舎の廊下を歩く。


 窓から差し込む昼の光が床へ伸びていた。


 その途中。


 ふと周囲の視線を感じる。


「ユノ先輩だ」


 小さな声。


「やっぱり凄いな」


「光属性だもんな」


 少し離れた場所から聞こえてくる。


 ユノは特に反応しない。


 慣れていた。


 中等部の頃から。


 いや。


 もっと前から似たようなものだった。


 視線。


 憧れ。


 尊敬。


 羨望。


 そういうものを向けられることは珍しくない。


 だから今さら気にならない。


 特に嫌でもなかった。


 ただ。


 少しだけ思うことはある。


「……またか」


 心の中で小さく呟く。


 誰も近付いてこない。


 話しかけてくる人はいる。


 でも。


 友達になろうとする人はいない。


 みんな少し距離を置く。


 特待生だから。


 光属性だから。


 高嶺の花だから。


 理由は色々あるのだろう。


 ユノ自身も何となく理解していた。


 だから。


 諦めてもいた。


 階段へ向かう。


 その時だった。


 下の階から声が聞こえてくる。


 笑い声。


 楽しそうな会話。


 賑やかな声。


 ユノは少しだけ足を止めた。


「……楽しそう」


 自然と視線が向く。


 階段の踊り場から下を覗く。


 そこにいたのは。


 見慣れた四人だった。


 ルーク。


 カレン。


 シエル。


 フィア。


 何かの話で盛り上がっているらしい。


 内容までは聞こえない。


 でも。


 楽しそうだった。


 カレンが何か言う。


 ルークが苦笑する。


 フィアが笑う。


 シエルは相変わらず無表情だった。


 それでも。


 四人の空気はどこか温かい。


 ユノは少しだけ立ち止まる。


 今なら。


 声を掛けられる。


 別に不自然じゃない。


 幼馴染なのだから。


 でも。


 少しだけ迷った。


 視線の先。


 四人は楽しそうに話している。


 その輪へ入る理由を探している自分に気付く。


「……何やってるんだろ」


 小さく苦笑する。


 それでも。


 足は動かなかった。


 ユノは少し離れた場所から四人を見ていた。


 内容までは聞こえない。


 でも。


 楽しそうだった。


 カレンが何か言う。


 ルークが返す。


 フィアが笑う。


 シエルは無表情。


 いつもの四人だった。


 少なくとも。


 ユノの目にはそう見えた。


 自然と視線がルークへ向く。


 昔からそうだった。


 朝の訓練も。


 街を歩く時も。


 魔力の練習をする時も。


 気付けば隣にいた。


 属性適性が判明する前も。


 判明した後も。


 変わらなかった。


 落ち込んでいても。


 上手くいかなくても。


 翌日にはまた訓練していた。


 そういう人だった。


 ユノは少しだけ目を細める。


「……本当に変わらない」


 小さく呟く。


 そして。


 視線は三人へ向いた。


 カレン。


 シエル。


 フィア。


 ルークの隣で笑う三人。


 その光景を見て。


 ユノはふと気付く。


「そっか」


 小さな声が漏れた。


「今はあの子達なんだ」


 昔。


 ルークの隣にいたのは自分だった。


 一緒に訓練して。


 一緒に街を歩いて。


 一緒に魔力の練習をした。


 もちろん。


 今も幼馴染だ。


 関係が切れた訳じゃない。


 でも。


 少しだけ胸が痛んだ。


 自分でも理由は分かっている。


 だから。


 ユノは小さく苦笑した。


 嫉妬。


 たぶん。


 ほんの少しだけ。


 でも。


 嫌な気持ちじゃない。


 むしろ安心していた。


 ルークが一人じゃないことに。


 ちゃんと居場所を見つけていることに。


「良い仲間なんだね」


 自然とそんな言葉が浮かぶ。


 その時だった。


 ルークがふと顔を上げる。


 そして。


 真っ直ぐこちらを見た。


 一瞬。


 目が合う。


 ユノが驚くより先に。


 ルークが笑った。


「お」


 変わらない声。


「ユノ」


 見つかった。


 そう思った。


 ルークがこちらへ歩いてくる。


 その後ろから。


 カレン。


 シエル。


 フィアも続いた。


 ユノは自然と笑う。


 少し前まで迷っていたのが嘘みたいだった。


「久しぶり」


 ルークが声を掛ける。


「久しぶり」


 ユノも返す。


 それだけだった。


