【57】〈権能〉
〈シュウ視点〉
たとえ記憶封印や催眠暗示などの精神技能で、思考を心の奥底に隠しておいたとしても、それが表面に浮かんできた瞬間、サトリの読心で汲み取られてしまう。
そもそも長年に渡って人間たちを弄び続けてきた、邪悪な大妖怪が相手なのだ。
基本的な対処法でなんとかなるような、甘い相手ではない。
ダイキョウだってまだ、隠し球を持っているはず。
考えれば考えるほどに。
厄介な、読心という能力である。
それを分かった上で……尚。
情報凍結する前の俺は、コイツに『勝ち筋あり』と判断した。
妖怪どもの巣窟へと足を踏み入れるに足る、勝利の可能性。
果たしてその鬼札が、如何なるものなのか……
『……キヒヒッ! 捕まえたねぇ!』
突如、脳裏に響く声。
これまでにないほど強烈な、精神干渉だった。
(チクショウ、やっぱそうくるかッ!)
やはりこの狡猾な妖怪は、頭がキレる。
いくら盤面に散らばる駒たちが複雑な動きを見せようと、それを束ねる指揮者の心を読めば、全容を理解できると踏んだのだ。
感応共有で仲間たちに指示を送る俺に、読心の出力を絞ってきて……パキン。
脳裏に冷たい音が響く。
(……ッ、そうか! そういうことか!)
そうした俺への『強力な精神干渉』こそが、最後の開錠設定だった。
欠けていた情報が埋まる。
俺自身もようやく作戦の全貌を理解した。
(そりゃ大層にオツムの回るテメエなら当然、俺の精神に、深く入り込んでくるよなァ!)
ここに辿り着くまで、幾つもの分岐点があった。
しかし最終的にはこの盤面にたどり着くことを見越して……
張られていた『罠』が、牙を剥く。
【おいッ!】
【なんだオマエ!?】
【何を覗いてやがる!?】
藪蛇。
あるいは逆鱗、とでもいうべきか。
俺の深層に潜む『アイツ』に、無遠慮に伸ばされた指先が触れた瞬間、ドス黒い魂が噴出して魔力波長を汚染していく。
『……ッ!?』
動揺の気配。
強引に繋げられた魔力結合を通じて、大妖怪の抱いた感情が伝わってきた。
今しかない。
(……エル! 今だ、やれッ!)
ジョウの無明庭園が発動すると同時。
闇の中。
息を潜めて。
輪郭技能で己の姿すら隠して。
精神統一による無心状態を保っていたガエルに、指示を送る。
(斜め右上に45度ッ、左上に30度だッ!)
目は視えない。
音も聴こえない。
前後左右、上下だってわからない。
常人なら発狂してしまいかねない無明の中。
心を鎮めたガエルが無心のまま、俺の指示通りに飛び跳ねる。
跳ねた先にはジンヤが生成した魔力障壁。
精密機械の如く正確に指示を実行したガエルは、それを足場として、さらに空中で方向転換。
【おいッ!】
【テメエッ!】
【無視してんな!】
【何様だコラッ!?】
【なんでこんなトコまで、覗き見なんかしてんだよッ!?】
この間にも脳裏には、ドス黒い声が響き続けている。
この穢れた感情を、ガエルに届ける必要はない。
だが……迂闊にも。
俺と魔力結合を繋いでしまった大妖怪には、魂を侵食する悍ましい声が、ダイレクトに届いているのだろう。
思考に雑音が混じることで、あからさまに動きが鈍っている。
しかし後悔しても、もう遅い。
一度繋いでしまったパスは、双方の合意がない限り、簡単には解けないからだ。
絡みついて……逃がさない。
(そっから直角真下に全力で——ぶちかませぇえええッ!)
俺の指示を、見事にガエルが完遂した。
「げェえええッ!」
少年の雄叫びと共に、闇の中から不可視の一撃。
人質の閉じ込められた鉄檻を掲げていたダイキョウの左手が、衝撃で下がった瞬間に……バギュゥウウウウンッ!
闇を貫く閃光。
俺の隣で長槍を構えていたレンジが、こちらも指定通りの座標に、猛る雷撃を解き放って……バッギィイイインッ!
ダイキョウの左手から伸びる鉄鎖を、見事に撃ち抜いた。
【クソッ、ウザってぇな!】
【消えろよッ!】
ダイキョウは未だ、混乱している。
ヤツが反応するよりも早くに……
(……お嬢、それをこっちにぶん投げろッ!)
暗黒空間で輝く紅瞳が、満足そうに細められた。
「流石だねぇ、親友っ!」
たとえ操影魔術が使えなくても。
操血魔術だけで身体能力や膂力は、常人の数十倍にまで跳ね上がっている。
ジョウが落下する鉄籠を受け止めて、そのまま崖下へとぶん投げた。
「「「 きゃぁああああっ! 」」」
鉄籠から溢れ出す、少女たちの悲鳴。
巨大洞穴の上層から落下していく魔道具を……
「……っしゃあ、ドンピシャやでぇ!」
こちらも指示通りの座標で待機していたリュウケンが、巨大カラスの鉤爪で掴んだ。
そのまま俺たちが築いた下層の橋頭堡へと、舞い降りてくる。
(これで『盾』を、引き剥がしたぞッ!)
