第六話 才能の欠片
午前の陽射しが、
大きな窓から教室へ差し込んでいた。
セフィリア魔法学園、高等部一般教室。
魔法士学科だけでは人数が少ないため、
基礎授業の一部は一般学科との合同になる。
「――生活魔法は、
戦闘用魔法よりも術式安定性が重要です」
教師の声。
黒板へ描かれていく簡易魔法陣。
周囲では、
生徒達が真面目にノートを取っていた。
その中で。
ルークも、
静かにペンを走らせていた。
授業内容そのものは、
理解できる。
だが。
彼が見ているのは、
ノートだけではなかった。
周囲の生徒。
魔法の使い方。
授業中の空気。
誰がどういう反応をするか。
自然と視線が動く。
前方では、
カレンが頬杖をついていた。
赤い瞳は、
真面目に黒板を見ている。
だが。
周囲の席は、
微妙に空いていた。
誰も露骨には避けない。
けれど、
なんとなく距離がある。
カレン自身も、
それに気付いている。
だからこそ。
気にしていないように、
わざと無愛想にしていた。
一方。
シエルは、
既にノートを書き終えていた。
教師が説明する前に、
次の内容までまとめている。
淡い青の瞳は、
半分くらい退屈そうだった。
そして。
フィアは、
少しだけ肩を縮こませていた。
周囲の空気。
小さな視線。
囁き声。
そういうものへ、
誰より敏感だった。
「……じゃあ、
この術式の欠点は?」
教師が教室を見回す。
一瞬の静寂。
その直後。
「魔力循環効率が悪い。
維持時間も短いから、
長時間使用には向かない」
シエルが自然に答えていた。
教室が静まる。
教師が少し目を丸くした。
「……その通りです」
ざわ。
小さな空気の揺れ。
「……やっぱUクラスって変なの多くね?」
後ろの方から、
小声。
フィアの肩が、
ぴくりと揺れる。
カレンの眉が僅かに寄った。
だが。
「……?」
シエル本人は、
何を言われたのか分かっていない顔だった。
ルークは思わず苦笑する。
「シエル、
ちょっと目立ったかもな」
「……質問されたから」
「まあ、
そうなんだけど」
本気で悪気がない。
そこが余計に、
周囲との差を感じさせた。
授業終了の鐘が鳴る。
教室が一気に騒がしくなった。
椅子を引く音。
友人同士の会話。
昼食へ向かう生徒達。
その流れの中で。
Uクラスの四人は、
綺麗に別方向へ動き出した。
「ちょっと待ちなさい」
聞き慣れた声。
ぴたり、と全員止まる。
教室後方。
腕を組んだミレイアが、
呆れ顔で立っていた。
「何バラけようとしてんのよ」
「……別に」
カレンが目を逸らす。
「パーティーでしょうが」
沈黙。
気まずい。
かなり気まずい。
ミレイアは深いため息を吐いた。
「はい、移動」
「え、強制なんですか」
「強制よ」
数分後。
学園食堂。
四人掛けテーブル。
そこに。
微妙な距離感で、
四人が座っていた。
誰も喋らない。
周囲の食堂は賑やかなのに、
ここだけ妙に静かだった。
ルークは内心かなり困っていた。
どうしろこれ。
正面。
カレンは辛そうな色のスープを飲んでいる。
赤い。
かなり赤い。
「……それ、美味いのか?」
「は?」
「いや、
なんか凄い色してるから」
「普通でしょ」
普通ではない。
たぶん。
でも。
少しだけ、
空気が動いた。
隣では、
シエルが小さなサンドイッチを食べていた。
量が少ない。
「それだけで足りるのか?」
「……足りる」
「燃費良いな……」
「……食事、時間かかるから」
「そこ効率で考えるのかよ」
フィアが、
