第7話_剣術
ステラへ本格的に魔法を教え始めてから、しばらくの
月日が流れた。
火、水、風、土。
日常生活でも使うことの多い、基本となる四属性の
魔法については、ひと通り教え終えたと言ってよい
だろう。
もっとも、マクスウェルが一からすべてを教え込ん
だわけではない。
ステラは幼い頃から、彼が魔法を使う姿をすぐそば
で見続けてきた。
暖炉へ火を灯す姿。
空気中から水を集める姿。
風で洗濯物を乾かし、土を動かして畑を耕す姿。
本人にとっては何気ない日常だった。
けれど、周囲のあらゆるものを吸収する幼い少女に
とって、その一つひとつが何より優れた手本となって
いた。
今では朝になれば自分で暖炉へ火を灯し、水を生み
出して顔を洗う。
庭へ出れば風を操って落ち葉を集め、菜園では土を
柔らかくして野菜の世話までしていた。
それらの行動に、もはや修行をしているという意識
すらない。
呼吸をするように。
手足を動かすように。
ステラは魔法を使っていた。
◇
その日も、ステラは菜園の中央で魔法を使って
遊んでいた。
小さな両手の間に、透き通った水球が浮かんでいる。
水球は一つ、二つと数を増やし、やがて少女の周囲
を取り囲むように回り始めた。
「えいっ」
ステラが指を振る。
宙を漂っていた水球が一斉に散らばって弾け、
細かな水滴となって菜園へ降り注いだ。
柔らかな陽射しを受けた雫が、宝石のように
きらきらと輝く。
「うん。きょうもじょうずにできた!」
満足そうに胸を張るステラを、マクスウェルは家の
軒先から眺めていた。
(……本当に、覚えが早いのぉ)
思わず感心の息が漏れる。
魔法とは本来、そう簡単に習得できるものではない。
すでに存在している火や水を利用するだけならば、
比較的難易度は低い。
水を動かし、炎を大きくし、風の流れを変える。
周囲にあるものへ魔力を与え、望む方向へ導けば
よいからだ。
だが、何も存在しない場所から一つの現象を生み
出そうとすれば、話はまるで違ってくる。
たとえば、火のない場所で炎を生み出す。
そのためには、術者自身の魔力を炎という現象へ
作り替えなければならない。
水のない場所で水を作るなら、魔力を水へ。
土のない場所で土を生み出すなら、魔力を土へ。
魔力を別の物質や現象へ変換し、この世界へ形ある
ものとして定着させる。
それが――魔力物質変換。
属性魔法の根幹を成す技術だった。
言葉にすれば単純に聞こえる。
しかし、実際に行うとなれば難易度は一気に跳ね
上がる。
炎が何によって生まれ、何を燃料として燃え続ける
のか。
水がどのような性質を持ち、どのような形で存在
しているのか。
生み出そうとするものへの理解が曖昧であれば、
魔力は正しく変換されない。
しかも大抵の魔法使いは想像して魔力を変換させて
いる分密度の低い脆弱な魔法にしかならない。
だからこそ、多くの魔法使いは、何年もの時間を
かけて一つの属性を学ぶし、自分にあった属性も
それぞれ異なってくる。
「おししょうさま、みてー!」
少女が振り返り、右手を空へ掲げる。
銀白色の中へ淡い桜色が溶け込んだ魔気力が、指先
へ静かに集まっていく。
次の瞬間、手のひらの上へ小さな炎が灯った。
赤橙色の炎は風に揺られながらも消えることなく、
むしろ空気を取り込むように少しずつ大きくなって
いく。
ステラはそれを軽く放り投げた。
炎は空中でふわりと弾け、何羽もの小鳥へ姿を
変える。
炎の鳥たちは少女の頭上を楽しそうに飛び回り、
やがて光の粒となって消えていった。
「どう? じょうずにできた?」
「うむ。見事じゃ」
「えへへー!」
褒められたステラは、嬉しそうに頬を緩める。
その笑顔を見つめながら、マクスウェルも自然と
目を細めた。
(教えれば何でも吸収する。それどころか、教えて
おらぬ使い方まで勝手に思いついてしまう)
常人とは比べものにならないほど膨大な魔気力。
魔力と気力が完全に融合した、世界でただ一つの力。