 特別な再会でもない。


 感動の再会でもない。


 でも。


 どこか安心する空気だった。


 その様子を見ていたフィアが目を丸くした。


「あれ……?」


 ユノを見る。


 そして。


「光属性特待生の……?」


 思わず声が漏れた。


 カレンも気付く。


「え?」


「本当だ」


 シエルもユノを見る。


 ほんの少しだけ興味を示した。


 ルークは首を傾げる。


「?」


 フィアが慌てたように言う。


「なんで普通に話してるんですか!?」


「学園で知らない人いませんよ!?」


 ルークがさらに首を傾げる。


「そうなのか?」


 今度はカレンが呆れた顔をした。


「そうなのよ」


「光属性よ?」


「しかも特待生」


 フィアも何度も頷く。


「高等部で知らない人いないと思います……!」


 そこで。


 ルークは何でもないことのように答えた。


「幼馴染」


 沈黙。


 フィアが固まる。


「えっ」


 カレンも固まる。


「は?」


 シエルもユノを見る。


 さっきより少しだけ長く。


 興味を持った顔だった。


「幼馴染?」


 フィアが聞き返す。


「そう」


 ルークは頷く。


「昔からの」


 再び沈黙。


 フィアがルークを見る。


 ユノを見る。


 またルークを見る。


「初めて聞きました……!」


「私も」


 カレンが即答する。


「聞いてない」


 シエルも頷いた。


 三人の視線がルークへ集まる。


 ルークは困ったように頭を掻いた。


「言ってなかったか?」


「聞いてない」


 カレン。


「聞いてません」


 フィア。


「聞いてない」


 シエル。


 綺麗に揃った。


 ユノは思わず笑う。


「ルークが話してないだけだと思う」


「あー」


 カレンが納得する。


「ありそう」


「ありそうです」


 フィアも頷く。


「ありそう」


 シエルまで頷いた。


「なんでだよ」


 ルークが抗議する。


 だが。


 三人とも聞いていなかった。


 少しだけ笑いが起きる。


 自然な空気だった。


 ユノはその様子を眺める。


 本当に仲が良いらしい。


 それが何となく伝わってきた。


「そういえば」


 ユノがルークを見る。


「最近どう?」


 ルークは少し考えた。


「中間試験終わったばっかりだな」


「あとこの前、自主クエスト行った」


「ホーンボア討伐」


「親付き」


 最後だけ少し嫌そうだった。


「想定外だったわ」


 カレンがため息を吐く。


「でも勝ちました」


 フィアが少し誇らしそうに言う。


「勝った」


 シエルも頷いた。


 その様子を見て。


 ユノは少しだけ目を細める。


 昔を思い出した。


 属性適性が判明した日。


 ルークは落ち込んでいた。


 当然だと思った。


 自分だって落ち込む。


 でも。


 翌日には訓練していた。


 その次の日も。


 さらに次の日も。


 諦めることなく。


 ずっと続けていた。


 だから。


 今のルークは突然変わった訳じゃない。


 積み重ねた結果だ。


 ユノはそれを知っている。


「そっか」


 小さく笑う。


「ちゃんと前に進んでるんだね」


 ルークは少しだけ照れ臭そうな顔をした。


「まだまだだけどな」


 その返事に。


 ユノは少し安心する。


 変わっていない。


 努力を続けているところも。


 照れ臭そうにするところも。


 昔のままだった。


 だから。


 少しだけ嬉しかった。


 気付けば昼休みも終わりに近付いている。


「じゃあ」


 ルークが言う。


「またな」


「うん」


 ユノは頷いた。


 四人が歩き出す。


 カレンが何か言う。


 フィアが笑う。


 ルークが苦笑する。


 シエルは無表情。


 そんな光景を見送りながら。


 ユノは静かに手を振った。


 Uクラスの四人と別れた後。


 ユノは一人で歩いていた。


 高等部校舎の廊下は少しずつ静かになっている。


 窓の外から風が吹く。


 その風を感じながら。


 ユノはさっきまでの会話を思い返していた。


 ルーク。


 カレン。


 シエル。


 フィア。


 四人とも楽しそうだった。


 賑やかだった。


 少し前まで。


 あんな風ではなかったはずだ。


 それなのに。


 今は自然と隣にいて。


 自然と笑っている。


 ユノは小さく笑う。


「良い仲間なんだね」


