【58】決着
〈シュウ視点〉
脳が灼ける。
神経が弾ける。
頭が沸騰してしまいそうだ。
長時間に渡る強化状態での、精神技能の多重発動。
さらに上位存在に付与された〈権能〉からの精神汚染。
俺のキャパは、もうとっくに。
限界を超えている。
「に、にぃにっ!」
巨大洞穴の最下層。
仲間たちと築いた橋頭堡の中心。
息を荒げ、瞳を赤く染めて、鼻血を垂らす俺を、ハルカが悲痛な表情で見つめてくるが……
「……ま、まだだァッ!」
絶対に、ここで手は緩められない。
人の心を読むダイキョウは、紛れもなく強敵だ。
段階的な情報解凍によって、なんとかここまで追い詰めたが、これは幾つもの幸運が重なった偶然の産物に等しい。
再現性などない。
〈権能〉も割れている。
おそらくこの機を逃せば、もう二度と。
狡猾な大妖怪をここまで都合よくハメるなんて、できやしないだろう。
決めるなら、今しかないのだ。
「ハルぅ! あとでデートでもなんでもしてやるから、絶対に手ぇ抜くんじゃねぇぞッ!」
「……っ! も、もぉ、わかったよにぃにっ! 約束だかんねっ!」
「おい、ジぃンッ!」
「はい、兄さんッ!」
結界の中央。
俺と並ぶようにして。
白髪を魔力圧で噴き上げているジンヤも、目元や唇から血を垂らしていた。
今こうして俺たちを包み込む魔力障壁。
犠牲者たちが捕まっている洞窟の横穴を塞ぐ蓋。
目視できない無明庭園の中に、俺からの感応共有だけを頼りとして、遠距離から作り出された足場。
それら全てを正確無比に生み出して、維持し続けるという離れ業。
如何に〈権能保持者〉とはいえ、完全な過剰負荷だ。
それでも……
「……しっかりと、楽しんでるかァ!?」
「はい、楽しいですッ!」
白皙の少年は、笑っていた。
「嬉しいかァ!?」
「はい、兄さんのお役に立てて、嬉しいです!」
痛いだろう。
苦しいだろう。
気が狂いそうな負荷だろう。
それでも俺に従順な幼馴染は、熱狂に瞳を輝かせていた。
「じゃあ最後まで、しっかりついて来いよッ! 途中でぶっ壊れたりしたら、許さねぇからなッ!」
「はい、喜んでぇえええッ! どこまでもお供させていただきますッ、ご主人様ッ!」
乗るか反るか。
勝つか負けるか。
生きるか死ぬか。
悪いがここまで来たら、一蓮托生だ。
運命を……共に、するしかない。
「……シュウッ!」
人質を縮小して閉じ込める悪夢の鉄檻から解放されたユウヤが、駆け寄ってきた。
たった数時間、離れていただけなのに。
顔は焦燥し切っている。
「何か僕に、できることは!?」
それでもメガネの奥の瞳は、強い意志を宿していた。
「……すまねぇ、フォロー頼む」
「う、うん! 任せてよ!」
全く、どいつもこいつも。
俺には勿体無い、最高にイカした仲間たちだ。
(こんだけ恵まれといて、絶対に負けられないよなァ!)
負担していた精神技能の一部を、ユウヤに引き継ぐ。
そして俺は、上層の最終局面。
サトリどもの親玉を詰める作業に、集中した。
(アユ、右、下、斜め左上、一回転、上昇、真っ直ぐ……ストップ! そこから斜め右下に向かって、ぶち込めッ!)
