第1話 仲間の悪だくみ
「おい! 銅ランク! ここにあるマダラ狼の毛皮は全て剥いでおけよ! ついでに魔石や牙もだ! お前は殻潰しなんだからな! これくらいの雑事は全てお前がやれ!」
「もちろんやるよ。でもよいのかい? ここはファングの森林だ。こんな魔物の多い場所のど真ん中で皮剥ぎなんてやってたら、血の匂いにつられて他の魔物もやってくると思うんだけど。今は時間的にも魔物が活発に動き出す夕方だし。やっぱり町で臭い消しの水を買っておくべきだったんじゃ……」
「終わった話を蒸し返すな! 魔物がよってくるだぁ? どんな魔物が来ようと、金級冒険者である俺が全部なぎ倒すからなにも問題はないだろ! 俺はお前みたいなやわじゃないんだ! 銅ランクはいちいち指図するんじゃねぇ!」
そう吐き捨てると、金級冒険者パーティー《暴風》のリーダーであるザインは焚火の方へと向かっていく。焚火の方には同じパーティーメンバーであるアルバートとマチルダがいる。
彼らは先に夕飯を食べるつもりなのだろう。僕はため息をつきながらも夕暮れ時の日差しと松明の灯りを頼りに、マダラ狼の毛皮をはいでいった。
僕の名前はマーリングだ。ザインたちとは同じ村の生まれで、幼い頃から一緒にいる。僕らは12歳の時に村から一番近かった町で冒険者となり、パーティーを組んで活動を始めた。
最初のころはなにも問題がなかった。みんな実力は同じくらいだったし、故郷が同じだという仲間意識も強かったからだ。
だが、冒険者を長く続けているうちに、ザインたちと僕の間の溝は大きくなっていった。端的に言えば、ザインたちには才能があって、僕には才能がなかったのだ。
とある魔法を除いては。
ザインたちは剣技や魔法の才能をどんどん開花させていき、今では一流の金級冒険者になっている。一方で、僕は未だに銅級冒険者のままだ。
だからこそ、僕はザインたちから奴隷のように扱われるようになっても、何も言い返すことができない。
彼らからの風当たりは強い。けれど、僕は冒険者パーティー《暴風》から抜けだせずにいた。地元の冒険者の間で雑魚だと有名な僕を受け入れてくれるパーティーなんていない。
他の仕事を始めようにも、今まで僕は冒険者以外の仕事をしたことがない。おまけに、冒険者というのは基本的に嫌われている。
このパーティーを抜けたところで、まともな仕事につけないだろう。
僕はマダラ狼の毛皮を剝ぎながら、自分の過去を回想したところで、軽くため息を吐く。
「別に僕をコケにするのは構わないんだよなぁ。確かに、僕は滅多に役に立たないから。でも、もう少しだけ話を聞いてほしい」
町を出る前、僕はファングの森林に関して少し調べていた。魔物を狩りに行く場所の下調べなども基本的に僕の仕事だからだ。
そこで僕は過去にとある冒険者たちがファングの森で全滅したという情報を得ている。
なにかの魔物に襲られたらしいが、冒険者たちを見つけた捜索隊の話によると、死体は損傷が酷く、まるで血を吸いつくされたかのように干からびていたらしい。
また、殺された冒険者たちの周りには、数種類の魔物の亡骸も同様に干からびていたらしい。そこで僕はある推測をした。もしかして、冒険者たちは死ぬ前に魔物の解体をしていたのではないだろうかと。
魔物の解体中、血の匂いにつられた別の魔物に襲われるなんて事例は他にもあるからな。
だから僕は町を出る前、ザインたちにパーティー全員が共有している資金で臭い消しの水を買っておくべきだと提案した。
けれど、ザインたちには全く取り合ってくれなかった。
「銅ランクの言うことなんてあてにならない。お前は自分が調べたことだけを俺らに伝えろ」
ザインにはこんなニュアンスのことを言われた。けれど、ファングの森周辺の村にはこんな噂があることを、僕は知っている。
《家畜を夜遅くに殺してはならない。凶悪な魔物がやってきて、血を吸われてしまう》
