第三話 繋がる声
放課後。
個別訓練室。
魔力強化された壁。
術式吸収用の床刻印。
防御結界用の魔道具。
見慣れ始めた訓練室へ、
ルーク達四人は集まっていた。
昨日までなら、
少し緊張していた場所だ。
でも今は違う。
自然と四人が集まり。
自然と訓練が始まる。
そんな空気が少しずつ出来始めていた。
「今日は《風伝》の続きよ」
ミレイアが腕を組む。
その言葉に、
フィアが少しだけ背筋を伸ばした。
昨日。
偶然生まれた新しい技術。
《風伝》。
まだ名前が付いただけ。
実戦で使えるかどうかも、
何が起きているのかも、
完全には分かっていない。
「現状、
繋がってるのはルークだけ」
ミレイアはフィアを見る。
「風伝が成立したのも、
ルークとの間だけ」
「だから今日は」
視線が三人へ向く。
「四人接続を試すわよ」
空気が少し静かになる。
「いきなり増やすの?」
カレンが眉を寄せる。
「だから試すのよ」
ミレイアはあっさり言った。
「出来なかったら失敗」
「出来たら前進」
「単純でしょ?」
「雑……」
カレンが呆れる。
その横で。
シエルは既にルークの近くにいた。
かなり近い。
「シエル」
「共鳴距離」
即答だった。
「短い方が霧散少ない」
「……そういう問題?」
カレンが半眼になる。
フィアが思わず笑いそうになり、
慌てて口元を押さえた。
少しだけ。
空気が和む。
「じゃあ、
まず繋ぐ」
ルークが前へ出た。
灰銀色魔力が溢れる。
細い糸のような魔力。
一本。
二本。
三本。
ルークから伸びた灰銀色魔力が、
カレン、シエル、フィアへ伸びる。
胸元。
魔力器官の位置。
そこへ触れるように接続された。
「っ……」
カレンが肩を震わせる。
「来た」
シエルが小さく呟く。
フィアも胸元へ手を当てた。
まだ弱い。
でも。
確かに繋がっている。
ルークはそこで、
フィアへ意識を向ける。
「フィア」
「はい」
灰銀色魔力がさらに深く重なる。
共鳴。
次の瞬間。
青翠風へ、
灰銀色が溶け込んだ。
――翠銀風。
フィアは小さく息を吸う。
「《風乗》」
柔らかな風が広がる。
風そのものは弱い。
でも。
そこへ声が乗る。
「……聞こえますか?」
その瞬間。
声が回路へ流れ込んだ。
ルークには分かる。
昨日と同じ感覚。
胸の奥から。
直接情報が届く。
でも。
次の瞬間。
接続が揺れた。
ノイズ。
霧散。
声が途切れる。
「っ……!」
カレンが顔をしかめた。
「なんか変な感じする!」
「ノイズ」
シエルも眉を寄せる。
フィアが慌てる。
「ご、ごめんなさい……!」
「いや、
フィアのせいじゃない」
ルークがすぐ否定した。
問題は明らかだった。
接続先が増えた。
その結果。
灰銀色魔力回路が不安定になっている。
ミレイアが腕を組む。
「なるほどね」
灰銀色魔力を観察する。
接続先が増えるほど、
回路が揺れる。
一対一なら成立。
でも。
多人数になると不安定。
「回路そのものはルーク」
ミレイアが整理する。
「フィアの風魔法だけでは成立しない」
「逆に、
ルークだけでも情報共有は出来ない」
視線が二人へ向く。
「今のところ、
両方必要ってことね」
フィアは小さく目を瞬かせた。
シエルが頷く。
「納得」
カレンも腕を組む。
「つまり、
どっちか欠けたら使えないってことね」
「そういうこと」
ミレイアは頷いた。
フィアは胸元へ手を当てる。
回路。
接続。
流れ。
まだ全部は分からない。
でも。
自分に出来ることは見えてきた。
「……もう一回、
やってみます」
今度は焦らない。
《風乗》を発動する。
柔らかな風が広がる。
そこへ意識を向けるのは、
風ではない。
灰銀色魔力回路。
カレン。
シエル。
