第13話_白虎
午後の柔らかな陽射しが、河原へ静かに降り注いで
いた。
季節は夏。
本来なら立っているだけでも汗が滲むほど暑い
時期だ。
けれど、川沿いには水面を撫でるような涼しい風が
吹き抜け、木々がほどよく陽射しを遮っている。
さらさらと流れる川の音。
葉が擦れ合う小さな音。
そして時折聞こえてくる鳥のさえずり。
そんな心地よい音に包まれながら――。
「すぅ……すぅ……」
ステラは簡易結界の中で、すっかり眠り込んでいた。
旅へ出てから初めての昼寝。
お腹もいっぱい。
身体を撫でる風も気持ちいい。
絶好のお昼寝日和である。
「んぅ……」
寝返りを打つ。
白銀の長い髪が河原の草の上へさらりと広がる。
その表情は穏やかそのものだった。
――その時。
ズシンッ!!
「んんっ!?」
地面が跳ねた。
本当に、一瞬だけ。
河原そのものが下から持ち上げられたかのように、
大地が大きく揺れた。
「うぅぅん……なにぃ……?」
心地よい眠りを強制的に中断されたステラは、
まだ半分眠ったまま身体を起こす。
両手で目を擦りながら、ぼんやりと周囲を見回した。
「地震……?」
しかし、揺れは一度きり。
再び河原には静けさが戻っている。
「……?」
首を傾げながら川へ視線を向け――。
「え?」
目が止まった。
少し離れた川の中。
そこに。
巨大な白い塊が沈んでいた。
浅瀬から大きな背中だけが水面へ突き出している。
真っ白な毛。
山のように大きな身体。
見間違えるはずがない。
「あれって……」
一瞬。
眠気が完全に吹き飛んだ。
「カムイ!?」
ステラは勢いよく立ち上がった。
七歳の頃。
お師匠様と一緒に死の森へ出た時、初めて戦った
魔物。
森の王。
大賢者であるお師匠様ですら、自分では勝てないと
認めた存在。
そして――。
ステラがこれまで戦ってきた中で、間違いなく最も
強かった相手。
「見つけた!」
桃色の瞳が、一気に輝いた。
最初に戦ってから、もう一年以上が経っている。
あの時は全力で戦って。
それでも倒し切ることはできなかった。
あれから魔法も。
剣術も。
魔気力も。
ずっと修行を続けてきた。
(今なら、どこまで戦えるんだろう)
いつかもう一度。
そんなことを何度も考えていた。
自分がどれだけ強くなったのか。
あのカムイを相手に、もう一度試してみたい。
「よーし……!」
ステラは簡易結界へ魔力を流し、解除する。
淡く光っていた防壁が静かに消えていった。
そのまま腰のアステラスへ手を添える。
すっかり臨戦態勢だった。
だが――。
「……あれ?」
そこで、ようやく違和感に気付いた。
カムイが動かない。
あの巨大な身体を川の中へ沈めたまま、起き
上がろうとしない。
「…………」
ステラの表情から、少しずつ笑みが消える。
以前戦った時のカムイなら。
こちらが近寄っただけでも、すぐに気付いたはずだ。
まして魔気力を高めれば、即座に臨戦態勢へ入った。
なのに今は。
まるで何も感じていないように、横たわったままだった。
「カムイ?」
少しずつ近づく。
川の水へ足を踏み入れた。
ぱしゃ。
ぱしゃ。
一歩ずつ距離を縮めていく。
そして。
ある程度近づいたところで、ようやく見えた。
「……血?」
真っ白だったはずの毛並み。
そのあちこちへ、赤い染みが広がっていた。
水へ溶けた血が、薄い赤となって川下へ流れていく。
「怪我……してる?」
胸の奥にあった高揚感が、一気に消えた。
さらに近づく。
「カムイ……?」
返事はない。
当然、言葉を返す魔物ではない。
それでも、呼ばずにはいられなかった。
「もう少し……」
あと少し。
あと数歩で手が届く。
そう思った時だった。
ガサガサッ!
