第3話_修行開始
ステラの魔力暴走を鎮めてから、しばらくの月日が
流れた。
その間もマクスウェルは、定期的にステラの体内へ
自分の魔力を流し込み、必要以上に魔力が溜まらない
よう調整を続けていた。
あの夜に確認したステラの魔力量は、幼い子どもが
持つものとしては、あまりにも異常だった。
何もせずに放っておけば、いずれ再び許容量を
超える。
次も同じように暴走を止められる保証はない。
ましてや、マクスウェルが常にそばにいられるとも
限らなかった。
「……やはり、早いうちに覚えさせねばなるまいな」
リビングの椅子へ腰掛けたマクスウェルは、腕の中
に抱いたステラを見下ろしながら呟いた。
白い髪は少しずつ伸び、今では首元まで届き始めて
いる。
桃色に輝く瞳も、以前よりはっきりと周囲の物を
追うようになった。
最近ではハイハイだけでなく、短い時間なら一人で
立ち、よちよちと歩くことも覚え始めている。
もうすぐ二歳。
その成長は、マクスウェルが驚くほど早かった。
だが、どれほど成長が早くとも、まだ幼い子ども
であることに変わりはない。
自分の意思で魔力を操作しろと言われたところで、
理解できるはずもなかった。
「あぅ?」
考え込んでいるマクスウェルの顔を、ステラが
不思議そうに覗き込む。
「いや、何でもない」
小さな頭を撫でると、ステラは気持ちよさそうに
目を細め、そのまま彼の胸へ頬を寄せた。
その温もりを感じながら、マクスウェルは再び
考える。
魔力操作とは、本来、特別な才能を持つ者だけが
行うものではない。
歩くこと。
息をすること。
物を掴むこと。
それらと同じように、成長の過程で身体が自然と
覚えていくものだ。
一度身につけてしまえば、強く意識せずとも魔力は
全身を巡り、余分な分は体外へ放出される。
一般的な子どもなら、遅くとも五歳頃までには、
自発的な魔力循環を身につける。
魔力が多かろうと少なかろうと、成長する身体が
環境へ適応していくのだ。
問題は、その年齢を迎える前に、魔力が身体の
許容量を超えてしまう子どもだった。
極めて稀ではあるが、ステラのように、生まれ
ながら膨大な魔力を宿す子どもは存在する。
しかし、その多くは魔力を逃がす術を覚えるより
先に限界を迎え、暴走を引き起こす。
対処できる者が近くにいなければ、幼いうちに命を
落としてしまうことも珍しくなかった。
ステラが今も元気に生きているのは、偶然
マクスウェルがそばにいたからだ。
だが、いつまでも自分が外から操作し続けるわけ
にはいかない。
必要なのは、ステラ自身が魔力を巡らせ、余分な
力を体外へ放出する術だった。
「魔力操作は、歩き方を覚えるのと大きくは変わらぬ」
マクスウェルは顎髭を撫でながら呟く。
「一度、身体が正しい流れを覚えてしまえば、その後
は無意識に続けられる」
赤子は物事を覚えるのが早い。
言葉も。
身体の使い方も。
周囲で起きることを、驚くほどの速さで吸収して
いく。
「自然に覚えるものならば、外から正しい流れを何度
も教え込めばよい」
かなり強引な理屈ではあった。
だが、過去へ遡る魔法を生み出そうとした男に
とって、二歳にも満たない子どもへ魔力操作を教える
ことは、試す価値のある仮説にすぎなかった。
「よし」
マクスウェルはステラの体を抱き直し、姿勢を
正した。
「今日から修行じゃ」
◇
「よいか、ステラよ」
「う?」
マクスウェルはステラを抱き上げ、真正面から
向き合った。
「これより、おぬしをわしの弟子として、一人前に
育て上げる」
「あぅ」
「修行は決して楽なものではない。時には苦しく、
時には投げ出したくなることもあるじゃろう」
「あぅー」
