第7話 昨日の敵は今日の友ならぬ今日の眷属
赤い槍たちは魔物たちの身体を貫通し、地面に突き刺さっていく。僕はそれを上空から眺めていく。
全ての槍が地面に突き刺さってから、僕は地面に降り立つ。
魔物たちは完全にただの肉片となっていた。
「本当はもっと威力を上げることもできたんだけど、館が壊れたら困るからな。それでもあの魔物たちを跡形もなく吹き飛ばすだなんて」
この魔法はむやみに使えなさそうだ。敵や獲物を毎回肉片にしてたら血が吸えないからな。
真っ赤な槍たちは溶けていき、地面に血だまりを作っていく。そんな血だまりを踏みながら、僕は三個の球体を拾う。その正体は魔石だ。
僕は魔石を砕かないよう、最新の注意を払って赤い槍を魔物たちに放ち続けたからな。魔石には傷一つついていない。
やはり、ファングの森の中でも格上の魔物たちだったせいか、どの魔石も大きく、まるで宝石のように澄んでいる。
しかし、どれも色合いは異なる。魔石はそれぞれ緑色、黄土色、白色の3つだ。僕はそんな魔石に魔力を流していく。僕の魔力が流れ込んだ魔石は静脈血のようにどす黒くなった。
そんな魔石たちを地面に置くと、魔石たちはだんだん膨張していき、魔物たちのシルエットが浮かび上がる。
緑色の魔石はドラゴンに、黄土色の魔石はジャイアントに、白色の魔石はミノタウロスに変化した。
つぶっていた目を開けた魔物たちは驚いた表情を浮かべる。
「あれっ!? 俺たちは今殺されたはずじゃ?」
「きっと幻覚化かなにかだったに違いないのである」
「お前たちよ。落ち着け。我々が一度死んだのは確かだ」
「なら、どうして生きているんだ?」
「スティークよ、この私とファーベの目をよく見るのだ」
「目が赤いな。まさか……」
「そのまさかだろう」
「もしかして、我々は吸血鬼になったというのであるか?」
「ご名答。さすがに目が赤くなっていたら気づくか」
吸血鬼というのは基本的に目が赤いからな。僕が魔石に使った魔法は吸血鬼の固有魔法――血族創造だ。
この魔法を使えば、魔石に魔力を流すか死体に自分の血液を流し込むことで眷属を生みだすことができる。
「有り得ないだろ! 俺らなみの魔物3体を同時に吸血鬼化させるだなんて!? 神話に登場するような魔力がなきゃできないはずだ!」
「つまり、マーリングは神話級の怪物ということだろう」
「だが、誕生したばかりの吸血鬼がそれほど強いという話は聞いたことがないのである」
「なぜ、彼がこれほど強いのかは知らん。しかし、我々はマーリングの眷属となった。逆らうことはできん」
「そんな……。頼むマーリング! いや、様! この俺はどうなっても構いません! 代わりに、俺の妻と子供にはなにもしないでください! あなた様を殺そうとしたことについては本当に後悔しております!」
スティークは僕の前で頭を地面に打ち付け、平伏した。
「いや、別に僕は君たちを奴隷のように働かせたいわけじゃないぞ。僕を殺そうとした件については……まぁ、結果的に僕が勝ったし、君たちが眷属になったから不問にするよ。そもそも、森の中は食うか食われるかの世界なわけだし、殺そうとしたことについていつまでも恨みを持ち続けるのもおかしいと思う」
スティークは頭を上げ、あっけらかんとした表情を浮かべる。
「奴隷のように働かせたいわけではないと。では、俺たちを眷属にしたのはなぜなんです?」
「君たちに僕が要求したいのは主に2つある。一つ目はこの森に関する情報だ」
僕はファングの森のことをほとんど知らない。ザインたちと10日ほど前にこの森に来たばかりなのだから当たり前だ。
一方で、スティークたちはこの森の中で生活している。おまけに、魔物の中でも会話ができるほど知能も高い。
なので、僕としては彼らからこの森の情報を聞きだしたい。なにしろ僕はこれからファングの森で生活を始めるつもりだからな。
どこに行けば上質な血液を持つ魔物にであえるのか、この森に危険な場所はあるのか、どこに行けば魔術の触媒となる素材が手に入るのか、そう言ったことを知りたい。
「上質な魔物であれば、私の住む集落の近くにあります」
「危険な場所か……。フォレストドラゴンにとって危険な場所はあるにはあるが、マーリングよ。お主にとって危険な場所など、この森にはないだろう」
「魔術の素材については、私の集落にいる職人が詳しいのである」
ふむ。一つ目の要求に関してはなんとかなりそうだ。
「二つ目は、生活物資についてなんだが」
僕はシュタイアーの館にこれから住むつもりだ。けれど、今僕が持っている衣服などの生活必需品には数に限りがある。
当分の間は傷んだりしたら着れなくなってしまうはずだ。他にも館には家具があるが、中にはそれなりに年季の入ったものも多かった。
そうした家具なども修理する必要に迫られることもあるだろう。吸血鬼は魔力が尽きない限り、死ぬことはないからな。
自分より先に物がダメになる可能性の方が高い。
そこで、僕専用の衣服や家具などの提供をスティークたちにはお願いしようかなと考えている。
ミノタウロスやジャイアント用のものとは別に作ってもらうことになるから、少し面倒だとは思うけど。この話に関してはドラゴンのエルドにはあまり関係ないかな?