自然を魔法へ織り込み、魔気力によって一つの現象
として束ねる。
魔法と自然。
二つの力を同時に扱う複合型。
それこそが、空間魔法を扱えるようになったステラ
だけが到達した魔法体系だった。
炎とは何か。
風はなぜ吹くのか。
水はどのように存在しているのか。
世界に存在する自然現象の原理を理解するほど、
その知識がそのまま魔法となる。
学べば学ぶほど魔法の幅は広がり、理解が深まる
ほど完成度も増していく。
その出力によって生み出された炎や水は、並の
魔法使いが作り出すものとは比較にならないほど
密度が高く、自然そのものに限りなく近い。
さらにマクスウェルは、幼い頃から日常の中で本物
の自然現象を見せ続けてきた。
理論を教え、実際に見せ、身体で覚えさせる。
その積み重ねがあったからこそ、ステラは理屈を
言葉で説明できずとも、身体が自然と正しい形を選び
取っているのである。
(わしの教え方がよかったということにしておこう
かの)
少しだけ得意げに顎髭を撫でる。
もっとも、教えたこと以上の魔法を毎日のように
作り出している時点で、どこまでが自分の功績なのか
は怪しいところだった。
「おししょうさま?」
「む?」
「なんでわらってるの?」
「おぬしの成長が嬉しいだけじゃ」
「ほんと?」
「本当じゃとも」
ステラはぱっと顔を輝かせ、マクスウェルのもとへ駆け寄ってくる。
そのまま勢いよく抱きつかれ、老人の身体がわずかによろめいた。
「おっと……」
「わたし、もっともっとがんばる!」
「うむ。じゃが、無茶だけはするでないぞ」
「はーい!」
元気のよい返事が庭へ響く。
基本となる魔法は、ほぼ身についた。
あとは、それらをどう組み合わせ、どのような状況
で使い分けるか。
基礎を応用へ繋げられるようになれば、魔法の修行
は一つの区切りを迎える。
(とはいえ、魔法の道に終わりなどないがの)
どれほど長く研究を続けても、知らない現象は次々
と現れる。
まして、目の前にいるのは、自分の常識を何度も
壊してきた少女だ。
これから先、どのような魔法を作り出すのか。
考えるだけで、研究者としての心が躍った。
だが――教えるべきものは、魔法だけではない。
マクスウェルは、抱きついたままのステラへ視線を
落とす。
小さな身体は、常に魔気力によって強化されている。
今もなお、周囲のマナを取り込み続けることで魔力
は増え続け、その魔気力は無意識のうちに身体を鍛え
続けている。
しかも本人にその意識はない。
ただ歩き、走り、遊んでいるだけで、全身の細胞へ
魔気力が巡り続けている。
さらには、手にした物へ力を流し込み、強化する
ことさえ自然に行っていた。
木の枝を折らずに振り回せるのも。
普通なら崩れてしまうほど圧縮した土を、平然と
形にできるのも。
すべては、無意識に使っている物体強化の力による
ものだった。
(下準備は、すでに十分すぎるほど整っておる)
マクスウェルは、以前から考えていた次の修行を
思い浮かべる。
剣術。
格闘術。
気力を使った近接戦闘。
この世界には、魔法だけでは対処できない状況も
存在する。
魔力を封じる魔物。
魔法を組み立てる暇もないほど接近された時。
あるいは、大切な誰かを背にして、退くことが
できない場面。
どれほど優れた魔法使いであっても、自らの身体を
動かし、武器を扱う術は知っておくべきだった。
問題があるとすれば――。
(わし自身は、剣術の専門家ではないことじゃな)
マクスウェルは魔法を極めた大賢者である。
気力も一応は扱える。
だが、その才能のほとんどを魔法と研究へ注いで
きたため、剣を専門的に学んだ経験はなかった。
それでも、長い人生の中で数多くの剣士や武人と
出会ってきた。
騎士団の訓練。
冒険者たちの戦い。
剣豪と呼ばれた者たちの型。
実際に自分で極めてはいなくとも、その理論と動き
は何度も目にしている。
基礎を教える程度ならば、十分に可能なはずだった。
