【59】ルート分岐
〈カイト視点(三人称)〉
「……以上で、今回の突発型ダンジョン魔力災害の、現場対応と事後報告の説明を終わります」
空調の効いた会議室である。
東京に本部を構える、国内最大級の冒険者ギルド。
その一室に、ギルドの重役や、顔役の冒険者たちが集められていた。
静まり返った会議室に、金等級冒険者……ヒイラギ・カイトの声が響く。
「何か、質問は?」
「「「 …… 」」」
儀礼的に問いかけたが、反応は鈍い。
当然だ。
1999年に発生した大異界蝕以降。
世界は急速に、魔力社会へと推移していった。
その中核を担うのが、魔力技能者たちだ。
国家としても。
ギルドとしても。
彼らは『未来そのもの』と言っていい。
そして選りすぐりの学生たちを集めて執り行われた、中学校の合同夏季合宿。
その最終日に発生したダンジョン災害は、悪夢以外の何者でもなかった。
さらに生徒たちが巻き込まれた森林型ダンジョンは、洞穴型ニアダンジョンへと接続されており、その異界主は悪名高き突発遭遇災厄……サトリ種妖怪のダイキョウ。
気まぐれに人間を狩っては弄ぶ、第一級危険指定級魔力生物である。
百年以上前の文献からその名が記載されていた、正真正銘の大妖怪。
しかしサトリ種固有の読心ゆえに、待ち伏せや追跡などが極めて難しい。
ギルドの討伐依頼が、今日まで果たされることはなかった。
それを……
「……信じられんな」
誰かが零した呟き。
この場にいる全員の胸中を代弁していた。
あの邪悪と遭遇して、なお。
逃亡ではなく。
討伐した。
しかもその場に居合わせた金等級ではなく。
合宿に参加していた、中学生たちが主体となって。
奇襲を受けて人質を取られ、妖怪の棲家に誘い込まれた状態で、あの狡猾で残忍な大妖怪を配下ごと討伐したというのである。
「……いや、流石に嘘だろ?」
「カイトさん、これ盛ってません?」
「そりゃ〈権能〉持ちがチート揃いなのは認めますけど、それにしたってこの内容は、出来すぎてますって」
「あ! もしかしてスタンドプレイをした学生たちに、華を持たせようとしているんですか?」
この会議室の七割ほどは、現役の冒険者たちだ。
現場を知る彼らだからこそ、この報告書がどれだけ常識外れなのかを理解できている。
魔力技能を持たない人間が、素手でゴリラに殴り勝ったと言われたほうが、まだ信憑性がある内容だった。
それほどの偉業。
いや……もはや異常。
現場にいなかった人間たちからすれば、カイトが勝手に動いた生徒たちを庇い立てして、嘘の報告をでっち上げたと考えるのは無理からぬことである。
現に、教師の静止を振り切って救出作戦に参加した生徒たちは、学校側から厳しい『罰則』と『緘口令』を言い渡されていた。
学校側にしてみれば、生徒が戦果を挙げたことよりも、妖怪に『誘拐された』こと。
さらに『危険な作戦に参加した』という、管理能力に疑念を持たれることの方が、遥かに恐ろしい事態である。
事件は『現場に居合わせた金等級冒険者が収束させた』ものとして処理。
全容を把握している人間は、この場にいる者たちを含めても、ごく僅かだ。
(とはいえ……信賞必罰が世の常なら、彼らの功績もまた、正当に評価されるべきだ)
カイトは躊躇うことなく、首を横に振った。
「いいえ、全て事実です」
幸運か、偶然か……
あるいは、運命なのか。
あの場に居合わせたカイトは、毅然と胸を張る。
「私はあくまで、彼らの作戦に協力していたに過ぎません。むしろ私が主導していれば、このような望外の結果は得られなかったでしょう」
作戦参加者に負傷者は出たが、死傷者はゼロ。
人質は全員救出。
それどころか、この事件以外でもサトリたちに拐われていた人間たちも発見して、まとめて保護している。
首魁であるダイキョウ。
側近である四匹の武装サトリ。
群れていた小型サトリの大半は現場で討伐。
生き残った僅かな妖怪も、すべて捕縛されている。
先んじて奇襲を受けていたとは思えない、燦々たる大戦果だ。
しかもこの奇跡の中心にいたのは、〈権能〉を持たない精神技能者だという。
会議室に漂う空気は、無理からぬことだった。
カイトとてその場にいなければ、この報告書には懐疑的だっただろう。
(まぁ……どうせ彼は『そんなことない』って、また謙遜するのだろうけど)
実績に反してどうにも自己評価の低い少年の苦笑いが、脳裏に浮かぶ。
しかし当の本人がそのような態度をとるからこそ、彼を中心とする仲間たちが、学校側の対応を大人しく受け入れていた節はある。
(……ん? ということはもしかしてあの子はそれを、狙っていたのかな?)
