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第三話 得意な技術


 実技試験会場へ向かう途中、ルークは隣を歩くミレイアを何度も見てしまっていた。


 やっぱり、まだ信じきれていない。


 本当にミレイア本人で、しかも今は学園教師。あの夜明の灯の炎魔法士が、セフィリア魔法学園で教えている。


 ルークの視線に気づいたのか、ミレイアが小さく笑った。


「なによ、その顔」


「……いや、その。学園教師って聞いてなくて」


「あら」


 ミレイアは少しだけ目を丸くする。


「ガルド、話してなかったの?」


「何も聞いてません」


 一瞬、ミレイアが呆れたように額へ手を当てた。


「……はぁ。あいつらしいわね」


 その反応が妙に自然で、ルークは少しだけ懐かしくなる。昔からそうだった。ガルドは本当に必要なことしか言わない。いや、必要なことすら言わない時がある。


「改めて自己紹介するわ」


 ミレイアが軽く髪をかき上げる。


「今はセフィリア魔法学園で、魔法士学科の主任をやってるわ」


 さらっと言う。


 でも、よく考えるとかなり凄い。


「主任って……」


「まあ、色々あったのよ」


 ミレイアは軽く笑った。


「あなたのことはガルドから聞いてたわ。無茶ばっかしてるって」


「いや、してませんけど……」


「へぇ?」


 完全に信じていない顔だった。


 そんなやり取りをしているうちに、演習場が見えてくる。



 実技試験会場は、屋外演習場だった。


 白い石床で作られた巨大な円形フィールドの周囲には観覧席が設けられ、外周には魔法防壁を展開するための術式柱が並んでいる。魔法士学科らしい、実戦を想定した造りだった。


「うわ……」


 ルークは思わず周囲を見回した。


 広い。


 第一印象はそれだった。


 普通の訓練場とは規模が違う。しかも、ただ広いだけじゃない。石床には無数の傷跡が刻まれ、焼け焦げた痕や、霜が張ったような白い跡まで残っていて、過去の訓練の跡がそのまま残されていた。


「本当に戦う場所なんだな……」


 小さく呟く。


 観覧席では、すでに他の受験生達が待機しており、教師達も数人配置されていた。その中心にいるのは、やはりミレイアだった。腕を組みながら演習場を見渡している。


 ルークが少しだけ視線を向けると、ミレイアもこちらに気づき、軽く笑った。


「緊張してる?」


「……少しは」


「いいことよ。緊張しない新人は大体無茶するから」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。


 その時、試験官の教師が前へ出た。


「これより実技試験を開始する」


 演習場の空気が変わった。


「内容は自由形式。自分が最も得意とする魔法、または技術を見せろ」


 受験生達が小さくざわつく。


 自由形式。


 つまり、単純な火力だけではなく、実戦運用や適性も見られるということだ。


「順番に行う。危険と判断した場合はこちらで停止する」


 教師の声が響く中、ルークは静かに息を吐いた。


 ついに来た。


 自分の“異端”を見せる時が。


 そう思った、その直後だった。試験官の教師が、もう一度口を開く。


「実技試験開始前に、高等部生徒による模範演舞を行う」


 観覧席がざわついた。


「今年の担当は――」


 一瞬、間が空く。


「高等部魔法士学科特待生、ユノ」


 空気が変わった。


 受験生達の視線が一斉に演習場入口へ向き、そこに白金色の髪が視界へ入った。


 静かな足取り。無駄のない姿勢。黒を基調とした高等部制服。それだけなのに、自然と周囲の視線を集めてしまう。


「ユノ先輩だ……」


「やっぱり来た」


「本物初めて見た……」


 小声が広がる。でも、誰も気軽には話しかけない。どこか遠巻きに見てしまう空気があった。


 ルークはそんな周囲を少しだけ見た後、演習場へ視線を戻す。ユノは静かに中央へ立ち、教師が短く説明した。


「光属性魔法による模範演舞だ。よく見ておけ」


 ユノは小さく頷いた。


 次の瞬間、白煌色の魔法陣が一瞬で展開される。


「――っ」


 ルークは思わず目を見開いた。


 速い。


 術式構築から発動までの間が、ほとんど存在しない。


 通常なら、術式を組み、魔力を流し込み、属性へ転換し、発動するという工程が必要だ。でも、ユノは違う。まるで“完成した魔法”が、最初からそこにあったみたいに発動する。


