6.1992年4月、ニューヨーク
薄手のコートを羽織ったショウは滞りなくアメリカに到着していた。
降り立ったJFK国際空港は肌寒かった上に長時間のフライトで尻が痛む。体中が悲鳴をあげていた。
ショウは味のなくなったガムを包み紙に巻いて、それから入国審査に向かうことにした。
「こんにちは」
女性の入国審査官は、にこやかに微笑みパスポートをスキャンした。
それからピクリと眉が動く。
それはそうだ。
ショウは、居を構える南アフリカではなく混乱期にあるドンブウェから帰国しているのだ。不自然に思われても仕方がない。本来ならば避けるべき国である。
「……」
画面を眺める時間がやけに長い。
「……、ミスター、ドンブウェではなにを?」
「仕事です」
「お仕事は何を?」
「プラチナの売買です」
意図的に噛み合わない会話をする。
仕事がプラチナの売買であることに嘘ない。
ただ、この入国審査官の女性が尋ねているのはショウの職業そのものが何であるかではなく、どんな仕事をするためにドンブウェまで行ったか、と言うことだとは充分に理解していた。
「……お住まいは南アですよね? 今回もその仕事で?」
「違います。ドンブウェには所用で行きました」
「所用とは?」
「オークションが開催されるとの紹介状をいただいたのでそちらに参加するために行きました」
彼女は腑に落ちない、と言う顔をする。
「なるほど……、……判りました。結構です。申請書などには漏れなく正確にご記入を。では税関に進んでください」
「判りました。どうもー」
ひらひら、と手を振ってみせる。それについては返事はない。
言われた通り税関に進むために道をゆく。
職員の視線が痛い。
要警戒、そんな風に思われているのだろう。チラリと見遣るとなるほど、どこかに連絡を入れいる。税関であろう。ショウの特徴を伝えているに違いない。
さて、次が勝負だ。
ショウはここを上手く通過する必要があった。
この石が何であれ、スフェーンとして通す必要があるのだ。
空港特有の匂いを肺に吸い込みながら気合を入れる。
ネクタイはきちんと締めた。だらしがなくは見えないはずだ。
「こんにちは。税金の申告をしたいのですが」
「お荷物をお預けください。それからこちらの紙にご記入を」
言われた通りにアタッシェケースを差し出して、渡された二枚程度の紙に必要事項を記入していく。名前を始めとして、どこの空港から乗ったか、また品目やら重さやらである。
濃紺の制服を纏った税関職員は、微笑みながらショウを見た。
ショウもそれに微笑み返す。狸と狐の化かし合いというやつだ。
ドンブウェとアメリカは国交があるが、しかし警戒国でもあるのだ。
政治が不安定な地域からは、麻薬、銃火器、それに偽米ドル紙幣——、そういう違法性の高いものが持ち込まれるおそれが比較的高いからだ。
ゆえに、税関職員の目が光るのも当然のことである。
「……宝石ですか」
「はい」
税関職員がちらりとショウを見た。
それからアタッシェケースの中、ルースケースに収められた六種のスフェーンを見た。
「こちらは……、オークションで?」
「そうです」
ドンブウェからの帰国——、しかも不自然な経過を辿ってのとなれば見る目は自然と厳しくなる。
「別室へのご移動をお願いします」
「はい」
妥当な判断だろう。大人しく誘導に従い、検査室へと移動する。
扉が閉じられると、職員は相も変わらず取ってつけたような微笑みのままショウを見た。
「お座りください」
促されるまま椅子に座った。この部屋に通されたのは初めてだ。
机に広げられた書類を確認していく税関職員を見つめた。
普段はこんな危ない橋を渡ることなく丁寧な……、つまり、ケチがつけられないよう最新の注意を払っての行動を心がけているため、手続きがスムーズに済むのである。
ショウはあらかじめ用意しておいた書類を出し、それからアタッシェケース、それにトランクケースと財布、ポケットの中身を取り出した。
税関職員は相変わらず微笑んでいるが目の奥が笑っていない。
財布の中身、トランクケースがまずチェックに掛けられる。こちらについては問題は何もないため心配はない。
「普段は南アにお住まいなんですか?」
「そうです。仕事の関係で」
「プラチナ、ですか……」
「南アの許可はちゃんと取ってますよ。確認します?」
「いえ、結構です……、」
税関職員は書類を具にチェックしていく。輸出許可証、オークション証明書、インボイス。それからスフェーンたちを見つめた。
「こちらはオークションで落札した石、と言うことですね……、こちらは販売目的での持ち込みではなく……、ああ、なるほど、サンプルとして……」
ショウはあくびをしつつ「失敬」と詫びを入れる。税関職員はそれを横目で見つつ、ルース六種を確認した。
外見、重さ、品目を照らし合わせて確認をしていく。
「……はい、結構です。では納税窓口にお進みください」
石そのものの検査はしないらしい。
彼らの経験上、スフェーンであることは妥当と判断されたのかもしれない——、おそらくこの石がスフェーンらしいオレンジであったこともそれを後押ししたのだろう。
「はい。どうもー」
アタッシェケース、荷物の全てを受け取りショウは税関を後にする。
第一関門はひとまず突破、というわけだ。
まったく、俺を褒めて欲しいねえ——、などとショウは廊下を歩きなら考える。
さっさと荷物を受け取りスタインに会わねばならない。
この石が入国前にダイヤと確定したら——、虚偽申告・脱税・密輸。
ゾッとする。
いかんせん無茶をしすぎている。父にどやされそうだ、などと考えた。
だが問題はない。なぜならば、ショウはたった今、合法的にスフェーンをアメリカ国内へと持ち込んだことが確定したのだから。
そんなわけでニューヨークである。




