第五話 ミレイアの指導
教室の空気は、
まだ少し微妙だった。
ルーク。
カレン。
シエル。
フィア。
四人とも、
互いをどう扱えばいいのか分かっていない。
そんな空気。
だが。
ミレイアだけは気にした様子もなく、
軽く手を叩いた。
「説明は以上」
そして、
四人を見回す。
「午後から演習場集合」
「それまで一旦解散ね」
自由すぎる。
そう思ったのは、
多分ルークだけではない。
カレンはすぐ立ち上がった。
興味が無いと言わんばかりに、
さっさと教室を出ていこうとする。
シエルは静かに本を閉じる。
最初から周囲へ興味が薄い。
フィアだけが、
どこか空気を気にしていた。
「あ、えっと……
また後でね?」
困ったように笑いながら、
フィアも教室を出ていく。
ルークはその様子を見送りながら、
小さく息を吐いた。
「……大変そうだな」
その後ろ。
教室を出かけていたカレンが、
少しだけ眉をひそめた。
だが、
結局何も言わず、
そのまま廊下の向こうへ消えていった。
午後。
指定された第一演習場へ着くと、
既に他の生徒達が訓練を始めていた。
魔法の炸裂音。
剣戟。
飛び交う怒号。
実戦訓練らしい空気が、
演習場全体へ広がっている。
ルークは小さく周囲を見回した。
その中で。
カレンは腕を組みながら、
不機嫌そうに演習場を眺めていた。
シエルは訓練設備を観察している。
魔法陣の刻印や術式補助設備へ、
明らかに興味を向けていた。
フィアだけは、
少し緊張した様子で周囲を見ている。
他パーティー達の空気に、
少し圧倒されているのかもしれない。
そんな四人を見て。
ミレイアは、
どこか楽しそうに笑っていた。
「うん。
やっぱり面白いわね、あなた達」
ミレイアが軽く手を叩く。
「はいはい。
とりあえず自己紹介ね」
四人が視線を向ける。
「名前だけで終わりそうだから、
“なんで魔法士を目指してるか”も言いなさい」
一瞬。
空気が止まった。
どう考えても、
面倒なやつだ。
最初に口を開いたのはカレンだった。
「……カレン」
ぶっきらぼうな声。
短く、
それだけ言って終わりそうになる。
だが。
ミレイアは黙って続きを待っていた。
カレンは少しだけ眉を寄せる。
「……見返してやりたい奴がいる」
短い。
でも。
そこに込められた感情だけは、
はっきり伝わった。
言い終えると、
カレンはすぐ視線を逸らした。
次に。
「シエル」
淡々とした声。
「思い通りに魔法を使いたい」
それだけ。
でも。
無表情の奥に、
少しだけ熱がある。
続いて、
フィアが少し慌てたように姿勢を正す。
「ふ、フィアです」
柔らかな声。
「私は……
孤児院へ恩返しがしたくて」
少し恥ずかしそうに笑う。
その空気だけ、
妙に平和だった。
最後に。
視線がルークへ向く。
「ルークだ」
少しだけ考える。
白金色の髪が浮かぶ。
――また会おう。
昔の約束。
だから自分は、
ここへ来た。
でも。
ふと視線を上げた先には、
ミレイアがいた。
その姿を見た瞬間。
ルークの脳裏へ、
昔の光景が蘇る。
互いを信頼し、
支え合いながら戦っていた三人。
夜明の灯。
幼い自分が、
初めて憧れた魔法士達。
あんな風になりたいと、
ずっと思っていた。
「“夜明の灯”みたいな魔法士になりたい」
一瞬。
空気が静かになった。
ミレイアだけが、
少しだけ目を細める。
「……そっか」
それは、
どこか優しい声だった。
自己紹介が終わると、
ミレイアは軽く頷いた。
「じゃあ次」
視線がカレンへ向く。
「まずはあなたから」
カレンは小さく舌打ちしながら、
前へ出た。
そのまま演習用標的へ手を向ける。
展開された魔法陣が、
深紅炎の魔力に満たされていく。
「――《紅蓮砲》」
次の瞬間。
爆炎が演習場へ響いた。
熱風が周囲を揺らし、
演習用標的が大きく軋む。
火力だけなら、
明らかに同年代を超えていた。
だが。
炎が不安定だった。
出力が揺れる。
魔力の流れも荒い。