 白煌色の光が空中へ走り、直後、演習場端の標的群が一斉に貫かれた。


 轟音。


 爆発ではない。圧縮された高密度の魔力が、一瞬で撃ち抜いた音だった。


 さらにユノは続けて術式を展開する。二重、三重と高速で重なっていく白煌色の魔法陣。そのどれもが、ほとんど遅れなく光へ変わっていく。


「……嘘だろ」


「速すぎる……」


 受験生達が息を呑み、教師達ですら真剣な顔で見ていた。


 最後に、白煌色の光槍が空中へ展開される。数は十以上。その全てが寸分違わず、標的の中心へ突き刺さった。


 沈黙。


 そして遅れて、どよめきが広がる。


「やっぱり別格……」


「これが特待生……」


「光属性ってあんななのかよ」


 周囲は圧倒されていた。憧れ、畏怖、距離感。色んな感情が混ざった視線が、ユノへ向けられている。


 そんな中で、ルークだけは少し違う顔でユノを見ていた。


「やっぱりユノだ」


 思わず、小さく笑う。


(……すごいな、ユノ)


 昔から凄いとは思っていた。でも、それ以上に、ちゃんと努力してきたんだと分かる。そして同時に、少しだけ遠くも見えた。


 ルークが知っている幼馴染で、けれど今は、誰もが見上げる特待生でもある。


 ユノは演舞を終えると、静かに視線を上げた。そして一瞬だけ、ルークの方を見る。


 ほんの僅か。


 口元が柔らかくなった気がした。



 ユノの模範演舞が終わった後も、しばらく演習場はざわついていた。


「速すぎだろ……」


「術式構築見えなかったんだけど」


「やっぱ特待生って別格なんだな」


 受験生達が興奮気味に話している中、教師の一人が咳払いした。


「静かにしろ。実技試験を再開する」


 空気が少し引き締まる。


 最初の受験生が演習場へ降り立った。


 火球。氷槍。風をまとった移動。


 受験生達は順番に、自分の得意な魔法を見せていく。派手な威力に歓声が上がる一方で、制御を乱して教師に止められる者もいた。


 そして、何人目かの試験が終わった頃、教師が書類を確認する。その瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。


