第二話 共鳴訓練(前編)
翌日。
一般授業終了後の午後。
ルーク達四人は、
ミレイアに呼び出されていた。
午前中の授業は、
流石にかなり眠かった。
魔力学。
属性理論。
基礎術式構築。
どれも重要なのは分かる。
でも。
昨日の戦闘後だ。
全員、
疲労が抜け切っていなかった。
カレンは机へ突っ伏しそうになっていたし、
フィアも何度か小さく欠伸をしていた。
シエルだけは、
授業中ずっと何かを書き続けていた。
おそらく。
昨日の術式を、
頭の中で再構築していたのだろう。
そしてルークも。
教師の声を聞き流しながら、
昨日の感覚を何度も思い出していた。
灰銀色の魔力。
馴染む感覚。
支える感覚。
説明できない。
でも、
確かに何かが起きていた。
「ここよ」
案内された先は、
学園校舎の奥。
普段使われていない区域らしく、
廊下はかなり静かだった。
ミレイアが扉を開く。
重い金属音。
中へ入った瞬間、
少しひんやりした空気が肌を撫でた。
「……広」
カレンが小さく呟く。
そこは、
個別訓練室だった。
少人数向けの屋内訓練施設。
壁面には魔力強化処理。
床には魔力吸収用の刻印。
さらに天井付近には、
防御結界用の魔道具が埋め込まれている。
実戦訓練前提の設備だった。
シエルが静かに周囲を見る。
「魔力吸収刻印」
「高い」
「詳しいな」
「研究施設で見た」
淡々と返ってくる。
フィアは少し落ち着かなさそうに周囲を見回していた。
「こ、ここって、
普通に使っていい場所なんですか……?」
「駄目」
ミレイアが即答する。
「職権濫用で取ってきたわ」
「堂々と言うなっての……」
カレンが呆れたように額を押さえた。
でも。
そのやり取り自体、
昨日までよりかなり自然だった。
ミレイアは部屋中央へ歩きながら、
振り返る。
「昨日の報告だけじゃ、
正直まだ分からないのよ」
その瞬間。
空気が少し真面目になる。
「まずは、
本当に再現できるか確認する」
ルークは少し複雑そうな顔をした。
昨日の感覚。
確かに、
何かが起きていた。
でも。
自分でも説明できない。
どうやって成立したのか、
まだ分かっていなかった。
ミレイアはそんなルークを見ながら、
少し真剣な声になる。
「本来、
術式干渉は危険行為よ。昨日も言ったけど」
四人へ視線を向ける。
「術式っていうのは、
基本的に個人ごとの魔力制御で成り立ってる」
「そこへ別人の魔力を混ぜれば、
普通は制御が乱れる」
ミレイアは壁際へ移動しながら続けた。
「特に発動途中の術式は不安定」
「だから通常は、
支援じゃなくて妨害になるの」
空気が静かになる。
昨日の現象が、
やはり異常だったことを改めて実感する。
「……だから、
昨日の現象は異常」
ミレイアは小さく息を吐いた。
「でも」
「もし再現できるなら、
話は変わる」
ルーク達を見る。
「……やってみましょうか」
その言葉で、
第二回目の“共鳴検証”が始まった。
最初に前へ出たのは、
カレンだった。
「なんで最初が私なのよ」
不満そうな声。
ミレイアは即答する。
「シエル側は、
昨日の消耗が大きすぎたから」
「まずは比較的安全そうな方から確認するの」
「比較的って何よ比較的って……」
カレンが嫌そうな顔をする。
でも、
前へ出る足は止めなかった。
小さく舌打ちしながら、
訓練室中央へ歩いていく。
深く息を吸う。
次の瞬間。
「――《紅蓮砲》」
深紅色の魔法陣が展開された。
熱気。
圧力。
空気が僅かに揺れる。
圧縮された深紅炎が、
術式中央で唸るように脈動していた。
火属性特有の、
強い干渉感。
カレンの深紅炎は、
やはり普通ではない。
属性濃度が高い。
だから火力は高い。
その代わり。
制御難易度も跳ね上がる。
ミレイアが壁際から説明する。
「火属性は、
元々干渉力と圧力が強い属性よ」
「高濃度になればなるほど、
術式制御も難しくなる」
カレンは小さく顔をしかめた。
「分かってるわよ……」
そう言いながら、
さらに魔力を流し込む。
深紅炎が膨れ上がる。
でも。
少しだけ不安定だった。
魔法陣の縁が揺れる。
熱が暴れる。
昨日ほどじゃない。
でも、
崩れやすさは確かに残っていた。
「……ルーク」
ミレイアが視線を向ける。
「昨日と同じようにやってみなさい」
「はい」
ルークは小さく頷いた。
昨日の感覚を思い出す。
押し込むんじゃない。
合わせる。
馴染ませる。
灰銀色の魔力を、
慎重にカレンの術式へ近づける。
――弾かれた。
「っ」
術式が乱れる。
深紅炎がぶれる。
カレンが舌打ちした。
「ちょ、急に入れんなっての……!」
「悪い」
ルークはすぐ魔力を引く。
ミレイアが静かに見ていた。
まだ半信半疑。
そんな目だった。
――やっぱり、
偶然だった?