思わず小さく吹き出した。
「あっ……ご、ごめんなさい……!」
「いや、
別に謝るほどじゃないだろ」
ルークが笑う。
フィアは少し安心したように、
胸を撫で下ろした。
「フィアは?」
「わ、私は……
普通、だと思います……」
そう言いながら、
ゆっくりパンを千切っている。
かなり遅い。
食べるというより、
慎重に口へ運んでいる感じだった。
「……お前ら、
全員クセ強いな」
「アンタに言われたくないんだけど」
カレンが即座に返す。
でも。
さっきまでより、
ほんの少しだけ。
空気が柔らかくなっていた。
午後。
魔法士学科用訓練場。
外縁部寄りにあるその区画は、
一般授業の空気とはかなり違っていた。
焦げ跡。
砕けた石床。
結界杭。
実戦用訓練設備。
ここが、
魔法士学科の場所なのだと分かる。
「さて」
ミレイアが手を叩く。
「今日は基礎確認。
アンタ達の問題点を洗い出すわ」
「問題点って言い方やめてくれません?」
「事実でしょうが」
即答だった。
ルークは苦笑する。
「まずカレン」
「……はいはい」
カレンが前へ出る。
ミレイアは訓練用標的を指差した。
「火力禁止」
「は?」
「制御重視。
出力抑えなさい」
「いや、
それ意味――」
「あるから言ってんの」
ぴしゃり。
カレンは露骨に不満そうな顔をした。
だが。
ゆっくり息を吐き、
魔法陣を展開する。
深紅色。
幾重にも重なる炎の術式。
空気が熱を帯びる。
「――《紅蓮砲》」
低く放たれた短縮詠唱。
次の瞬間。
深紅炎が一直線に走った。
轟音。
だが。
以前のような暴発は無い。
炎は綺麗に収束し、
標的だけを正確に焼き抜いた。
静かに、
熱が揺らぐ。
ルークは少し目を見開いた。
「……今の、綺麗だった」
一瞬。
カレンの動きが止まる。
「……は?」
「いや、
なんか凄かったから」
「……っ」
カレンがそっぽを向く。
「そ、そりゃ出力落としてるし。
当たり前でしょ」
耳が少し赤い。
ミレイアはそれを見ながら、
小さく笑った。
「アンタ、
焦ってない時はちゃんと制御できるのよ」
「…………」
「問題は、
勝手に自分で追い込むこと」
カレンは答えない。
代わりに、
少し強めに舌打ちした。
「次、シエル」
「……ん」
シエルが前へ出る。
淡青色の魔法陣。
瞬間。
ルークでも分かるほど、
術式が複雑だった。
細かい。
異様に細かい。
幾何学模様みたいに、
魔法陣が何重も重なっていく。
「待ちなさい」
ミレイアが止めた。
「また盛ってるわね?」
「……必要」
「実戦中にそんなの組んでたら終わるわよ」
「……効率いい」
「発動できなきゃ意味ないの」
シエルは少しだけ眉を寄せた。
不満そうだった。
「簡略化しなさい。
三割削る」
「……火力落ちる」
「いいから」
数秒。
シエルは黙ったまま、
術式を書き換えていく。
魔法陣が減る。
削れる。
圧縮される。
「――《氷槍》」
青白い氷が高速生成。
直後。
氷槍が一瞬で射出された。
速い。
さっきより明らかに。
標的へ突き刺さり、
氷結が広がる。
シエルが少し瞬く。
「……速い」
「でしょう?」
「……でも、綺麗じゃない」
「実戦は芸術作品作る場所じゃないのよ」
ミレイアは肩を竦めた。
「アンタ、
頭の中で完成しすぎなの」
「…………」
「現実側が追いついてない。
そこ理解しなさい」
シエルは無言だった。
でも。
少しだけ悔しそうだった。
「次、フィア」
「は、はい……!」
フィアが慌てて前へ出る。
ミレイアが片手を上げた。
