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第八話 初クエスト(後編)


 土煙の向こう。


 赤い瞳が揺れる。


 低い唸り声。


 グレイファングは、

 まだ止まっていなかった。


 その周囲では、

 グレイウルフ達も低く姿勢を落としている。


 さらに。


 天井付近では、

 逃げ遅れたケイブバット達が混乱したように飛び回っていた。


 最悪だった。


 数が多い。


 速い。


 しかも。


 ミレイアはいない。


 フィアの呼吸が乱れる。


 《風読》へ流れ込んでくる情報量が、

 一気に増えていた。


 羽音。


 爪音。


 呼吸。


 殺気。


 魔力。


 気流。


 全部が混ざる。


 怖い。


 頭が追いつかない。


 足が震える。


 逃げたいと、

 一瞬だけ思った。


 でも。


 ルークはもう前へ出ている。


 カレンも、

 無理にでも押し返そうとしている。


 シエルは、

 後ろで術式を組み続けている。


 ここで自分が止まったら。


 崩れる。


 みんな危ない。


「……っ」


 フィアは強く息を吸った。


 怖いままでいい。


 それでも。


 守らなきゃ。


「フィア」


 ルークが短く呼ぶ。


 その声で、

 少しだけ意識が戻った。


「……はい」


「見えるか」


 一瞬。


 フィアは息を止めた。


 そして。


 小さく頷く。


「……右」


「二体、回ります」


 直後。


 グレイウルフ二体が左右へ散った。


「っ!」


 ルークが即座に動く。


 短剣へ灰銀色魔力。


 踏み込み。


 左側へ回り込もうとした一体へ斬撃を叩き込む。


 火花。


 硬い手応え。


 だが。


 止まり切らない。


 横からもう一体。


「下がって、ルーク!」


 フィア。


 ルークが反射的に後退する。


 次の瞬間。


 深紅色の炎が、

 目の前を薙ぎ払った。


「――《紅蓮砲》!」


 爆炎。


 熱風。


 グレイウルフ一体が吹き飛ぶ。


 だが。


 グレイファングは止まらない。


 黒紫色の魔力を纏ったまま、

 氷槍を踏み砕きながら前へ出る。


「っ……!」


 カレンの表情が強張る。


 火力は足りている。


 なのに、

 押し返せない。


 焦りと共に、

 深紅炎の出力がさらに跳ね上がった。


 熱量が暴れる。


 魔法陣が軋む。


 赤熱した術式線が、

 不安定に明滅を始めた。


 本来なら、

 制御し切れない出力。


 術式崩壊寸前。


「カレン!」


 フィアが叫ぶ。


 だが、

 カレンは止められない。


 押し切らなきゃ。


 止めなきゃ。


 失敗できない。


 その感情が、

 さらに深紅炎を荒れさせる。


 ルークはその瞬間、

 どこか懐かしい感覚を思い出していた。


 白煌色。


 幼い頃。


 ユノの隣で感じた魔力。


 無理に押し込むんじゃない。


 合わせる。


 馴染ませる。


 支えるように。


「……あ」


 気付けば。


 灰銀色魔力が、

 カレンの術式へ流れ込んでいた。


 灰銀色魔力が、

 深紅炎へ溶け込む。


 その瞬間。


 暴れていた炎が、

 ぴたりと収束した。


「――っ?」


 カレンの目が見開かれる。


 さっきまで軋んでいた術式が、

 崩れない。


 熱量はそのまま。


 いや。


 むしろ上がっている。


 なのに。


 炎が暴れない。


 散らない。


 深紅色の中へ、

 銀灰色が静かに混ざっていく。


 緋銀炎。


 荒れていた魔力が、

 一本の流れへ纏まっていく。


「な、に……これ」


 カレンの声が震える。


 ルーク自身も、

 何をしているのか分かっていなかった。


 ただ。


 ユノの隣で感じていた感覚と、

 よく似ていた。


 押し込むんじゃない。


 支える。


 崩れないように。


 馴染ませるように。


 その瞬間。


 グレイファングが、

 再び前へ出る。


 黒紫色の魔力を纏った牙。


 一直線。


 だが。


 今度のカレンは、

 術式を崩さなかった。


 深く息を吸う。


 緋銀炎が、

 魔法陣へ収束していく。


「――《紅蓮砲》!!」


 轟炎。


 銀灰色を帯びた深紅の砲撃が、

