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第四話 見つけた役割


 翌日。


 一般授業終了後の午後。


 授業を終えたルーク達は、

 いつもの個別訓練室へ集まっていた。


 魔力強化された壁。


 術式吸収用の床刻印。


 防御結界用の魔道具。


 ここ数日で、

 すっかり見慣れた場所になっている。


「今日は連携訓練ね」


 ミレイアが訓練室中央へ歩く。


 その先には。


 土色の巨体が並んでいた。


 訓練用ゴーレム。


 学園で一般的に使われる訓練設備だ。


 初心者用より少し強め。


 だが、

 一年生相手なら十分脅威になる。


 低い駆動音が響く。


 土が擦れる音。


 ゴーレムの目に光が灯った。


「まずは、

 四人で噛み合うことを覚えなさい」


 ミレイアが振り返る。


「共鳴も風伝も、

 そのための手段なんだから」


 ルーク達は頷いた。


 共鳴。


 風伝。


 どちらもまだ未完成。


 だからこそ、

 試す価値がある。


「準備は?」


「問題ない」


 シエルが即答する。


「大丈夫です」


 フィアも続いた。


 カレンは一歩前へ出る。


「いつでも」


 ルークは深く息を吸った。


「行けます」


「よし」


 ミレイアが笑う。


「始め!」


 瞬間。


 灰銀色魔力が伸びた。


 一本。


 二本。


 三本。


 カレン。


 シエル。


 フィア。


 三人の胸元、

 魔力器官へ接続される。


 続いて。


 ルークはフィアへ意識を向けた。


 灰銀色魔力が重なる。


 共鳴。


 青翠風へ銀灰色が溶け込む。


 ――翠銀風。


 胸元の魔力器官へ接続された灰銀色回路へ、

 翠銀風が流れ込む。


 ルークとフィアを中心に、

 魔力器官同士を結ぶ回路が安定した。


『聞こえますか?』


 胸の奥。


 魔力器官から直接伝わる声。


 風伝。


 昨日より明らかに安定している。


『聞こえる』


 ルークが返す。


『問題ない』


 シエル。


『……まだちょっと変な感じするけど』


 カレン。


 全員接続成功。


 フィアは小さく安堵した。


 その時だった。


 前方のゴーレム二体が動く。


 重い足音。


 一直線。


 カレンへ向かってくる。


「任せなさい!」


 カレンが飛び出した。


 速い。


 だが。


 少し前へ出過ぎた。


『カレン!』


 フィアが声を飛ばす。


『右から――』


 言葉の途中。


 ゴーレムの拳が振り下ろされた。


「っ!」


 ルークが反応する。


 灰銀色魔力が地面を走る。


 障壁。


 轟音。


 土拳が弾かれた。


「危なっ……!」


 カレンが舌打ちする。


 もう一体が横から接近。


 シエルも術式を起動する。


 だが。


 タイミングが僅かに遅れた。


 氷が空振る。


 噛み合わない。


 ルークが割り込む。


 障壁。


 回避。


 誘導。


 なんとか防げている。


 だが。


 フィアは焦っていた。


 見えている。


 分かっている。


 でも。


 伝えるのが遅い。


『左側が――』


「フィア」


 ルークの声だった。


 フィアが振り向く。


「もっと短くていい」


 一瞬。


 思考が止まる。


 守りたい。


 伝えたい。


 間違えたくない。


 その気持ちばかりが先に出ていた。


 でも。


 今必要なのは説明じゃない。


 判断だ。


 フィアは深く息を吸う。


 翠銀風が広がる。


 位置。


 距離。


 速度。


 全部見える。


 そして。


 回路も繋がっている。


 なら。


『左!』


 短い。


 ルークが即反応する。


 障壁出現。


 拳を弾く。


『カレン前!』


 今度は迷わない。


 カレンが踏み込む。


 ゴーレムとの距離は近い。


 本来なら。


 ここで《紅蓮砲》を選んでいた。


 圧倒的な火力。


 一撃で押し潰すための切り札。


 だが。


 発動には時間が掛かる。


 消耗も重い。


 共鳴した状態なら、

 制御補助を行うルークの負担も増える。


 脳裏に浮かぶのは、

 共鳴訓練の時のルークだった。


 荒い呼吸。


 重い消耗。


 自分達を支えるために使われた魔力。


 以前のカレンなら、

 それでも迷わず《紅蓮砲》を選んでいた。


 火力で押し潰す。


 それが一番強いと思っていたから。


 だが今は違う。


 必要なのは、

 一人で決める一撃じゃない。


 四人で繋ぐための一撃だ。


