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星紡ぎのステラ  作者: YOU
第1章_幼少期編
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第5話_魔力と気力


 マクスウェルが目を覚ましたのは、それから一週間

ほど経った頃だった。


 まだ重い身体を起こし、ゆっくりと部屋を出る。


 ぼんやりとした頭のまま廊下を歩いていると、

ふと足が止まった。


「……?」


 汚れていたはずの床が、見違えるほど綺麗になって

いた。


 血痕も、汚れも、どこにも残っていない。


 磨き上げられた床は朝日を受けて静かに輝いている。


「これは……どういうことじゃ?」


 首を傾げながらリビングへ向かう。


 すると、そこも同じだった。


 血で汚れていたソファは綺麗に拭き取られ、机も棚

も以前より整頓されている。


 眠る前よりも、むしろ家全体が綺麗になっていた。


「これは……」


 久しぶりに目覚めたばかりの頭では、状況がまるで

整理できない。


 呆然と立ち尽くしていると――。


「おししょうさま!!!」


 元気いっぱいの声が響いた。


 次の瞬間、小さな身体が勢いよく胸へ飛び込んで

くる。


「おししょうさま! おししょうさまぁぁ!!」


 頭を何度も胸へ擦り寄せながら、ステラは堰を

切ったように泣き始めた。


「お、おお……ステラ」


 突然の勢いに少したじろぐ。


 だが、その震える肩へ手を添え、優しく頭を撫でた。


「悪かったのぉ……寂しかったのぉ」


 その一言で、ステラはさらに声を上げて泣いた。


 どれほど心細かったのか。


 どれほど、この日を待っていたのか。


 その小さな背中が何より雄弁に物語っていた。


 しばらくすると泣き声は落ち着き、ステラは照れ

くさそうに顔を上げる。


 マクスウェルは微笑みながら部屋を見渡した。


「これは、ステラがやってくれたのかの?」


「がんばりました!!」


 ステラはお決まりになった決意のポーズで、小さな

拳をぎゅっと握る。


 その姿を見て、マクスウェルは思わず言葉を失った。


(……まだ三歳、じゃよな)


 リビングは見違えるほど綺麗になっている。


 しかもテーブルの上には、少し形は崩れているもの

の、目玉焼きが二人分並べられていた。


 自分がいつ目を覚ましても食べられるように。


 そんな想いで何度も作ってくれていたのだろう。


 その健気さに、胸が熱くなる。


「ありがとうのう……本当に、ありがとう」


 自然と涙が溢れた。


 研究者としての理屈も、大賢者としての威厳も、

この瞬間だけは何の意味も持たなかった。


 ただ、一人の老人として。


 一人の師として。


 目の前の少女が愛おしくて仕方がなかった。


     ◇


 二人は並んで朝食を食べ、温かいお茶を淹れて

ソファへ腰掛ける。


 穏やかな時間が流れる中、マクスウェルはふと

違和感を覚えた。


(……少し大きくなったか?)


 ステラが以前より一回り、いや二回りほど成長した

ように見える。


「ステラ、少しこちらへ来るのじゃ」


「はい、おししょうさま!」


 お茶を置くと、ぴょんと膝の上へ飛び乗る。


 満面の笑みで見上げてくる姿に思わず頬が緩む。


(……天使じゃ)


 慌てて頭を振り、気持ちを切り替える。


「少し確かめたいことがあるのじゃ」


 そう言って、そっとステラのお腹へ手を添えた。


 静かに魔力を流し込み、その流れを探り始める――。


 マクスウェルは静かに目を閉じ、流し込んだ魔力の流れへ意識を集中させた。


(むむむ……)


 違和感はすぐに現れた。


 以前までであれば、ステラの魔力とは驚くほど自然

に同調し、自分の魔力は何の抵抗もなく体内を巡って

いた。


 しかし今は違う。


 流し込んだ魔力が、まるで別の波長を持つ力に

押し返されるような感覚があった。


 同調できない。


 いや、正確には同調しようとした瞬間に、何者かが

拒絶しているのだ。


「ステラよ」


「はい?」


「わしが眠っている間に、何か身体へ変わったことは

あったかの?」


 ステラは首を傾げ、小さく考え込む。


「からだがよわかったので、つよくしてみようと、

がんばりました!」


 そう言って、小さな拳をぎゅっと握る。


(身体を強くした……じゃと?)