「よし」
マクスウェルは小さく頷く。
「ステラよ。今日は新しい遊びをするとしよう」
「新しいあそび?」
抱きついていたステラが顔を上げる。
桃色の瞳が、期待に輝いた。
「少し待っておれ」
マクスウェルは家の脇へ置いていた一本の木刀を
手に取る。
ステラの身長とほぼ同じほどの長さ。
表面は滑らかに磨かれ、陽の光を受けて淡く輝いて
いた。
ただ木を削っただけのものではない。
木材を何度も圧縮し、繊維の向きを整え、さらに
強化魔法を染み込ませてある。
幼い少女が使うものだからこそ、軽さと扱いやすさ
を残しながら、簡単には壊れないよう工夫した。
大賢者マクスウェル特製の木刀である。
「ほれ」
差し出された木刀を、ステラは両手で受け取った。
「わぁ……!」
表面を走る淡い光を見て、目を輝かせる。
「きれい! これ、わたしの?」
「うむ。今日から、おぬしのものじゃ」
「ありがとう、おししょうさま!」
ステラは木刀を胸へ抱き締め、満面の笑みを
浮かべた。
その反応だけで、作った苦労がすべて報われたよう
な気がする。
「それで、なにしてあそぶの?」
「今日は、その木刀を使ってわしと遊ぶのじゃ」
「おししょうさまも?」
いつもなら、マクスウェルは少し離れた場所から
修行を眺めている。
一緒に遊んでくれる。
その言葉がよほど嬉しかったのだろう。
ステラは木刀を抱えたまま、ぴょんぴょんと飛び
跳ねた。
「やった! おししょうさまといっしょ!」
「わしも、たまには身体を動かさねば鈍ってしまう
からの」
マクスウェルも自分用の木刀を左手に持ち、庭の
中央へ歩いていく。
そしてステラから少し距離を取り、正面から向き
合った。
「その木刀で、わしへ打ち込んでくるのじゃ」
「うちこむ?」
「わしの木刀へ向かって、思い切り振ればよい」
「わかった!」
元気よく答えたステラは、木刀を何度かぶんぶん
と振った。
右から左へ。
左から右へ。
重さや長さを確かめているのだろう。
その動きはまだ剣術と呼べるものではない。
だが、木刀が通り過ぎるたび、空気が鋭く裂ける
音がした。
マクスウェルはその音へ、わずかに眉を動かす。
(……思ったより速いの)
とはいえ、相手はまだ五歳の少女である。
いくら身体強化が優れているとはいえ、受け止め
られないほどではない。
マクスウェルはそう判断した。
単純にプライドが邪魔をしたのだ、5歳に負けるわけ
がないと。
今振り返れば。
このとき、少しでも身体強化魔法を使っておくべき
だった。
ステラがどれほど成長しているのか。
その力を、もっと慎重に見極めるべきだった。
だが、この瞬間のマクスウェルは、まだ何も知ら
ない。
ステラは木刀を両手で握り、楽しそうに笑った。
「それじゃあ、いっくよー!」
小さな足が、地面を踏み締める。
銀白色と淡い桜色の魔気力が、少女の全身を一瞬
だけ強く包み込んだ。
次の瞬間――。
ステラの姿が、マクスウェルの視界から消え、もう
目の前にあった。
小さな身体が地面を蹴った、その瞬間までは見えて
いた。
しかし、その先が見えない。
いや、正確には見えている。
あまりにも速すぎて、脳が理解できないのだ。
マクスウェルの視界は、まるで時間そのものが引き
延ばされたかのように、ゆっくりと流れ始める。
(速い――!)
少女が振り抜く木刀。
空気を裂きながら一直線に迫ってくるその軌道だけ
が、異様なほど鮮明に映っていた。
身体を動かさねば。
受け止めなければ。
そう頭では理解している。
だが、身体はまるで言うことを聞かなかった。
(しまった……!)
五歳の少女相手だ。
身体強化など必要ない。
そう高を括った。
それが、最大の失敗だった。
ようやく腕が動き始めた頃には、すでに遅い。
そしてここでもまた間違えを犯してしまう。
その一瞬のできごとに木刀をぎゅっと握り締めて
しまっていた。
そして――。
木刀と木刀が激突した。
バキィィィィン!!