俺の精神技能で『五感』を封印したアユムが、自分の意思を手放して、俺の指示だけを全力で遂行。
指示した場所へと、移動して。
指定した座標に、攻撃魔術を叩き込む。
無明庭園に囚われたダイキョウに、多種多様な属性魔術が降り注いだ。
「あァあああッ! なんだよもう、うざったいねぇ!」
これらは肉体的なダメージよりも。
気を散らすことが目的だ。
本来は攻撃を先読みできるはずの妖怪が、こんなにも容易く狙い撃ちされているという事実。
繋がったままの魔力結合から……ガリガリと。
ダイキョウの精神が削られているのがわかる。
さらに。
【ふはははッ!】
【ザマァねぇなッ!】
【なぁなぁ大妖怪サマ、今いったい、どんな気持ちぃ!?】
【ずっと見下してきた人間に、いいように弄ばれてるんだけど、それって何百年も生きてる大妖怪サマ的にはどういう気持ちなのーッ!?】
もがき苦しむ大妖怪を眺めて愉悦に浸る〈権能〉が、頼んでもいないのに、嬉々として追撃をかましていた。
「う、うるさいうるさいうるさいねぇ! いい加減、黙るといいねぇッ!」
「さっきから一体誰と、喋ってるんだァァァいッ!?」
魔術爆撃と精神汚染。
二方面から揺さぶられるダイキョウに……
「……ッ!」
瞳を紅に染めたジョウが肉薄。
両手から生える血爪は、獲物の血を啜ることで、更に赤みを増していた。
「このッ、調子に乗るんじゃ——」
暗黒の牢獄内を唯一、見渡すことができる創造主。
彼女に感応共鳴した俺の思考を読心することで、視界を共有《盗視》しているダイキョウだが……
(……前! 右折! 止まれ、跳べ……今だ着地、斜め左下ッ!)
不愉快過ぎる混信のせいで。
大妖怪は俺を読心できても、読解ができていない。
そして理解できないのなら、読心の意味がない。
むしろさっきから必死に、魔力結合を断とうとしている。
(——させるかよッ!)
せっかくの混信を解かせないようにと、俺も必死に抵抗しているが、粘ってあと数十秒ほどだ。
時間がない。
一気に畳み掛ける。
(そこだエル、ぶちかませぇ!)
全方位を包む暗闇の中で。
俺の指示を忠実に実行したガエルが……
「……げェッ!」
ジョウを迎え撃とうとしていたダイキョウに、上段から蹴りを叩き込む。
「——ブゴッ!?」
不可視の一撃によって、巨体が傾いた。
空振りした朱棍棒を掻い潜って、紅瞳が迫る。
「あははははっ♡」
斬り刻む。
引き裂く。
敵の血を啜って、さらに鋭利に、巨大化していく少女の血爪。
大妖怪もとうとう、危機感を覚えたようだ。
「……っ! や、やってらんないねぇ!」
乱暴に朱棍棒を振り回して、ジョウを追い払う。
周囲に展開されていた、魔力障壁を破壊する。
そして……ズドドドドッ!
無防備な背中に、攻撃魔術が降り注いでも。
「……おや、おやおやァ!? 逃げるのかぃッ!?」
少女の挑発すら無視をして。
百戦錬磨の大妖怪が、敵前逃亡を選択した。
「あははっ! 待て待てぇ〜っ!」
当然、ジョウが追いかける。
結界の外から、攻撃魔術も殺到する。
しかし恥も外聞も捨てて、一目散に撤退を図るダイキョウは、あっという間に少女を引き離して……
(……今だッ!)
足場の限られた、岩壁沿いの断崖。
術者から離れる逃走経路は、限られていた。
攻撃魔法で誘導もしている。
自分の意思で逃走しているようで、ダイキョウは俺が『先回りさせていた駒』の元へと、自ら駆け寄っていた。
(——ジョウ、無明庭園を解除だッ!)
ブワァァァ、と。
暗黒の檻が、一瞬で霧散する。
「……ッ!?」
ダイキョウがほんの一瞬、目を細めた。
「げっげっげっ——」
その足元には……叛星會《俺たち》の暴力装置が、潜んでいる。
これまでのような、中途半端な攻撃ではない。
翡翠の瞳で、眼前の敵を捕捉。
ビキビキ、と。
限界まで引き絞られた両足の筋肉が、唸っていた。
「——ッ!」
ダイキョウの顔が引き攣る。
しかしこの距離。
この角度なら。
もはや先読みされようが、関係ない。
「——げェえええッ!」
張り詰められた弓から放たれる、矢のように。
爆発じみた跳躍で、地面を蹴ったガエル。
小柄な少年が、真正面にいた巨躯を。
冗談のように『蹴り飛ばし』た。
バゴォオオオオオンッ!