「っ!」
すぐ近くの茂みが大きく揺れた。
ステラは瞬時に振り返り、アステラスの柄へ手を
掛ける。
木々の隙間。
暗い茂みの奥から。
一匹。
そしてもう一匹。
さらに三匹目。
ゆっくりと姿を現した。
「……トラ?」
三匹の巨大な獣。
普通の虎より遥かに大きい。
カムイよりは流石に小さいが、3メートルは優に
超えているのではないだろうか。
四肢は太く。
鋭い爪は地面へ食い込み。
口元から覗く牙は、短剣のように長い。
そして何より目を引くのは――。
その毛並みだった。
「白い……」
カムイと同じ。
雪のように真っ白な毛。
その身体へ黒い縞模様が走っている。
三匹の虎は低く身体を沈め、牙を剥き出しに
しながら、ゆっくりとステラへ近づいてきた。
「グルルルル……」
地の底から響くような唸り声。
空気そのものが重くなる。
ステラは一瞬だけ背後へ視線を向けた。
川の中にはカムイ。
身体中に傷を負い、未だ起き上がる気配はない。
(このトラたちと戦ってたのかな……)
魔物同士の縄張り争い。
そう考えるのが自然だった。
死の森では、強い魔物ほど広い縄張りを持つ。
もし同じ場所を狙う強者同士が出会えば、どちらか
が退くまで戦いになる。
「…………」
ステラはカムイを見つめた。
気絶しているのか。
それとも、もう身体を動かす力が残っていないのか。
分からない。
でも。
「……駄目」
自然と足が動いた。
ステラはカムイを庇うように、その前へ立つ。
三匹の虎と真正面から向き合う形になった。
自分でも不思議だった。
カムイは友達ではない。
むしろ、以前は本気で戦った相手だ。
それでも。
「この熊さんは、私の相手だから」
小さく呟く。
もう一度戦いたい。
自分がどれだけ強くなったのか。
いつか、正面から確かめたい。
こんなところで。
自分以外の相手に倒されてしまっては困る。
「だから、ここで死なれちゃ困るんだよね」
ステラの目が細くなる。
「グルルッ!」
三匹の虎が同時に唸った。
その圧力だけで、普通の魔物なら逃げ出していた
だろう。
だが。
ステラは一歩も退かない。
むしろ、相手の姿をじっと観察していた。
(白いトラ……)
記憶を探る。
以前、お師匠様から聞いたことがある。
死の森には。
カムイと同じような白い毛を持つ、巨大な虎の魔物
がいる。
「……白虎」
確か、そんな名前だったはずだ。
そして。
お師匠様が話していた強さを思い出す。
(この森の中でも、カムイと同じくらい危険な魔物…
…)
一匹でも十分に危険。
それが三匹。
「…………」
普通なら絶望してもおかしくない状況だった。
だが。
ステラの口元は、ほんの僅かに上がった。
「そっか」
肌で分かる。
目の前にいる三匹は強い。
デスウォルフやインビジブルラビットとは、
比べものにならない。
カムイと初めて向かい合った時に感じたものと近い。
全身へ圧し掛かってくるような、強者特有の気配。
「……久しぶりかも」
(白い毛……)
カムイを思い出す。
あの白銀の毛並みは、ただ硬いだけではなかった。
魔法を放っても思うように通らず。
木刀で打ち込んでも、大きく弾き返された。
(たぶん、この子たちも同じなんだろうなぁ)
白虎もまた、カムイと同じ性質を持っている。
そう考えた方がいい。
(魔法は、そんなに効かない)
それでも。
使えないわけではない。
「牽制くらいにはなるかな」
魔法で動きを作り。
隙を生ませ。
最後は刀で仕留める。
そうすればいい。
ステラは静かに息を吐く。
そして。
体内へ意識を沈めた。
心臓のさらに奥。
魔力核から溢れ出す膨大な力。
全身の細胞に宿る気力。
二つが混ざり合い――。
魔気力となって全身を駆け巡る。
銀白色の光。
その中へ淡い桜色が静かに溶けていく。
最初は薄かった輝きが。
少しずつ。
少しずつ。
強くなる。
ゴォォォォ……。
ステラを中心に風が巻き起こった。
河原の小石が震える。
川の水面へ幾重もの波紋が広がり。
長い白銀の髪とユリの袖が、激しく風になびいた。
三匹の白虎が足を止める。
先ほどまで獲物を見るようだった黄金色の瞳から。
僅かに余裕が消えた。
「…………」
旅に出てから。
ここまで本気になる必要のある相手はいなかった。
インビジブルラビットとの戦いも。
厄介ではあったが、危険ではなかった。
けれど今は違う。
三匹の白虎。
そして。
後ろには、傷付いたカムイ。
「久しぶりに――」
ステラの桃色の瞳が、三匹を真っ直ぐ捉える。
(全力でいこう)
今の自分が。
あの頃から、どれだけ強くなったのか。
それを確かめるには――。
これ以上ない相手だった。
◇
先に動いたのは――ステラだった。
「――『水穿』!」
右手を突き出す。
その瞬間。
周囲の水分が一気に集まり、ステラの正面で三つ
の水球を形成した。
生成。
圧縮。
そして、照準。
そこまでに要した時間は、ほんの一瞬。
以前より遥かに滑らかになった魔気力の操作に
よって、水は瞬く間に高密度へと圧縮され――。
バシュンッ!!
