【56】輝く星
〈ダイキョウ視点(三人称)〉
近年では魔力生物などと呼ばれているサトリ種妖怪……ダイキョウは、数百年を生きる大妖怪だ。
魔力が社会に浸透し始める、遥か昔から。
人間社会の闇に潜み、心を暴いて。
弱者を食い散らかしてきた。
魔力生物の中には人間に力を貸すことで、信心というかたちの魔力を徴収。
安定した長期的な魔力強化を図る、小賢しい者たちもいるらしい。
しかし、ダイキョウは違う。
もっと手っ取り早く。
貪欲に。
敵対というリスクを冒してでも人間を襲い、喰らうことで、短期間に強大な魔力を得てきたのだ。
それを可能としているのが、サトリ種の種族技能である『読心』である。
相手の思考を読み取れる。
相手の行動を先読みできる。
相手の弱点を見透かして動く。
ときには状況の不利や、罠を見抜いて、悠々と安全圏に離脱することもできた。
人間が賢しく、立ち回ろうとすればするほど。
ダイキョウは己の絶対的な優位性を深めていく。
稀に魔力技能を用いて読心に抗おうとする者たちもいたが、所詮は下等生物の悪足掻き。
より、深く。
相手の精神に潜って。
心を読めばたちどころに。
薄っぺらい計略や謀略など、看破できてしまう。
(……ヒヒヒ! 私はちゃんと、知ってるねぇ。人間たちは、群れる生き物だってことをねぇ!)
人間たちの『強さ』。
それは個体の性能よりも、仲間たちの連携だ。
ゆえにダイキョウは、視界の全てを塗り潰された闇の中。
首飾りを用いた全方位への魔力障壁を展開しつつ、読心の出力を上げていくと……
(……ほうらねぇ! やっぱりいたよ! 見つけたねぇっ!)
魔力知覚すらも遮断する、闇の外側。
サトリたちの住処である巨大洞穴に、幾つもの輝きが灯っている。
眩いそれらは、人間たちの意思だ。
それぞれが細い糸のような魔力結合で繋がっている。
洞窟のあちこちに散らばる輝きには色があり、強弱があった。
人間がこの光景を目にすれば、星座のようだと表現するかもしれない。
その例えを借りるなら、もっとも強く輝く星……
全ての星々に繋がり、それらの中心となっている『主星』へ向けて、ダイキョウは読心の魔力波長を一気に引き絞った。
効果範囲を限定した、見えざる手が。
主星に届き、精神の深層へと突き刺さる。
(……キヒヒッ! 捕まえたねぇ!)
その瞬間、主星の蓄えていた情報が、ダイキョウへと流れ込んできた。
ここまで深く精神干渉すれば、こちらの思考も多少は漏れるが構わない。
(視える! 視えるよ! しっかり視えるねぇっ!)
洞穴に散らばる星々。
その中でもとりわけ強く輝く『明星』が、いくつかある。
そのうちのひとつ。
小癪にもこの暗黒空間に自分を捉えた明星の視界が、主星を通して共有することができた。
さらに……バヂヂヂヂッ!
唸る紫電。
こちらは主星の傍らで、長槍を構える明星だ。
獰猛な雷撃を纏う切先は、洞窟上層のダイキョウへと完璧に照準を合わせている。
(あれは流石に、マズいねぇ!)
ダイキョウが効果範囲を絞って干渉力を上げたように、あの明星も威力を絞って貫通力を上げている。
髑髏を連ねた首飾り型の魔道具『骸環呪珠』が展開する結界では、あれを防ぐことはできないだろう。
(でも……こっちには、人質がいるねぇ!)
役に立たない結界を解除。
同時に視界を共有している明星に、朱棍棒を突きつけて牽制。
さらに人質を閉じ込めた鉄籠『縮牢封獄』を、先読みした攻撃の軌道上に晒すことで、雷光を纏う明星への対策とした。
貫通特化の雷撃魔術に対する、完璧な盾。
次の瞬間だった。
『……【おいッ!】エル! 今【なんだオマエ!?】だ、や【何を覗いてやがる!?】れッ!』
雑音。
主星の精神を覗いていた読心に、無視できないほど『強烈な混信』が入り込んできた。
(……ッ!?)
一瞬の動揺。
同時に、暗黒空間の内部。
無数の小さな魔力障壁が展開される。
主星の傍に控えている明星が、遠隔生成したものだ。
『……斜め【おいッ!】右【テメエッ!】上4【無視してんな!】5度ッ、【何様】左【だコラッ!?】上に【なんで】30【こんなトコま】度だッ! そ【で、覗き見なんか】っから【して】直角真【んだよッ!?】下に全力で——』
煩い。
ガンガンと、頭に響く。
不快極まる、憎悪に塗れた男の声だ。
集中……できない。
『——ぶちかませぇえええッ!』
「げェえええッ!」
直後に、真上から左腕に衝撃。
不可視の打撃によって、左手が下がる。
そこに……バギュゥウウウウンッ!
