【09】幼馴染②
〈シュウ視点〉
「それで結局、マジメくんは會に入りそうな感じなのー?」
「……いやわかんねぇ。とりあえずは様子見だな」
「えぇーっ! おにぃから直々に声かけられといて意味わかんない! ちょっとその子、ナマイキじゃなぁーいっ!?」
なんやかんやで。
入学式から、体力測定まで。
一気に駆け抜けた、中学生生活の初日。
放課後。
ほとんどの新入生たちが、下校するか、部活見学で校内を見回っている時間帯である。
大小と複数ある校庭や、スポーツ施設の設けられたグラウンドからは、部活を楽しむ生徒たちの元気な声が響いていて、差し込む夕日と、ほんのりとした桜の香りと共に、教室のカーテンを揺らしていた。
教室には、俺以外にも人影が十名ほど。
「いやマジでラクショーっしょ! 魔力持ちってだけでチヤホヤされてきた連中に、シュウさんたちにシゴかれたオレらが負けるはずねーって!」
「イエス! 一年の覇権、もらいましたヨォ!」
「つーかこのぶんだと上級生も、大したことなくね?」
意気揚々と。
机を囲み、姿勢を崩して。
物騒な会話で盛り上がる男子たちと。
「はぁ、上級生ども、マジきもい」
「わかるー。運動場でウチらのことずっと視てるの、引くわー」
「下心見え見えで、ウケるよねー」
こちらは囲んだ机の上に、校則違反の化粧品やお菓子を並べながら、世の男子が聞いたら凹む類の辛口を繰り広げる女子たちだ。
(……はあ。申し訳ねぇなあ)
別に、俺が呼んだわけではないのだけれど。
今こうして教室に屯しているのは、放課後になると当たり前のように集まってきた、叛星會の會員たちである。
おかげで本来の級友たちは、早々に退散。
実質的に叛星會《俺たち》が教室を占拠してしまっている。
(こりゃさっさと部活を作って、部室を確保しとかねぇとな)
見ての通り、頭数だけは揃っているのだ。
部活の設立に必要となる、部員数の確保は問題ない。
活動内容も……無難に『|地域の清掃活動や活性化に貢献《ボランティア活動》』あたりにしとくか。
中学の部活を見越して、地域の清掃活動や、地元の祭りのお手伝いなど、実績はコツコツと数年前から積み上げてきているので、部活設立の申請用紙に記載する内容には困らなかった。
あとはえっと……
「……ちょっとおにぃ!? 聞いてるのぉ!?」
グイグイと、左手が引っ張られた。
申請用紙を埋めていた視線と思考が、無理やりに引き剥がされる。
「……あー、聞いてる聞いてる」
「それ絶対に聞いてないヤツじゃん!」
「ユウヤを無理やり會に入れるつもりはねぇよ。だから強硬手段は却下だ」
「ホントに聞いてた!?」
当たり前田のクラッカー。
魔力技能者にとって恒常的な並列思考など、朝飯前である。
「あーもーぉ、スゴいスゴいっ! さっすがおにぃっ♡」
すると……グイッ!
左腕が、さらに引っ張られて。
蜂蜜のような甘ったるい香りと、弾力のある柔らかさに包まれた。
(……ッ!)
反射的に、魔力技能を発動。
触覚の一部を強制遮断。
体内の血流を操作。
通常の男子なら当然起こるべき反応を、悉く封殺する。
「……はぁ」
結果として、外部からは冷静に見えているらしい外面から嘆息が漏れ出した。
「アユよぉ、見てるぶんには好きにすりゃいいけど、邪魔すんなって」
「やんっ♡」
いちおうは、加減しつつ。
着崩した制服の胸元に抱き込まれていた腕を引き抜くと、少女の口から嬉しそうな悲鳴が漏れる。
「変な声出すなって。ドMかよ」
「いいもーん♡ おにぃなら、どんなプレイでも受け入れるしっ♡」
ったく。
中学生が、ナマ言いやがって。
だいたい前回を合わせると俺の精神年齢は、40歳近いのだ。
多少は精神が肉体に引っ張られているとしても、好球範囲はもっと年上。
具体的には、二十代の後半〜三十代の手前。
ムチムチに成熟した女性がタイプである。
二次性徴すら迎えていないペッタンコボディに、心が靡くことはない。
「えへへへ〜っ♡」
とはいえ、だ。
身体が小さく。
顔つきもまだ、幼いが。
しかし少女の笑顔にはすでに、男に媚びる女の艶が浮かんでいた。
魔素適性者特有の現象として、魔力によって黒い地毛の一部が……赤、青、翠、白と。
4色に混色された、ツインテールを揺らして。
パッチリとした、扁桃型の瞳で。