 ――負担ばっかり増やしてどうするのよ。


 カレンは奥歯を噛んだ。


 選択が変わる。


「――《紅穿》!」


 深紅炎が一点へ圧縮される。


 《紅蓮砲》ほどの火力は無い。


 だが。


 発動は速い。


 消耗も軽い。


 連携の中で使うなら、

 こちらの方が遥かに扱いやすい。


 圧縮された深紅炎が射出される。


 ゴーレムの胴へ着弾。


 巨体が僅かに揺れた。


 決定打にはならない。


 《紅蓮砲》ほどの破壊力も無い。


 それでも。


 今はそれでいい。


 必要なのは、

 一人で倒し切る火力じゃない。


 次へ繋ぐ一撃だ。


 ミレイアの目が細くなる。


 だが何も言わない。


 残る三体が同時に動いた。


「まとめて来る!」


 フィアが言う。


 《風読》が捉える。


 位置。


 速度。


 進行方向。


 全部見える。


 そして。


 フィアは回路へ意識を向けた。


 声を流すだけじゃない。


 回路がある。


 誰へ。


 何を。


 どの順番で伝えるか。


 それも自分次第だ。


『ルーク正面』


『シエル左』


『カレン右』


 短く。


 必要最低限。


 三人が同時に動いた。


 ルークが正面を抑える。


 シエルが左を拘束する。


 カレンが右へ踏み込む。


 指示が渋滞しない。


 混線もしない。


 フィアは回路へ意識を向けていた。


 誰へ。


 何を。


 どの順番で伝えるか。


 混線しないように。


 全員が動きやすいように。


 気づけばそんなことを考えていた。


 『シエル今!』


 フィアの声。


 シエルが一歩前へ出る。


 ゴーレムへ近付くためではない。


 ルークとの距離を詰めるためだ。


 既に氷晶色の術式が展開されている。


 複雑な術式線。


 完成はしている。


 だが。


 まだ満たされていない。


「ルーク」


 短い声。


 ルークが振り向く。


 次の瞬間。


 ルークの手が、

 シエルの背中へ触れた。


 灰銀色魔力が流れる。


 完成していた術式へ、

 不足していた魔力が満たされる。


 直接触れている分、

 魔力が霧散しない。


 思った通り。


 昨日より効率良く補完できていた。


 氷晶色へ銀が混ざる。


 ――銀氷晶。


 氷がゴーレムの脚へ絡みついた。


 拘束。


 一体目停止。


 シエルの術式が、

 初めて実戦的な形で成立する。


 その瞬間。


 ルークの胸に、

 確かな手応えが生まれていた。


 昨日とは違う。


 共鳴を繋ぐ流れが、

 少しずつ形になり始めている。


 そして。


 フィアの声が響く。


『ルーク、カレン!』


 切り替えだ。


 ルークが前へ出る。


 カレンも踏み込む。


 交差する瞬間。


 ぱしっ。


 掌が触れた。


 次の瞬間。


 灰銀色魔力の流れ先が変わる。


 シエルの術式から。


 カレンの術式へ。


 深紅炎へ銀が混ざった。


 ――緋銀炎。


 フィアの声が響く。


『今!』


 カレンが踏み込む。


 口を突いて出たのは。


 《紅穿》ではなかった。


「――《緋銀穿》!」


 緋銀炎が一直線に射出される。


 拘束されたゴーレムの胴を貫いた。


 停止。


 二体目撃破。


 だが。


 まだ終わりじゃない。


 残る三体も、

 既に動き始めている。


 普通なら。


 複数方向から同時に攻められれば崩れる。


 だが今は違う。


 翠銀風が戦場を駆け巡る。


『左』


 フィアの指示。


 ルークが前へ出る。


 腰の短剣を抜く。


 次の瞬間。


 灰銀色魔力が刃へ流れ込んだ。


 短い刃先から。


 半透明の灰銀色が伸びる。


 まるで剣身そのものを継ぎ足すように。


 光の刃が形成される。


 ――魔力剣。


 ルークが踏み込んだ。


 障壁で拳を逸らす。


 懐へ潜り込む。


 灰銀色の刃が閃いた。


 関節部。


 土の繋ぎ目へ斬撃が走る。


 鈍い音。


 ゴーレムの体勢が崩れる。


 続けてもう一撃。


 首元へ刃が走った。


 ゴーレムの光が消える。


 三体目停止。


 残る二体。


 だが。


 もう焦りは無い。


『右』


 フィア。


 ルークが誘導する。


『止める』


 シエル。


 氷が伸びる。


 足が止まる。


『今!』


 フィアの声。


 カレンが踏み込む。


 緋銀炎が炸裂した。


 四体目停止。


 最後の一体。


 それも既に包囲されていた。


『正面』


 フィア。


 ルークが障壁で逃げ道を塞ぐ。


『拘束』