「じゃが、わしを信じてついてくるのじゃ。そして
今後、わしのことは師匠と呼ぶように!」
堂々と宣言する。
ステラはつぶらな瞳を何度か瞬かせ、きょとんと
マクスウェルを見つめた。
どう見ても、何を言われているのかまったく理解
していない顔だった。
「……まあ、そうじゃろうな」
マクスウェルは苦笑する。
「まだ二歳にもならぬ子どもへ、わしも何を語って
おるのやら」
だが、宣言そのものを撤回するつもりはなかった。
この子を弟子として育てる。
自分が生涯をかけて得た知識と技術を、すべて託す。
その決意は、あの夜から変わっていない。
「まずは、生きるための修行からじゃ」
マクスウェルはステラの腹へ左手を当てた。
「少し、むずむずするかもしれんぞ」
「むずむず?」
「お。今の言葉は分かったか」
「むずむず!」
「そこだけ覚えたのか……」
少々不安になりながらも、マクスウェルはごく少量
の魔力を流し始めた。
◇
青白いマクスウェルの魔力が、細い糸のように
ステラの体内へ入っていく。
「んぅ……」
ステラは不思議な感覚に身をよじった。
むず痒いのか、体をくねくねと揺らしながら、
マクスウェルの外套へしがみつく。
「動くでない。危険はない」
「むずむず……」
「それは先ほど聞いた」
泣き出す様子はない。
それだけでも、教える側としてはありがたかった。
マクスウェルは目を閉じ、ステラの体内へ意識を
集中させる。
まずは心臓のさらに奥。
魔力を蓄える核まで、自らの魔力を慎重に届かせて
いく。
そこへ溜まっているステラの魔力へ、青白い糸を
絡ませた。
「ここからじゃ」
ステラの魔力を、少しずつ引き出す。
胸から左腕へ。
指先を通り。
肩へ戻り。
頭部、背中、腹部を抜け、両脚へ。
そして再び、心臓の奥へ。
全身を巡る一つの輪を作る。
ステラの魔力は、以前調べたとおり太く、しなやか
な経路を滑るように流れていった。
「そうじゃ。その流れを身体へ覚え込ませるのじゃ」
もちろん、今動かしているのはマクスウェルであり、
ステラ自身ではない。
それでも同じ動きを何度も繰り返せば、身体が流れ
を記憶する可能性はある。
心臓から腕へ。
腕から頭へ。
頭から胴へ。
脚を巡り、再び心臓へ。
一周。
二周。
三周。
循環するたびに、余分な魔力の一部を体外へ逃がし
ていく。
人の身体は、大気中に含まれるマナを無意識に取り
込み、それを自らの魔力へ変えている。
新しい魔力は常に生み出される。
だから必要なのは、取り込むことではない。
体内へ溜まり過ぎた分を正しく巡らせ、不要な魔力
を外へ放出することだ。
ステラが魔力暴走へ至ったのも、その放出する術を
持っていなかったからだった。
「これを自分でできるようになれば、もうあのような
思いはせずに済む」
マクスウェルは小さく呟いた。
ステラは返事をしない。
見ると、彼の胸へ顔を預けたまま、目を閉じかけて
いた。
「……眠いのか?」
「ねむ……」
「この状況で眠れるとは、大物じゃな」
程なくして、ステラは完全に眠ってしまった。
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえる。
それでもマクスウェルは魔力の循環を止めなかった。
眠っている間も、身体は魔力の流れを受け入れて
いる。
むしろ余計な力が抜けている分、経路は自然に
動いていた。
「この動きの中で眠れるのなら、案外早く覚えるかも
しれんな」
眠るステラの頭を撫でながら、マクスウェルは計算
する。
一日に何度か繰り返し。
散歩や食事の時間も利用して。
毎日続ければ、一か月ほどで身体が流れを記憶する
かもしれない。
