第二話 共鳴訓練(後編)
「……私も」
小さな声。
全員の視線が向く。
フィアだった。
少し迷ったように視線を揺らしながら、
それでも前を見る。
「私も、
繋がりたいです」
空気が少し静かになる。
ルークは小さく目を瞬かせた。
フィアは続ける。
「昨日、
みんな繋がってたから」
「私も、
ちゃんと……」
言葉を探すように止まる。
でも。
その目は、
少しだけ前向きだった。
ミレイアがフィアを見る。
「フィアの場合は、
少し別方向かもしれないわね」
「別方向?」
カレンが首を傾げる。
「試してみないと分からないけど」
ミレイアが顎へ手を当てる。
「フィアは元々、
制御も出力も不足してないタイプだから」
「属性濃度が低いだけで、
魔法そのものは安定してるのよ」
フィアは少し緊張した様子で、
訓練室中央へ出る。
「まずは普通に《風刃》」
「はい」
青翠風が集まる。
小さな風刃が形成された。
そこへ。
ルークが灰銀色魔力を接続する。
結果。
「……変わんなくない?」
カレンが率直に言った。
実際、
大きな変化は無かった。
威力も。
サイズも。
ほとんど変わらない。
でも。
馴染み自体は悪くない。
拒絶感が少ない。
ミレイアが少し興味深そうに呟く。
「制御も出力も、
元々足りてるのね」
「だから補助する部分が少ない……」
「でも、
属性濃度そのものは変わらない」
フィアは自分の風刃を見ながら、
少し不思議そうだった。
「……なんか、
あんまり変わらないです」
ミレイアは少し考え込む。
「他に使える魔法は?」
フィアは少し考えてから答えた。
「戦闘用なら、
《風刃》くらいです」
「あと、
《風読》と……」
少しだけ迷う。
「《風乗》です」
「風乗?」
ルークが首を傾げる。
フィアは小さく頷いた。
「声を風で増幅して、
離れた相手へ届ける魔法です」
「広い場所で指示を出したり、
遠くの人へ声を届けたりできます」
「なるほどね」
ミレイアが頷く。
「戦闘向きじゃないと思ってたけど、
司令塔なら話は別ね」
フィアは少し驚いたように瞬く。
「え……?」
「情報伝達も立派な戦力よ」
ミレイアは軽く笑った。
「じゃあ、
次はそれを試してみなさい」
「……はい」
フィアは小さく深呼吸する。
青翠風が、
静かに広がった。
風読ほどではない。
けれど。
柔らかな風が、
訓練室全体へ行き渡る。
「《風乗》」
そこへ。
ルークが灰銀色魔力を伸ばした。
カレンやシエルの時と同じ。
《風乗》の術式へ、
慎重に共鳴を重ねる。
拒絶感は少ない。
むしろ自然に馴染んだ。
「……聞こえますか?」
フィアの声が訓練室へ響く。
《風乗》によって増幅された声。
本来なら、
全員へ同じように届くはずだった。
だが。
「っ……!?」
ルークが思わず振り向く。
耳元。
すぐ隣で囁かれたように聞こえた。
フィアは数メートル先にいる。
なのに。
距離を感じない。
「なによ急に」
カレンが怪訝そうに眉を寄せる。
「……今、
フィアの声……二重に聞こえなかったか?」
「二重?」
フィアが目を瞬かせる。
カレンは首を傾げた。
「普通にしか聞こえてないけど」
そこで。
シエルが小さく目を細めた。
「……待って」
訓練室へ残る魔力を見る。
青翠風。
そこへ混ざる灰銀色。
「消えてない」
「何が?」
カレンが眉を寄せる。
シエルは静かに指差した。
ルークとフィア。
二人の間だった。
薄い翠銀風。
青翠風と灰銀色が混ざり合った魔力が、
細い線となって残っている。
しかも。
術式ではない。
その線は、
二人の胸元――
魔力器官の位置を結ぶように伸びていた。
「……これ」
シエルが呟く。
「術式じゃない」
「回路?」
ミレイアが目を細める。
ゆっくり近づき、
魔力の流れを観察する。
「しかも接続先が術式じゃないわ」
「心臓付近……」
「魔力器官?」
空気が少し静かになる。
ルークはまだ理解し切れていなかった。
でも。
確かに普通の風魔法とは違う。
フィアの声が、
直接届いた。
そんな感覚だった。
シエルはさらに周囲の魔力を見る。
「風魔法だけなら、
全員同じ聞こえ方になる」
「でも、
ルークだけ違う」
視線が、
翠銀風の回路へ向く。
「共鳴で出来た回路を、
風乗が利用した……?」
まだ仮説。
でも。
かなり核心へ近かった。
フィアは少し不安そうに、
ルークを見る。
「……変じゃ、
ないですか?」
「いや」
ルークは小さく首を振った。
「戦闘中にこれ使えたら、
かなり便利かもしれない」
その瞬間。
フィアが小さく目を見開いた。
昨日。
必死に指示を飛ばしていた感覚が蘇る。
もっと早く。
もっと正確に。
伝えられるなら。
シエルが静かに頷いた。
「情報共有向き」
「フィアと相性良い」
ミレイアも腕を組みながら考え込む。
数秒。
静かな間。
そして。
「風で声を運んでるんじゃないわね」
全員がミレイアを見る。
「回路を通して、
直接伝えてる」
ミレイアは翠銀風の回路を見つめる。
「ならこれは、
風乗じゃない」
「――《風伝》ね」
フィアが目を瞬かせた。
「風伝……?」
「仮だけどね」
ミレイアが笑う。
「悪くない名前でしょ?」
フィアは小さく目を伏せる。
《風伝》。
その名前を胸の中で繰り返した。
胸の奥が、
少しだけ温かい。
初めてだった。
自分の魔法が、
誰かの役に立つ形になった気がした。
「……はい」
小さな返事。
でも。
その声は昨日より、
少しだけ自信があった。
訓練室の空気が少し変わる。
昨日まで偶然だった力。
でも今は違う。
少しずつ。
名前を持ち始めていた。
訓練終了後。
流石に全員疲れ切っていた。
でも。
空気は悪くない。
カレンが壁へ背を預けながら、
ぽつりと呟く。
「……変なパーティー」
シエルが小さく頷く。
「でも、
昨日よりちゃんと繋がってる」
フィアも少し笑った。
ルークは訓練室を見回す。
まだ未完成。
分からないことだらけ。
危険性もある。
でも。
確かに前へ進んでいた。
「……もっと、
強くなれる気がする」
その言葉に、
三人が小さく視線を向ける。
同じ訓練室。
同じ空間。
でも。
昨日までより、
四人の距離は少しだけ近かった。