ザインたちはろくに打ち合わせをしなかったので、この事は僕しか知らない。
僕は魔物に襲われないことを祈りながら、マダラ狼の毛皮を次々と剝ぎつつ、再びため息をついた。そんな僕のことを森の茂みからじっと見つめる存在がいることに気がつかないまま。
◆❖◇◇❖◆
「全く、大人しく俺の言うことを聞いていれば良いものを」
俺はイライラした口調で呟きながら、アルバートとマチルダに近づいていく。
「どうしたのですかザイン? またマーリングが反抗でもしました?」
にやけた笑みを浮かべながらアルバートはザインに尋ねる。
「ああ。こんな時間に魔物をばらしたら血の匂いにつられた他の魔物が来るだとかぬかしやがった」
「相変わらず臆病者な人ですね。私たちより強い魔物なんざ、この辺りには滅多に現れないでしょうに」
「でも、冒険者は基本的に慎重であるべき」
パーティーメンバーの紅一点であるマチルダの声に、俺の眉は少し吊り上がる。彼女がマーリングをかばうような発言をしたからだ。
パーティー唯一の銅ランク冒険者であるマーリングなど、基本的には奴隷のように使いつぶす存在でしかない。それがパーティーメンバー全員の共通見解だったはずだ。
「もちろん、下級冒険者限定の話」
俺とアルバートは顔を見合わせる。
「ぎゃ「ははははははははは!!!!!」」
俺たち二人はたまらず笑いだす。
「全く、何を言い出すかと思えば。マチルダはたまに面白いことを言いますよね」
アルバートはあきれたような声音で言う。
「だが、マチルダの言うとおりだ。マダラ狼にも苦戦するザコは慎重であるべきだな」
俺も完全に眉を下げながら同意した。
「それにしても、いつまで彼をパーティーにとどめておくつもり? マーリングは今やただのお荷物。追放するべき」
「まあ、一応使い道はあるだろ。あの魔法が使えるんだから」
ゆったりとした口調で俺が言う。
「それもそうですね。けど、私たちが金級になってからはマーリングの切り札を使うこともなくなってきましたし、そろそろ用済みなのでは?」
「なら俺から提案がある」
アルバートとマチルダの顔を眺めてから言う。
「今度、俺はアウラム山脈に行こうと考えてるんだ」
「正気ですか?」
「さすがに私たちでも荷が重い」
アウラム山脈は俺たち暴風が拠点にしている町の北方にある山脈だ。そこではオリハルコンやアダマンタイトなど、貴重な鉱物が採れることで有名だったりする。
ただし、アウラム山脈に貴重な鉱物が多く眠っているのには理由がある。それはアウラム山脈には凶悪な魔物が多く存在し、鉱物の採掘が難しいからだ。
冒険者ギルドの推奨しているアウラム山脈探索の冒険者ランクはミスリル級。俺たちよりも一ランク上なだけだが、金級とミスリル級の間には大きな壁がある。
アルバートとマチルダが難色を示すのも最もだな。
「だからよぉ。強力な魔物が現れるたびにあいつの能力で乗り切るんだよ」
「そう毎回上手くいきますかね?」
「いや、さすがに何度も繰り返していたら、いずれ強い魔物に俺らは殺されるだろうよ」
「なら、やはり無謀」
「いんや、確かに、何度もアウラム山脈に挑むのは危険だ。けどな、数回、おまけに強力な魔物の比較的少ない場所であれば乗り切れる。その探索で俺の武器の素材となる鉱物を集めるんだ。今以上に強い武器さえ手に入れば、銅ランクはもう用済みだからな。切り捨てる」
「良い案ですね。確かに、今の暴風に足りていないのは火力ですから。苦戦したときには銅ランクの力を利用していましたが、パーティーに銅ランクがいるというのはやはり外聞がよろしくない」
「おまけに、普段はあまり役にも立たない。私も彼を使いつぶす案に賛成」
「決まりだな」
俺は銅ランクが追放を宣告され、泣きわめく姿を思い浮かべ、思わず顔がにやけさせる。
その刹那――遠くから狼の吠え声がしたかと思うと、突然周囲から魔物の気配がしだした。