「うむ。一か月もあれば十分じゃろう」
自信満々に頷く。
その見立てが少々甘かったことを、この時の
マクスウェルはまだ知らなかった。
◇
ステラの修行は生活の一部となりしばらくがたった。
朝食を食べているとき。
マクスウェルは向かい側へ座りながら、机の下で
ステラの足へ魔力を流す。
「おしょーしゃま」
「食べながら喋るでない」
「むずむずする」
「修行中じゃ。気にせず食べるのじゃ」
ステラは少しだけ不満そうな顔をしたものの、目の
前のパンを見つけると、すぐにそちらへ夢中になった。
口の周りへ食べかすを付けながら、一生懸命
頬張っている。
その間にも、魔力は心臓から全身へ巡り続けていた。
庭を散歩するとき。
ステラの小さな手を握りながら、マクスウェルは
触れた手のひらから魔力を流す。
「おしょーしゃま、ちょうちょ!」
「うむ。じゃが走るでない。転ぶぞ」
「ちょうちょー!」
「聞いておらんな」
ステラはマクスウェルの手を振りほどき、蝶を
追って走り出す。
案の定、数歩先で足をもつれさせた。
「わっ」
倒れる寸前、マクスウェルの風魔法が小さな体を
受け止める。
ふわりと浮き上がったステラは、そのまま彼の腕へ
収まった。
「言ったそばから転ぶでない」
「とんだ!」
「飛んだのではない。わしが助けたのじゃ」
「もっかい!」
「修行を遊びに変えるでない」
そう叱りながらも、マクスウェルの口元は緩んで
いた。
ステラを背負って森の近くまで出かけるときも。
本を読み聞かせているときも。
昼寝をしているときでさえ。
触れられる限り、マクスウェルは魔力を流し続けた。
一周。
また一周。
何度も、何度も。
自然に覚えるはずの動作を、外側から身体へ染み
込ませていく。
それは修行というよりも、歩き方を覚え始めた
子どもの手を取り、同じ道を繰り返し歩くことに
近かった。
焦らず。
止まらず。
同じ流れを、何度でも。
◇
マクスウェルの予想は、大きく外れることになった。
――一か月。
そう見込んでいた修行は、思いのほか難航したの
である。
理由は単純だった。
ステラが持つ魔力量が、あまりにも膨大だった
からだ。
魔力の流れを身体へ覚え込ませるには、流れる量が
多いほど時間がかかる。
マクスウェルほどの技術をもってしても、その差を
埋めることはできなかった。
それでも彼は諦めない。
散歩へ出る時は手を繋ぎながら。
庭で遊ぶ時は抱き上げながら。
本を読み聞かせる時も、昼寝をしている時でさえも。
ステラへ魔力を流し続け、正しい循環を身体へ刻み
込んでいった。
外から魔力を動かす。
何度も。
何度でも。
自然に覚えるはずの動作を、少しずつ身体へ染み
込ませていく。
その積み重ねは、三か月にも及んだ。
◇
修行を始めて三か月。
そして、ステラと出会ってからちょうど二年が
過ぎた日。
「やった!! 成功じゃ!」
リビングへ、マクスウェルの歓喜の声が響き渡る。
目の前では、小さなステラが一人で立ち、自らの
意思だけで魔力を循環させていた。
もうマクスウェルが干渉しなくても、魔力は自然に
全身を巡り、余分な力は体外へ流れ出ている。
「できた……本当に、できたのじゃ……」
胸が熱くなる。
一か月で終わると思っていた修行は三か月も
かかった。
それでも、ようやく辿り着いた。
その瞬間、目頭が熱くなり、一筋の涙が頬を伝った。
(これが……子の成長を見る親の気持ちなのか)
研究が成功した時とは違う。
論文を書き上げた時とも違う。
胸いっぱいへ広がる温かな感情に、マクスウェル
自身も戸惑っていた。
「おししょうさま?」
不思議そうに見上げるステラ。
「なんでもない。なんでもないのじゃ」
