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第十話 灰銀の魔法


 季節が流れる。


 春。


 夏。


 秋。


 冬。


 そしてまた春。


 その四年間。


 ルークは、

訓練を止めなかった。


 朝。


「遅ぇ」


「っ……!」


 木剣が弾かれる。


 転ぶ。


 立つ。


 また振る。


 ガルドとの剣術は、

毎日続いた。


 最初より、

少しずつ長く戦えるようになった。


 踏み込み。


 受け流し。


 体の動き。


 ガルドの攻撃は、

相変わらず重かったけど。


 それでも。


 昔みたいに、

一瞬で終わることは減っていた。


 昼。


 川辺。


 灰銀色の魔力が、

空中へ滲み出る。


 維持。


 失敗。


 霧散。


「……またか」


 何度やっても、

属性には変わらない。


 火にも。


 風にも。


 何にもならない。


 それでも。


 ルークは、

何度も魔力を出し続けた。


 夜。


 ランプの灯り。


 眠気で霞む視界。


 それでも。


 ルークは魔力制御を続ける。


「……っ」


 暴発。


 灰銀色の魔力が弾け、

机の本が吹き飛ぶ。


「うおっ!?」


 慌てて片付ける。


 そんなことも、

何度もあった。


 ある日は。


 魔力切れで、

床へ倒れ込む。


 そのまま眠ってしまう。


 朝起きると、

ちゃんと毛布だけは掛かっていた。


 ガルドは、

何も言わない。


 季節が変わる。


 ルークの手には、

少しずつ剣ダコが増えていく。


 身長も伸びた。


 体つきも変わった。


 でも。


 灰銀色の魔力は、

まだ魔法にならない。


 それでも。


 ルークは止まらなかった。


 ユノへ追いつく。


 その想いだけで、

前へ進み続けていた。


 冬。


 白い息が漏れる。


 冷え切った川辺で、

ルークは手を前へ出した。


 灰銀色の魔力が、

静かに揺れる。


 以前より、

長く残るようになっていた。


 でも。


 まだ足りない。


「……なんで属性にならない」


 小さく呟く。


 何年も試した。


 火も。


 風も。


 土も。


 何も反応しない。


 普通なら、

ここで諦めているのかもしれない。


 でも。


 ルークは、

そこで止まれなかった。


 灰銀色の魔力を見る。


 揺れている。


 消えそうで。


 でも。


 確かに存在している。


「……属性にならないなら」


 ふと、

そんな考えが浮かぶ。


 だったら。


 別に。


 属性じゃなくても、

残せるなら。


 冬の風が吹く。


 灰銀色の光が、

静かに揺れていた。


 それから。


 ルークの訓練は、

少しずつ変わっていった。


 属性へ変えるのではなく。


 灰銀色の魔力そのものを、

残す。


 そのための訓練。


「……っ」


 空中へ滲み出た灰銀色の魔力が、

ゆっくり形を変える。


 細長く。


 剣のように。


 一瞬。


 形になりかける。


 でも。


 ――パキッ。


「うわっ!?」


 魔力が崩壊し、

灰銀色の粒子が弾け飛ぶ。


 ルークは顔をしかめた。


「またか……」


 何度やっても、

上手くいかない。


 剣。


 板。


 球体。


 色んな形を試した。


 でも、

維持できない。


 少し形になっても、

すぐ崩れる。


 それでも。


 以前より、

明らかに手応えはあった。


 属性転換を目指していた頃より、

魔力がずっと安定している。


「だったら……」


 ルークは、

もう一度灰銀色の魔力を見る。


 複雑な形は、

崩れやすい。


 なら。


 もっと単純な形ならどうだ。


 ルークは静かに目を閉じる。


 形をイメージする。


 単純。


 安定。


 余計な動きが無い形。


 立方体。


「……」


 灰銀色の魔力が、

ゆっくり空中へ浮かぶ。


 角。


 面。


 輪郭。


 少しずつ、

形が作られていく。


 一瞬。


 小さな立方体が、

空中へ現れた。


「っ……!」


 ルークが目を見開く。


 でも。


 次の瞬間には、

また崩壊した。


「……惜しい」


 それでも。


 今までとは違った。


 確かに。


 一瞬だけ、

“形”として存在した。


 ルークの鼓動が、

少し速くなる。


「……いける」


 小さく呟く。


 冬の夜風が、

灰銀色の残滓を揺らしていた。


 二月。


 冬の冷気が、

リーベルを包んでいた。


 深夜。


 川辺には、

誰もいない。


 静かな風だけが流れている。


 ルークは一人、

いつもの場所へ立っていた。


 白い息が漏れる。


 指先は冷たい。


 でも。


 そんなこと、

気にならないくらいには慣れていた。


「……」


 ゆっくり手を前へ出す。


 灰銀色の魔力が、

静かに滲み出た。


 以前より、

ずっと安定している。


 でも。


 まだ完成じゃない。


 ルークは目を閉じる。


 属性じゃない。


 火でも。


 風でもない。