 一直線に洞窟内を貫いた。


 爆音。


 熱風。


 グレイファングへ直撃。


 巨体が吹き飛ぶ。


 洞窟壁面へ激突。


 岩盤へ亀裂が走る。


「やった――」


 フィアが息を呑む。


 だが。


 グレイファングは、

 まだ倒れない。


 黒紫色魔力を撒き散らしながら、

 ゆっくり立ち上がる。


「嘘でしょ……!」


 カレンの顔が強張る。


 しかも。


 左右では、

 残ったグレイウルフ達がまだ動いている。


 ケイブバットも、

 天井付近を飛び回っていた。


 数が多い。


 このままじゃ押し切られる。


 その時だった。


 シエルが一歩前へ出る。


「……止める」


 静かな声。


 次の瞬間。


 複数の氷魔法陣が、

 洞窟内へ同時展開された。


 速い。


 詠唱は無い。


 にもかかわらず、

 氷術式が次々と構築されていく。


 空中。


 壁面。


 地面。


 一枚じゃない。


 二枚でもない。


 幾何学模様のような氷術式が、

 重なり合いながら高速展開される。


 普通の魔法士なら、

 一枚構築するだけでも時間が掛かる規模。


 なのにシエルは、

 それを同時並列で組み上げていた。


 洞窟全体を覆うほどの術式。


 ルークには、

 理論までは分からない。


 でも。


 “普通じゃない”ことだけは、

 本能的に理解できた。


 シエルの額へ汗が滲む。


「……足りない」


 小さな声。


 完成しかけた術式が、

 出力不足で軋み始める。


 その瞬間。


 ルークの中へ、

 さっきの感覚が残っていた。


 カレンへ流した時の感覚。


 支えるように。


 馴染ませるように。


「……これ」


 無意識じゃない。


 今度は、

 意識的に。


 ルークは灰銀色魔力を、

 シエルの術式へ流し込んだ。


 灰銀色魔力が、

 出力不足で満ち切っていなかった術式へ流れ込む。


 その瞬間。


 空白だった術式線が、

 灰銀色を混ぜた銀氷晶で満たされる。


 崩れかけていたわけじゃない。


 最初から、

 シエルの術式自体は完成していた。


 ただ。


 そこへ流し込む魔力だけが、

 足りていなかった。


「――」


 シエルの瞳が僅かに開く。


 透明感のある青白色。


 そこへ灰銀色が溶け込むことで、

 冷気がさらに澄んでいく。


 銀氷晶。


 冷気が、

 一気に洞窟内へ広がる。


 シエルの術式が、

 頭の中で描いていた完成形へ到達する。


「……届く」


 静かな声。


 次の瞬間。


 洞窟内へ、

 無数の氷線が走った。


 空気が凍る。


 地面。


 壁。


 天井。


 広域拘束術式。


 銀氷晶が、

 洞窟全体を一気に縫い止める。


 同時に。


 ルークの身体から、

 魔力が一気に引き剥がされていく。


「っ……!」


 思わず膝が揺れた。


 重い。


 カレンへ流した時とは、

 比較にならない。


 グレイウルフ三体。


 一瞬で氷結。


 完全停止。


 天井付近を飛び回っていたケイブバット達も、

 翼ごと凍り付き、

 地面へ落下した。


 だが。


 グレイファングだけは止まらない。


「っ……!」


 黒紫色の魔力が軋む。


 銀氷晶を砕きながら、

 ゆっくり前へ出る。


 動きは鈍い。


 けれど。


 止まり切らない。


 その姿に、

 全員の空気が張り詰めた。


 シエルがルークを見る。


 視線だけ。


 でも。


 その目ははっきり理解していた。


「……偶然じゃない」


 短い声。


 ルークは答えられない。


 自分でも分からない。


 ただ。


 さっきから、

 身体が勝手に動いていた。


 その時。


 フィアの《風読》が、

 再び戦場全体を駆け巡る。


 グレイファング。


 銀氷晶。


 動き。


 重心。


 魔力の流れ。


 そして。


 一瞬だけ生まれた、

 隙。


「――今なら通る!」


 フィアが叫ぶ。


 その瞬間。


 カレンがルークを見る。


 言葉は無い。


 でも。


 さっき確かに支えられた。


 一人じゃ崩れる火力でも。


 今なら届く。


 その感覚だけが残っている。


 ルークも、

 自然と頷いていた。


 灰銀色魔力が、

 再び深紅炎へ重なる。


 今度は、

 カレン側も無意識に受け入れていた。