少し制御を崩せば、
そのまま暴発しそうな危うさすらある。
ミレイアは静かにそれを見ていた。
「威力は十分」
カレンが小さく眉を動かす。
「元々、
魔力の出力圧が強すぎるのよ」
「その上、
火属性濃度まで濃い」
深紅炎が、
まだ僅かに揺らいでいる。
「だから少し崩れただけで、
一気に制御が乱れる」
そこまでは、
生まれ持った特性だった。
ミレイアは少しだけ目を細める。
「……でも、
制御できない原因はそれだけじゃないわね」
少しだけ考える。
「恐怖……
いや、焦りってとこかしら」
「……別に」
返答は早かった。
でも。
少しだけ声が強い。
図星なのだろう。
「認められたい」
「失敗したくない」
「そういう焦りが、
余計に魔力を暴れさせてる」
カレンは悔しそうに視線を逸らした。
反論はしなかった。
出来なかった、
の方が近い。
ルークはその様子を静かに見ていた。
――威力が高すぎる。
あれを制御し切れたら、
多分かなり強い。
そんな印象だった。
「次、シエル」
名前を呼ばれても、
シエルは特に緊張した様子もなかった。
静かに前へ出る。
そのまま、
演習用標的へ手を向けた。
淡く青白い魔法陣。
氷晶色の魔力が流れ込む。
次の瞬間。
氷弾が発射された。
鋭い。
速い。
標的の表面が一気に凍結する。
だが。
「……違う」
シエルは小さく呟いた。
次の瞬間、
魔法陣へさらに術式が追加される。
氷弾が回転した。
圧縮。
軌道補正。
収束制御。
氷晶色の術式が、
高速で積み上がっていく。
ルークは少し目を見開いた。
――速い。
次々と術式が追加されていく。
何をやっているのか、
細かい理論までは分からない。
でも。
無茶苦茶なことをしているはずなのに、
妙なまとまりがあった。
だが。
増え続ける術式に対し、
魔力出力が追いつかない。
氷晶色の魔法陣。
精度は異常だった。
でも。
最後まで満ち切らない。
出力不足。
完成した術式を維持しきれず、
氷晶色の魔力が霧散する。
「……やっぱり足りない」
シエルは小さく呟いた。
理解はしている。
自分の出力では、
この術式を成立させ切れないことを。
でも。
それでも、
シエルは術式を削らない。
頭の中にある“完成形”を、
捨てきれないのだ。
ミレイアが溜息を吐く。
「盛りすぎ」
「今のあなたの出力じゃ、
そこまで届かないわ」
「……でも、
この術式が一番効率いい」
即答だった。
本気でそう思っている。
だからこそ厄介だった。
ミレイアは苦笑する。
「理想が高いのは悪くないわ」
「でも、
現実の出力と噛み合わせなさい」
シエルは納得していない顔だった。
多分。
頭の中では、
もう完成しているのだろう。
「次はフィア」
名前を呼ばれた瞬間、
フィアの肩が少し揺れた。
「は、はいっ」
慌てて前へ出る。
風属性の魔法陣。
青翠風の魔力が流れ込む。
次の瞬間。
小さな風刃が放たれた。
標的へ当たる。
だが。
威力は弱い。
表面を浅く削っただけだった。
フィアは少し申し訳なさそうに視線を下げる。
「すみません……」
ミレイアは静かに首を振った。
「謝る必要はないわ」
そして、
風刃が当たった標的を見る。
「カレンとは逆ね」
フィアが小さく首を傾げる。
「あなた、
魔力密度がかなり低いのよ」
「その上、
風属性濃度も極端に薄い」
ルークは少しだけ納得した。
確かに。
フィアの魔力は軽い。
広く自然に流れる。
でも。
攻撃としてぶつけるには、
密度も圧力も足りない。
「だから攻撃魔法は苦手」
そこまでは、
フィアの生まれ持った特性だった。
ミレイアは続ける。
「でも逆に言えば、
魔力を感知されにくいってことでもあるわ」
フィアが少し目を瞬かせる。
「普通の魔法士は、
もっと魔力の存在感が強いの」
「でもあなたの魔力は薄い」
「だから自然と周囲へ溶け込める」
フィアの周囲を、
風が静かに流れる。
演習場全体の音。
位置。
動き。
気流。