 マクスウェルの脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。


 ――気力。


 地方によっては闘気、オーラ、チャクラなど様々な

呼び名で伝えられている、生き物が持つもう一つの力

である。


 気力が強ければ強いほど、肉体は活性化し、骨や

筋肉、内臓、皮膚に至るまで、すべてが少しずつ強靭

になっていく。


 魔力が心臓のさらに奥に存在する魔力核へ蓄えられ、

全身へ張り巡らされた魔力経路を通して扱われる力で

あるのに対し、気力はまったく性質が異なる。


 気力とは、全身の細胞一つひとつが持つ生命

エネルギーを束ね、力へと変換する技術なのである。


 そのため、鍛えれば鍛えるほど肉体そのものが鍛え

上げられ、内側から身体を作り変えていく。


 魔力は炎や水、風や雷など様々な現象へ変化させ

られる万能の力だ。


 一方で気力は、そうした応用にはあまり向いてい

ない。


 しかし、その代償として極めて単純明快だった。


 鍛えれば鍛えるほど強くなる。


 それだけである。


 魔法でも身体能力を一時的に強化することは可能だ。


 だが、それはあくまで魔力による補助に過ぎない。


 気力は肉体そのものを鍛え上げる力。


 その強化は魔法とは比較にならず、極めた達人とも

なれば、自らの肉体だけでなく、剣や槍といった武器、

さらには岩や木などの物体へまで気力を纏わせ、強化

することさえ可能になるという。


 だからこそ、多くの武人たちは魔法ではなく、気力

を鍛え続けるのである。


 マクスウェル自身も気力は扱える。


 しかし、魔法の才能が突出していたため、本格的に

研究したことはなかった。


 そして今、その気力こそがステラの身体を救ったの

だと確信し始めていた。


「ステラ」


「はい!」


「魔力の方は問題なく使えそうかの?」


 気力によって魔力が阻害されるという欠点も踏まえ、

マクスウェルは慎重に問い掛けた。


「まりょくとなにかちがうの?」


 思わぬ返事に、マクスウェルは一瞬言葉を失う。


 説明を省き過ぎたかと思い、子どもにも分かるよう

に言い換えながら、魔力と気力の違いを簡単に説明

した。


 すると、ステラは少しだけ困ったように首を傾げる。


「どっちもまざってるから、おなじだよ?」


「……何じゃと?」


 マクスウェルの頭へ疑問符が浮かぶ。


 魔力と気力は本来、互いに干渉し合うことはあって

も、決して一つにはならない。


 気力を鍛えれば鍛えるほど活性化した細胞は強靭に

なっていく。


 しかし、その代償として活性化した細胞による気力

が魔力経路へ干渉し、魔力の流れを妨げてしまうのだ。


 身体強化魔法は魔力を精密に制御し、魔力経路を

避けながら細胞へ魔力を巡らせて肉体を強化する。


 対して気力は、そんなことは一切お構いなしだ。


 全身の細胞を等しく活性化させ、魔力経路ごと肉体

そのものを鍛え上げていく。


 だからこそ、気力が強くなり過ぎると魔力との共存

は極めて難しくなる。


 それは長い年月をかけ、多くの武人や魔法使いたち

が辿り着いた常識だった。


 そんな彼をよそに、ステラは机の上のコップを手に

取る。


「えへへ、おししょうさまのまねー」


 小さな手をコップへかざした。


 次の瞬間、空中から透き通った水が生まれ、静かに

コップを満たしていく。


 マクスウェルは息を呑み、その力の流れへ意識を

集中させた。


「……これは」


 流れているのは魔力だけではない。


 かといって気力だけでもない。


 二つの力が折り重なり、溶け合い、まるで最初から

一つだったかのように循環している。


 互いを打ち消すことなく、完全に融合した新たな力。


「うそ……じゃろ」


 思わず声が漏れた。


 相容れないはずの二つの力。


 絶対に混ざり合うことはないとされてきた二つの

要素が、目の前では一つの力として存在している。


 しかも、まだ魔法を教えてすらいないステラが、

水魔法を自然に再現してみせたのだ。


 情報量が多過ぎて、頭の整理が追いつかない。


(そうか……)