三発の水弾が同時に撃ち出された。
一発ずつ。
三匹の白虎へ向けて。
「――ッ!」
白虎たちが反応する。
だが――遅い。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
ほぼ同時に着弾した。
一匹は顔面。
一匹は肩。
そして、もう一匹は胴体。
圧縮された水弾が炸裂し、その衝撃に三匹の巨体が
大きく揺れる。
「当たった!」
確かな手応え。
しかし――。
「…………」
ステラはすぐに違和感へ気付いた。
三匹とも倒れていない。
それどころか。
「やっぱり……傷がない」
白虎たちは何事もなかったかのように踏み止まって
いる。
真っ白な毛並みには、水弾が直撃した跡すら残って
いなかった。
多少よろめきはした。
つまり、衝撃そのものは伝わっている。
ならば――。
「これならどう!」
ステラは両手を前へ突き出した。
今度は三発だけではない。
五つ。
十。
さらに――。
次々と水球が生み出され、ステラを取り囲むように
宙へ浮かび上がっていく。
そのすべてが瞬く間に圧縮され。
鋭い水弾へと変わる。
「いけっ!」
ドドドドドドドドドドッ!!
無数の『水穿』が一斉に放たれた。
顔。
脚。
肩。
胴体。
狙いを散らしながら、次々と白虎へ叩き込まれて
いく。
「グルッ……!」
「ガァッ!」
連続する衝撃に、さすがの白虎たちも前へ出られ
ない。
一発。
また一発。
水弾を受けるたびに巨体が揺れ、四肢が河原の石を
削りながら少しずつ後方へ押し込まれていく。
だが――。
それだけだった。
「むぅ……」
ステラは攻撃の手を止めた。
水飛沫が降り注ぐ中、三匹の白虎をじっと観察する。
「やっぱり無傷かぁ」
一発目と同じ。
あれだけ撃ち込んだにもかかわらず、白い毛には
傷一つ付いていない。
「こっちも威力は上がってるはずなんだけどなぁ……」
一年以上前とは違う。
魔気力の量も。
質も。
そして、操作精度も。
あの頃より確実に上がっている。
同じ『水穿』であっても、その威力は以前とは比べ
ものにならない。
それでも。
目の前の三匹は、何事もなかったかのように立って
いる。
「だったら――」
ステラの周囲へ、再び水が集まり始める。
「次はこれでどう!?」
今度は水弾ではない。
先ほどとは比較にならないほど大量の水が、一ヶ所
へ集まっていく。
そして。
薄く――。
平たく。
魔気力によって圧縮していく。
ぎゅっと。
さらに。
さらに――。
水の密度を限界まで高めていく。
大量に集められた水は、次第に巨大な一枚の刃へ
と姿を変え始めた。
ただ水を固めただけではない。
魔気力によって形を維持しながら、刃となる部分を
極限まで薄く、鋭く形成する。
透明だった水が、圧縮されるにつれて淡い輝きを
帯びていく。
その刃から漏れ出す力に、周囲の空気が微かに
震えた。
「よし……!」
完成。
巨大な水の刃。
ステラはそれを三匹の白虎へ向ける。
狙うのは――三匹まとめて。
「いっくよー!」
魔気力を一気に流し込む。
「――『水刃』!」
バシュンッ!!
空気を切り裂く鋭い音。
解き放たれた巨大な水刃が、河原を一直線に駆け
抜けた。
「グルッ――!」
白虎たちが身構える。
しかし、避けるには遅すぎた。
三匹まとめて薙ぎ払うように――。
水刃が直撃する。
ドォォォォンッ!!
「わっ!」
凄まじい衝撃が河原を駆け抜けた。
巻き起こった風圧に、ステラの白銀の髪とユリの
袖が大きくなびく。
足元の砂や小石が巻き上げられ。
白虎たちの姿が、一瞬にして砂煙の中へ消えた。
「…………」
ステラは目を細める。
(今のは……)
威力だけなら。
かつてカムイへ放った『白炎球』を上回っている。
あの頃より遥かに増えた魔気力。
そして、一年以上かけて磨いてきた制御。
その両方を使って放った一撃だ。
今の自分が使える魔法の中でも、十分な威力がある。
「これなら、少しくらい――」
傷を付けられたはず。
そう思いながら、ステラは砂煙の向こうを見つめる。
やがて。
風に流され、少しずつ視界が開けていった。
「…………え?」
最初に。
一つの影が見えた。
続いて――二つ。
そして。
三つ。
「…………」
三匹とも。
立っている。
吹き飛ばされはしたのだろう。
立っている位置は、先ほどより大きく後ろへ
下がっていた。
だが――。
「……嘘ぉ」
白い。
相変わらず、綺麗な白い毛並み。
傷一つない。
三匹とも――完全な無傷だった。
「結構自信あったんだけどなぁ……」
さすがにステラも肩を落とした。
想定していなかったわけではない。
カムイと同じ白い毛。
最初から、魔法が効きにくい可能性は考えていた。
実際、『水穿』でも傷を付けられなかった。
それでも。
今の『水刃』なら。
少しくらいは傷を負わせられると思っていた。
「…………」
ステラは自分の右手を見る。
昔とは違う。
魔気力の扱いには、ずっと慣れた。
量も増えた。
質だって高くなった。
魔法を構築する速度も、威力も。
以前とは比較にならないほど成長している。
それなのに。
目の前の三匹は――。
これほどの魔法を真正面から受けても、傷一つ
負っていない。
「……すごい毛だなぁ」
感心半分。
悔しさ半分。
けれど、その瞳から戦意は失われていない。
むしろ。
簡単には倒せない相手を前にして、ステラの意識は
さらに戦いへ集中していく。
そんなステラへ――。
「グルルルル……!」
三匹の白虎が低く唸った。
黄金色の瞳が、一斉にステラへ向けられる。
水穿。
そして、水刃。
ここまで一方的に攻撃を受け続けていた白虎たち
だったが。
その瞳には怯えなどない。
むしろ――。
次はこちらの番だ。
そう言わんばかりに、三匹の身体から圧力が膨れ
上がっていく。
そして――。
「――ガァァァァァァァッ!!」
突然。
一匹の白虎が天を仰ぎ、凄まじい咆哮を上げた。
ビリビリと空気が震える。
河原に転がる小石が微かに跳ね。
川の水面には幾重もの波紋が走っていく。
「っ……!」
ステラは咄嗟に身構えた。
ただの威嚇――ではない。
(今……)
何かが変わった。
咆哮を上げたのは、三匹のうち左側にいる白虎。
そして、その直後。
「…………!」
ステラの視線が、残る二匹へ向く。
(力が……上がった?)
