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11.1992年某日、バージニア州、ラングレー

 薄暗いミーティングルームのモニター、そこに映し出された人々は、老若男女を問わずまた白人に黒人、そして黄色人種とまばらであった。


「えー、ソ連が倒れ、また中国台頭前夜であるが、アフリカ大陸、特に南部でのエアポケットの動向が気になるところである。我が国は冷戦終了とともに軍事費の縮小を行なったが、今後ますますの発展を視野に入れ、()()の維持、また確保に力を入れねばならないだろう。そこで——、」


 ディタボラ共和国。


 南アフリカ共和国と隣接し、両脇をジンバブエとボツワナに挟まれた中規模国家である。


 反共の砦とされていた国ではあるが、その内情は少しばかり複雑だった。


 国としての体制は反共を掲げ、つまり冷戦下においてはアメリカ側であったわけだが、実態はといえばその限りではない。


 国のトップを中心に多くの高官——、CIAの調査では五割以上に及ぶ——、が、ソ連との癒着が確認されている。

 賄賂を受け取り私腹を肥やす高官の姿は、アフリカにおいてそう珍しいものではない。


 潜入中のCIA職員が一時期軟禁されていたが、なんとか自力脱出し帰国したのは最近になってのことだった。

 詰めの甘いことである。


 ディタボラは独裁政治も長く続いており、腐敗した内政により民主化組織との激しい衝突が絶えない国だ。

 血気盛んで手段を問わず、国として成熟しているとは言い難いのは事実ではあるのだが——、そう、だが、魅力的な土地であるのだ。


 元々反共を名乗っていたためアメリカが食い込みやすい。何よりも、クロムにコバルト、白金族金属——、それの産出が目覚ましいのだ。


 アメリカの今後を考えれば、陣地としての追加は妥当であると判断されるべきだろう。


 手始めに親米派の高官を擁立、そして新指導者として立たせ、希少産出物の優先供給、その密約を交わしたい——、そんなプランをアメリカは練っていた。


 幸い擁立すべき新指導者として目をつけた男には息子がおり、その息子はアメリカのケネディ・スクールに留学の履歴もある。その()()()は現在CIAの職員でもあった。


 まあ、そう難しい仕事ではないだろうが用心は必要だろう。


「うん」


 誰かが小さく言った。


 バージニア州ラングレー、中央情報局。

 足の先が冷える程度の気温設定は、軍事に金を吸い上げられたせいだろうか。

 湾岸戦争の後始末で金がないのでは、などという半ば本気のジョークが飛び交う昨今であるが、この冷えた空気を思えばそれもあながち間違いではないらしい。


 つまりはアメリカは今、少しばかり懐が寒かった。


 だが金はなくともそれなりに予算を割かねばならない盤面はあるわけで、それはまさに今である。


「では始めよう」


 金の計算は他に任せてこちらはやるべきことをやるだけである。


 男たち、その合間に僅かに女。そんなバランスの悪い人員構成で、彼らはさて誰にすべきか、と話し合いを進めていた。


 誰にする、とはつまりあれだ。


 アフリカ大陸南部における、工作活動、すなわちスムーズな親米派新指導者擁立のための駒的人員確保である。


 新指導者候補が誰にするのか、その選定は済んでいたが、問題はその人物を立てるまでの道筋に必須となる諜報員、工作員、その他諸々である。


 多くはCIA正規職員で賄われるものの、今議題となっているのは資金の運び屋である。


 本来は運び屋など立てずに済ませられるプロジェクトだが、擁立にアメリカが関わっていると公になるのは、その、少々まずいのだ。


 内政干渉——、イギリスだのドイツだのがしたことに比べれば、可愛らしいものじゃないかと思うのだが、近頃は何かと世界がうるさくてかなわない。

 正当な理由無くして他国の政治を操作しようものならたちまち国連でぶっ叩かれるのである。


 と言ってもアメリカは天下の常任事理国(戦勝国クラブ)のメンバー、ハッキリと苦言を呈されることはあまりない。だがそれでも()()()()()()()は避けたいものである。


