【10】建前
〈シュウ視点〉
——ズキンッ、ズキンッ、と。
脳を侵す痛みは、増すばかりだ。
魂の底から湧き上がる声も大きくなっていく。
【思い出せ!】【忘れるな!】【許さねぇぞ!】【幼馴染らの所為で、俺の人生は狂ったんだ!】【罰を受けさせろ!】【助けようだなんて論外だ!】
黙れ。
うるせぇ。
胸クソ悪い。
だけど……無視はできない。
何故ならこれは、前回の俺で。
上位存在から与えられた〈権能〉によって、深く、魂と結びついている。
下手に拒絶しようものなら魂が壊れる危険があるし、まともに向き合えば強烈な憎悪に晒されて、魂が穢されていく実感があった。
だから……
(……勘違い、するな! これは、俺自身のためだろうがッ!)
騙す。
逸らす。
置き換える。
嘘をつかずに、真実を語らないことで、憎悪に歪んだ怒りの矛先を『捻じ曲げ』る。
(コイツらは仲間なんかじゃねぇ、俺のために、利用しているだけだ!)
将来訪れる、未曾有の魔力災害から。
この国を護るために。
貴重な戦力を、育成して。
未来のために温存しているに過ぎない。
(だからいちいち勘違いして湧き上がってくんなよ、クソ野朗がッ!)
ただの駒だ。
人的資源だと。
自分自身の認識を、無理矢理にでも『歪めて』みせる。
そうすることでようやく……
【……】
幼馴染たちを『想う』気持ちに反応して、湧き上がってきたドス黒い感情が、再び魂の奥底へと沈んでいった。
「……ふぅぅぅ」
気が付けば、額から。
大粒の水滴が垂れていた。
教室の空気も、静まり返っている。
徐々に五感を取り戻していく肉体が、全身に湧いた熱と汗に、不快感を訴えていた。
「……にぃに、大丈夫?」
「おにぃ、もう平気なの?」
耳朶に流れ込んでくるのは、俺を心配する幼馴染たちの声だ。
しかし気遣いを帯びた左右からの視線が……また、魂をざわつかせる。
「……ああ、もう大丈夫だ」
こうした『発作』の直後は、まだ噴出の機会を伺っているドス黒い魂が、水面からこちらの様子を伺っている状態である。
些細なキッカケで湧く前回の俺に、隙を与える訳にはいかない。
「だからいちいち、ンな顔すんなって。鬱陶しいんだよ」
魔力技能を駆使して、呼吸を整えつつ。
何でもない顔で手を振った。
「……そう」
「ん、ならよかった!」
いつも通り。
どこか突き放すような、俺の態度に。
少女たちは、安心したような。
でも少し、寂しそうな。
複雑そうな表情を浮かべている。
「兄さん、どうぞ」
努めて左右からの視線を気にしないように振る舞っていると、目の前に清潔なタオルが差し出された。
「おう、サンキュー」
「……」
物憂げな表情を浮かべるジンヤから受け取ったタオルで……ゴシゴシ。
顔に滲んだ汗を拭っていると。
「……にぃや、いる?」
いつの間にか目の前に佇んでいたガエルが、普段から持参している水筒を差し出していた。
「いや、いい」
「ん」
こちらは特に、気落ちした様子もなく。
教室の後方へ戻っていくと、俺以上に汗だくな褐色肌の少年は再び両手を床について、足先を天井へと向ける。
「ふぅぅぅ……」
細く、長い吐息。
太い金髪の三つ編みを、床に垂らして。
ゆっくりと、腕を撓めて。
伸ばす。
「……しゅぅぅぅ」
魔力技能者にとっても難しい、自重を用いての、高負荷な逆立ち腕立て伏せである。
しかも床に接している指先は、左右でそれぞれ、三本ずつ。
「「「 …… 」」」
暇さえあれば自己鍛錬を欠かさない、マイペースな少年の姿に、教室中から呆れの視線が注がれていた。
(でも俺としちゃあ、これくらいサバサバと割り切ってくれたほうが、気が楽なんだけどなぁ)
とはいえ、知り合いに。
原因不明の『発作』が起きたとして。
それを心配するなというのも、酷な話だ。
しかしそこは付き合いの長い幼馴染たちで、慣れたもの。
叛星會の連中だって、こうした俺の『発作』には何度か立ち会っているため、発作の最中に声をかけてくることもないし、治まったあとは、必要以上に構ってくることはない。
俺自身がそれを、厭うからだ。
(ったく、こんなめんどくせぇ男、無視するなり、テキトーに流しとけばいいのによぉ)
気まずい静寂に包まれた教室。
「……はぁ」
大きな嘆息で注目を集めてから、改めて話題を切り出した。
「そういやお前らって、もう入る部活、決めたのか?」
場の空気を重くしていた俺が口を開いたことで、様子を伺っていた會員たちから、次々と声が挙がっていく。
「いや、まだっスけど!」
「とりま、考え中でーっす!」
「ヤーッ!」
「つーかやっぱジブンらも、星のミナサンと同じで、シュウくんの部活だけじゃダメなんスか?」
「そーそーっ!」
「星ばっかり、ズルいズルーいっ!」
彼らの口にする『星』とは、俺と一緒に叛星會を立ち上げた最古参……つまりここにいる幼馴染たちや、ここ数年の活動で會への貢献を認められた、一部の會員を表す言葉となっている。
ぶっちゃけ俺は恥ずかしいからやめて欲しいのだが、否定するたびにもっと酷い代案が並んでいくので、最近ではもうどうでもいいやと放置していた。
(どうせ誰かに譲る組織だ)
ガキらしく、好きにすればいいさ。
「仕方ねぇだろ。コイツら、俺が目を離すとマジで何するかわからねぇんだから」
「いぇ〜い、そうでぇ〜すっ♡」
「うんうん♡ みんな、ごめんねぇ〜っ♡」
いや、アユムにハルカよぉ。
顔の横にダブルピースとか作ってチョーシこいてるけど、全然褒めてねぇからな?
普通にディスってるの、わかってる?
「僕は盾として、兄さんの傍を離れるわけにはいきませんので!」
ジンヤは真面目な顔で、頭オカなことをほざいているし。
「……ふぅぅぅ」
ガエルは黙々と、筋トレを続けていた。
(あぁ……早く、この自由人どもを、誰かに引き継ぎしてぇ……)
先ほどとは異なる理由で頭痛を覚えた俺は、天井を仰ぎ、小さなため息を吐き出した。
〈作者の呟き〉
分量が中途半端だし週末なので、今日はもう一話更新します!