そう言いながら、思わずぎゅっと抱きしめる。
「おししょうさま、くるしい」
「あっ……すまん、すまん」
慌てて力を緩めると、ステラはえへへ、と笑った。
その笑顔を見て、マクスウェルもつられて笑う。
最近のステラは、言葉も驚くほど上達していた。
二歳になったばかりとは思えないほど受け答えが
でき、毎日新しい言葉を覚えていく。
(この子なら……わしを超える大賢者になる日も来る
かもしれんな)
そんな考えが頭をよぎる。
「今日は祝いじゃ!」
マクスウェルは立ち上がり、大きく手を叩いた。
「ごちそうを作るとしよう!」
◇
その日の夕食は、いつもより少しだけ豪華だった。
香ばしく焼き上げた鳥の丸焼き。
山で採れた山菜をふんだんに使ったサラダ。
木の実を添えた温かなスープ。
豪華とは言っても、森の中で手に入る食材だけで
作った素朴な料理である。
だが、二人にとっては十分すぎるごちそうだった。
向かい合って席へ着く。
「ステラ」
「うん!」
「二歳の誕生日、おめでとう。そして……魔力制御の
習得、おめでとうじゃ」
ステラは料理とマクスウェルの顔を交互に見つめる。
お祝いの言葉よりも、目の前の鳥の丸焼きが気に
なるらしい。
その様子にマクスウェルは苦笑した。
「待たせたの。いただきます」
「いただきます!」
元気な声と同時に、ステラは夢中で料理へ手を
伸ばした。
鳥の丸焼きへ豪快にかぶりつくステラを見ながら、
マクスウェルは静かに今後のことを考えていた。
(魔力循環は身についた。ならば、次は魔力量その
ものを伸ばす時期じゃな)
魔力量は、生まれ持った資質だけで決まるわけでは
ない。
鍛え方次第で増やすことは可能だ。
ただし、その効率は年齢によって大きく変わる。
幼い頃は柔軟な器のように魔力核が成長するため、
少しの鍛錬でも大きく伸びる。
反対に、大人になってからでは同じだけ成長させる
のに何倍もの年月が必要になる。
だからこそ、多くの魔導師は幼少期から修行を
始める。
ステラほどの才能なら、なおさら今しかない。
「ステラ」
「ん?」
口いっぱいに料理を頬張ったまま顔を上げる。
「これからも修行を頑張れるかの?」
「ふぁい! がんばりまふ!」
勢いよく返事をするステラを見て、マクスウェルは
思わず吹き出した。
「まずは飲み込んでから返事をするのじゃ」
慌ててごくんと飲み込み、照れくさそうに笑う
ステラ。
二人の笑い声が、静かな家へ優しく響いた。
◇
食事を終えたあと。
二人は温かいお茶を片手にソファへ腰掛けていた。
「次の修行について話しておこう」
マクスウェルは指を一本立てる。
「魔力量を増やす方法は、大きく分けて二つある」
一つ目は、自分の魔力を限界まで使い切る方法。
空になった魔力核は失われた分を補おうと働き、
少しずつ容量を広げていく。
筋肉を鍛えるのと似た、安全で確実な方法だった。
「そして二つ目じゃ」
今度は指を二本立てる。
「魔力核へ大量の魔力を送り込み、一時的に限界を
超えさせることで器そのものを押し広げる方法じゃ」
こちらは短期間で大きく成長できる反面、魔力暴走
を引き起こす危険性が高い。
普通なら子どもへ行う修行ではない。
だが、ステラは違う。
元々の魔力量が多すぎるため、一つ目だと非常に
効率が悪い。
さらに、マクスウェル自身が傍で制御できる。
取る手法としてはやはり二つ目か。
「危険はある。じゃが、わしが必ず制御する」
そう結論づけると、ステラは首を傾げた。
「おししょうさま……よくわからない」
やはり難しかったらしい。
マクスウェルは苦笑し、優しく頭を撫でた。
「無理に理解せんでもよい。難しいことは、体で
