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第4話 吸血鬼の館って……思ってたのと違う

 僕は目を覚ます。最初に視界に入ったものは、赤黒く汚れた地面だった。どうやらうつ伏せの状態で気絶していたらしい。


 視線を正面に向けると、そこにはしなびた吸血鬼の亡骸が横たわっていた。そこで僕は再び気絶する前のことを思いだす。


『ならばこの私の血をすするがいい。地面に流れてしまったのもあるが、可能な限り多くの血を吸い込むのだ。そうすればお前は吸血鬼となり、新たな人生を始められるはずだ』


 名前も知らない吸血鬼の言葉を思いだす。僕は彼の言うとおりに血を飲んだ。今の僕は吸血鬼になっているのだろうか。


 立ち上がろうと手に力を込めたところで、僕は身体の違和感に気がつく。なんと両腕の爪が鋭くとがっていた。


「どうやら、無事吸血鬼になれたみたいだな」


 立ち上がると、僕は指を動かす。鋭い爪は、一歩間違うと自分の指も切り裂いてしまいそうだ。


「これは不便だな。多分、爪の長さは調節できるはずだが」


 指の方に魔力を流しつつ、心の中で念じる。すると、爪は短くなった。今度は爪が長くなるように念じ直すと、再び爪は長くなる。


 前言撤回だな。自由自在に爪の長さを調節できるのは便利だ。戦闘で敵をだし抜くこともできるかもしれないからな。


 僕は再び爪を短くする。人間だった頃の僕はとにかく魔力を操作するのが苦手だった。宮廷魔術師も真っ青になるくらいの魔力を持っていたにも関わらずだ。


 けれど、吸血鬼となったおかげなのか、今は簡単に指に魔力を流せている。


 次に、僕は背中の方に手を伸ばす。そっちにも違和感があったからだ。背中にあった柔らかいものを掴むと、手元に引き寄せる。目の前に現れたのは、コウモリのような翼の先端だった。


 魔力を込めて念じると、翼が羽ばたき僕は宙に浮き上がる。


「おお……!!」


 ゆっくりと地面から垂直に上昇していく。しかし――。


「痛っ!?」


 人間3人分の高さまで浮いたところで、頭に衝撃が走り僕は地面に落下する。上を見上げると、そこには近くの木から伸びた太い枝があった。


 次からは上を確認してから飛ぶようにしよう……。



 ◆❖◇◇❖◆



 僕は身体の中に翼を収納する。吸血鬼は魔力を消費して翼を隠すことができるという話を聞いたことがあったので試してみたが、思ったよりも簡単にできた。


 周囲を見渡すと、僕とあの吸血鬼との戦いによってなのか地面はえぐれ、木々は倒れ、岩は砕け散っている。


 ザインたちがいたところに戻ると、そこには大きなクレーターがあり、アンデッド化した魔物たちの亡骸が倒れていた。


 クレーターはザインが火魔法の一種である誘爆斬を放った時にできたものだろう。彼らが逃げたであろう方角を見ると、そっちの方にも複数体のアンデッドが転がっている。


 状況的に、ザインたちは逃げられたと考えてよさそうだ。さて、吸血鬼として新たな生を得たものの、これから僕はどうしようかな。


 拠点としていた町に戻るわけにはいかない。吸血鬼は基本的に人類の敵であり、討伐対象だ。吸血鬼になったことが町の人々にばれれば、冒険者や騎士、聖女といった人々に襲われてしまう。