ルーク。
切れそうな接続。
揺れている流れ。
混線しかけている場所。
そこへ意識を向ける。
まるで。
絡まりかけた糸を整えるように。
「……聞こえますか?」
今度は途切れなかった。
ルークが頷く。
「今のは自然」
シエルも頷く。
「ノイズ減少」
「安定してる」
カレンも少し驚いたようだった。
「……さっきより全然マシ」
フィアの表情が少し明るくなる。
「……よかった」
ミレイアはそんな四人を見ながら、
小さく笑った。
「まだ未完成」
「でも、
方向性は見えたわね」
昨日までは偶然。
でも今は違う。
少しずつ。
確実に。
四人だけの戦い方が形になり始めていた。
訓練終了後。
四人はそのまま食堂へ向かっていた。
夕方。
授業を終えた生徒達で、
食堂はかなり賑わっている。
料理の匂い。
食器の音。
楽しそうな会話。
学園らしい光景だった。
「今日は流石に疲れた……」
カレンが肩を回しながら呟く。
「魔力より頭が疲れた」
ルークも苦笑した。
共鳴。
回路。
風伝。
戦闘訓練とは違う疲労だった。
食券を受け取り。
自然と四人は同じ卓へ集まる。
昨日までは少し違った。
誰かが誘うわけでもなく。
なんとなく集まることもなかった。
でも今は。
気づけば同じ卓に座っている。
そんな空気になっていた。
そして。
シエルは当然のようにルークの隣へ座った。
かなり自然だった。
だからこそ。
カレンが反応した。
「……近くない?」
シエルが顔を上げる。
「落ち着く」
即答だった。
カレンが止まる。
「は?」
シエルは少し考える。
本当に考える。
数秒。
沈黙。
「……なんか、
近い方がしっくりくる」
「曖昧すぎるでしょ」
カレンが半眼になる。
シエルは首を傾げた。
「駄目?」
「いや、
別に駄目じゃないけど……」
言葉に詰まる。
その様子を見て、
フィアが思わず笑った。
少し前なら考えられなかった空気だった。
フィアはその様子を見ながら、
小さく笑う。
嬉しかった。
四人で食事をしている。
それだけのことなのに。
少し前の自分なら、
想像もしていなかった。
ルークが料理を受け取りながら言う。
「でも、
風伝は結構使えそうだったよな」
シエルがすぐ反応した。
「使える」
「あと少し」
かなり真面目だ。
カレンが呆れたように息を吐く。
「まだ考えてんの?」
「当然」
即答。
「だって新しい技術」
「そこは拘るのね」
また少し笑いが起きる。
以前より。
ちゃんと会話になっていた。
その頃。
少し離れた席。
一人の少女がその光景を見ていた。
白金色の長い髪。
白煌色の魔力を持つ特待生。
ユノだった。
周囲には空席がある。
でも。
誰も近くへ座らない。
座れない。
そんな距離感が自然と出来上がっている。
ユノは静かに視線を向ける。
ルーク達だった。
楽しそうだった。
少なくとも。
最初に見た頃よりずっと。
ルークが笑っている。
カレンが文句を言っている。
シエルが真顔で変なことを言っている。
フィアが困ったように笑っている。
その光景を見て。
ユノは少しだけ目を細めた。
安心した。
嬉しかった。
ルークはちゃんと居場所を見つけている。
仲間がいる。
それが分かった。
でも。
胸の奥が少しだけ痛い。
自分の知らない時間。
自分の知らない関係。
その中へ。
ルークが入っている。
「……よかった」
小さく呟く。
本心だった。
でも。
どこか寂しい。
ユノはその感情に気づかないふりをして、
静かに視線を落とした。
一方。
ルーク達はまだ気づいていなかった。
少し離れた場所から、
ユノが見ていたことに。
食堂の賑わいは続く。
その中で。
四人は以前よりずっと自然な空気で、
同じ卓を囲んでいた。