覚えればよいのじゃ」
ステラは安心したように小さく笑った。
「ようするに、いっぱいご飯を食べて、お腹いっぱい
の状態が少し続くようなものじゃ」
「ごはん!」
「そこだけ反応するのう」
二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
「少し苦しいかもしれん。じゃが、辛くなったら
すぐ言うのじゃ。わしはずっとそばにおる」
「うん!」
迷いのない返事だった。
その返事を聞いたマクスウェルは、小さく頷く。
新たな修行が、静かに幕を開けようとしていた。
◇
「それでは始めるとしよう」
マクスウェルはソファへ深く腰掛けると、自分の
膝を軽く叩いた。
「ステラ、こちらへ来るのじゃ」
「はーい!」
元気よく返事をしたステラは、とてとてと駆け寄り、
そのまま勢いよくマクスウェルの膝へ飛び乗る。
「よしよし」
白く柔らかな髪を優しく撫でると、ステラは嬉し
そうに笑った。
「まずは力を抜くのじゃ。呼吸はいつも通りでよい」
ステラは小さく頷く。
マクスウェルは左手をそっとステラのお腹へ添え、
自らの魔力を慎重に流し始めた。
細い糸のような魔力は、ゆっくりと体内を進み、
心臓の奥にある魔力核へ到達する。
以前までなら、ここから循環を補助するだけだった。
しかし今日の目的は違う。
循環を維持したまま、少しずつ魔力核を満たして
いく。
「どうじゃ?」
「だいじょうぶ!」
元気な返事が返ってくる。
マクスウェルは安堵し、ごく僅かだけ供給量を
増やした。
焦ってはいけない。
一歩間違えれば魔力暴走へ繋がる危険な修行だ。
慎重に。
慎重に。
一滴ずつ水を注ぐように魔力を送り続ける。
「……からだ、ぽかぽかする」
「うむ。それでよい」
頬がほんのり赤く染まり始める。
額には細かな汗が浮かび、体温も少しずつ上昇して
いた。
だが、まだ危険な兆候は見られない。
マクスウェルは魔力核の状態を探りながら、さらに
僅かだけ魔力を送り込んだ。
やがて、器は限界へ近づいていく。
「どうじゃ?」
「……すこし、くるしいかも」
その言葉を聞いた瞬間、マクスウェルは魔力の供給
を止めた。
その代わり、暴れようとする魔力を外へ逃がさない
よう、循環だけを丁寧に補助する。
(ここからが本番じゃ)
魔力核は限界近くまで膨らんでいる。
あと少し押し広げれば、器は新たな大きさを覚える。
しかし、やり過ぎれば暴走する。
その境界線を見極めるのは、大賢者である彼でも
神経をすり減らす作業だった。
「ステラ。あと少しだけじゃ」
「……うん」
小さな手が、ぎゅっとマクスウェルの服を握る。
「無理そうなら、すぐ言うのじゃ」
「だいじょうぶ」
その返事を聞き、マクスウェルは最後の一押し
として、ごく僅かな魔力を送り込んだ。
その瞬間、ステラの身体からふわりと熱気が立ち
のぼる。
抱き抱えているマクスウェルにも、その熱が
はっきりと伝わってきた。
「……始まったか」
白い肌が、内側から淡く輝き始めたのだ。
最初は蛍火ほどの弱い光。
しかし魔力が満ちていくにつれ、その輝きは
ゆっくりと強さを増し、呼吸に合わせるように
静かに明滅を繰り返す。
柔らかな光が部屋を淡く照らし、ステラはまるで
星の欠片を抱いたような神秘的な姿になっていた。
「身体が……光っておる」
原理は理解していた。
魔力核が限界近くまで活性化すると、溢れ出した
魔力が肉体の外へ滲み出ることがある。
だが、それは文献でしか見たことのない現象だった。
実際に目の前で起きると、その幻想的な光景に
思わず息を呑む。
それでも魔力は暴れない。
きちんと循環し続けている。
「見事じゃ……」
思わず小さく呟く。