自然とそこへ意識が向いていた。
ミレイアが少し感心したように笑う。
「その感知能力、
かなり異常よ」
「そこまで広く周囲を把握できる子、
そう多くないわ」
フィアは少し困ったように笑った。
「でも……
攻撃できませんから……」
その声には、
自信の無さが滲んでいた。
ミレイアは静かに返す。
「最初から、
“戦えない側”に自分を置くのやめなさい」
フィアが少し目を見開く。
「あなた、
周囲を読む才能だけなら飛び抜けてるわよ」
今まで、
そんな風に言われたことは少なかったのかもしれない。
フィアは少し戸惑ったように、
演習場へ視線を向けた。
ルークはそんなフィアを見ていた。
火力は無い。
でも。
演習場全体の流れへ、
自然と反応している。
それだけは、
はっきり分かった。
「最後、ルーク」
名前を呼ばれ、
ルークは前へ出た。
深く息を吐く。
そして。
灰銀色の魔力を、
ゆっくりと空中へ流す。
魔法陣は展開されない。
代わりに、
灰銀色の魔力そのものが形を取り始める。
長方形。
薄い板。
半透明の壁。
空中に、
灰銀色の障壁が形成される。
さらに。
障壁の一部が変形した。
形が伸び、
収束し、
刃へ変わる。
灰銀色の剣。
既存の属性魔法とは、
明らかに違う。
演習場の空気が少し変わった。
ミレイアは興味深そうにそれを見ている。
「……なるほどね」
ルークは魔力剣を維持したまま、
小さく息を整えた。
まだ不安定だ。
維持にも集中力を使う。
完成には程遠い。
「魔法陣で現象を起こしてるんじゃないのね」
「形そのものを術式にしてる」
「ああ」
ルークは素直に頷いた。
「剣も障壁も、
結局やってることは同じだ」
形を作る。
維持する。
必要に応じて変化させる。
それが、
ルークの無属性魔法だった。
ミレイアは少しだけ目を細める。
「……よく一人でここまで辿り着いたわね」
感心した声だった。
属性適性ゼロ。
既存体系外。
普通なら、
そこで終わっている。
でもルークは、
そこから形にした。
それを、
ミレイアは理解していた。
ルークは少しだけ視線を逸らす。
褒められ慣れていない。
だから、
少し落ち着かなかった。
ミレイアは続ける。
「でもね」
灰銀色の障壁へ視線を向ける。
「一人で辿り着けることと、
一人で全部やることは違うわ」
ルークは少し眉をひそめた。
「……どういう意味だ?」
「誰かを頼るのも力ってこと」
静かな声だった。
ルークは少しだけ黙る。
その考え方は、
今まであまり無かった。
ずっと一人で試行錯誤してきた。
誰にも教わらず。
誰にも頼らず。
だからこそ。
ミレイアの言葉は、
妙に頭へ残った。
四人への指導が終わると、
ミレイアは小さく息を吐いた。
そして。
改めて四人を見回す。
「あなた達って、
問題の種類こそ違うけど」
少し間。
「根本は同じなのよね」
カレンが小さく眉をひそめる。
シエルは無表情。
フィアは少し不安そうだった。
ルークも静かに話を聞いている。
ミレイアは続ける。
「全員、
今の自分に合う段階を飛ばしてる」
静かな声だった。
「でも、
そんな簡単に完成なんてしないわよ」
カレンへ視線を向ける。
「カレンは、
まず“制御できる火力”を覚えなさい」
次にシエル。
「シエルは、
今の出力で最後まで成立する術式から」
そしてフィア。
「フィアは……
最初から“戦えない側”に自分を置くのやめなさい」
フィアが少し目を丸くする。
最後に。
ミレイアの視線が、
ルークへ向いた。
「……ルークも同じよ」
ルークは少し眉をひそめる。
「全部を最初から、
自分だけで形にしようとしすぎ」
その言葉に、
ルークは少しだけ視線を落とした。
思い当たる節はある。
でも。
まだ上手く整理はできなかった。
ミレイアはそれ以上説明しない。
ただ、
どこか確信したように笑っていた。
誰も返事はしない。
でも。
四人は少しだけ、
互いの存在を意識していた。