死の森へ、耳をつんざくような衝撃音が響き渡る。
空気が震え、周囲の木々の葉が一斉に揺れた。
次の瞬間。
マクスウェルの木刀は、まるで乾いた枝のように
真っ二つへ折れ飛ぶ。
さらに衝撃は、そのまま強く握りしめいてた左手へ
と突き抜けた。
「――っ!」
嫌な感触が指先から腕へ駆け抜ける。
柄を握っていた五本の指が、一斉に悲鳴を上げた。
バキッ、バキバキッ――。
骨が砕ける音とともに、指はあらぬ方向へ曲がって
いく。
折れた木刀の柄は手を離れ、地面へ転がった。
その場へ膝をついたマクスウェルは、震える左手を
見つめる。
「て、手が……」
一拍遅れて、激痛が押し寄せた。
「手がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
老人らしからぬ絶叫が森へ響く。
五本の指は、見るも無惨な方向へ曲がっていた。
「うぐぐぐぐ……っ」
歯を食いしばりながら、急いで回復魔法を発動する。
淡い光が指を包み、折れた骨が少しずつ元へ戻って
いく。
しかし、強烈な衝撃による痺れが残っているせいで、
思うように治癒が進まない。
額には冷や汗が滲み、肩で荒く息をつく。
一方、その様子を見つめるステラは――。
ぽかん、と口を開けたまま立ち尽くしていた。
何が起きたのか、まったく理解できていない。
しばらく沈黙が流れた後、おずおずと口を開く。
「……おししょうさま?」
心配そうに首を傾げる。
「だいじょうぶ?」
ステラの中で、マクスウェルは何でも知っていて、
何でもできる存在だった。
強くて、優しくて、絶対に負けない。
そんなお師匠様が、目の前で膝をつき苦しんでいる。
その理由が分からない。
だからこそ、不安そうな瞳で見つめることしか
できなかった。
マクスウェルは痛みに顔を歪めながらも、何とか
笑みを作る。
「お、おおう……ステラよ……大丈夫じゃ……」
全然大丈夫ではない。
だが、ここで少女を不安にさせるわけにはいかない。
「悪いが……少し一人で遊んでいてくれんかの……」
「うん、わかった!」
ステラは素直に頷くと、木刀をぶんぶんと振り回し
ながら元気よく駆けていった。
その後ろ姿を見送りながら、マクスウェルは大きく
息を吐く。
(うぐぐぐ…まさか、ここまで成長しておるとは…)
痛みよりも衝撃の方が大きかった。
魔法だけではない。
身体能力まで、完全に自分の想像を超えている。
遠くでは、ステラが楽しそうに木刀を振っている。
しかし、マクスウェルの目には、その剣先が
ほとんど映らない。
木刀を振るたびに空気が鋭く裂け、小さな風の刃
が生まれては消えていく。
まだ本人は気づいていない。
無意識のうちに風の流れを巻き込み、斬撃へ変えて
しまっているのだ。
「……殺傷能力抜群じゃの」
乾いた笑いしか出てこない。
指は元通りに治った。
とはいえ、このままでは到底ステラの相手は務まら
ない。
マクスウェルはゆっくりと立ち上がり、遠くで木刀
を振り続ける少女のもとへ歩み寄った。
ぶんっ。
ぶんっ。
木刀が振るわれるたび、乾いた風切り音が辺りへ
響く。
その剣筋は、ただ力任せに振っているだけではない。
身体全体をしなやかに使い、魔気力によって強化
された筋力が一切の無駄なく木刀へ伝わっている。
しかも、本人はそのことをまるで自覚していない。
遊んでいる。
ただ、それだけなのだ。
(……これでは、まともに打ち合うことすらできぬ)
マクスウェルは苦笑いを浮かべた。
五歳の少女に稽古をつけるつもりが、逆に一撃で
叩きのめされるとは思ってもみなかった。
そんな老人へ気付いたステラが、嬉しそうに駆け
寄ってくる。
「おししょうさま!」
「ステラよ。今日は素振りの練習から始めようかの」
そう言うと、ステラは少しだけ寂しそうに眉を
下げた。
「きょうは、もうあそんでくれないの?」
その一言に、マクスウェルは思わず苦笑する。
少女にとって剣術は修行ではない。
大好きなお師匠様と遊ぶ時間なのだ。
だからこそ、少しでも一緒に遊べないと分かると、
露骨にしょんぼりしてしまう。
「木刀も折れてしまったしの。それに、わしも長い
