【07】体力測定②
〈シュウ視点〉
「でも……だとしても、僕にそんな事情をいちいち説明する、理由はなに?」
生徒たちが集められた、体育館の一角。
体力測定の順番を待ちながら長々と叛星會《俺たち》の実情を語り続けた俺に、ユウヤは鋭い視線を向けている。
(やっぱコイツ、頭の回転が早いわ)
心の中で、口角を吊り上げる。
(言葉に出さなくても、ちゃんとこっちの意図を汲んでくれてる)
この若さで相手を正確に観察できる、社交力と分析力。
将来、金等級冒険者として組織を率いる素質が、すでに滲み出ていた。
(本当に……いつも好き勝手にやるだけやって、あとでこっちに丸投げしてくる幼馴染らには、見習ってもらいてぇよ)
さておき。
「端的に言えば、叛星會への勧誘?」
「……」
「より正確に言えば、俺の代わりに會や幼馴染の面倒を見て欲しいんだよね」
「……だから、なんで?」
「だってそうなれば、俺が楽できるじゃん?」
「……つまり僕みたいなハリボテを矢面に立たせておいて、やっぱり裏で、暗躍する的な?」
「違う違う! なんでそうなんだよ!? マージーでっ! シンプルにっ! 俺よりも會を上手いことまとめてくれる人間を、探してんだって!」
「……」
警戒と、疑念。
それに僅かな好奇心。
様々な感情が入り混じる視線を浴びていると……
「……次の生徒、どうぞ」
「お、呼ばれちまったな」
列の順番が、回ってきたようだ。
「とりあえずユウヤ、先に行ってこいよ」
「あ、う、うん」
「行ってら〜」
担当教員に呼ばれたので、体育館の内部を分割して設けられている測定場所に、まずはユウヤを送り出す。
「次の生徒」
「ういうい」
次いで俺も、担当教員の前に進み出た。
「お願いします」
「では、用紙をこちらに」
記録用紙を渡して、代わりに握力測定器を受け取る。
「これは魔力適合者対応モデルなので、魔力を込めながら、思いっきり握り締めてもらって大丈夫ですよ」
「りょーかいです」
ここは魔力適合者たちが集められた特別な中学校だが、だからといって、入学した生徒の人生が安泰というわけではない。
すでに次の『篩』は始まっている。
これが将来に関わることがわかっているため、測定に取り組む生徒たちの顔は皆、真剣そのものといった様子だ。
「……ッ!」
ユウヤも顔を真っ赤に染めて、計測器を握り締めている。
(でも魔力って、そういうふうに気合いを入れれば、上手く扱えるってもんでもないんだよなぁ)
この辺りの『認識のズレ』は、魔素力学の黎明期とされる2000年代においては、度々に見受けられるものだった。
ユウヤもそうした全自体的な価値観で、訓練を受けてきたのだろう。
だが俺が『十数年後の正しい魔素力学』を説いたところで、大人から信用されるはずもないし、仮に信用を得られたとしても、だったならなぜ俺がそんな知識を持っているのかと疑念を抱かれてしまうため、ここででしゃばるつもりもない。
(確か平均が80kgとかだから、中の上だと、だいたい110kgくらいか?)
狙うは優等生としての、ほどほどの成績だ。
「すぅぅぅ」
深く。
静かに。
息を吸って、吐いて。
呼吸を整え。
魔力適合者が体内に造り上げた魔脈に、体内の魔素を巡らせて、循環させていく。
「ふぅぅぅ」
ぐるぐる、と。
魔脈を巡る過程で、密度を増していった魔素を、丹田に収束。
魔力にまで練り上げて、魔力技能として行使。
「ふんっ!」
ギリギリ、と。
握力の測定器が、唸った。
魔力によって強化され、活性化した筋肉が、見る間にデジタルメーターの数字を上昇させていく。
よし、だいたいこんなもんか……
「……に、220キロっ!」
「んっ!?」
担当教員が口にした言葉に、思わず耳を疑った。
(……ってこれ、よく見たらジュニアモデルじゃねえか!)
