第二話 二度目の適性ゼロ
試験会場は、思っていたより静かだった。
広い石造りのホールには、高い天井から巨大な魔力灯が淡い白光を落としている。壁際には試験官の教師達が並び、中央には受験生達が集められていた。
人数は多くない。それでも、空気は妙に重い。
一般学科の受験会場とは明らかに違う。ここにいる者達は皆、自分が魔法士になるつもりで来ている。杖を持つ者、武器を背負う者、魔道具を腰へ提げる者。年齢は同じくらいなのに、どこか完成されて見えた。
「……」
ルークは静かに周囲を見る。
少数精鋭。
そんな言葉が頭をよぎった。
魔法士は才能職だ。特に“魔力量”は、生まれ持った部分が大きい。十歳前後の適性検査の時点で、将来の大枠はほぼ決まると言われている。
魔力量と属性適性。
優秀な者は、幼い頃から“才能がある側”として扱われる。逆に、才能が無い者は最初から魔法士を諦める。だから、ここへ立っている時点で、皆ある程度は選ばれた側だった。
ルークだけが違う。
属性適性ゼロ。
普通なら、この場所にすら立てない。
自然と、自分の手を見る。そこに宿るのは、どの属性にも染まらない灰銀色の魔力だった。
「……今さらだろ」
小さく呟く。
ここまで来た。五年間、積み重ねてきた。怖いからって引き返せる場所じゃない。
その時、教師の声が響いた。
「受験番号二七番」
ルークはゆっくり顔を上げる。
「……はい」
静かに返事をして、一歩前へ出る。周囲の視線が集まり、緊張で少しだけ喉が渇いた。それでも、ルークは足を止めなかった。
試験官に案内され、会場中央へ進む。そこに置かれていたのは、十歳の適性検査で見た物とは別物だった。
巨大な透明水晶。
大人の上半身ほどもあるその内部には、幾重もの術式紋が刻まれ、淡い光が脈打つように流れている。十歳時の検査で使われる簡易水晶球とは違う、魔法士学科用の本格的な魔法適性検査用魔道具だった。魔力量や属性適性、さらに魔力密度まで確認できるらしい。
「魔法適性検査を行う」
教師の一人が淡々と言った。
「水晶へ触れろ」
ルークは静かに頷く。
その間にも、別の受験生達の結果が記録されていく。水晶内部の光が変化し、教師達が短く評価を書き込んでいた。
「火属性。出力良好」
「風属性。密度平均以上」
「氷属性。反応安定」
ルークは小さく息を吐き、水晶へ手を触れた。
一瞬。
灰銀色の魔力が、水晶内部へ一気に流れ込んだ。
「――っ」
教師達の空気が変わる。
光量が明らかに違った。灰銀色の魔力が、水晶の中心まで満ちていく。
「……多いな」
「上級貴族レベルだぞ」
ざわ、と周囲が揺れる。受験生達も驚いたようにこちらを見ていた。
ルークは黙ったまま水晶を見る。
ここまでは予想通り。
問題は、その先だった。
本来なら、魔力に宿る属性傾向へ反応し、水晶内部の色や波形が変化する。教師達はそこから属性適性や魔力密度を判別しているらしい。
けれど、水晶は変化しない。灰銀色のまま、ただ揺らいでいる。
「……なんだ?」
教師の一人が眉を寄せ、別の教師が水晶へ近づく。
「属性反応が出ていない……?」
「そんな馬鹿な」
「故障か?」
ざわめきが広がる中、教師が確認するように別の受験生へ指示を出した。
「お前、触れろ」
「は、はい!」
受験生が恐る恐る水晶へ触れると、今度は即座に内部光が変化した。
「……正常だな」
つまり、問題は水晶じゃない。
教師達の視線が、一斉にルークへ向く。
「魔力だけある……?」
「属性反応無し……?」
「初めて見るぞ、こんなの」
周囲の受験生達もざわつき始める。
「属性無しって何だよ……」
「あり得るのか?」
「でも魔力は――」
ルークは静かに拳を握った。
分かっていた。
こうなることは、十歳の時からずっと分かっていた。
(分かってた。こうなるって、分かってたけど)
それでも、実際に目の前で“異常”を見る目を向けられると、やっぱり胸の奥が少し痛む。
教師の一人が、難しい顔で口を開いた。
「……再検査を行う」
ルークは無言で頷き、再び水晶へ手を触れる。
結果は同じだった。
灰銀色。大量の魔力。そして、属性反応無し。
沈黙が落ちる。
試験会場の空気が、明らかに変わっていた。
教師達は少し離れた場所で話し始める。小声ではある。けれど、張り詰めた空気の中では、断片的に聞こえてしまった。
「見たことがない反応だ……」
「属性反応無しで、あの魔力量か」
「通常魔法は成立しないはずだぞ」
ルークは静かに視線を落とす。
分かっている。教師達が困惑している理由も、間違ったことを言っていないことも。