「もともと、俺の集落ではシュタイアーの依頼でたまに人間サイズの衣服を作ることはあったので、それも問題ありません」
「確かに、私にはあまり関係のない話だ。しかし、ドラゴンには色々とものを溜め込む習性がある。人間の作ったものを集めているドラゴンも中にはいるので、彼らの持つ品の一部を献上しよう」
「私の集落でもシュタイアーとの取引で人間サイズの家具を作ることはあったのである。よってその要求も呑めるのである」
「そうかならば問題はない。なら早速、この森の地理について聞きたいんだが」
◆❖◇◇❖◆
「というわけで、ここの沼地は毒性が強く、誰も近づこうとはしない」
「ふむふむ。なるほど」
僕はエルドの言ったことを手帳にメモする。なんとなく顔を上に向けると、さっきまで青々としていた空はオレンジ色に染まっていた。いつの間にか結構な時間が過ぎていたらしい。
そのおかげで僕はファングの森について、様々なことを知ることができた。
森の地形に生息している魔物たちのなわばり、スティークとファーベの集落の位置にエルドの率いる群れが巣にしている断崖の場所など、あげればきりがない。
そうした話の大半はエルドが分かりやすく説明してくれた。やはりドラゴンは長寿だからなのか、彼は物知りだ。
だが、さすがにそろそろお開きにしようかな。
「知りたいことはだいたい知れたから、今日のところはここまででいい。何かあれば君たちの住んでいる所まで僕が赴くから、帰って構わないぞ」
しかし、エルドは困惑した表情を浮かべる。
「どうしたんだ?」
「私もスティークもファーベも、群れのリーダー的存在ではある。だが、今はお主の眷属だ。吸血鬼となった我々を群れの仲間が受け入れてくれるかは微妙なところだ。最悪、私の処遇を巡って群れの中で殺し合いが始まるかもしれん」
「そうなのか。争いの原因になりたくないのなら、無理に帰る必要はないと思うぞ。僕としては人間の持ち物を集めているというドラゴンに興味があるから、なんとか群れを説得してほしいけど」
「いや、不安ではあるが、巣には帰るつもりだ。群れには若い個体が多い。血気盛んな彼らがマーリング殿に襲いかかるかもしれん。若者が全員お主の眷属になってしまえば、ファングの森のフォレストドラゴンは繫殖できなくなってしまう。それは避けたい」
「なるほど。もし仮にエルドの群れの若者が襲いかかってきても、手加減して全員は殺さないでおこう。別にこの森のフォレストドラゴンを滅ぼしたいわけじゃないからな」
エルドをはじめとして、ファングの森に住んでいるドラゴンの種族名はフォレストドラゴンというらしい。肌が緑色で、森に生息しているのが彼らの特徴なのだとか。
「感謝する」
エルドは頭を下げた。
「気にするな。それで、スティークとファーベはどうする? 君たちも今や吸血鬼だ。仲間の下に戻ったらひと悶着あるんじゃないのか?」
「その可能性はあるけど、気にしていても仕方がない。おまけに、俺はあんたを殺そうと言い出したのに寛大な処置を施してくれたんだ。必ず集落を説得してマーリングの役に立つさ」
スティークは砕けた口調で話しかけてくる。丁寧な口調で話さなくて良いと言ったからだ。僕は細かい言葉づかいで怒るような人間じゃないしな。
「私も逆らう奴らは拳で分からせるのである!」
ふむ。ファーべの方も問題ないと。
「もしも反抗してくる奴を殺してしまったら、魔石か死体を僕のところに送ってくれ。眷属にしたい」
「了解!」
「承知した」
「分かったのである」
こうして、彼らは自分の領地へと戻って行った。