 吸血鬼だとばれないよう、変装して他の町に行ったとしても、一部の冒険者や聖職者の中には、人と魔物を区別する魔法が使えたり、魔眼を持っていたりするからリスクがある。


「仕方がない。しばらくはこの森で生活するか」


 幸い、寝泊まりするためのテントはあまり壊れていない上、物資も手つかずのまま残っていた。さすがのザインたちも回収する暇はなかったようだ。


 テントの中を漁ると、食料や衣服、銀貨や寝袋など、色々なものが出てくる。しばらくの間はこれだけで生きていけそうだ。


 その後、僕は動かなくなった吸血鬼に目を向ける。殺し合った上に名前も知らないが、今僕が生きているのは彼のおかげだ。


 僕は地面に鋭い爪を突き立てると穴を掘り、吸血鬼の遺体を埋葬する。


 そんな時だった――。


 突如として僕の頭が痛みだす。同時に、脳内に様々な記憶がフラッシュバックし始める。どれも断片的で、細かいことは分からない。


「これは、あの吸血鬼の記憶か?」


 どうやら吸血鬼の能力だけでなく、記憶の一部も受け継いだようだ。その中でも気になるものがあった。それは、大きめな館にあの吸血鬼が住んでいたという記憶だ。


 まぁ、そこに転がっている吸血鬼は最初に現れたとき、上等な衣服を着ていた。なので拠点を持っていてもおかしくはない。


 僕はまず、脳内に浮かぶ断片的な記憶を頼りに、吸血鬼が住んでいたであろう館へと向かうことにした。



 ◆❖◇◇❖◆


「ぶもおおおおおおお!!!!」


 館を目指して歩いていると、大型のイノシシに出くわす。シャドウボアという、黒い体毛の魔物だ。シャドウボアは影に隠れながら敵に近づき、鋭い牙で襲ってくる。


 討伐推奨ランクは金級だ。吸血鬼となった僕の能力を試すには丁度良い相手かもな。


 シャドウボアは鋭い牙で僕のはらわたを貫こうと突進してくる。そんな中、僕は吸血鬼の記憶を頼りに魔法を詠唱する。


「ブラッディ・スピア!」


 深紅の槍が複数本、地面から吹き上がり、シャドウボアの身体を貫いていく。シャドウボアはピクピクと痙攣(けいれん)した後、息絶えた。


「銅ランク冒険者としてさげすまれていた僕が、魔法一発でシャドウボアを倒してしまった……」


 本当にこの身体は素晴らしい。僕は改めて吸血鬼になれたことを感謝しつつ、シャドウボアの魔石を取りだす。


 それから魔石を取りだした部分に口を近づけ、血をすすった。吸血鬼は魔物や人間の血を吸って魔力に返還するからな。


「ん?」


 僕は違和感を感じ、背嚢(はいのう)から手鏡を取りだす。血にまみれた自分の口元を覗き込むと、そこには発達した犬歯があった。


 どうやら、これも吸血鬼化の影響みたいだな。


 僕は再び血をすすり始める。腹が膨れるまでしっかりと吸血した僕は、シャドウボアの牙と毛皮を回収する。そして再び館を目指そうとした時だった。


 背後に殺気を感じ取った僕はその場から飛びのく。次の瞬間、暗がりから何体ものグールたちが僕のいた場所に鋭い爪を突き立てた。


「ぐああ……。ああ……」


 グールの背後からはたくさんのゾンビたちが押し寄せる。こいつらは館があると思われる方角から来ているみたいだな。もしかしてあいつの眷属なのか?


 まぁ、どうでも良いか。


 僕は爪を伸ばし、グールやゾンビたちを両断していく。ブラッディ・スピアは魔力消費が思ったよりも大きいからな。僕は魔法の才能がなかっただけで、元々魔力量は多い。


 吸血鬼になってからは更に魔力が増えたが、ファングの森のアンデッドがどのくらいいるのか分からない以上、魔力は節約した方が良さそうだ。


 グールやゾンビはアンデッドとしては下級だし、知能も低いからな。わざわざ強力な魔法を使う必要はない。


 その点、爪を伸ばすだけなら魔力消費が少なくて済むので便利だ。




 ◆❖◇◇❖◆



「ここがあいつの館か……」


 アンデッドを倒しながらファングの森の奥深くまで歩みを進めると、お目当ての館が見えてきた。館は町の貴族街にあるようなしっかりとした屋敷というより、貴族が狩猟用に楽しむための別荘みたいな建物だ。周りは石積みの(へい)で囲まれているものの、門はあっさりと開いた。


 館の横には大きな離れが隣接されており、そこの扉は開け離れている。近づいてみると、扉周辺の足元には様々な形状の足跡がついていた。


「アンデッドはここから脱出したのか。主が死んだせいで自由を得たということかな?」


 庭には畑や厩舎(きゅうしゃ)、小さな池などもあるが、長いこと使われていないようで荒れ果てている。僕は玄関前まで歩き、扉に手をかける。


 カギはかかっておらず、扉はギギギと音を奏でながら開いた。僕は思わず拍子抜けする。


「あれほど強力な吸血鬼の館なら、もっと館へ侵入するのに戸惑いそうなものだけどなぁ」


 強力な眷属が門番をしていたり、敷地内に凶悪な即死トラップがあるものとばかり思っていたが、そんな雰囲気は館からは感じられない。


 もしかしたら館の奥にそうした存在があるかもしれないし、一応警戒は怠らずに進もうかな。館は三階建てのようだ。


 僕は手始めに一階を探索する。一階はリビング、台所、トイレ、大きめの風呂場、物置などの一般家庭にもありそうな部屋ばかりだった。


 まぁ、台所と言っても魔物や人間を解体するためなのか、大きめの肉切り包丁や拷問器具などが置かれている。


 風呂場はこじんまりとした一人用ではなく、大理石をふんだんに使った浴場だ。獅子(しし)をかたどった石像からお湯が流れてくる仕掛けまである。


「さて、次で一階は最後だ」


 僕は玄関から一番離れた部屋に入り込む。


 部屋は思ったよりも大きかった。小型のドラゴンならやすやすと入り込めるかもしれない。しかし、置いてあるものは他の部屋よりも少なく、閑散としている。


 部屋の奥に幾つかの本棚に机と椅子があるだけだ。


 だが、床には巨大な魔法陣が書かれていた。幾何学模様や古代文字が描かれているものの、どんな魔法を発動できるのか、知識のない僕には分からない。


 僕は部屋の奥まで進む。本棚にある本を眺めてみるも、魔法に関する専門書ばかりだった。


「こんなことなら、もっとしっかり魔法について学んでおくんだった」


 人間だった頃の僕は、魔法の才能がない事が分かってからというものの、魔法について調べることを止めてしまっていたからな。


 一応、魔法職の敵に遭遇した場合の対処方法については知っているが、魔法の細かい原理や魔法陣を利用した高度な術に関してはさっぱりだ。


 僕は部屋を出ようとするも――。


 本棚にある一冊の赤い本が目に留まった。


「妙だな」


 基本的に本棚にある本は何度も読んだせいなのか、表紙の部分がそれなりに傷んだり、色褪せたりしている。


 しかし、目に留まった赤い本だけは表紙が綺麗だった。まるで、真っ赤な動脈血のように。僕はその本を手に取ろうとするも――。


「? 抜けない? 本棚に固定されているのか?」


 ますます訳が分からない。本棚に本をくっつけたら読めなくなりそうだが。


 僕はしばらくの間考え込む。


「もしかすると……」


 試しに赤い本を本棚の奥へと押してみる。すると、赤い本は本棚の奥へと姿を消し、本棚が横へと移動する。


 本棚の後ろには人が1人入れる程度の部屋があった。その部屋には床がなく、地下へと続く穴が開いていた。

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