 ただ、

灰銀色の魔力そのもの。


 それを。


 形として残す。


 剣は駄目だった。


 複雑過ぎる。


 板も崩れやすい。


 だから。


 もっと単純な形。


 立方体。


 角。


 面。


 輪郭。


 余計な動きを作らない。


「……っ」


 灰銀色の魔力が、

ゆっくり形を作り始める。


 揺れる。


 崩れそうになる。


 でも。


 今までみたいに、

無理やり押し込まない。


 形を保つ。


 崩さない。


 その感覚だけを意識する。


 次の瞬間。


 灰銀色の光が、

空中で止まった。


「……」


 ルークの目が、

ゆっくり開かれる。


 そこにあった。


 小さな立方体。


 灰銀色の魔力が、

形として空中へ残っている。


 揺れない。


 崩れない。


 消えない。


「……っ」


 ルークの喉が震える。


 信じられなかった。


 今までとは違う。


 これは。


 初めて。


 ちゃんと“残った”。


 震える手を、

ゆっくり伸ばす。


 指先が、

灰銀色の立方体へ触れた。


 硬い。


「……は」


 小さく息が漏れる。


 壊れない。


 消えない。


 ちゃんと、

そこに存在している。


「……はは」


 小さく笑いが漏れた。


 力が抜ける。


 その場へ座り込みそうになる。


 その時。


「……やっとできたか」


 後ろから、

低い声が聞こえた。


 ルークが振り返る。


 少し離れた場所に、

ガルドが立っていた。


 腕を組みながら、

静かにこちらを見ている。


 いつからいたのか、

分からない。


 でも。


 ガルドは、

少しだけ笑っていた。


 しばらく、

誰も喋らない。


 風の音だけが響く。


 やがて。


 ガルドが小さく息を吐いた。


「……そこまでやったなら」


 ルークが顔を上げる。


 ガルドは、

いつも通りぶっきらぼうに言った。


「学園へ行け」


「……え?」


 思わず聞き返す。


「でも、

金が――」


「魔法士時代の蓄え舐めんな」


 ガルドが鼻を鳴らした。


「ガキ一人、

学園へ送るくらい余裕だ」


 ルークは少し目を見開く。


 ガルドは視線を逸らしたまま、

続ける。


「どうせお前、

もう止まらねぇだろ」


「……」


 返事ができなかった。


 胸の奥が、

熱かった。


 ガルドはそれ以上何も言わない。


 でも。


 その背中だけで、

十分だった。


 ルークはもう一度、

灰銀色の立方体を見る。


 空中へ静かに浮かぶ、

小さな無属性魔法。


 世界の誰も知らない。


 自分だけの魔法。


 ルークは小さく息を呑む。


 そして。


 静かに呟いた。


「――できた。」


 春。


 柔らかな風が、

リーベルを吹き抜けていた。


 街外れ。


 一台の馬車が停まっている。


 荷物。


 旅支度。


 忙しそうに動く人達。


 ルークは、

荷物袋を肩へ掛けながら、

小さく息を吐いた。


 セフィリア魔法学園。


 魔法士学科。


 ようやく、

そこへ向かう。


「忘れ物はねぇだろうな」


 後ろから、

ガルドの声が飛んでくる。


「多分」


「多分じゃねぇ」


 いつものやり取りだった。


 でも。


 今日でしばらく、

これも無くなる。


 ルークは少しだけ笑った。


 馬車へ荷物を積み込みながら、

ガルドがぶっきらぼうに言う。


「全寮制だ」


「……あー」


「合格したら、

しばらく帰って来れねぇぞ」


 ルークは少し黙る。


 実感が湧いた。


 リーベルを出る。


 ガルドとの生活も。


 この川辺も。


 しばらく離れる。


「……そっか」


 小さく呟く。


 でも。


 不思議と、

怖さは前より少なかった。


 灰銀色の立方体。


 あの日。


 自分だけの魔法は、

確かに生まれた。


 まだ小さい。


 未完成だ。


 それでも。


 前へ進める気がした。


「行ってくる」


 ルークが言う。


 ガルドは、

いつも通りぶっきらぼうに鼻を鳴らした。


「おう」


 短い返事。


 でも。


 それだけで十分だった。


 ルークは馬車へ乗り込む。


 ゆっくり動き出す車輪。


 リーベルの景色が、

少しずつ遠ざかっていく。


 その時。


 ルークは馬車の上から、

振り返った。


「……今までありがとう」


 少し間が空く。


 そして。


「親父」


 ガルドの目が、

ほんの少しだけ見開かれた。


 でも。


 すぐ背を向ける。


 片腕だけを、

軽く上げた。


「おう」


 ぶっきらぼうな返事。


 それだけ。


 でも。


 ガルドの目には、

一筋だけ涙が浮かんでいた。


 ルークは気づかない。


 馬車はそのまま、

セフィリアへ向かって進んでいく。


 春風が吹く。


 新しい物語の始まりみたいに、

暖かな風だった。

やっと第一章 完結


次の第二章からタイトル回収に入ります!


ここまで読んで下さった方、


本当に感謝です!!

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