この世界で、魔法とは基本的に属性ありきだ。術式を構築し、魔力を流し込み、属性へ転換して発動する。そのどこか一つでも欠ければ、通常の属性魔法は成立しない。
そして属性適性は、その根本だった。
無属性。
それはつまり、“既存の属性魔法へ変換できない魔力”と同義だった。
教師の一人が、改めてルークへ向き直る。
「受験番号二七番」
感情を抑えた声だった。
「魔法士学科は実戦職だ」
「……はい」
「魔力量は優秀だ。だが、属性魔法が成立しないなら意味が無い」
淡々とした言葉。責めているわけではない。ただ、“既存基準では無理”だと言っているだけ。
だからこそ重かった。
「仮に入学できたとしても、実戦で生き残れない。判断材料が少なすぎる。危険性が高い」
周囲の受験生達も静かだった。さっきまでのざわめきとは違う、理解できないものを見る空気。
ルークは小さく拳を握る。
脳裏に浮かぶ。
十歳の日、属性適性ゼロと言われた時の空気。諦めろと言われたこと。それでも続けた訓練。ユノとの約束。ガルドの言葉。
五年間、積み重ねてきた。
ここで終わるためじゃない。
教師が書類へ手を伸ばす。
「以上の理由により、実技審査へ進めることは――」
「待ってください」
ルークの声が、空気を止めた。
教師達が視線を向ける。受験生達も息を呑んだ。
ルークは真っ直ぐ前を見る。緊張している。心臓がうるさい。それでも、視線だけは逸らさなかった。
「実技を見てください」
沈黙が落ちる。
数秒の後、教師の一人が眉を寄せた。
「……属性無しで実技を?」
「通常魔法は成立しないはずだ」
「分かってます」
ルークは静かに頷く。その上で、言った。
「それでも、俺にはできることがあります」
試験会場がざわつく。
「できることって……」
「属性無しだろ?」
「何をやる気だ?」
受験生達の視線が集まる。教師達も露骨に困惑していた。
「そもそも何を発動するつもりなんだ」
当然の反応だった。
属性魔法が成立しない。それは、この世界では“魔法士になれない”とほぼ同義だった。
だから、教師達が困惑するのも当然だった。
教師の一人が、少し強い口調で言う。
「受験番号二七番。これは才能の有無の話じゃない」
「……」
「既存体系に存在しない以上、安全確認もできない。実戦学科として許可できる範囲を超えている」
ルークは黙って聞いていた。
言っていることは正しい。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかなかった。五年間、ずっと“無理だ”の先を探してきた。
ルークは静かに息を吸う。
「……お願いします」
頭を下げる。
「一度だけでいいです。見てもらえれば、分かります」
教師達が顔を見合わせる。空気は重いままだった。
誰も簡単には頷けない。
その時だった。
「……面白いじゃない」
不意に、女性の声が響いた。
その声に、ルークはわずかに眉を動かす。聞き覚えがある。けれど、すぐには結びつかなかった。
空気が止まる。
教師達が一斉に振り返った。
試験官席の後方で、一人の女性が腕を組んだままこちらを見ていた。長い赤黒い髪、鋭い目元、黒を基調とした教師用ローブ。
立っているだけで分かる。
この人は強い。
「主任……」
教師の一人が困ったように声を漏らす。
女性は気にした様子も無く、少しだけ口元を緩めた。
「どうせ、基準に無いんでしょ? だったら、見てから決めればいいじゃない」
「ですが――」
「事故になりそうなら止める。それでいいでしょ?」
軽く言う。
けれど、その一言で空気が変わった。教師達が押し黙る。この場での立場が上なのだと分かった。
ルークは、その声に聞き覚えがあった。
ゆっくり目を見開く。
「……ミレイア、さん?」
女性教師が、こちらを見る。
一瞬、鋭かった目元が少しだけ柔らかくなった。
「久しぶりね、ルーク」
「……え」
ルークは小さく目を見開いた。
知らなかった。また会えるなんて、思っていなかった。
まして、夜明の灯の火属性魔法士だったミレイアが、学園教師になっているなんて。
ミレイアは、昔とほとんど変わっていなかった。長い赤黒い髪も、鋭さの中に色気を感じさせる目元も、大人びた美貌も昔のままだ。けれど今はそこに、教師としての余裕まで加わっていた。
そんなルークへ、ミレイアは少しだけ楽しそうに笑った。
「相変わらず、無茶なところは変わってないみたいね」
その声音が、昔と変わっていなくて、張り詰めていた肩の力がほんの少しだけ抜けた気がした。