「次、ルーク君」


 教師が名前を呼んだ瞬間、観覧席側がざわつく。


「……あいつ、属性反応無しの」


「本当に実技やるのか?」


「魔法、成立しないんじゃないのか?」


 興味、疑問、半信半疑。色んな視線が集まった。


 ルークは静かに立ち上がる。胸の奥が少しだけ熱い。怖くないわけじゃない。でも、ここまで来て逃げる気は無かった。


「行ってきます」


 小さく呟く。


 ミレイアが軽く笑った。


「好きにやりなさい。あなたがここまでやってきたものを見せればいいわ」


「はい」


「……まあ、無茶はしないことね」


「努力します」


「それ、ちょっと不安になる返事ね」


 ミレイアが小さく笑う。その空気が少しだけ懐かしくて、ルークの肩から力が抜けた。


 ルークは演習場へ降り、中央まで歩く。


 静かだった。


 さっきまでとは違う種類の空気。


 “分からないものを見る視線”。


 教師の一人が口を開いた。


「内容は自由」


「はい」


「始めろ」


 ルークはゆっくり息を吐いた。


 そして、灰銀色の魔力を静かに放つ。


 観覧席がざわついた。


「灰色……?」


「属性反応が無い」


「やっぱり本当に無属性なのか」


 ルークは構わず右手を前へ出す。


 灰銀色の魔力が、足元から影のように広がっていく。そこに、見慣れた魔法陣の形の術式はない。火にも、風にも、氷にも変わらない。ただ、魔力そのものが形を取っていく。


「……え?」


 誰かが声を漏らした。


 次の瞬間、伸びた魔力の先で地面がわずかに震える。


 そして。


 灰銀色の板が突き上がった。


 長方形。板状。半透明の構造体。


 数ヶ月かけて、ようやく安定して作れるようになった障壁。けれど、今は防ぐためじゃない。


「なんだあれ……」


「術式じゃない?」


 教師達の表情も変わる。


 ミレイアだけが、静かに見ていた。


 ルークは標的へ向かって走り、斜め前に出した障壁へ足をかける。


「っ!」


 硬い感触。


 障壁を蹴る。


 身体の向きが変わり、ルークは標的の側面へ回り込んだ。


「今の、何を蹴った?」


「壁……だよな?」


 観覧席から驚愕の声が上がる。


 ルークは障壁を足場にした。その使い方に、誰もすぐには反応できなかった。


 さらに、灰銀色の魔力が右手へ集まる。


 剣。


 細長い形状。


 だが、まだ不安定だった。輪郭は激しく揺れ、維持するだけで魔力が削られていく。実戦で使い続けられる代物ではない。


 それでも、今この一瞬なら。


 ルークは踏み込んだ。


「――っ!」


 障壁を蹴った勢いのまま、標的へ迫る。


 加速。


 灰銀色の剣が、標的を斬り裂いた。


 直後、剣が耐え切れず崩壊する。灰銀色の粒子が弾け、衝撃だけが遅れて広がった。


 静寂。


 そして。


 観覧席が大きくざわついた。


「今の何だ!?」


「術式がなかったぞ!」


「いや、でも魔力で――」


 教師達も完全に困惑していた。


「魔力を……形にしているのか?」


「術式を介していない?」


「いや、属性転換も起きていない……」


 ルークは荒く息を吐く。消耗が重い。特に魔力剣は、まだ全然安定していない。輪郭を維持するだけで、かなり持っていかれる。


 でも。


 ちゃんと届いた。


 教師達の顔が、それを証明していた。


 その時、ミレイアが小さく目を細める。その視線は斬撃そのものではなく、踏み込みの癖を追っていた。


「……懐かしい剣筋ね」



 実技試験が終わった後も、演習場のざわめきはすぐには収まらなかった。


「無属性の魔力って、本当にあるんだな……」


「属性転換なしで形を作ったのか?」


「でも、あれで魔法って言えるのか?」


 聞こえてくる声には、驚きと疑問が混ざっていた。


 ルークは演習場の端へ戻りながら、静かに息を整える。身体が重い。たった一度、魔力剣を振っただけで、想像以上に魔力を持っていかれた。


 けれど、後悔はなかった。


 見せられた。


 自分が積み上げてきたものを。


 そう思った時、試験官の教師達が短く言葉を交わし始めた。


「通常の属性術式とは異なるな」


「属性魔法としての評価は困難だ」


「だが、魔力操作、形成、実戦運用の三点は明確に確認できた」


 淡々とした声だった。


 けれど、その内容に、ルークの胸がわずかに高鳴る。


 ミレイアは腕を組んだまま、少し離れた位置で黙っていた。余計な口出しはしない。ただ、視線だけはルークから外さない。


 やがて、試験官の一人が顔を上げた。


「ルーク君」


「はい」


 ルークは姿勢を正す。


「君の技術は、既存の属性魔法とは異なる。通常の評価基準に当てはめることは難しい」


 周囲が静まった。


 一瞬、嫌な沈黙が落ちる。


 けれど、教師は続けた。


「だが、魔力制御技術、戦闘時の応用力、そして独自性については、実技試験の基準を満たしていると判断する」