気のせいではない。
先ほどまでとは明らかに違う。
二匹の白虎から感じる圧力が、一段階増している。
筋肉が膨れ上がったわけでもない。
身体が大きくなったわけでもない。
それでも。
全身から放たれる力の気配だけが、確実に強く
なっていた。
(身体強化……!)
咆哮によって、仲間の身体能力を引き上げた。
ステラがそう理解した――その瞬間。
ドンッ!!
「速っ――!」
中央の白虎が地面を蹴った。
巨体が掻き消える。
そう錯覚するほどの速度。
蹴り砕かれた河原の石だけをその場へ残し、残像を
引きながら一気にステラとの距離を詰めてくる。
さらに――。
(右も!)
右側の白虎が、巨大な前脚をゆっくりと振り上げて
いた。
その周囲で空気が渦巻き始める。
目には見えない何かが、前脚へ集まっている。
(魔法!)
そして左側。
仲間を強化した白虎だけは動かない。
少し離れた場所から二匹とステラを見据え、次の
機会を窺っている。
サポート。
近接攻撃。
魔法攻撃。
「……なるほど」
ステラは一瞬で理解した。
三匹が好き勝手に襲ってきているわけではない。
それぞれが役割を持っている。
一匹が仲間を強化し。
一匹が敵へ肉薄し。
もう一匹が離れた位置から魔法を放つ。
互いの動きを邪魔せず。
それどころか、互いの隙を埋めるように動いている。
まるで――。
三匹で一つの生き物であるかのように。
(これはカムイも負けちゃうよね!)
一匹一匹が、カムイに匹敵するほどの力を持って
いる。
そんな相手が三匹。
しかも、これほどの連携で襲ってくるのだ。
いくらカムイが強くても、苦戦するのは当然だった。
だが――。
「――分かれば大丈夫!」
ステラも動く。
中央の白虎が一直線に迫ってくる。
普通なら距離を取るところだろう。
だが、ステラは逃げない。
むしろ――。
ダンッ!!
地面を強く踏み込んだ。
自ら真正面へ飛び込む。
同時に。
右手だけを横へ向ける。
狙うのは、突進してくる白虎ではない。
右側。
魔法を放とうとしている白虎。
「――『水穿』!」
バシュンッ!
一発の水弾が撃ち出された。
狙いは身体ではない。
大きく振り上げられた前脚。
傷を付けられなくても構わない。
水穿の衝撃で前脚を弾けば、魔法の発動を遅らせ
られる。
先ほどと同じように――。
そう考えていた。
しかし。
「…………!」
白虎の黄金色の瞳が、水穿を捉える。
次の瞬間。
パンッ!!
「!?」
水穿が――弾け飛んだ。
白虎へ届いていない。
その顔の僅か手前。
見えない何かへ衝突したかのように、圧縮された
水弾が一瞬で破裂した。
(防がれた!?)
何度も同じ攻撃を受けたことで。
白虎はすでに『水穿』への対策を済ませていた。
そして。
ステラが驚いた、その一瞬を逃さない。
白虎は振り上げていた前脚を――。
勢いよく振り下ろした。
ビュンッ!!
「っ!」
何も見えない。
だが。
ステラの感覚が、危険を告げる。
高速で振り下ろされた前脚。
その動きによって圧縮された空気が――鋭い刃と
なって放たれていた。
(真空の刃――!)
しかも。
「ガァッ!!」
「!」
正面。
中央の白虎が、すでに目の前まで迫っていた。
巨大な右腕が振りかぶられる。
そこから伸びる鋭い爪が、陽光を反射して白く
輝いた。
狙いは――ステラの上半身。
右から。
見えない真空の刃。
正面から。
白虎の巨大な爪。
(両方は――避けられない!)