これまで三か月積み重ねた魔力循環の修行が、
ここで生きていた。
限界を超えた状態でも、身体が正しい流れを忘れて
いないのだ。
この修行は決して無駄ではなかった。
マクスウェルは静かに頷き、最後まで集中を切ら
さずステラの魔力を見守り続けた。
◇
その状態のまま、どれほどの時間が過ぎただろうか。
一時間ほど経った頃、ステラがゆっくりと目を
開けた。
「おししょうさま、くるしくなくなった」
先ほどまで苦しそうだった表情はすっかり消え、
いつもの無邪気な笑顔が戻っている。
マクスウェルは慎重にステラの魔力を探る。
魔力核は暴走することなく安定し、全身を巡る魔力
も乱れていない。
三か月かけて身体へ刻み込んだ循環は、最後まで
崩れることはなかった。
「……そうか」
その事実を確信した瞬間、マクスウェルは力強く
拳を握る。
「成功じゃな!!」
思わず小さくガッツポーズを作る。
研究者として、どれほど小さな成果であっても、
自ら積み重ねた理論が形になる瞬間は何より嬉しい。
まして今回は、大切な弟子の命を守るための修行
だった。
その喜びは、これまで味わったどんな成功にも
劣らなかった。
気づけば二人とも全身汗びっしょりだった。
髪から汗が滴り落ち、服は肌へ張り付いている。
まるで風呂から上がったばかりのような姿だった。
「ステラよ」
「うん?」
「毎日、先ほどの修行ができそうかの? かなり
辛かったじゃろう。無理そうなら遠慮なく言うの
じゃぞ」
ステラは少しだけ考え、それから満面の笑みを
浮かべた。
「つらいけど、おししょうさまといっしょなら、
だいじょうぶ!」
その言葉を聞いた瞬間、マクスウェルの胸が熱く
なる。
泣きそうだった。
汗で前髪は張り付き、髪もびしょ濡れになっている。
それでも最高の笑顔を向けてくれるステラが、
愛おしくてたまらなかった。
「……本当に強い子じゃの」
優しく頭を撫でる。
ステラはくすぐったそうに目を細めながら、
嬉しそうに笑った。
「汗でびっしょりじゃな。まずは風呂へ入って汗を
流すことにしよう」
「おふろ!」
その一言で、ステラの表情はさらに明るくなる。
マクスウェルは苦笑しながらステラを抱き上げ、
家の外へ造った露天風呂へ向かった。
◇
この家の風呂は、マクスウェルが土魔法で地面を
掘り、岩を敷き詰めて造り上げた天然の露天風呂
だった。
そこへ水魔法で大量の水を生み出し、さらに火魔法
で少しずつ温める。
温度を細かく調整すれば、あっという間に湯船が
完成する。
「便利なものじゃろう?」
「すごーい!」
ステラは目を輝かせながら湯気を見つめていた。
服を脱がせ、自分も服を脱ぐ。
そっと抱きかかえたまま湯船へ足を入れると、
心地よい温もりが全身を包み込んだ。
「はぁ~……効くのぉ~」
思わず声が漏れる。
ステラも目を細め、小さく息を吐いた。
「きもちいい……」
張り詰めていた身体から力が抜け、湯へ身を預ける。
マクスウェルはそのまま優しく頭を撫でた。
肩ほどまで伸びた白い髪は、湯に濡れて一層艶や
かさを増している。
絹糸のようにさらさらと指を滑り、思わず見惚れて
しまうほど美しかった。
ぱっちりと開いた瞳には、宝石とも寸分違わない
美しい輝きが宿っている。
出会った頃の幼い赤子は、少しずつ少女らしい面影
を見せ始めていた。
「今日はよく頑張ったのぉ」
「あしたからも、がんばる!!」
ステラは湯船の中で小さく拳を握り、力強く掲げる。
その姿にマクスウェルは自然と笑みを浮かべた。
「うむ。一緒に頑張ろう」
ステラの修行は、まだ始まったばかり。
こうして二人の新たな修行の日々は、静かに幕を開けた。