 深紅炎が、

 緋銀炎へ変わる。


 さっきより明確に。


 さっきより自然に。


 炎が暴れない。


 火力が散らない。


 一直線に収束していく。


 フィアが叫ぶ。


「カレン!」


 シエルが銀氷晶で動きを止める。


 ルークが緋銀炎を支える。


 その中心で。


 カレンが、

 真正面からグレイファングを見据えた。


「――《紅蓮砲》!!」


 銀灰色を帯びた深紅の砲撃が、

 一直線に洞窟内を貫いた。


 銀氷晶によって動きを鈍らせた、

 その一点へ。


 緋銀炎が叩き込まれる。


 轟音。


 爆炎。


 熱風。


 グレイファングの黒紫色魔力が、

 悲鳴のように軋んだ。


 そして。


 巨体が、

 ゆっくり崩れ落ちる。


 静寂。


 誰も、

 すぐには動けなかった。


 洞窟内へ、

 熱気と冷気が入り混じっている。


 緋銀炎の残光。


 銀氷晶の欠片。


 崩れ落ちたグレイファング。


 その全部が、

 まだ現実感を持てなかった。


「……倒した」


 フィアが、

 呆然と呟く。


 その声で、

 ようやく空気が動いた。


 カレンが荒く息を吐く。


 魔法陣が消える。


 同時に、

 膝が少し揺れた。


「っ……」


 消耗が大きい。


 だが。


 それ以上に。


 さっきの感覚が、

 頭から離れなかった。


 炎が暴れなかった。


 あの出力で。


 本来なら、

 絶対に制御し切れないはずなのに。


 カレンがゆっくりルークを見る。


「……アンタ」


 言葉が続かない。


 何をされたのか、

 自分でも分からない。


 でも。


 確かに、

 支えられていた。


 一方。


 シエルも、

 静かに自分の手を見ていた。


 銀氷晶の残滓。


 指先へ残る冷気。


 本来なら。


 出力不足で崩れるはずだった。


 なのに。


 術式は最後まで成立した。


 いや。


 違う。


「……違う」


 シエルが小さく呟く。


 視線が、

 ルークへ向く。


「成立したんじゃない」


「元々、術式は完成してた」


「でも、

 出力が足りなかった」


 一瞬、

 シエルの視線がルークへ向く。


「……成立、させられた」


 静かな声。


 でも。


 そこには確かな驚きが混ざっていた。


「え……?」


 フィアが目を瞬かせる。


 ルークは答えられない。


 自分でも理解できていない。


 ただ。


 ユノの隣で感じていた感覚だけが、

 妙に残っている。


 馴染ませる。


 合わせる。


 支える。


 そんな曖昧な感覚。


「……なんなのよ、それ」


 カレンが眉を寄せる。


 その時だった。


 崩落した岩盤の向こう側から、

 小さく魔力の揺れが走る。


 ミレイアだ。


 戦闘音が止まっている。


 洞窟全体へ響いていた振動も、

 もう続いていない。


 ぱらぱらと落ちていた細かな砂も、

 今は止まっていた。


 数秒。


 静かな間。


 そして。


「……これなら、いけるわね」


 ミレイアの小さな声。


 次の瞬間。


「全員伏せなさい!!」


 爆音と共に、

 崩落箇所の一部が吹き飛んだ。


 土煙。


 砕けた岩盤。


 そして。


 その向こうから、

 ミレイアが姿を現す。


「無事!?」


 叫びながら、

 即座に周囲を確認する。


 ルーク達。


 停止したグレイウルフ。


 氷結したケイブバット。


 そして。


 倒れているグレイファング。


 ミレイアの動きが止まった。


「……は?」


 視線が、

 緋銀炎の残滓へ向く。


 次に、

 洞窟内へ残る銀氷晶。


 さらに、

 グレイファングの死体。


「……なんで、倒せてるのよ」


 思わず漏れた声。


 ルーク達も、

 答えられない。


 ただ。


 四人全員が理解していた。


 さっき。


 何かが起きた。


 今までとは、

 明らかに違う何かが。

第二章閉幕です


ここまで読んでくださった方々、


ありがとうございます!


ようやくサブタイトルの


回収開始され出したって感じです笑


かなりの長編になりそうですが、


今後ともお付き合いいただけると幸いです!

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