一瞬で判断する。
後ろへ逃げれば、白虎の間合いから抜ける前に
真空の刃が届く。
横へ逃げれば、どちらかの攻撃に捕まる。
なら――。
「前っ!」
ステラは姿勢を低くした。
そして、さらに一歩。
自ら白虎の懐へ潜り込む。
ブォンッ!!
頭上から。
白虎の右腕が振り抜かれる。
それを――。
「っ!」
ステラは左腕一本で受け止めた。
ズシンッ!!
「くっ……!」
重い。
先ほどとは明らかに違う。
強化された白虎の一撃が、左腕へ叩きつけられる。
鈍く。
強烈な衝撃。
受け止めた瞬間、ステラの足元が沈み込んだ。
バキッ!
踏み締めていた石が砕け散る。
小さな身体が僅かに沈む。
それでも――。
「……止められる!」
爪は届いていない。
左腕を覆う魔気力が、白虎の一撃を完全に食い
止めている。
強化されたとはいえ。
まだ――自分の防御を突破するほどではない。
そして。
体勢も崩れていない。
だが――。
ヒュンッ――!
「!」
右側から。
あの真空の刃が迫ってくる。
白虎の腕を受け止めた左手は使えない。
避ける時間もない。
「だったら――!」
ステラは右手を真空の刃へ向ける。
「これで!」
瞬間。
膨大な魔気力を一気に解放した。
右手から噴き出した魔気力が、ステラの前方へ
広がっていく。
形作るのは――盾。
魔気力そのものを分厚い壁のように展開し。
迫る真空の刃を真正面から受け止める。
直後。
ドォォォォン!!
「くぅっ……!」
凄まじい衝撃。
見えない刃と魔気力の盾が激突し、爆発じみた
轟音が河原へ響き渡った。
地面の砂が一気に吹き飛ぶ。
川面が激しく波打ち。
ステラの髪が暴風に煽られる。
左手では白虎の腕を受け止め。
右手では真空の刃を防ぐ。
二つの攻撃を――同時に止めた。
(これなら――!)
防げる。
そう思った。
その瞬間だった。
「グルッ!」
目の前の白虎の身体が沈んだ。
「え――」
ステラの目が見開かれる。
白虎は自分の右腕を受け止められたまま――。
地面を蹴った。
その巨体が、後方へ回転する。
(バク転!?)
前脚を軸にするように身体を跳ね上げ。
宙で一回転。
そして。
振り上げられた巨大な後脚が――。
がら空きになったステラの胴体へ迫る。
「しまっ――!」
左手は塞がっている。
右手も真空の刃を防ぐため、魔気力を放出している。
防御が――。
間に合わない。
ドンッ!!
「――っ!?」
白虎の後脚が。
ステラの腹部へまともに突き刺さった。
瞬間。
身体がくの字に折れる。
そして――。
足が地面から離れた。
「――――!」
ステラの身体は軽い。
対して。
白虎はステラの何倍もの体躯を誇る巨体。
その巨体から。
強化された脚力によって放たれた蹴り。
耐えられるはずもなかった。
ドンッ!!
足元の地面が弾ける。
ステラの身体が――消えた。
否。
あまりの速度で吹き飛ばされ。
一つの線となって河原を横切った。
「――っ!」
景色が流れる。
空。
川。
地面。
木々。
何も認識できないほどの速度で後方へ飛ばされ――。
その勢いを止めたのは。
河原の端に立つ一本の巨木だった。
ズシンッ!!
「ガハッ――!」
背中から激突した。
巨木全体が大きく揺れる。
幹が軋み。
枝から無数の葉が舞い落ちた。
肺の中にあった空気が、一瞬ですべて押し出される。
「っ……か……」
息が。
できない。
背中が熱い。
腹部が痛い。
これまで感じたことのない感覚に、ステラの思考
が一瞬だけ止まった。
そのまま。
ずるり――。
背中を幹へ擦りながら、地面へ落ちる。
「…………っ」
何が起きたのか。
一瞬、理解できなかった。
ステラは震える手を地面につき、身体を起こそう
とする。
その時。
「……え?」
ぽたり。
地面へ。
赤いものが落ちた。
「…………」
ステラは、自分の身体を見る。
痛い。
ただの衝撃ではない。
今までどれだけ修行をしても。
どれだけ魔物と戦っても。
感じたことのなかった――明確な痛み。
生まれてから九年。
魔気力によって守られ続けてきたステラの身体に。
初めて――。
傷がついた。
だが――。
「うぅぅぅ……いったぁ……」
巨木の根元へ落ちたステラは、顔をしかめながら
腹部を押さえた。
痛い。
間違いなく痛い。
けれど。
「…………」
そっと自分の身体を確かめる。
傷を負ったとはいっても、ほんの僅かだった。
薄く皮膚が裂け、少量の血が滲んでいる程度。
むしろ身体に残っているのは、傷の痛みよりも――
あの蹴りをまともに受けた衝撃の方が遥かに大きい。
「うぅ……まだお腹の中が揺れてる感じする……」
肺へ空気を戻すように、大きく息を吸う。
その間にも。
「グルルルル……!」
三匹の白虎は待ってなどくれなかった。
先ほどと同じ陣形のまま。
左に支援役。
中央に近接役。
右に魔法役。
河原を踏み砕きながら、ステラへ向かって一気に
距離を詰めてくる。
「…………」
ステラは迫ってくる三匹を見つめた。
そして。
「……やったなぁ」
ぽつり。
小さく呟く。
桃色の瞳へ、ぐっと力が籠った。
初めて傷を負った。
初めて。
自分の身体を守る魔気力の防御を越えて、攻撃を
通された。
怖い――。
よりも。
「今度はこっちの番!」
ステラは勢いよく立ち上がった。
ダンッ!!
