第2話 嫌な予感は大体的中する
「やっと全部終わった……」
僕は額に汗を浮かべながら、綺麗に解体されたマダラ狼を見て満足する。後は使い道のない部分を焼却するだけだな。
僕は乾いた木の枝を集めようと、近くの茂みに向かおうとする。その瞬間、遠くから狼の吠え声がしたかと思うと、静かだった森が急に騒がしくなる。
「なんだ?」
多くの魔物たちがこちらに近づくのを感じる。身の危険を感じた僕は駆け足でザインたちのいる方へ走った。
焚火の周りで休んでいたザインたちも、森の異変に気が付いたのか、全員が武装していた。
「ザイン!!!」
「お前でもさすがに気が付いたか」
「これだけ多くの魔物の気配がすればさすがにね。さっきの吠え声的に、昼間倒したマダラ狼の上位種が復讐しにきたのかな」
「違う。相手は狼じゃない!」
切羽詰まった声でマチルダが言った。会話をしている間に魔物の群れは更に近づいてきたのか、周囲の茂みが音をたてたり、木々の隙間から殺気を感じたりする。
「確かに、狼だけでなく、複数種類の魔物の気配がしますね。これほど多様な魔物を従えるとは、一体どんな魔物なのでしょう」
「違う! この匂いは普通の魔物じゃない!!!」
「マチルダ、お前は一体なにを嗅ぎとったんだよ」
マチルダは生まれながらにして嗅覚が優れている。彼女の活躍によってこなせた魔物の討伐や依頼は多い。
「これは死の臭い! 相手はアンデッド系統の魔物! ほら、瘴気が周囲に漂っている」
僕は周りを見渡す。いつの間にか、周りには紫色の煙が漂っていた。これが瘴気だ。瘴気は長時間吸い込むと病気になったり、アンデッドになってしまう有害な物質だ。
瘴気の多い空間にはアンデッドも多く生息していたりする。僕は恐怖のあまり身を震わせる。さすがのザインたちも緊張しているようだ。
すると、正面の森からひときわ大きな魔物の気配が近づいてくる。そいつはすぐに茂みから僕らのいる空地へと姿を現した。
姿を現した魔物は人間に近い見た目をしている。けれど、背中には大きな翼が生えており、口元には短い牙もあった。目は鮮血のように赤く、顔は死人のように青ざめている。
彼の後ろからは多種多様な魔物たちが姿を現す。いや、彼の後ろからだけではない。僕らの周りを囲い込むようにして、森の茂みから魔物たちが近づいてきていた。
魔物はマダラ狼やゴブリン、オークにイビルボアなど、多種多様だが、全ての魔物は瘴気を放っており、生気が失われている。それもそのはず、魔物たちはアンデッド化しているからだ。
「吸血鬼か……」
ザインが呟く。
「おや、私の姿を見ても誰も失禁しないとは。人間のくせにやるではないか。今回はそれなりに楽しめるかもしれん」
「楽しむってなにをだ?」
ザインは握っている大剣に力を入れる。
「無論、狩りだとも。お前たちが鹿や猪を狩るように、私も狩りをするのだよ。今回の獲物はお前たちだ」
「狩りとは随分と思いあがったことをぬかしやがるじゃないか」
ザインが地面に置かれた大剣を鞘から抜く。アルバートとマチルダとマチルダもそれぞれの獲物を取りだす。
「こいつは多分、強敵だ。銅ランク、お前は体力を温存させておけ」
「ああ、分かったよ」
僕はうなずく。
「人間にはこの数の魔物を相手にするのは荷が重かろう。ハンデとして、私の眷属にはお前たちに危害を加えない事を約束する。無論、逃げようとするのなら話は別だが」
「誰が逃げるかよ!」
ザインは大剣を持っているとは思えない速さで吸血鬼に近づくと、下段から切りつけた。大剣は吸血鬼の身体を両断する。