 であるからして、このプロジェクトは秘密裏に進められる必要があった。


 つまりこれは現地の協力人員、いわゆるアセットの選定会議だ。

 一人の男の顔が画面に映し出された。


「彼、言葉はどうなんだ」


「駄目だ。彼はどうも英語のみで生活をしているらしい。ツワナ語はサッパリなようだ。それより……、」


 画面に映るのは金髪に腕に愉快な落書きがされた男であった。歳の頃は三十半ばだろうか。

 何がしたくてそうしているのかは判らないが、アフリカ大陸の危険地帯を好き好んで歩いてはスリルを楽しむ頭のおかしい男だ。

 アメリカ国籍を掲げて阿呆な真似をしてくれるなよ、とこの場の誰もが考えた。


 いくらなんでもこれは()()。満場一致で資料を退ける。


 次に映し出されたのは女。

 NGO? NPO? に属しているらしい。

 つまり何かしらのしっかりとした組織で真っ当で尊い人道支援活動を行なっている人物ということだ。

 これでは工作活動などにご協力願うのは難しいだろう。彼女の行動理念に大きく反する。

 引き続きご自身の信条を大切になさってさらなる活動に邁進してください。さようなら。


 ——あれは駄目、これは駄目。こいつには難しいだろう。


 そんなことを幾度となく繰り返し、気づけば二時間が経過していた。


 さて、いよいよ選択肢が減ってきた。

 こう見ると人は星の数ほどいても、使い勝手のいい人物となるとほんのひと握りである。


 現地のCIA職員に人員不足を(なじ)られこうして本部も動いているわけではあるが、まあなかなかコレという人物はいない。


「英語しか話せないのはそう問題ではなかろうよ。ディタボラは英語も公用語なんだろ?」


 かつてイギリスが統治した名残である。


「まあそうだが……」


「そもそも、予定調和なやりとりがなされるのなら英語でもまったく問題はないのでは? この彼はどうです?」


「言葉に関してはそうかもしれんが、しかし現地の言葉を使えんとなると信頼関係の構築が……、いや彼は駄目だ。前科が複数あり信用度が低い。アメリカで問題を起こしまくってアフリカに逃げ込んだような男……、ただのゴロツキ(フッドラム)じゃないか。現場工作官ケースオフィサーは何をやってるんだ。次」


 写真が切り替わった瞬間に、ミーティングルームが一瞬ざわついた。


「彼は……、あら、何歳なの?」


「ほんの子供じゃないか。誰だ、こんなティーンの資料を入れたのは」


「いや、そんな筈は……」


「二十八歳!? 嘘だろう、アジア系の年齢って判らんな。どう見積もっても二十歳がいいところだろう。これじゃ使えん。目立って仕方ない」


「あら、しかも重国籍よ、この子。アメリカ人ではあるけど日本国内では日本国籍の選択宣言してるわ。日本では立派な日本人よ」


「この子、なんて呼び方はやめんか。二十八の立派な大人だ」


「ベビーフェイスが過ぎる。それにアジア人はアフリカでは目立つだろ」


「しかしこの男、宝石商だぞ」


「なに?」


 全員が資料を見つめた。

 なんと都合がいい。

 彼は宝石の売買でそこそこの成功を収めているようだ。

 加えて頻繁にアフリカ大陸を縦横無尽、行ったり来たりを繰り返している様子である。

 

 流石にソマリアだのリベリア、戦時下のモザンビークへは立ち入った形跡はないが、それでもジンバブエやボツワナ、ナミビア、ディタボラ、それにドンブウェなど……、つまりアフリカ大陸南部は彼の庭であり、アフリカをうろうろとお散歩することはまったく不自然ではない、ということだ。


「経歴は?」


「これと言って黒いところは見当たらん」


 父親は日本人だが母親は日系アメリカ人二世。

 父親の職業もまた宝石商。そう記されていた。

 三歳で両親が離婚、その後八歳までを父と共にニューヨークで過ごし、九歳になる年に日本に帰国。だがそれ以後も幾度となく入出国を繰り返している。


 懸念材料は重国籍ということだろう。これはアメリカに有利になることもあれば不利になることもある。


 万が一の時は「アメリカの預かり知らぬところでこの日本人が勝手にしたこと」と切り捨てればいいが、うっかりと彼が何かを喋ろうものなら日本からクレームを食らう可能性がある。

 日米関係の亀裂ともなりかねない。慎重に扱わねばならぬだろう。


 ならばいっそ、こうしてはどうだろう。


「いつものように、彼自身には何も知らせなければいいだろう」


 つまり、CIAがよく使う手である。


 そう、たとえば彼《駒》本人には何も伝えずにご協力を願う——、本人が知らず知らずのうちにアメリカの思惑を動かす駒の一つとなり行動させられている、などということはそう珍しいことではない。

 そしてアメリカにはそれを上手いこと行える手腕がある。


「九歳からは日本で過ごし、二十歳から南アに移住か……、アメリカへの入出国履歴は?」


「直近だと半年ほど前ですね……、去年の年末あたりから頻繁に入国しています。いや、帰国しているというべきか」


「目的は? 調査部門、宝石商の肩書きに信憑性はあるのか?」


「納税記録、行き先などを調べさせますか?」


「頼む」


 アメリカ国民にはどの国に住んでいようとも本国への納税義務が発生するのである。

 程なくして記録確認の返答があった。


 納税はきちんとされている。

 行動にもおかしな履歴はなかった。宝石商がニューヨークをうろつくことになんの違和感もない。

 タクシーの行き先もアッパー・イースト・サイドだ。


「宝石商……、宝石商か」


 気になるところと言えば、重国籍であること、更にはニューヨークの社交界で名を馳せているデヴィッド・スタインという宝石商が背後にいることだろうか。

 ユダヤの繋がりは強固だ。彼らは賢く、そして礼節を重んじる。


 だが、このショウ・サトナカという男は書類の上では半分日本人だ。

 彼の緊急事態にスタインが裸足で駆けつけてくるような深い仲ではないと推測された。交流はあっても仕事上の知り合いといったころであろう。


「いけるんじゃないですか?」


 全員が静かに頷いた。

そろそろストックが切れそうです。

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