その周囲へ、
小さな火球が複数展開される。
「回避訓練。
《風読》使いなさい」
フィアが小さく頷く。
「――《風読》」
青翠色の薄い風が、
静かに広がった。
空気へ溶け込むように。
柔らかく。
自然に。
風が訓練場全体を撫でていく。
空気の揺れ。
視線。
魔力の流れ。
詠唱前の僅かな気配。
それらが、
フィアへ流れ込む。
直後。
火球が放たれた。
「っ」
フィアが動く。
右。
後方。
左上。
次々と火球を回避していく。
派手ではない。
だが、
無駄が無かった。
ルークは少し驚く。
全部、
見えてるのか。
「悪くないわね」
ミレイアが言う。
「でも、
避けるだけじゃダメ」
追加で火球展開。
その向きが、
ルークへ変わる。
「仲間がいるなら、
見えたものを伝えなさい」
「えっ」
フィアの顔が強張る。
火球発射。
フィアは見えている。
どこから来るか。
どの角度か。
分かっている。
でも。
言葉が出るまで、
一瞬遅れる。
「み、右から……!」
遅い。
だが。
ルークは反応した。
咄嗟に結界展開。
灰銀色の薄い膜が、
火球との間へ割り込む。
直後。
火球が衝突した。
「っ……!」
熱。
衝撃。
結界が大きく揺らぐ。
受け流し切れない。
ルークは半歩押し込まれ、
慌てて横へ逃がした。
火球が後方で爆ぜる。
「うわっ、熱……!」
「ご、ごめんなさい……!」
フィアが青ざめる。
ルークは慌てて手を振った。
「だ、大丈夫だから!」
ミレイアはその様子を見ながら口を開く。
「今の見たでしょ」
灰銀色結界が、
不安定に揺らいでいる。
「アンタの結界、
燃費も効率も悪いのよ」
「……やっぱり分かります?」
「無属性魔力が“拒絶”に向いてないの」
ミレイアは腕を組む。
「だからアンタ、
障壁みたいな“止める側”へ寄ってる」
ルークは揺らぐ結界を見つめる。
確かに。
普通の結界は使える。
でも。
維持負荷が重い。
消耗も激しい。
受け流す感覚も、
上手く馴染まなかった。
一方で。
灰銀色障壁は、
“止める”ことに特化している。
ミレイアは静かに続けた。
「フィア。
アンタは見えてる」
「…………」
「問題は、
自分の判断を信じ切れてないこと」
フィアが俯く。
細い指が、
制服をぎゅっと掴んでいた。
「最後、ルーク」
「はい」
ルークが前へ出る。
「やってみなさい」
「ざっくりしてるなぁ……」
ルークは小さく息を吐く。
右手を前へ。
灰銀色の魔力が、
ゆっくり集束していく。
形状術式。
剣のイメージ。
刃。
柄。
構造固定。
手元で、
灰銀色の剣が形成されていく。
だが。
「……っ」
重い。
維持負荷が大きい。
剣の輪郭が、
僅かに揺らぐ。
魔力消耗も早い。
「そこまで」
ミレイアが止めた。
「やっぱり重いわね」
「……まだ慣れてなくて」
「違う」
即答。
「アンタ、
全部を魔力だけで作ろうとしてるから重いのよ」
ルークが少し眉を寄せる。
「全部……?」
「土台があるなら、
維持するだけで済むでしょう?」
その直後。
ミレイアが何かを放った。
「っ」
反射的に掴む。
鞘付き短剣。
訓練用の簡素な武器だった。
「それ使ってみなさい」
一瞬。
ルークが目を瞬く。
だが。
すぐに短剣を抜く。
そこへ。
灰銀色魔力を流し込む。
刃へ沿うように。
包み込むように。
薄く、
鋭く。
魔力が伸びる。
灰銀色の刃が、
短剣の外側へ形成された。
揺らぎはある。
まだ薄い。
だが。
さっきより明らかに安定していた。
「……維持、軽い」