地面を蹴る。
逃げるどころか。
自分から三匹の白虎へ向かって突進した。
「ガァッ!」
中央の白虎も加速する。
互いの距離が凄まじい速度で縮まっていく。
巨体の白虎。
対して、遥かに小さなステラ。
直線的な速度だけなら、身体強化を受けた白虎も
引けを取らない。
だが。
身体の小ささ。
そして小回りでは――。
ステラの方が圧倒的に上だった。
「そこっ!」
白虎が腕を振り上げるより早く。
ステラはさらに姿勢を低くする。
ほとんど地面を滑るような体勢のまま――。
巨大な白虎の懐へ。
その身体の真下へ、一気に潜り込んだ。
「――!?」
白虎の黄金色の瞳がステラを追う。
だが。
速すぎる。
加えて、あまりにも近い。
自分より遥かに小さな相手が懐へ飛び込んだことで、
巨大な身体はその動きについていけない。
「今度は――こっちの番!」
ステラは踏み込む。
脚。
腰。
背中。
肩。
身体全体の動きを、一つへと繋げていく。
そして――。
下から。
白虎の顎へ向けて。
「はぁっ!」
ドンッ!!
全身の力を乗せた掌底を叩き込んだ。
「ガッ――!?」
白虎の頭部が激しく跳ね上がる。
巨体の四肢が――。
一瞬。
完全に地面から離れた。
「まだっ!」
ステラはその場で身体を捻る。
浮いた白虎へ向かって。
右脚を大きく振り上げ――。
ドガンッ!!
胴体へ。
全力の蹴りを叩き込んだ。
「ガァッ!?」
白虎の巨体が横方向へ弾き飛ばされる。
そして。
その先には――。
「っ!?」
仲間を強化していた、左側の白虎。
こちらもステラへ向かって詰めていたため、急には
止まれない。
まして。
真正面から仲間の巨体が飛んでくる。
「グルッ――!」
避ける暇などなかった。
ドォォンッ!!
二匹の白虎が激突する。
巨大な身体同士がぶつかり合い。
そのままもつれるように河原を転がった。
ザザザザザッ!
大量の砂と小石が巻き上がる。
「よし!」
ステラは着地すると、すぐさま構え直した。
一匹へ掌底。
続けて蹴り。
そして。
その吹き飛ばした身体そのものを利用して、後方の
支援役まで崩す。
ただ力任せに殴ったわけではない。
七歳の頃から続けてきた実戦。
デスウォルフ。
数多くの魔物。
そしてカムイ。
何度も。
何度も敵と向き合って。
攻撃を見て。
避けて。
受け止め。
反撃する。
その積み重ねによって身についた――。
ステラ自身の近接格闘術だった。
しかし。
「…………」
ステラは気を抜かなかった。
まだ一匹。
右側の白虎が残っている。
しかも。
吹き飛ばした二匹だって――。
「これくらいじゃ、終わらないよね」
そう呟いた直後。
砂煙の中。
二つの巨体が動き始める。
やはり。
これで倒せるほど甘い相手ではない。
三匹の白虎。
対するのはステラ一人。
一瞬で二匹の体勢を崩したからといって。
それだけで戦いが終わるはずもなかった。
「次っ!」
ステラは再び地面を蹴った。
今度の狙いは――右。
魔法を使ってきた白虎。
こちらも速度を落とすことなく迫ってきている。
その姿を正面に捉えながら。
ステラはほんの一瞬だけ、左へ視線を向けた。
「…………」
先ほど吹き飛ばした二匹。
一匹は仲間とぶつかり、まだ起き上がる途中。
そして。
もう一匹。
顎へ全力の掌底を叩き込み。
さらに、浮いたところへ蹴りまで直撃させた白虎。
「……やっぱり」
その身体を見て。
ステラは少しだけ眉を下げる。
傷が――ない。
白い毛並みは相変わらず綺麗なまま。
あれだけの攻撃を受けて。
完全な無傷だった。
(無傷かぁ……)
さすがに。
ほんの少しだけ悔しかった。
(あれ、結構自信あったんだけどなぁ……)
ただ殴っただけではない。
魔気力で身体能力を限界まで引き上げ。
脚から生み出した力を身体全体へ繋ぎ。
顎という急所へ掌底を叩き込んだ。
そこから、さらに全力の蹴り。
それでも。
傷一つ付かない。
「…………」
ステラの表情が変わった。
先ほどまでどこか楽しそうだった桃色の瞳から。
僅かに――笑みが消える。
(残念だけど……)
十分に試した。
魔法。
駄目。
水穿は何発当てても傷を付けられない。
水刃ですら通用しなかった。
なら。
魔気力で強化した自分自身の身体なら。
そう思った。
けれど。
掌底も。
蹴りも。
駄目だった。
怯ませることはできる。
吹き飛ばすこともできる。
攻撃を止めることだってできる。
でも――。
倒せない。
(私だけの力じゃ……ここまでかな)
悔しい。
けれど。
それを認めないほど、ステラは子供ではなかった。
このまま同じ攻撃を続けても。
白虎へ決定的な一撃を与えることはできない。
なら。
残されている手段は――。
一つ。
「悪いけど……」
ステラは前方を見据える。
こちらへ向かって突進してくる白虎。
右手を向け――。
「もう一回――『水穿』!」
バシュンッ!