 誰に聞かせるでもない独り言。


 でも。


 本心だった。


 ルークの隣。


 昔。


 そこにいたのは自分だった。


 一緒に訓練して。


 一緒に歩いて。


 一緒に笑っていた。


 思い出すと。


 少しだけ胸が痛む。


 自分でも理由は分かっている。


 だから。


 小さく苦笑した。


「……羨ましいな」


 ぽつりと漏れた本音。


 立ち止まる。


 窓の外を見る。


 青空。


 学園都市。


 穏やかな風。


 少しだけ目を閉じた。


 羨ましい。


 でも。


 嫌ではない。


 むしろ安心している。


 ルークがちゃんと前へ進んでいることに。


 居場所を見つけていることに。


 そして。


 自分だけが進んでいる訳ではないことに。


 カレンも。


 シエルも。


 フィアも。


 みんな前へ進んでいる。


 だったら。


 自分も。


「私も」


 小さく呟く。


 自然と拳に力が入った。


「頑張らなきゃ」


 光属性特待生。


 高嶺の花。


 そんな肩書きは関係ない。


 ただ。


 一人の魔法士として。


 一人の少女として。


 負けたくなかった。


 ルークにも。


 カレンにも。


 シエルにも。


 フィアにも。


 そして。


 昨日までの自分にも。


 ユノは小さく笑う。


「負けてられないもんね」


 そう呟いて。


 再び歩き出した。


 教師棟。


 放課後。


 ミレイアは机に向かっていた。


 目の前には大量の書類。


 訓練記録。


 評価表。


 報告書。


 いつもの仕事だった。


 ペンを走らせていると。


 コンコン。


 扉がノックされる。


「はい」


 返事をする。


 だが。


 返事を待たずに扉が開いた。


 ミレイアは顔を上げる。


 そして。


 露骨に嫌そうな顔をした。


「帰って」


 入ってきた男は笑う。


「挨拶に来ただけだよ」


 芝居がかった笑み。


 見慣れた顔だった。


 レオルド・ヴァルグ。


 魔法士学科副主任。


 そして。


 昔から相性の悪い男。


「帰って」


 ミレイアはもう一度言った。


「二回言う必要はあるかね?」


「あるわ」


 即答だった。


 レオルドは肩を竦める。


「実に歓迎されていないな」


「理解が早くて助かる」


 二人とも慣れていた。


 長い付き合いだ。


 だからこそ。


 容赦も無い。


 レオルドは勝手に部屋へ入る。


 机の上を見た。


 訓練記録。


 評価表。


 Uクラス関連の資料。


 自然と目に入る。


「例の未完成品達か」


 ミレイアの眉が動く。


「その言い方嫌い」


「事実だろう」


 レオルドは机へ近付いた。


 資料を一枚手に取る。


 勝手に。


 本当に勝手に。


「実に興味深い」


「欠点の見本市だ」


 ミレイアは深いため息を吐いた。


「帰れ」


「まだ何も言っていない」


 レオルドは少し笑う。


 有能なのだ。


 教師としても。


 魔法士としても。


 だからこそ厄介だった。


 言葉に重みがある。


 そして。


 面倒臭い。


 ミレイアは誰よりそれを知っていた。


「だが」


 レオルドが資料から目を離す。


「少し興味が湧いた」


 部屋の空気が少しだけ変わった。


 レオルドは手にしていた資料へ再び視線を落とした。


 Uクラス。


 特殊適性管理クラス。


 ミレイアが集めた四人。


 資料を眺めながら口を開く。


「面白いものだ」


「誰一人完成していない」


 ミレイアは黙って聞いている。


 反論しても無駄だ。


 この男は昔からこうだった。


 レオルドは一枚目の資料を軽く叩く。


「火力はある」


「だが制御が未熟」


 カレン。


 続いて別の資料を見る。


「理論は優秀」


「だが成立しない」


 シエル。


 さらに次。


「感知は優秀」


「だが火力が無い」


 フィア。


 最後の資料。


 レオルドが少し鼻で笑う。


「そして」


「属性適性ゼロ」


 ルーク。


 資料を机へ戻す。


「実に未完成だ」


 ミレイアが口を開く。


「だから?」


 レオルドは即答した。


「だから危険だ」


 空気が変わる。


「未完成は実戦で死ぬ」


「魔法士とはそういうものだ」


「欠点は克服するべきだ」


「弱点は埋めるべきだ」


「完成された個が強い」


「それが当然だろう?」


 ミレイアは少しだけ笑った。