ああ、駄目だ。
あれほどの知略を見せつけられては、少年の行動すべてに、裏があるのではと勘繰ってしまう。
眩いほどの輝きが、心に焼き付いて離れない。
彼と一緒に戦いたい。
次世代の光景を、隣で共有してみたい。
そう願ってしまうのは自然なことだし。
そのためにカイトは、ここにいた。
「信じがたいようでしたら、現場に同行した他の〈白銀の樹〉も招聘しましょうか?」
「いや、別に……」
「そこまでしなくても……」
「それと、お手元の同封資料もご確認ください。それがあれば今回のような魔力災害を、未然に防げる可能性が大幅に上がります」
「むぅ……」
「これほどの情報と統計資料……一体どのような経路で、入手されたのかな?」
「それは情報提供者から口止めされていますので、申し訳ありません」
まあ、目敏い者なら勘付いているだろうが。
約束は約束だ。
公で彼に名を挙げたりはしない。
(別に、そんなことをしなくても……)
いくら少年が、それを望んでいなくても。
本人が積み上げてきた実績と。
彼を慕う仲間たちが。
そんなこと、許してはくれないだろう。
「……それで、カイトくん。彼らの評価は?」
すでに語るべきことは語り終えた、と。
議長を務めるギルドマスターが、静かに問いかけてくる。
「勿論、合格ですよ! 彼は……彼らこそが、今後の魔力社会を担っていくのに相応しい人材です!」
「ほう……それは『監査官』としての、意見かね?」
「ええ、そう捉えていただいて問題ありませんよ」
カイトがあのような学生たちの合宿に参加している理由は、二つある。
表向きには、魔力技能者である生徒たちを、非適性者の教員たちが御しきれなかった際の保険として。
そして……裏の顔は。
国家やギルドからの、監査官として。
これからの時代を担う人的資源の『選別』である。
「きっと彼らなら、力に溺れることなく、正しくそれを使いこなしてくれるでしょう」
急速に魔力社会化が進んでいく昨今。
これまでの常識を覆す『力』に溺れて、狂い、道を踏み外す若者たちは後を絶たない。
優秀な魔力技能者の育成と管理には、各国が頭を悩まされていた。
日本も例外ではない。
むしろ現時点においては、海外と比較して優秀な人的資源を抱えている魔力先進国だからこそ、国力を注いで育成していく魔力技能者たちには、相応の倫理観や精神性が求められるのだ。
(もし……あの土壇場で、仲間を見捨てたり、裏切ったりするような人間がいれば、たとえどれだけ素養に恵まれていようと、私は絶対に『認めなかった』だろうけど……)
幸いにして、あの現場には。
腑抜けや卑怯者など、存在しなかった。
むしろ仲間を信じ、助け合い、支え合う彼らのような人間こそが、これからの魔力社会には必要なのだ。
「少なくとも私は、今回の作戦に参加してくれた生徒たちへの『高校入学推薦』を、強く推奨しますね」
「しかし彼らには、独断先行の気があるのでは? 本当に集団生活や規律を守れるのかな?」
「それは……彼らの『アタマ』に、頑張って手綱を握ってもらうしかないですね」
何故か脳裏に『ふざけんなァあああッ!』という少年の叫び声が聴こえた気がしたが、むしろカイトの笑みは深まるばかりだ。
(精々、期待させてもらうよ……シュウくん)
カチリ、と。
壁時計の針が、静かに時を刻んだ。
〈作者の呟き〉
主人公の未来が(本人の意向を無視して)変わりましたね(^^)v




