様々な使節団
「行長殿はシウダ・デ・メヒコへ赴き、我が方の事情を説明して食料の支援を求めて欲しい」
「心得た」
隆景は再び行長に交渉役を任せた。
「言うまでもない事だが、我らに残された時間は少ない。こちらには20万の兵力がある事をしっかりと伝えてきてくれ」
「承知している」
「断られれば実力行使しか残されておらぬのでな」
「彼らがそれを理解する様、しっかりと念を押してこよう」
端的に言えば恫喝して来いという事だ。
攻め込まれたくなければ飯を寄越せ、である。
帰国する事が第一目標であるので、それさえ出来れば事を荒立てるつもりはない。
「待たれよ!」
清正が声を出した。
「何かな?」
隆景が促す。
「交渉役だけでは説得力がないので、兵力を伴って向かうべきだ」
清正の提案に行長がすかさず反論する。
「我らはお願いをしに行くのだぞ? 兵を連れていくなど礼を失した行為だ! そんな事をしたら上手くいく筈の物も失敗する!」
それに清正が反論した。
「20万などと、南蛮人としても容易く信じられる訳がない! 2万人くらいを連れて行けば彼らも信じるだろう!」
「そ、それは……」
的を射ていたので行長も否定できない。
隆景もその発言の妥当性を認める。
「清正殿の言う事も尤もであるな。では誰が行くかだが……」
「言い出した手前、某が行こう」
「清正殿か。他には?」
「ならば我らの兵も出す!」
行長が慌てて言った。
清正の兵は1万なので、行長の7千があれば拮抗しよう。
主戦派である清正が交渉の場に赴けば、何をしでかすか分からない。
「残り3千か……。宗茂殿、お願い出来るか?」
「隆景殿がそう言うのなら引き受けよう」
「これで決まった」
残りは立花宗茂と直次兄弟となった。
メキシコシティ派遣隊の他にも決める事はある。
「では次だな。嘉明殿はアカプルコから船で我が国への帰還を目指し、秀吉公に事の経緯を伝え、今後の指示を仰いでもらいたい」
「それは構わんが、南蛮の言葉なぞ知らんのだが?」
加藤嘉明が尤もな事を言う。
隆景に視線を送られた行長が応えた。
「ベラクルスの役人に書状を作成してもらえる様、取り図ろう。それを船に渡しさえすれば良い様に」
「それは助かる」
ベラクルスの統治者としても、町のすぐ近くに武装した兵力がある事は脅威であろう。
帰国の方法を練るのであるから断りはしない筈だ。
「嘉明殿には、出来れば南蛮船の操り方も習得してもらいたいのだが……」
「どうして?」
意図が分からず問い返す。
隆景が説明する。
「今後、南蛮の船が我らの物となる事もあろう。それを使って日の本に帰るとなれば船を操る者が不可欠だ。水軍を率いる嘉明殿であればその役に打ってつけであろう?」
「道理であるな。承知した」
「手勢をいくつか連れて船に乗り込んで欲しい」
「選りすぐりを連れていこう」
航海は往復で8ヵ月。
訓練の期間としては十分である。
「イスパニアの王には……、恵瓊、頼めるか?」
「畏まりました」
隆景はイスパニアとの外交を、配下である安国寺恵瓊に任せた。
僧でありながら戦も上手にこなし、巧みな外交交渉までもこなす恵瓊であれば、この役目に力不足はない。
しかし、ここでも言葉の問題があった。
隆景が行長に問う。
「伴天連は二人いたのであったか?」
「左様」
フロイスとヴァリニャーノがいる。
「一人を恵瓊の方に回せるか?」
「それは構わないが、もう一人の方は日の本の言葉がそれほど上手くはないぞ?」
「何? それは不味いな……」
言葉の達者なフロイスは渡さない。
どうするのか悩む中、有馬晴信が発言した。
「我が方に南蛮に行った者がいる。その者を連れていけば良かろう」
「おぉ!」
晴信が言ったのは天正遣欧使節団の事である。
1582年に長崎を出発し、2年の歳月をかけてヨーロッパに到達し、4年間諸国を巡って2年前に帰って来たばかりであった。
それを企画し、共に日本に着いたのがヴァリニャーノであったりする。
外交交渉における通訳とまではいかないが、意思の疎通には問題がなかろう。
「恵瓊よ、まずは伴天連の本拠地に行き、協力を求めるのだ。その後にイスパニアの王に会えば良かろう」
「承知致しましたが、一つ宜しいですかな?」
「何だ?」
隆景が尋ねた。
「イスパニアまでは2ヵ月との事ですが、シウダ・デ・メヒコからの返事は早くて1ヵ月です。良い返事なら問題はありませんが、悪い物であった場合、直ぐに兵を差し向けるので宜しかったですかな?」
「そうせざるを得ん……」
「そうなると私がイスパニアの王に会う時には、シウダ・デ・メヒコを攻め落している可能性もある訳ですな」
「むむ? それは確かにそうだ。そうなると宜しくない……」
恵瓊の指摘に詰まる。
支援を求めにイスパニアに行く筈なのに、現地では彼らの町を攻めていたなどあってはならない。
シウダ・デ・メヒコからの返事が悪く、イスパニア王からの返事が良ければ最悪だ。
折角助けたのに裏切られたと余計な怒りを買うだけだろう。
「伴天連の総本山にだけ顔を繋いでおくべきかと。イスパニア王の方は、シウダ・デ・メヒコとの交渉を待ってからにすべきかと存じます」
「恵瓊の言う通りだ。そうしてくれ」
「御意。併せて、こちらの力になってくれそうな勢力を調べておきます」
「伴天連にはこちらの真意は伏せておくのだぞ?」
「心得ております」
色々と同時並行的に進んでいく。
行長は恵瓊らを連れ、ベラクルスに向け出発した。
シウダ・デ・メヒコに向かうのは町から帰ってからである。