一発の水弾が撃ち出された。
だが。
白虎もすでに学習している。
バシンッ!
その顔へ届く直前。
水穿が見えない防壁に衝突し、弾け飛んだ。
「やっぱりね」
おそらく。
魔力による防御。
先ほどから水穿を受け続けたことで。
今では完全に対策されている。
だが――。
今回は。
それでいい。
「一発じゃないよ!」
バシュンッ!
バシュンッ!
バシュンッ!
次々と水穿を放つ。
十発。
二十発。
さらに――。
ドドドドドドドドッ!!
何十もの水弾が。
白虎の目の前にある見えない防御へ連続して叩き
込まれていく。
バシンッ!
バシンッ!
バシンッ!
当たるたび。
圧縮されていた水が弾ける。
飛沫が飛び散る。
そして。
それは次第に――。
「グルッ!?」
白虎の視界を覆っていった。
弾かれた大量の水。
それらが幾重にも重なり。
白虎の目の前へ――水の膜を作り出す。
倒すためではない。
体勢を崩すためでもない。
相手が水穿を防ぐことまで見越して。
その防御そのものを利用した――。
目くらまし。
「…………!」
白虎が一瞬、ステラを見失う。
しかも。
自ら全力で突進している最中だ。
急に視界を奪われても、すぐには止まれない。
その一瞬で。
「ここまで傷を入れられないなんて、
思わなかったわ!」
ステラが動いた。
ダンッ!!
地面が弾ける。
一気に加速。
一歩。
二歩。
白虎との距離が瞬く間に縮まっていく。
そして。
走りながら。
ステラの両手が腰へ向かった。
そこにあるのは――。
神剣・アステラス。
左手で鞘を握る。
右手を柄へ添える。
「…………」
まだ。
抜かない。
身体を低く。
さらに加速する。
同時に。
全身を巡っていた魔気力を右腕へ集めていく。
肩から。
肘。
手首。
そして――。
柄を通して。
鞘の中に収められているアステラスへ。
魔気力が流れ込んだ。
――キィン。
微かな音。
「……!」
鞘の中で。
刀身が小さく震えた。
まるで。
持ち主から流れ込んできた力へ応えるように。
ステラには分かった。
アステラスと。
自分の魔気力が――繋がっていく。
白虎まで。
あと僅か。
一歩。
ステラは右足を強く踏み込む。
走り込んだ速度。
踏み込み。
腰の回転。
肩。
腕。
そして。
アステラスへ注ぎ込んだ魔気力。
そのすべてを――。
一度の抜刀へ乗せる。
「いっくよー!」
右手が走った。
シャッ――。
鞘から。
純白の刀身が解き放たれる。
「――『一閃』!」
シャァン――!