 シエル。


 銀氷晶が脚を絡め取る。


『終わり』


 短い声。


 カレンが笑う。


「ええ!」


 緋銀炎が閃いた。


 最後のゴーレムが吹き飛ぶ。


 そして。


 完全停止した。


 静寂。


 戦闘音が消える。


 荒い呼吸だけが残った。


 誰もすぐには動かなかった。


 疲労。


 魔力消耗。


 集中の反動。


 それでも。


 四人の空気は、

 どこか明るかった。


「はぁ……」


 フィアがその場へ座り込む。


 かなり集中していた。


 魔力消耗よりも、

 頭の方が疲れている。


 風読。


 風伝。


 回路管理。


 戦闘中ずっと情報を追い続けていた。


「大丈夫?」


 ルークが声を掛ける。


「だ、大丈夫です……」


 そう答えるが、

 少しふらついていた。


「無理すんなっての」


 カレンが眉を寄せる。


「いや、

 カレンに言われると説得力ないんだけど」


「何よそれ」


 思わず笑いが漏れた。


 その様子を見ていたミレイアが、

 満足そうに頷いた。


「でも」


 その一言で空気が少し変わる。


「今日一番成長してたのはフィアね」


「え?」


 フィアが目を瞬かせる。


「風読」


「風伝」


「情報整理」


「回路管理」


「全部やってたじゃない」


 フィアは言葉を失った。


「回路管理……?」


「そうよ」


 ミレイアは頷く。


「回路の維持はルーク」


「でも流れを整えていたのは、

 間違いなくフィア」


 フィアは戦闘を思い返す。


 誰へ。


 何を。


 どの順番で伝えるか。


 考えていた。


 整理していた。


 混線しないように。


 全員が動きやすいように。


 自然とそんなことをしていた。


「……私が?」


「あなた以外誰がやるのよ」


 ミレイアが笑う。


「風読で状況を把握して」


「風伝で共有して」


「全体を見ながら指示を出してた」


「十分司令塔の仕事よ」


 フィアは目を見開く。


 司令塔。


 そんな風に呼ばれたのは初めてだった。


「助かった」


 ルークが頷く。


「指示、

 かなり分かりやすかった」


「っ……」


 フィアの肩が小さく震える。


「まぁ」


 カレンが腕を組む。


「実際、

 動きやすかったわね」


「回路も安定してた」


 シエルも続く。


「……ありがとうございます」


 フィアは顔を赤くしながら俯いた。


 胸の奥が少し温かい。


 昨日までの自分なら。


 指示を出すことすら怖かった。


 でも今は違う。


 自分にも出来ることがある。


 パーティーの役に立てることがある。


 そう思えた。


「そういえば」


 ミレイアがカレンを見る。


「最後の技名、

 変わってたわね」


 カレンが止まる。


「……あ」


 今になって気付いた。


 戦闘中。


 自然に口から出ていた。


「勝手に出た」


 ぽつりと呟く。


「《緋銀穿》か」


 ルークが口にする。


 カレンは少し照れくさそうに顔を逸らした。


「共鳴した時だけ、

 なんかしっくり来たのよ」


 ミレイアは少し楽しそうに笑う。


「悪くないじゃない」


 そして。


 四人を見回した。


「今日で少し見えてきたわね」


 自然と視線が集まる。


 ミレイアは指を折りながら言った。


「まずフィア」


 フィアが顔を上げる。


「司令塔」


 小さく息を呑む。


「シエル」


「拘束と制圧」


 シエルが静かに頷いた。


「カレン」


「突破役」


 カレンは少しだけ口元を緩める。


 そして。


 最後にルークを見る。


「ルーク」


「守りと共鳴」


「あなたが全員を繋いでる」


 ルークは少し照れくさそうに頭を掻いた。


「なんか」


 ルークが小さく笑う。


「パーティーっぽくなってきたな」


 一瞬。


 静かになる。


 そして。


「今さら?」


 カレン。


「遅い」


 シエル。


「ふふっ」


 フィア。


 笑いが起きた。


 以前なら無かった空気。


 今はそれが自然だった。


 訓練室へ夕陽が差し込む。


 長く伸びる四人の影。


 まだ未完成。


 でも。


 確実に前へ進んでいる。


 ルーク達はまだ知らない。


 この先待つ模擬戦で。


 今日見つけた役割が、

 大きな意味を持つことを。


 それでも。


 今だけは。


 少しだけ誇らしかった。


 四人が初めて、

 同じ方向を向いて歩き始めていた。

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