「はん! なんだ大したことねぇな!」
「ふむ。人間にしては素早い。なるほど、だから吸血鬼たる私を見ても臆せずに刃を向けて来るのか」
「なに!?」
吸血鬼の声が聞こえたことに驚いたザインは慌てて飛びのく。次の瞬間、ザインのいた地面から深紅の鋭い槍が何本も飛びだす。
「感も良いとはな」
真っ二つになった吸血鬼は倒れることなく、元通りの姿に戻る。
「痛ぇ。なんなんだ今のは」
飛びのく際、槍がかすめたのか、ザインは右肩から血を流しながら呟く。
「吸血鬼は体内の魔力が尽きるまで死ぬことがない。気をつけて」
マチルダはそれだけ言うと、牽制のためにファイアーボールを放つ。しかし、これは吸血鬼が手を振るっただけでかき消えた。
次の刹那、アルバートが密かに放った投げナイフが吸血鬼の頭を貫通する。
「マチルダの攻撃に意識を向けるからですよ」
勝ち誇ったようにアルバートが言う。
「いや、残念ながら今の攻撃は読めていたぞ」
吸血鬼をよく見ると、彼は頭部を霧状化させていた。濃い瘴気が邪魔で今まで気がつかなかったが。おそらく、今のはあまりダメージが入っていないだろう。
「くそっ! なんて野郎だ! 風刃!」
大男であるザインは大剣を軽々と振るい、風の刃を刀身から放った。
◆❖◇◇❖◆
「閃光斬!!」
ザインは光をまとわせた大剣で吸血鬼を切りつける。
「ふん。くだらん」
しかし、目の前の吸血鬼はあっさりとかわしてしまう。だが、ザインの攻撃はまだ続く。彼は大声を発しながら大剣を頭上から振りかぶった。
吸血鬼は自身の爪を瞬時に伸ばすと、その大剣を両爪だけで受け止める。
「全く人間というやつは退屈なものだな」
「それはどうかな?」
「なに?」
「アルバート!」
「ええ!」
後ろからの声を聞いた吸血鬼はザインを吹き飛ばし、慌てて振り返ろうとする。だが、全ては遅かった。
吸血鬼の後ろへと密かにもぐりこんでいたアルバートは双剣を持って吸血鬼へと飛びかかる。聖銀で作られた双剣は吸血鬼の背中に突き刺さり、無視のできないダメージを与える。
「小賢しい真似をしおって」
吸血鬼は苦し気な顔を浮かべながらも、アルバートの肩に爪を突き立てる。アルバートはすぐさま吸血鬼から距離を取る。この時、アルバートは痛みのあまり双剣を手から放してしまう。
「いま回復させる。ヒーリング!」
マチルダは後ろに下がってきたアルバートの肩に杖を当てる。彼の傷は瞬く間に癒えた。
「すいません。油断しました」
「奴の動きは速かった。仕方がない」
マチルダはアルバートをなだめる。
「ぐははははは!!! 油断したのはこちらもだ!」
そう言いつつ、吸血鬼は背中に刺さった双剣を抜き取る。柄の部分までが聖銀製の双剣は、吸血鬼の手を少しずつ蒸発させる。
しかし、吸血鬼はまるで木の枝であるかのように双剣を両手で折り曲げた。
「奥の手である双剣はこれでもう使えない。さぁどうする。もうすぐお主らの魔力も尽きて来る頃合いではないかな?」
吸血鬼にはある程度のダメージを与えることはできたが、致命傷には至っていない。吸血鬼の言うとおり、戦闘によって魔力が尽きてきている。
「こうなったらあいつの出番か……。おい! 銅ランク!」
テントの影に身を潜めていた僕は、金属製のこん棒を取りだす。ただのこん棒ではなく、先端にはトゲの付いた球状の塊がくっついている。メイスという武器だ。そして後ろに下がるザインたちとすれ違うようにして吸血鬼の前にでた。
「バーサーク化」
体内に眠っていた大量の魔力が僕の周囲に吹き上がった。