「相変わらずね」


「何がだ?」


「一人で戦うことしか考えてない」


 レオルドが目を細める。


 ミレイアは構わず続けた。


「でもあなたはいつも足りない所しか見ない」


「私は違う」


「出来ることを見る」


「足りないものがあるから支え合うのよ」


 沈黙。


 レオルドは鼻で笑う。


「理想論だ」


「経験談よ」


 一瞬。


 ガルド。


 クロウ。


 夜明けの灯。


 若かった頃の記憶がよぎる。


 誰も完璧じゃなかった。


 だから支え合った。


 だから生き残れた。


 ミレイアにとってはそれが現実だった。


 レオルドもそれに気付いたらしい。


 少しだけ目を細める。


「だから私は君が嫌いなんだ」


 ミレイアは肩を竦める。


「奇遇ね」


「私もよ」


 沈黙。


 だが。


 レオルドは笑っていた。


「なら」


 レオルドが言う。


「証明してもらおうか」


「何を?」


 ミレイアが聞く。


 レオルドは口元を歪めた。


「君の理想だよ」


「欠点を抱えたままでも」


「支え合えば強くなれる」


「そう言うのだろう?」


「言ったわね」


「なら簡単だ」


 レオルドは窓の外へ視線を向けた。


「実際に見せればいい」


 空気が変わる。


 ミレイアは少しだけ笑う。


「模擬戦?」


「そうだ」


 レオルドは頷く。


「私の指導するSクラスと」


 沈黙。


 ミレイアは首を傾げた。


「Sクラス?」


「そんな制度作った覚えないけれど」


 レオルドは平然と答える。


「私がそう呼んでいる」


「勝手に?」


「実に分かりやすい」


 ミレイアは呆れた。


「そう」


「面倒臭いわね」


 レオルドは気にしない。


 そのまま窓際へ歩いた。


 教師室の窓から見える訓練場。


 そこでは八体の訓練用ゴーレムが稼働していた。


 普通なら一年生数パーティーで相手をする数だ。


 だが。


 戦っているのは四人だけだった。


 レイドが前へ出る。


 雷を纏った双剣。


 一体を引き付ける。


 その死角へ。


 アルクが回り込む。


 風のような高速移動。


 連携は正確だった。


 さらに後方。


 ベイルが大盾を構えながら全体を見ていた。


 ゴーレムの進路を制限し。


 味方の動線を確保する。


 そして。


 最後尾。


 セレスの氷魔法が発動する。


 足を止める。


 拘束する。


 そこへ。


 レイドとアルクが同時に飛び込む。


 綺麗だった。


 無駄が無い。


 役割が噛み合っている。


 教科書のような連携。


 ミレイアは目を細めた。


「本気ね」


 中等部時代から名前を聞いていた顔ぶれ。


 高等部一年の上位層。


 そして。


 レオルドが集めた生徒達。


「完成された個」


「完成された連携」


「実に美しい」


 そして。


 ミレイアへ振り返った。


「君の理論が正しいのか」


「私の理論が正しいのか」


「見せてもらおう」


 沈黙。


 ミレイアは窓の外を見た。


 反対側の窓。


 別の訓練場。


 そこにはUクラスの四人がいた。


 ルーク。


 カレン。


 シエル。


 フィア。


 何か話しながら訓練している。


 時折笑い声も聞こえる。


 完成度では劣る。


 未熟な部分も多い。


 欠点だらけだ。


 でも。


 ミレイアは知っている。


 あの子達は少しずつ前へ進んでいる。


 支え合いながら。


 強くなっている。


 だから。


 ミレイアは笑った。


「望むところよ」


 レオルドも笑う。


「実に結構」


 椅子から立ち上がる。


「楽しみにしているよ」


 そう言い残し。


 部屋を出ていく。


 扉が閉まる。


 静寂。


 ミレイアはもう一度窓の外を見た。


 楽しそうに訓練している四人。


 まだ未完成。


 まだ未熟。


 でも。


 可能性だけは誰よりも信じていた。


「さて」


 小さく呟く。


「あなた達の初めての試練よ」


 窓の外で。


 ルーク達が笑っている。


 その姿を見ながら。


 ミレイアは静かに微笑んだ。


「見せてみなさい」


「あなた達の強さを」


 こうして。


 Uクラス最初の対抗戦は静かに幕を開けた。


設定が積み重なってきたので、


次回から幕間として設定資料を挟みます。

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