目視してからの回避は不能。
鋭い雷光が一閃して……バッギィイイインッ!
ダイキョウの左手と、縮牢封獄を繋いでいた鉄鎖が、見事に『断ち切られ』た。
『……お【クソッ、ウ】嬢、そ【ザって】れをこっ【ぇな!】ちにぶん投【消えろよッ!】げろッ!』
「流石だねぇ、親友っ!」
落下した鉄籠を、直下に滑り込んだ明星が受け止めた。
見た目にそぐわぬ剛力で、そのまま崖外へと放り投げる。
「「「 きゃぁああああっ! 」」」
宙を舞う魔道具。
少女たちの悲鳴が溢れ出て……
「……っしゃあ、ドンピシャやでぇ!」
巨大カラスの鉤爪が、空中で見事にキャッチした。
翼を広げた式神が、下層に群れる星たちのもとへと降下していく。
(な、なんだねぇこれは!? 一体何が、起こっているッ!?)
ダイキョウの混乱は増すばかりだ。
先ほどから脳裏に響き続ける、不快な声。
視覚を共有している明星にすら知覚できていない、不可視の攻撃。
さらに……ズドドドッ!
(……ッ!?)
遠距離からの魔術攻撃に被弾してしまう。
しかし今回は攻撃の予兆も、導線も。
一切が読み取れなかった。
(偶然……いや、違うよねぇ! こんな精密射撃が、偶然であってたまるものかッ!)
その証拠に……ズドドドッ!
今度は別の角度から、ダイキョウを目掛けて正確に、攻撃魔術が降り注ぐ。
「あっはぁ♡ いいねぇ、このまま嬲り殺しにしてやろうかッ!」
物騒なセリフを吐き出して。
影の代わりに、皮膚から滴る『血の五爪』を両手に生やした明星が、暗闇の中を猛然と駆けてきた。
「舐めるんじゃないねぇ、人間風情がっ!」
こちらは視える。
高い魔力干渉能力を持つ朱棍棒『彼岸狂骨』で、周囲の魔力障壁を叩き割りながら、迫り来る明星を迎え撃とうとして……
『……アユ、左【チクショウッ!】水【どいつも】平に移【こいつ】動……止【も、俺を】まれッ! そこ【コケにし】から【がってぇ!】37【フザ】度下【けんなよッ!】方に向け【クソがッ!】て、打ち込めッ!』
チュドドドッ!
側面から火炎魔術が被弾。
衝撃で、彼岸狂骨の軌道が逸れた。
その隙に、両手に赤い爪を咲かせた明星が肉薄する。
「……いひひひっ♡」
視覚を同調しているため、表情は窺えない。
だが……嗤っている。
五感を封じられていてもなお伝わる、本能的な恐怖。
数百年を生きる大妖怪の背筋が凍りつく。
(まずっ……)
理解できない攻撃。
目の前に迫る狂気。
ダイキョウは初めて、先読みの関与しない己の意思で一歩、後退してしまった。
そこに……
『……エル、屈【どいつも】んだま【こいつも】ま3歩【俺の】右後方【言葉になん】に下【ざ、耳を】がって、20【貸し】度左【やがりや】に回【しねぇ!】転ッ! 【そんな】跳べ……今だ着【に俺を、コ】地ッ! そ【ケにした】こから【いのか】60度左【よッ!?】下に突【イヤだ!】っ込【俺を】め——【無視】着地【する】ッ【なッ!】! そのま【ちゃんと】まま【俺を】っすぐ【見ろッ!】に、ぶ【俺を】ちか【見て、く】ま【れよぉ!】せぇッ!』
魔力通信ならではの、高密度な圧縮伝達。
一秒未満の一瞬で、脳裏に溢れた雑音の嵐。
ダイキョウの顔が苦悶に歪んで……ズガンッ!
退いた足裏に衝撃が走る。
思わず体幹が崩れた。
「死ッねェえええええッ!」
狂気に染まった明星が迫る。
「クッ……!」
なんとか身を捻って、直撃こそ避けたものの、肉を深く抉られた感覚があった。
(ま、まさかコイツは……コイツらは……)
ダイキョウも理解し始める。
そういえばこの暗黒空間には、すでに脱出した大剣使いの明星の他に、もうひとつの明星が呑み込まれていたはずだ。
そしてダイキョウが感じる『輝き』とは、その者が持つ『意志の力』である。
つまり……極論。
読心の対象が、無機物のように『自分の意思を持っていない』場合。
大妖怪はその輝きを、感知することができない。
攻撃軌道を先読みすることもできない。
であるならば。
おそらくこの闇に潜む明星と。
外から攻撃魔術を打ち込んでくる星は……
(……本当に自分では『何も考えず』に、ただ言われるがままに動いているだけの、イカれた『狂信者』じゃないかッ!)
〈作者の呟き〉
今回の()と【】の重複演出は、次回でちゃんと整理されていますので、無理して解読する必要はありません(^^)v