普段使ってる『大人用』の感覚で、普通に握り締めちまったよ。
(ま、まあこの程度なら、幼少期から『正しい魔力鍛錬』をしていれば、誰だって身につくレベルだし……)
チラリ、と。
教員の顔色を伺ってみると。
「……っ!」
十数年後ならいざ知らず、この時代においてこれくらいの数値を出せる子どもは、やはりまだ少ないらしい。
記録を用紙に書き込む教員の瞳が、ギラギラと輝いている。
「じゃあ次! キミ、反対側を!」
「う、ウス」
今後は慎重に、加減して握り締める。
「……ねえ、それが限界?」
「そ、そうっすねぇ」
「本当はまだ、いけるんじゃないの?」
「いやぁ、そんなことは……」
「全然余裕そうだよね? どうして? もしかしてわざとやってる?」
「……ん、んんんっ! こんのぉおおおおおっ!」
けっきょく左手も同じくらいの数値を記録したところで、顔を真っ赤にした俺の演技を、教員はようやく信じてくれたようだ。
「あ、ありがとうございました!」
記録用紙をひったくるようにして、次の列へと並ぶ。
(やべーやべー、とにかくこの後の測定は、もっと慎重にやらねぇと……)
そして、ふと気づく。
「「「 …… 」」」
先に測定を終えたユウヤを含む、数名の生徒たちが、驚いた顔でこちらを見つめていた。
(平常心……平常心っ!)
何食わぬ顔で、俺は列に並んだ。
「でさぁ、ユウヤ。さっきの話の続きなんだけど……」
「……っ!?」
露骨な話題逸らしだが、すぐにユウヤは空気を読んで、耳を傾けてくた。
理知的な対応が、本当にありがたい。
「……ぶっちゃけさぁ、幼馴染の面倒見るの、もう疲れたのよ」
こうした反応を前にすると、普段から暴走機関車どもを相手にしている身としては、愚痴にも力が入るというものだ。
「そもそも組織を率いること自体が、俺の性分に合っていないんだよね」
「そ、そうなの? 力は十分、りそうだけど……」
「腕力があるのと、組織をまとめられるのは、また別問題だろ?」
「それは……うん、たしかにそうかも」
そうそう。
この辺りを理解できる頭脳こそが、今の俺たちには必要なんだよ。
なんでもパワーでゴリ押そうとする幼馴染たちには、マジで見習ってほしい。
「でも噂だと叛星會って、ものすごく統率がとれた組織だって聞いてるよ? 実際にあの幼馴染くんたちも、シュウに懐いていたみたいだし」
「んなこたぁねぇよ。ただ周囲のノリに流れされるままやってるだけなのに、なんか偶々《たまたま》色んなことが上手くいってるから、そう見えてるだけだって」
これは流石に、謙遜だ。
あの暴れん坊どもの舵取りや後始末には、前回ぶんの人生経験がある俺でも、相当に骨が折れた。
でも今は、開示すべき情報ではない。
嘘をつかず。
真実を話さないというのも。
重要な交渉術である。
「でもそろそろ俺の器じゃ限界だから、できるなら今すぐにでも放り出したいんだけど、そうすると収拾つかなくなっちゃいそうだから、できれば穏便に、誰かにバトンタッチしたいんだよね」
「それで、僕?」
「そう」
「なんで僕なの?」
「ん? だってお前、優秀じゃん?」
「……今日初めて会った僕の、何がわかるんだよ」
「こうして話していれば、頭がキレるのは十分にわかるし、何より『全国模試上位の常連くん』が優秀じゃなきゃ、誰を優秀って言えばいいんだよ」
「……」
「悪いけど目立つクラスメイトに入学前から目星をつけてたのは、お前だけじゃねえんだわ」
これは、嘘というか。
はったりの類である。
なにせ俺には、特別な一周目がある。
個としては突出しなくても、組織を率いる手腕で金等級まで上り詰める人材のアテがあるのなら、入学前にネットで個人情報を漁っておくことなんて、大した手間ではない。
(でもそっちからしたら、結構インパクトある展開だろうし、身内以外からこうやって評価されるってのは、悪い気分じゃねえだろ?)
見ようによっては。
悪い大人が。
世間知らずの子どもを。
嵌めようとしている構図かもしれないが……
悪意はなく、互いにメリットのある提案なのだから、とくに良心は傷まない。
「そ、そうかな……?」
実際ユウヤも満更ではない様子で、そっけない態度を装いつつも、口元が緩んでいる。
「そうそう、だからさぁ——」
その後も俺は順番待ちの時間をフル活用して、将来有望な人材の青田刈りに励むのだった。
↔︎
そうした勧誘に、翳りが差したのは。
もうしばらく後のことである。
〈作者の呟き〉
主人公は一周目があるがゆえに「むしろこれくらいできないと恥ずかしいし、それを自慢するのは恥ずべき行為」くらいのマインドで、二周目を生きています。