こと身体を動かしておらんかったから、少し身体を
慣らさねばならん」
もちろん、それだけではない。
今のマクスウェルでは、少女の木刀が見えない。
まずは目を慣らす。
それが何より先決だった。
「うーん……」
ステラは口を尖らせる。
「こんどは、ちゃんとあそんでね?」
「約束じゃ」
「うん!」
その返事を聞き、マクスウェルは胸を撫で下ろした。
木刀の握り方。
足の運び方。
振り下ろした後の姿勢。
一つひとつを丁寧に教えながら、その隣で新しい
木刀を作り始める。
今度は、簡単には折れないようさらに木材を圧縮し、
強化魔法も幾重にも重ねていく。
そして何より。
少女が振る木刀を見切れるよう、自らも毎日一緒に
素振りを繰り返した。
◇
それから数日。
朝は魔法を学び。
昼は木刀を振る。
汗を流した後は一緒に風呂へ入り、夕食を囲み、
夜は翌日の修行について語り合う。
忙しくも穏やかな日々。
マクスウェルにとって、それは長い人生の中でも
かけがえのない時間となっていた。
そして――。
ついに準備は整う。
隣で何回も見てきたステラの素振り。
木刀の軌道は、もう見失わない。
痺れるほど何回も木刀を振り続け、体の感覚も
ようやく取り戻した。
(……これなら、いける)
マクスウェルは静かに木刀を構える。
「よし、ステラ。最初の日と同じように、わしへ打ち
込んでくるのじゃ」
「うん!」
少女はぱっと表情を輝かせた。
今度は不用意に加速されないよう、二人の距離は
以前より短く取ってある。
さらにマクスウェルは身体と木刀へ、限界まで強化
魔法を施した。
もう油断はしない。
「それじゃあ――」
ステラが木刀を構える。
「いっくよー!」
銀白色と淡い桜色の魔気力が少女を包み込む。
同時に木刀が振り下ろされた。
(見える……!)
以前とは違う。
確かに見えている。
マクスウェルは横から木刀を滑り込ませるように
迎え撃った。
バキィィィィン!!
激しい衝撃音が森へ響く。
二本の木刀は火花でも散らすかのようにぶつかり
合い、周囲の空気を震わせた。
しかし――。
今度は折れない。
木刀も。
指も。
痺れは残る。
腕全体へ重い衝撃も走る。
それでも、受け止めることはできた。
(やった……!)
そんな安堵を与える暇もなく、ステラは次々と木刀
を振るう。
右。
左。
斜め。
上段からの振り下ろし。
高速で繰り出される斬撃を、マクスウェルは一本
一本、必死に受け流していく。
バキンッ!
バキンッ!
甲高い音が何度も森へ響いた。
まるで嵐のような連撃。
それでもマクスウェルは一歩も退かない。
少女の成長が嬉しかった。
だからこそ、この剣だけは受け止めたかった。
しかし――。
五分ほどが経過した頃。
「……ステラ! 待つのじゃ!」
木刀が振り下ろされる寸前、少女はぴたりと動きを
止めた。
「どうしたの?」
「今日は……このくらいじゃ……」
肩で息をしながら苦笑した。
「わしの身体がもたん」
強化魔法を維持し続けた魔力は底を尽きかけ、両腕
は痺れて感覚がほとんど残っていない。
たった五分。
それだけで、大賢者マクスウェルの魔力をここまで
消耗させる。
ステラの身体能力は、すでにその領域へ達していた
のである。
その一方で、ステラは頬を膨らませる。
「えーっ!」
「まだ、すこししかあそんでないよー!」
ぷくっと膨れた頬。
今にも泣き出しそうな瞳。
それほどまでに、この打ち合いが楽しかったの
だろう。
マクスウェルは苦笑しながら少女の頭を優しく
撫でた。
「すまんのぉ。じゃが、毎日こうして打ち合おう」
「ほんと?」
「約束じゃ」
その言葉に、ステラはようやく笑顔を取り戻した。
少女はこれから先、もっと強くなる。
木刀だけでも、いずれ自分では相手にならなくなる
だろう。
そこへ魔法まで織り交ぜるようになれば――。
(……いよいよ、次の段階へ進む頃合いじゃな)
木刀の扱いは十分に身についた。
型もしっかりと形になってきている。
ならば、次に教えるべきものは一つ。
実際に戦い、生き抜くための術。
**『実戦』**である。