 ルークは息を止めた。


「よって、実技試験は合格とする」


 その言葉が、演習場に響いた。


 すぐに歓声は上がらなかった。周囲の受験生達は、まだ戸惑っている。何を見せられたのか、どう評価すればいいのか、誰も整理できていない。


 それでも、ルークには十分だった。


「……ありがとうございます」


 頭を下げる。


 胸の奥が、じわりと熱くなった。


 ようやく、一つ通った。


 無属性でも。


 魔法士学科に届いた。


「やったじゃない」


 背後から声がした。


 振り返ると、ミレイアが軽く笑っていた。


「まあ、まだ合格しただけで満足されても困るけど」


「分かってます」


「ならいいわ」


 ミレイアはそう言ってから、少しだけ目を細めた。


「でも、今のはちゃんと、あなたの技術だった」


「……はい」


 その一言が、思った以上に嬉しかった。


 昔、自分を助けてくれた人達の一人に、今の自分を見てもらえた。それだけで、少し報われた気がした。


 その時だった。


「ルーク」


 静かな声が聞こえた。


 ルークは顔を上げる。


 演習場の入口近くに、ユノが立っていた。


 白金色の髪が、陽の光を受けて淡く輝いている。さっきまで模範演舞をしていた時と同じように、表情は静かだった。


 でも、ルークを見たその目だけは、少しだけ柔らかい。


「ユノ」


 名前を呼ぶと、周囲の受験生達がまた小さくざわついた。


「知り合いなのか?」


「特待生と?」


「さっき名前で……」


 その声が、ルークとユノの間に薄い壁のように挟まる。


 少しだけ、距離を感じた。


 昔は、もっと普通に話せた。村で並んで歩いて、魔法のことを話して、互いに当たり前のように隣にいた。


 でも今のユノは、学園の特待生だった。誰もが見上げる存在で、自分はようやく試験に合格したばかりの無属性。


 その差は、思ったよりも大きい。


 ユノはルークを見つめたまま、少しだけ目を細める。


「……本当に来たんだ」


「来たよ」


 ルークは笑った。


 懐かしい声だった。それだけで、胸の奥にあった緊張が少しだけ解ける。


「ずっと、来るつもりだった」


「うん」


 ユノは小さく頷く。


 それ以上、すぐには言葉が続かなかった。


 本当は聞きたいことがたくさんある。今までどうしていたのか、学園ではどう過ごしているのか、さっきの光魔法はどれだけ練習したのか。


 でも、周囲の視線がある。教師達もいる。受験生達も、遠巻きにこちらを見ている。


 今ここで、昔みたいに話すことはできない。それは、ルークにも分かった。


 だから、ルークはユノをまっすぐ見た。


「まだ、同じ場所に立てたわけじゃない。姿が見えただけだ」


 ユノが静かに瞬きをする。


「でも、すぐ追いつく」


 言ってから、少しだけ笑う。


「……いや、追いつくために来た」


 ユノの表情が、ほんの少しだけ揺れた。


 それは驚きにも見えたし、嬉しさにも見えた。けれど、ユノはすぐにいつもの静かな顔に戻る。


「待ってる」


 短い言葉。


 でも、ルークにはそれで十分だった。


 ユノは少しだけ視線を伏せた。


 もっと話したい。


 そんな想いがあるように見えた。けれど、ユノはそれを言葉にはしなかった。


 ルークは合格したばかり。ユノは特待生として、この場に立っている。


 昔みたいに隣へ並ぶには、まだ少しだけ時間がいる。


 だからユノは、ほんの僅かに口元を緩めた。


「合格、おめでとう」


「ありがとう」


 ルークは素直に答えた。


 それだけの会話だった。


 短くて、ぎこちなくて、昔とは少し違う。


 それでも。


 止まっていた時間が、少しだけ動き出した気がした。


 その様子を見ていたミレイアが、小さく息を吐く。


 ルークがここまで来た理由。その一つが、少しだけ見えた気がした。


「……なるほどね」


 どこか納得したような声だった。


 ルークが振り返る。


「何がですか?」


「別に」


 ミレイアは軽く肩をすくめた。


「ただ、面白くなりそうだと思っただけよ」


「それ、嫌な予感がするんですけど」


「あら。教師の勘は当たるわよ?」


 楽しそうに笑うミレイアに、ルークは少しだけ顔を引きつらせた。


 ユノはそんな二人を見て、静かに目を細める。


 懐かしい誰かの気配。少しだけ変わったルークの姿。そして、これから始まる学園生活。


 胸の奥に、小さな期待が灯る。


 けれど、その期待を言葉にはしない。


 今はまだ。


 そのくらいでいい。


 試験官の声が響いた。


「次の受験生、前へ」


 止まっていた空気が動き出す。


 ルークはもう一度ユノを見た。


 ユノも、静かに頷く。


 それだけ交わして、二人はそれぞれの場所へ歩き出した。

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