そんな空気が、
一瞬だけ流れる。
でも。
ルークは止まらなかった。
もう一度。
少し角度を変える。
魔力出力を落とす。
ゆっくり。
慎重に。
障壁術式を扱う時みたいに、
微細な制御を繰り返す。
灰銀色の魔力が、
細く術式へ触れる。
崩れない。
もう少し。
さらに調整。
カレンはそこで初めて気づいた。
ルークの魔力制御。
異常なくらい細かい。
無駄が少ない。
ほんの少しずつ、
崩れない位置を探している。
――どれだけ、
練習したのよ。
しかも。
ルークの呼吸は、
少しずつ荒くなっていた。
集中。
消耗。
それでも止めない。
自分の術式へ合わせ続けている。
――そこまで、
合わせ続けてるの……?
その瞬間だった。
灰銀色の魔力が、
深紅炎へ自然に溶け込む。
拒絶感が減る。
熱が暴れない。
術式が噛み合う。
深紅炎へ、
銀灰色が混ざった。
――緋銀炎。
「……っ!」
カレンが目を見開く。
昨日ほど劇的じゃない。
でも。
確かに制御しやすい。
熱が散らない。
術式が崩れない。
「……本当に、
安定してる」
ミレイアが小さく呟いた。
初めて直接見る、
共鳴現象。
明らかに普通じゃない。
しかも。
ルーク側の消耗は、
昨日より軽い。
ルークは小さく息を吐く。
「……昨日より、
楽かも」
ミレイアが腕を組む。
「カレン側は、
制御補助と術式安定化寄りね」
「比較的低燃費……」
整理するように呟く。
空気が少し変わる。
偶然じゃない。
本当に再現できている。
その実感が、
全員の中へ少しずつ生まれ始めていた。
次は、
シエルだった。
昨日より明らかに積極的だった。
「昨日と同じ条件で試したい」
訓練室中央へ歩いていく。
その途中。
自然にルークの近くへ立つ。
カレンがその様子を見て、
少しだけ眉を寄せた。
シエルは気づいていない。
完全に無意識だった。
「今回は、
昨日ほど大規模にはしない」
シエルが静かに言う。
「検証用」
そう言いながら、
氷晶色の魔法陣を展開した。
複雑だった。
昨日より規模は小さい。
でも。
構造密度が高い。
幾何学的な術式線が、
何重にも重なっている。
しかも。
展開速度が異常に速い。
無詠唱。
迷いも無い。
術式が、
次々と組み上がっていく。
ルークは思わず目を細めた。
細かい理論は分からない。
でも。
速い。
それだけは分かる。
ミレイアが静かに説明する。
「シエルは、
術式構築そのものは完成してるタイプよ」
「演算速度も異常に高い」
「だから構築補助が必要ない」
シエルは小さく頷く。
「構築はできる」
「でも、
出力が足りない」
その時だった。
術式の一部が揺れる。
霧散。
魔力不足。
完成しかけた術式が、
最後まで届かない。
シエルは僅かに視線を落とした。
「……ルーク」
視線が向く。
昨日と同じ。
期待している目だった。
ルークは小さく頷く。
「やってみる」
灰銀色の魔力を展開。
昨日の感覚を思い出しながら、
術式へ近づける。
――失敗。
術式が途中で霧散する。
「っ……」
シエルが小さく息を呑む。
ルークも眉を寄せた。
カレン側より、
遥かに難しい。
術式そのものは完成している。
だからこそ。
少しでもズレると、
全体が崩れる。
「……やっぱり、
難しい」
でも。
ルークはそこで止めなかった。
もう一度。
今度は、
“流し込む”んじゃない。
不足している場所へ、
静かに埋めるように。
灰銀色の魔力を細く接続する。
シエルの術式へ、
少しずつ馴染ませる。
すると。
崩れかけていた術式が、
止まった。
「――っ」
シエルが目を見開く。
不足していた部分へ、
灰銀色の魔力が流れ込む。
術式が満たされる。
完成。
氷晶色の術式へ、
灰銀色の魔力が重なった。
――銀氷晶。
次の瞬間。
氷魔法が発動する。
透明感のある氷晶が、
静かに空中へ展開された。
訓練室の空気が、
一瞬で冷える。
シエルはそれを見上げたまま、
小さく呟いた。
「……できた」
その声は小さい。
でも。
昨日以上に感情が動いていた。
ルークはその場で片膝をつく。
「っ……重……」
額へ汗が浮かぶ。
明らかに、
カレン側より消耗が大きい。
ミレイアが小さく目を見開く。
「……やっぱり」
「シエル側は、
出力補完型なのね」
銀氷晶を見る。
不足していた魔力を、
ルーク側が埋めている。
「しかも消耗が重い……」
シエルは本来、
燃費自体は悪くない。
むしろ逆だった。
複雑化した術式によって、
無駄な魔力消費を削っている。
だからこそ。
成立さえすれば、
本来は低燃費なはずだった。
なのに。
共鳴状態では、
ルーク側の消耗が異常に重い。
術式を成立させるための負荷が、
そのまま流れ込んでいるようだった。
ルークは荒い呼吸のまま苦笑した。
「……昨日よりマシですけど、
やっぱ重いです」
「これ、
連発前提では使えないわね……」
カレンは少し呆れたように息を吐いた。
「なんかもう、
同じ“共鳴”でも別物じゃない」
「実際、
作用が違うんでしょうね」
ミレイアが頷く。
頭の中では完成していた魔法。
ずっと届かなかった理想。
それが。
今、
現実になっていた。