俺を『おにぃ』などと呼び。
真っ直ぐに、見つめてくるのは。
小麦肌の幼馴染……キセラ・アユムである。
「……なぁ。おまえマジでそういうこと、あんま男に向かって言うもんじゃねえぞ」
「大丈夫! おにぃにしか言ってないし!」
「そういう問題じゃねぇよ」
なんというか。
これが男好きの、尻軽なら。
どうぞお好きにって、感じだけど。
コイツはコイツで、拗らせてやがるからなぁ……
(……やっぱりユウヤを、なんとか身内に引き込まねぇと)
かといって、無理強いは良くない。
理想は合意の上で、叛星會に馴染んで貰うこと。
しかし今日の勧誘は、手応えがイマイチだった。
うーん。
何か良い方法が、ないものか……
「……ん、でもそのユウヤくん? って、にぃに的には仲間に入れたい系の人なんだよねぇ〜?」
グイッ、と。
左側に、対抗するように。
今度は逆方向に、引っ張られた。
傾いた右半身を抱き寄せるのは、同年代に比しては発育不足気味なアユムとは対照的に、色々と過剰に育った桃色髪の少女である。
発育の良い体つきに、整った小顔。
温和そうな垂れ目の横には、泣きぼくろ。
おっとりとした態度と。
のんびりとした口調に揺られて。
ふわふわと、ウェーブのかかった天然パーマの長髪から、ミルクのような甘い匂いが漂っていた。
「……んだよ、ハル。何かいい案でもあるのか?」
意図的な小悪魔といった印象のアユムとは対照的に、無自覚な色気を撒き散らしている少女……ヤモリ・ハルカは、怪訝そうな俺の視線を前に、いつものゆるい笑みを浮かべている。
「んっ、じゃあ今度はあーしががんばって、説得してみるよっ!」
「却下」
「なんでぇえええっ!?」
グイグイ、と。
抗議するように、腕が引っ張られる。
当然フカフカと、柔らかい肉に腕が埋もれる。
そういうとこだぞ。
「……じゃあ具体的に、どう説得するのか言ってみろよ」
「えっ!? えっと、それはですねぇ……」
問いかけられて。
ようやく具体的な方法について頭を回し始めた様子の幼馴染に、呆れ顔を向ける。
「ほらな、やっぱり何も考えてねぇじゃねえか」
ハルカの行動原理は基本的に『誰かの役に立ちたい』だ。
それ自体は、素晴らしい精神性だと思う。
ただし、気持ちが先行し過ぎて。
現実が追いついていない。
とりあえず口に出してから、どうやってそれを実現するか考え始めるタイプなので、臨機応変に頭を使う交渉ごとには明らかに向いていなかった。
「……がんばってぇ、説得する?」
などと、ようやく捻り出した答えも。
「いやムリでしょー? おにぃが説得できないんなら、ハルが説得できるわけなくなーい?」
小生意気な笑みを浮かべるアユムによって、すげなく却下。
となると今度は……
「……じゃ、じゃあぎゅっと! ぎゅっとしてあげるからっ!」
「はい、アウト」
「だから何でぇえええ〜っ!」
「身体を交渉の道具に使ってる時点で、なんでもクソもあるか」
あまりの短慮ぶりに、目眩がしてきた。
「ハルって脳みそが、おっぱいに詰まっちゃってるからねーっ♡」
「に、にぃにも! アユねぇも! ふたりともひどいよぉ〜っ!」
とか喚きつつも、しっかりと自分の『武器』を俺に押し付けて姉貴分に対抗しようとする浅はかさには、ため息しか出ない。
(本当に……この、アホタレは)
身体ばっか、成長して。
肝心の脳みそが、スカスカなんだよ。
そのくせ自分の容姿や身体に価値があることはわかっているっぽいから、簡単にそれを差し出そうとする。
しかし男にとって都合のいい、そういった過剰な『優しさ』は、もはや『異常』と同義だった。
前回の俺は、それに救われて。
依存していた部分もあったけれど……
彼女自身のことを考えれば、こうした悪癖を、このまま放置するわけにはいかない。
(今度こそこいつらには、少しでも真っ当な人生を……)
ズキンッ、と。
脳が痛んだ。
魂が軋む。
【……ふざけるなッ!】【こんなビッチどもを、わざわざ助けるわけねぇだろうが!】【前回みたいに散々と、クソ男どもに利用された挙句、ボロ雑巾みたいに捨てられちまえばいいんだ!】
脳裏には、愛憎に狂った男の声が響いていた。
〈作者の呟き〉
歳を重ねるごとに、ギャルの可愛さが身に沁みてくるので、困ったものですな。




