17.1992年11月、アントワープ
そんなダイヤはない、最近のショウはどうしたのだ——、ウチに出せるのはこれだけだ。
この応酬を数回繰り返したところで、ショウは偶然にも買取依頼を受けた。
アフリカを飛び回る宝石商であるショウ・サトナカへの、ディタボラのある人物——、鉱山主からの依頼であった。
杜撰すぎる。だが体裁だけは整っている。
南アへの定期連絡の際に伝えられた依頼は、事情を知らぬ者が耳にしたとしても、あまりにもできすぎた偶然と判断せざるを得ないものである。
もっと上手くやればいいものを。本当に今アメリカは慌ただしいようだ。
「うん、判った……、うん、はは、うん、気をつけるよ。ありがとう」
メアリーはショウ不在の間に届いた連絡を電話口で告げると、「お気をつけて」と言葉を添えた。
ホテルでの通話を切ると、ショウは伸びをし、全身の凝りをほぐす。
ホーフェニールス通りを歩いて親しいサイトホルダーの営業窓口との食事を経て、ようやくのホテルへの帰還であった。
背後のウィルソンは黙ってショウについてまわっているが、まるで背後霊のようで気味が悪い。
持ち逃げなんざしやしない。
大体、住所はおろか日本に住む父の所在まで知っているだろうに、わざわざショウにつける猫の鈴など必要がないだろうと思うのだ。
念には念を、ということだろうが、よもやクリフトンの自宅にまで追いかけてくるなどと思いもしなかったわけだが、仕方がない。
仕方ないとは思うものの、とにかく苛立ちがつのる。
メアリーはやりづらそうだしジョンもウィルソンを警戒している。
ショウ自身が動きづらいのというのもあるが、なによりも雇い人である彼らに二十四時間体制の緊張を強いているのがなんとも腹立たしかった。
さて、二日前にアントワープへと着いたばかりであるが、予定調和な連絡を受けたことは、それすなわちそのまま南アに帰ることを意味していた。とんぼ返りである。
ウィルソンは早くも音をあげそうな様子で、寧ろショウの方がそんな様子の彼にうんざりとしてしまう。
「そういうわけで、ミスター・ウィルソン、南アに帰りますよ。まあ、一日あれば帰れるでしょう」
なんでもないようなことのように言ってのけると、ウィルソンの片眉がぴくりと動いた。
CIAだかノンオフィシャルだか知らないが、まったく舐められたものである。涼し顔を保つことができないとは、政府の駒が聞いて呆れる。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、今からブリュッセルに移動します。大丈夫ですか?」
「今からですか?」
「ええ」
何か問題でも? と首を傾げて見せると、ウィルソンは舌打ちでもしそうな顔だ。
日々世界中を飛び回り移動に慣れたショウにとって、ここアントワープから住まいのあるクリフトンまでの移動は、そう大した距離ではない。
ブリュッセルまでは陸路で一時間弱、その後無事チケットを取れてもフライトは十二時間程度、ヨハネスブルグのヤン・スマッツでおそらく二時間待機、その後二時間のフライトを経てケープタウン空港から今度は陸路で一時間弱。丸一日あれば着く、というのは嘘ではない。
これくらいでめげてもらっては困る。アフリカ大陸ではトラックの荷台に、運賃を払って乗車することさえそう珍しくはない。
バスとして運行するそれに乗って何日も過ごすよりは圧倒的に快適なはずだ。
(こいつ、荷台に家畜と一緒に詰め込まれたら発狂するんじゃないか)
それは見てみたい気持ちもあるが、ディタボラは比較的インフラの整った国なのでそんなウィルソンは拝めそうにない。残念だ、とショウは腹の中で笑った。
「チェックアウトしたらすぐに出立ですよ」
当たり前のように言ってのけると、ウィルソンは面白いほど沈んだ声で「判りました」と返事をしたのである。
大体、これは全部お前の「上」が決めたことだろう、とにこやかな仮面の下ショウは舌を見せた。
些か意地の悪いやり口を繰り返してはいるが、そもそもショウを巻き込んだのはそちらなのだから、ショウにもこれくらいの八つ当たりをする権利くらいはあるだろう。
「南アに到着したらまたすぐに発つことになると思います。無理そうなら私一人でも大丈夫ですよ」
「……、いえ、行きます」
「そうですか。無理そうならすぐにおっしゃってくださいね。手近なホテルを手配しますので」
護衛が聞いて呆れる。
これならば無頼漢揃いで多少扱いにくいものの、傭兵会社の方が余程役に立つではないか。金ありきの関係だが音を上げないだけマシというものだ。
「では十分後にこちらで落ち合いましょう。ああそうそう、もしかしたら山歩きしなければならないかもしれませんよ」
これも嘘ではない。実際の詳細な地理をショウは知らないのだから「もしかしたら」と可能性を提示することは当たり前の義務だ。
さて、目下の悩みはディタボラ行きであったが、ショウにはもう一つ仕事があった。
ブルーダイヤの獲得である。
父からの依頼であったが、その背後には真の依頼主がいる。ショウは父の下請けではあるが、いい働きをせねばならぬだろう。
もちろん、一級品を持ち帰るつもりである。
万事滞りなく、ショウが思い描いたようにことが進めばいいのだが。そんなことを考えながら、緩んだネクタイを締め上げたのである。
この時代、PMCの原型はできているものの、その呼び方はまだ一般的ではなかったそうなので「傭兵会社」と表現しました。