もう遠慮する必要はない。
俺が新たな指示を送信すると……ズドドドッ!
攻撃を先読みできるはずのダイキョウに、遠距離からの攻撃魔術が突き刺さる。
『な、なんだねぇこれは!? 一体何が、起こっているッ!?』
よし、まだカラクリに気づいていないな。
もう一発、今のうちに……ズドドドッ!
追撃が決まって、大妖怪の混乱に拍車がかかる。
「あっはぁ♡ いいねぇ、このまま嬲り殺しにしてやろうかッ!」
手傷を負った獲物を、血に飢えた猟犬は見逃さない。
指先から血の五爪を生やしたジョウが、暗闇の中で猛然と大妖怪に駆け寄っていく。
「舐めるんじゃないねぇ、人間風情がっ!」
俺を通して視覚を共有しているダイキョウも、気づいたようだ。
(アユ、そこから左水平に移動……止まれッ!)
しかしコイツはまだ、俺の指示を読めていない。
【チクショウッ!】
【どいつこいつも、俺をコケにしがってぇ!】
【フザけんなよッ!】
【クソがッ!】
思考は読めていても、そこに混信する雑音が邪魔過ぎて、情報を解読できていないのだ。
無視しようとしても、振り解けない。
ドス黒い声の粘着性は、俺自身が身をもって経験している。
(そこから37度下方に向けて、打ち込めッ!)
俺の指示通りに射出された攻撃魔術が……ズドォオオンッ!
またしてもダイキョウに直撃。
暗闇の中から放たれる、不可視の攻撃。
暗闇の外から放たれる、射線のない魔術。
さらに……
「……いひひひっ♡」
眼前から迫り来る、狂気に満ちた紅瞳の少女。
度重なる未知の体験に気圧されて、一歩。
古きを生きる大妖怪が、後退していた。
(——逃すかよッ!)
散々と手こずらされたんだ。
逃がさない。
ここでキッチリと、詰め切ってやる。
(エル、屈んだまま3歩右後方に下がって、20度左に回転ッ!)
完全なる無明の中、俺の指示だけを頼りに、ガエルが跳ねる。
【どいつもこいつも俺の言葉になんざ、耳を貸しやがりやしねぇ!】
【そんなに俺を、コケにしたいのかよッ!?】
脳裏に響く声は、どんどんと大きくなっていた。
(跳べ……今だ着地ッ! そこから60度左下に突っ込め——着地ッ!)
この声が蝕んでいるのは、ダイキョウだけではない。
俺の精神も、ドス黒く染め上げようとしている。
【イヤだ!】
【俺を無視するなッ!】
【ちゃんと俺を見ろッ!】
だが、負けない。
俺とオマエは、同じだけど、同じじゃない。
痛みは共感できるが、その醜さを肯定はしない。
(けっきょくオマエは、どこまでも、独りよがりなんだよ!)
他人を信じようとしないくせに。
都合のいい理解者を求めている。
臆病者の矛盾。
それに気づかない限り、オマエはずっと、闇の中で孤独に彷徨い続けるのだろう。
【俺を見て、くれよぉ!】
未練がましく。
闇の中から伸びる手を、振り切って……
(……そのまままっすぐに、ぶちかませぇッ!)
俺たちは、前に進む。
ズガンッ!
ダイキョウの背後に回り込んだガエルの、強烈な一撃が突き刺さる。
大妖怪の姿勢が崩れた。
「死ッねェえええええッ!」
「クッ……!」
すかさず肉薄したジョウが、血爪で肉を抉り取る。
『ま、まさかコイツは……コイツらは……』
ここにきてダイキョウも、理解し始めたようだ。
『……本当に自分では『何も考えず』に、ただ言われるがままに動いているだけの、イカれた『狂信者』じゃないかッ!』
その通り。
全ての感覚を遮断された闇の中で、俺の指示を忠実に遂行するガエル。
先ほど橋頭堡へ魔力充填しに降りてきた際に、俺の精神技能によって『五感を封印された』アユム。
二人とも……マトモな精神じゃない。
心を殺し。
自我を手放して。
他人に命を預けられるその信頼は、もはや『狂信』と呼ぶべきもの。
だからこそ、刺さる。
魂に定着した〈権能〉の混信で、俺の思考を読み解けないダイキョウは、自分が何処に向かって何をやっているのか『本人すらわかっていない』幼馴染たちの行動を、先読みすることができないでいた。
「……ボホッ!」
しかしこの無茶苦茶な一手は、ダイキョウの精神と同時に、俺自身をも急速に蝕んでいる。
長くは保たない。
決着が……近づいていた。
〈作者の呟き〉
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのです。