砲弾のように宙へと打ち出されたダイキョウは、巨大洞窟の天蓋に激突する。
「——かはァ!」
ろくに受け身を取ることもできず。
岩肌に叩きつけられた巨体が自由落下を始めて……
「……ッ!」
気付く。
「うおォオオオオオッ!」
バヂバヂと、俺の傍らで唸る紫電。
咆哮する少年が構える長槍の切先は、天井から落下するダイキョウの軌道上に定められていた。
「ギィイイイイイッ!」
「ウッギィッ!」
おそらくは、刹那の思念伝達。
躊躇う素振りもなく、中層と下層で二匹ずつ足止めされていた武装サトリたちが、目の前の敵に構わずもう一匹のサトリへと駆け寄った。
腰をかがめ。
組んだ掌に、相方の足を乗せて。
砲弾の勢いで、宙へと投げ出す。
俺たちの近くにいた小型サトリたちも一斉に跳ね上がった。
武装サトリたちも。
小型サトリたちも。
宙に躍り出たその全てが、雷撃魔法の射線を塞ごうとしていた。
(……甘ぇよッ!)
いざとなれば、コイツらが。
仲間を肉壁にする光景は、散々と目にしている。
だから俺は、砲台であるレンジと、その双子の妹に触れていた。
一秒以下の魔力通信。
レンジの構える長槍の切先と。
レイカが展開している虹色空間が。
息を揃えて……ギュンッ!
『横移動』する。
「「「 ……ッ!? 」」」
落下中のダイキョウも。
宙に飛び出したサトリたちも。
空中で今更に、軌道を変えることなんてできない。
「がァあああああッ!」
バギュゥウウウウンッ!
目を剥くサトリたちを置き去りにして。
あらぬ方向へと射出された電磁尖砲が、その先に待ち構える虹色の歪曲空間へと吸い込まれる。
直後には、ビリヤードの壁打ちじみて。
虹色の断面から、軌道変更して撃ち出されていた。
「——ッッッ!」
声にならない咆哮。
流石は歴戦の大妖怪である。
肉盾を回避して迫る雷光に、ギリギリのタイミングで、首飾りによる魔力障壁を展開。
さらに空中で姿勢を捻り、朱棍棒を光条の軌道上に置くが……バジジジジジッ!
バギィンッ!
貫通特化した雷撃魔術は、容易く結界を破壊。
止まらずに直進して、朱棍棒へ直撃。
ヂュィイイイイインッ!
盾とした魔道具を溶解させつつ。
衝撃で巨体を、落下軌道から真横へと弾き飛ばした。
「——ギィヤァァァッ!」
絶叫。
叩きつけられた岩壁には、予めジンヤに形成させておいた『方錐形の魔力障壁』が生え揃っている。
魔力障壁を再展開させる間も無く、針山に叩きつけられたダイキョウが、悲鳴と共に手足を貫かれて岩肌に固定されていた。
バキィィィンッ……と。
溶解しかけていた朱棍棒が、真っ二つにへし折れる。
「げっげっげっげっ!」
「あははははっ♡」
「素晴らしいプロデュースだよ、シュウくんッ!」
さらにジンヤが魔力障壁を遠隔生成。
空中に形成された足場を跳ねながら……
高笑いするガエル。
凄惨な笑みを浮かべたジョウ。
ここまで俺の作戦に従ってくれていたカイト。
雷撃魔術を撃ち切ったレンジを除く、この場にいる最大火力たちが、身動きできない大妖怪を目指して、嬉々と駆け寄っていく。
「——オラァ! もう逃さねぇぞッ!」
下層では無防備に跳ねていた武装サトリたちを、アユムが魔力生成した『黄金の両腕』で掴み取り、地面へと叩きつけていた。
「くたばれぇえええええッ!」
「どっりゃぁあああああッ!」
直後にナツキとミフユの攻撃魔術が……ズドドドッ!
回避を封じられた武装サトリたちに降り注ぐ。
「オラぁ!」
「コンニャロッ!」
「俺たちを舐めんなよッ!」
中層と下層に一匹ずつ残された武装サトリたちも、〈白銀の樹〉や魔力技能者の少年たちが囲んで、容赦なく袋叩きにしていた。
「——ヒ、ヒィいいいッ!?」
人質はおらず。
武器は壊され。
援軍もいない。
肉体を貫く魔力方錐で、身動きすら封じられている。
先読みはできても回避できない未来に、大妖怪の顔が恐怖に歪んでいた。
「ま、待ってぇ! お願いだ、許して——」
「げェェェえええええッ!」
「死ねェえええええッ!」
「はァあああああッ!」
彗星のような勢いで放たれた蹴撃が。
影を凝縮した特大の五爪による刺突が。
溢れんばかりの光を放つ大剣からの斬撃が。
命乞いするダイキョウに、容赦なく。
三方向から一斉に叩き込まれた。
〈作者の呟き〉
これにて第七章も、無事終了!
次回から第一部のエピローグです!