白い軌跡が走る。
同時に。
刃へ魔気力が流れ込んだ瞬間。
純白だった刀身の刃先が――。
淡い赤色へと輝いた。
そして。
スパンッ――。
「…………」
あまりにも。
軽い。
何かを斬ったとは思えないほど。
抵抗がなかった。
水穿でも。
水刃でも。
全力の掌底でも。
蹴りでも。
傷一つ付けられなかった。
あれほど強固だった白虎の毛並みと、その肉体を。
アステラスは――。
何の抵抗も感じさせず。
ただ静かに。
通り抜けた。
ステラは白虎の横を駆け抜ける。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
ザッ――。
足を止めた。
「…………」
その背後。
白虎の身体へ。
細い赤い線が一本。
浮かび上がった。
次の瞬間。
ずるり――。
巨大な身体がずれた。
そして。
ドサッ。
ドサッ。
二つに分断された巨体が。
重い音を立てながら河原へ落ちる。
「…………」
だが。
血は――出なかった。
切断された傷口。
そこは。
真っ黒に焼き切れている。
まるで。
刃によって斬られたのではなく。
凄まじい熱によって、一瞬で溶かし切られたような
断面。
「……すご」
ステラは思わず。
自分の手に握られたアステラスへ視線を落とした。
魔気力を流した刀身は。
今も淡い赤色の光を帯びている。
お師匠様が言っていた。
これは――。
自分が作り上げた。
最後の最高傑作だと。
「…………」
その言葉の意味を。
ステラは。
今。
初めて実戦の中で理解した。
アステラスに斬れないものはない。
刃が通ったものは切断され。
そして。
斬られた部分は同時に焼き尽くされ。
溶断される。
それは。
水刃すら通さなかった。
魔法を寄せ付けなかった白虎であっても――。
例外ではなかった。
「…………」
そして。
その光景を。
残った二匹の白虎も見ていた。
「グル……」
ゆっくりと。
二匹が起き上がる。
先ほどまでとは。
明らかに様子が違っていた。
まず。
ステラを見る。
次に。
二つへ分断された仲間を見る。
そして。
もう一度。
ステラの手に握られている。
淡い赤色に輝くアステラスへ。
「…………」
静寂。
川の流れる音だけが。
河原へ響く。
数秒。
互いに動かなかった。
そして――。
「ガウッ!」
二匹の白虎が。
同時に身を翻した。
「あっ」
そのまま。
ステラとは反対方向へ。
河原を蹴り。
森へ向かって一気に走り出す。
白い巨体が木々の間へ飛び込み。
あっという間に。
深い森の奥へと消えていった。
「…………」
ステラは追わなかった。
向こうから襲ってこないのであれば。
わざわざ追い掛けてまで倒す必要はない。
「……逃げちゃった」
アステラスを握ったまま。
しばらく森の奥を眺める。
気配が完全に遠ざかっていく。
それを確認して。
「はぁ~~……」
大きく息を吐いた。
張り詰めていた肩から。
ようやく力が抜けていく。
「結局、刀使っちゃったなぁ……」
手元へ視線を落とす。
純白の刀身。
魔気力を流すのを止めると。
刃を覆っていた淡い赤色の光が、ゆっくりと消えて
いった。
「…………」
ステラは。
先ほどの戦いを頭の中で振り返る。
水穿。
効かなかった。
水刃。
これも傷一つ付けられなかった。
ならばと。
自分の身体へ魔気力を巡らせ。
全力で掌底を叩き込み。
蹴りまで入れた。
それでも――。
駄目だった。
「まだまだだなぁ……」
もちろん。
何もできなかったわけではない。
三匹の連携を一瞬で見抜けた。
攻撃だって受け止められた。
逆に。
白虎の巨体を吹き飛ばすこともできた。
七歳だった頃と比べれば。
間違いなく。
自分はずっと強くなっている。
それでも。
最後。
白虎を倒すために必要だったのは――。
自分の力だけではなかった。
お師匠様が残してくれた。
神剣・アステラス。
「もし、これがなかったら……」
ステラは刀を見る。
戦い続けることは。
きっとできただろう。
相手の攻撃を受けることも。
避けることも。
吹き飛ばすことも。
でも。
傷一つ付けられない相手が三匹。
そのままずっと戦い続けていたら――。
「……負けてたかもしれない」
初めて傷を負った腹部へ。
そっと手を当てる。
「…………」
旅へ出る前。
自分は。
少しくらい強くなったつもりでいた。
お師匠様との修行を続け。
死の森の魔物たちとも何度も戦った。
昔より。
遥かに強くなった。
そう思っていた。
でも――。
世界には。
自分がまだ知らない強者が。
きっと。
いくらでもいる。
「…………」
ステラはアステラスを胸の前へ持ち上げた。
白い刀身へ。
自分の顔が薄く映っている。
それを見つめながら。
少しだけ笑う。
「また、お師匠様に助けられちゃいましたね」
本も。
指輪も。
結界も。
そして。
この刀も。
旅へ出て。
まだ一日すら経っていない。
それなのに。
すでに何度。
お師匠様が残してくれたものへ助けられただろう。
「まだまだ頑張らないと」
いつか。
この刀がなければ勝てないのではなく。
この刀に相応しいくらい。
自分自身も。
もっと。
強くなりたい。
「……よし」
カチャ――。
アステラスを鞘へ納める。
小さな金属音が。
戦いを終えた河原へ、静かに響いた。
そして。
「…………あ」
そこでようやく。
ステラは本来の目的を思い出した。
視線を川へ向ける。
そこには。
戦いが終わった今もなお。
白い巨体を水の中へ横たえたまま。
動かない――カムイの姿があった。