思わず呟く。
「でしょ?」
ミレイアが頷く。
「アンタの形状術式は特殊よ。
でも、
だからって全部を一から作る必要はない」
ルークは何度か剣を振る。
軽い。
いや。
正確には、
負荷が減っている。
実剣が芯になっている分、
魔力維持だけで済む。
「へぇ……」
カレンが少し感心した声を漏らす。
「アンタ、
そういう使い方もできんのね」
「俺も今知った」
「行き当たりばったり過ぎでしょ……」
呆れたように言うが、
カレンの声音は少し柔らかい。
シエルが灰銀色の刃を見つめる。
「……効率、かなり上がってる」
「分かるのか?」
「……魔力消費、減ってるから」
やっぱり見えてるんだな、とルークは思った。
フィアも少し安心したように笑う。
「す、凄いです……」
「いや、
まだ全然だけどな」
実際、
未完成だ。
刃は不安定。
長時間維持も難しい。
それでも。
今までより、
確実に前へ進んでいた。
一週間後。
放課後の訓練場。
夕陽が石床を赤く染めていた。
「今日は簡易連携やるわよ」
ミレイアの声。
ルーク達四人は、
訓練場中央へ集められていた。
ミレイアが術式板へ魔力を流し込む。
直後。
訓練場端の土が盛り上がった。
石同士が擦れる音。
土属性魔道具。
人型の簡易ゴーレムが、
三体起動する。
「今日はコイツ相手」
「……うわ、
実戦形式かよ」
「まずは役割意識しなさい」
ゴーレムが動く。
鈍い足音。
真正面から、
一体が突進してきた。
「っ!」
カレンが前へ出る。
「――《紅蓮砲》!」
深紅炎が直撃。
轟音。
前方のゴーレムが吹き飛ぶ。
だが。
左側。
別個体がルークへ接近。
フィアの瞳が揺れた。
「ルークさん……!
ひ、左、来ます……!」
ルークは即座に反応した。
灰銀色魔力展開。
障壁形成。
直後。
ゴーレムの腕が障壁へ激突する。
「シ、シエルさん……
右、止められますか……!?」
右側。
別のゴーレムが、
カレンの死角側へ回り込んでいた。
シエルは一瞬だけそちらを見る。
「……できる」
青白い魔法陣。
高速構築。
「――《氷槍》」
氷が地面を走る。
ゴーレムの脚部を凍結。
動きが止まる。
「カレンさん、今です……!」
「分かってる!」
深紅炎が走った。
《紅蓮砲》が、
凍結したゴーレムへ直撃する。
爆炎。
衝撃。
土塊が吹き飛ぶ。
――その瞬間。
全員、
一瞬だけ止まった。
「……今の」
フィアが小さく呟く。
ちゃんと繋がった。
ほんの一瞬。
偶然に近い。
でも。
確かに、
四人の動きが噛み合った。
ミレイアが少し笑う。
「……面白くなってきたじゃない」
カレンが小さく息を吐く。
「……まだ全然でしょ」
「でも、
今のは悪くなかった」
ルークが言う。
カレンは少し視線を逸らした。
でも、
否定はしない。
シエルは砕けた氷片を見ている。
「……今の、
出力タイミング合ってた」
「フィアの声が早かったからな」
「ぁ……」
フィアが目を丸くする。
褒められると思っていなかった。
「わ、私……
ちゃんとできてましたか……?」
「できてた」
ルークが頷く。
「助かった」
フィアの頬が、
少しだけ赤くなる。
夕陽が、
訓練場を赤く染めていた。
まだ未完成。
噛み合わないことの方が多い。
でも。
ほんの少しだけ。
“パーティー”になれるかもしれない。
そんな感覚が、
そこにはあった。
一話ごとの文章量が多くなってきたので
作品品質向上と毎日投稿継続のため、
次回から一話を前・後半に分けようと思います。