 混乱の中で、一つだけ納得できることがあった。


 子どもは、大人の背中を見て育つ。


 ひな鳥が母鳥の飛ぶ姿を見て空を覚えるように、

ステラもまた、自分の仕草や魔法を毎日見て覚えて

いたのだ。


「しかし……どうやって身体を強くしたのじゃ?」


 素朴な疑問だった。


 そんな方法は、マクスウェルの知る限り存在しない。


「うーんとね、うちがわをこわして、もとにもどすの!」


「…………」


 うちの子が何を言っておるのか分からん。


 しかし、とてつもないことを口にしている気もする。


「それは痛くはないのかの?」


「そんなにいたくないよ?」


 痛みはある。


 だが、以前のように血だらけになることもない

らしい。


 おそらく一度死線を越えたことで、肉体がその感覚

を覚えたのだろう。


 壊しては再生し、その度に少しずつ強くなる。


 そんな常識外れの成長を、本能だけで繰り返して

いるのだ。


「そうか……ならよいのじゃが」


 それ以上は追及しなかった。


 満面の笑みで見上げてくるステラの頭を、優しく

撫でる。


 ぐりぐりと頭を押し付けてくる姿が、たまらなく

愛おしい。


(これだけ元気なら問題はない……か。しかし、

この力は必ず解き明かさねばならんな)


 魔力でもない。


 気力でもない。


 ならば、新しい名前が必要だ。


「魔気力――」


 マクスウェルは静かに呟く。


「今日から、この力を魔気力と呼ぶことにしよう」


 こうして、大賢者マクスウェルの新たな研究は幕

を開ける。


 そして、その研究対象は、世界中どこを探しても

たった一人しか存在しない、最愛の弟子だった。


  ◇


 それから二人は療養を続けながら、穏やかな日々を

過ごした。


 季節は少しずつ移り変わり、マクスウェルは

六十七歳、ステラは四歳になろうとしていた。


 あの日以来、ステラは毎日欠かさず身体を鍛え

続けている。


 自分が弱かったせいで、お師匠様へ大きな負担を

かけてしまった。


 その想いは今も変わらず、小さな少女を突き動か

していた。


 今日も庭では、気力で身体を鍛え、壊しては治し、

壊しては治すという常識外れの修行を繰り返している。


 以前のように血を流すことはない。


 鍛え上げられた気力が肉体を守り、魔力が満ちても

身体が淡く光ることさえなくなっていた。


 魔力の器も、肉体も、少しずつ着実に成長している

のである。


 マクスウェルにできることは、無茶をし過ぎない

よう見守ることだけだった。


 とはいえ、泣き叫ぶこともなく、怪我をする様子

もない。


 むしろ以前にも増して元気いっぱいで、毎日庭を

駆け回っていた。


     ◇


 ある日のこと。


 庭を元気よく走っていたステラが、小石へ足を取ら

れて勢いよく転んだ。


「おっと……」


 マクスウェルは思わず腰を浮かせる。


 幼い子どもなら泣いてもおかしくない転び方だった。


 しかし――。


「えへへ」


 ステラはすぐに立ち上がり、何事もなかったように

笑っている。


「……何?」


 目を凝らして見ると、膝にも腕にも傷一つ付いて

いなかった。


 服は土で汚れている。


 それなのに、皮膚は驚くほど綺麗なままだ。


 毎日続けてきた魔力と気力の鍛錬によって、肉体

そのものが生まれ変わり始めているのだ。


「いやいや……ありえんじゃろ」


 思わず苦笑する。


 だが、これまでステラが起こしてきた奇跡を思えば、

この程度で驚く方がおかしいのかもしれない。


 いつしかマクスウェル自身の常識も、少しずつ書き

換えられていた。


     ◇


 庭を元気いっぱい走り回るステラを眺めながら、

マクスウェルは静かに微笑む。


(あの子は将来、どんな娘へ育つのじゃろうな)


 強く。


 優しく。


 そして願わくば――。


(おしとやかな娘になってくれればよいのじゃが)


 そんなささやかな願いを胸に抱きながら、老人は

今日も愛弟子の成長を温かく見守り続ける。


 少女がどのような未来を歩むのか。


 その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。


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