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12.1992年10月上旬

 自国が崩れゆく姿を見たい者など、どこにいるのだろうか。


 気づいた時には、ディタボラはあちらこちらに小さな燻りが発生していたのである。


 留学からの帰国、許嫁とのまもなくの婚姻、子供も生まれた。順調な生活だ。

 多少は国内がゴタ付いているのは判っていたが、しかしそれはいつものことであった。


 ディタボラは独裁政権が長く続く国で——、と言っても粛清もなければ政治犯に対する処刑もない。

 実に平和的な独裁政権。

 少なくともジョウイ・モレフィスの中ではそのような認識であったのだ。


 国は順調に運営されており、多少の貧困は些事。

 アフリカ大陸においては寧ろ成功している国、という認識であったのである。

 まあ、南アには遠く及ばないわけだが他の貧困国に比べれば遥かにマシなはずだ。


 治安に関しても、反政府組織と軍の小競り合いは勃発してはいるが、それとて軍部が押さえ込んでいる。


 政権がダンペイに黙ってダイヤを売り捌いたことからペナルティを受け締め出しを食らったが、幸いにもそれがそう苦にならない程度には収入があった。

 プラチナをはじめとした戦略的金属である。

 それらの輸出で国は潤っている——、と認識してきたわけである。


「父上、それは悪手だ」


 打ち明けられた父カバラ主導の救済措置に、ジョウイは頭痛がした。


 父が何を考えているのか判らない。

 ヒーロー気取りなどどうかしている。


 大統領だって話の判らぬ男ではない。就任後の三〇年近く、長きに渡って()()()に国を納めてきたのだ。

 貧民が餓死した程度で彼を裏切ることは国の足元を揺るがしかねない悪事とジョウイは考えたのである。


 現政権に隠れて小粒ダイヤをよくわからない場所へと売り捌き、それを貧民の救済に充てるなど、正気の沙汰ではないだろう。


 まずは大統領へとそれを行うよう提言すべきが父の、内務大臣の役目であろう。


 貧民にとってカバラこそが救世主と認識されることは盤石であった政権の亀裂となりかねない。

 そんなことが起きれば、国はますます混乱する。


 ドン、とカバラがデスクを叩いた。


「もう待てる状況ではないだろう。餓死者がどれだけ出ているか……、お前も知らないわけではないだろう」


 貧民が死ぬのはいつものことだ。

 弱い個体が淘汰されていくのは生物学的にも正しいことのはずだ。(みな)、口にしないがそう思っている者は世界中にいる。


 国は上澄だけでは成らないのだから、勿論彼らは必要だ。だが、どんなに努力をしたとしても、全員を救えるわけではない。

 ならばある程度のふるいわけは必要となるはずだ。


 ——母も弱いから死んだ。


 東アジア出身の母はディタボラの習慣に、婚姻システムに、つまりその生活の多くに慣れずに自死を選んだ。


 母はジョウイにとって最も身近な自然淘汰の具体例であったのだ。


 だから父の言葉に首を傾げたのである。


 ——母については、適切なケアをしなかったのに?


 赤の他人の、顔も知らぬ貧民の餓死について心を痛める意味が判らなかった。


 いや、必要なのは判る。そうでなければ国が成らない。国のためだというのならジョウイも理解ができた。賛同もした。


 だがどうだ、父は()()()()()()憂えているのだ。


 それはジョウイには理解のできない動機であったのである。

 父の動機ならば大統領へと話を通して、大統領の采配として貧民を救うべきだ。


 なぜそれではいけないのか。


 内務大臣であるカバラは常に大統領の側にいた。

 ジョウイにとっても大統領は気のいいおじさん、であったのだ。

 そしてしっかりと国を運営していたリーダーであった。


 国もまた弱ければ淘汰される。


 そうならないために大統領は上手いこと国を運営していたようにしか、ジョウイの目には映らなかった。

 寧ろ父の行いこそが、国を沈む船へと傾ける行いではないか。

 浮かぶ船を正義感で沈める馬鹿がどこにいるというのだろう。

 ジョウイは額を手で押さえた。


「父上、どうか冷静に……」


「冷静でいられる状況ではない!」


 ——盤面が崩れ始めている。


 アメリカの介入は想定の範囲内だった。

 問題は、内側からそれを加速させる動きが出たことだろう。

 あの大国——、バケモノじみて強大な力を持つアメリカの()()()な申し出を、気付かぬフリで時間を稼ぐにも限度があった。

 ベトナムへの介入により世界各国からバッシングを受け多少落ち着いたかと思いきや、なんのことはない。

 単純に他に興味を移していただけのことだ。

 手隙になったからそろそろいつものオセロでまた楽しもう、そんな感覚なのだろう。


 どうせ表に出せぬ金でディタボラを買おうというのだろう。

 そうはさせない——、などとアメリカに楯突くわけにも行かず、ジョウイは一人奮闘を続けてきたわけだが、しかしここに来て、カバラが国を真っ二つに割りかねない馬鹿のような正義感を振り翳そうと思案してるのだ。


 悪夢だ。


 どうしようか——、鉱山、そう鉱山である。


 学友から——、顔さえも朧げなオトモダチに打診されたアレだ。


「父上、私にはツテがあります。資金提供の申し出があったのです」


「なに?」


「但しどこからなのかは父上にお話しするわけには参りません」


「何故?」


「バックチャンネル、としか申し上げられません」


 取り敢えず父の口を塞ぎジョウイの管理下に置く方が安全だろう。


 話を聞こう——、そんな顔つきの父に内心ため息を吐きつつ、ジョウイは「ピンクダイヤ」と切り出したのである。

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