【55】戦闘④
〈シュウ視点〉
輪郭技能者であるジョウが覚醒した、自身の『血』と『影』を操る〈権能〉。
これは彼女だけの、固有魔術と呼べるものだ。
身体能力や治癒力を高める操血魔術も大概に強力なのだが、とくに自身の影を『身体の一部』と定義する操影魔術が、かなりの規格外で……
「……あはははッ! 塗り潰してやるよ、ゴミ屑ッ!」
ダイキョウの眼前で……ブワァアアアアアッ!
ジョウの肉体を覆っていた『影の鎧』が爆散。
漆黒の奔流となって、周囲一体を飲み込む。
ただでさえ薄暗い巨大洞穴の一角。
さらに濃密な『闇の球体』が形成される。
『——な、なんだいこれは!?』
闇の球体には、カイトやガエルも呑み込まれていた。
魔力結合で繋がった金等級冒険者から、感応共有で動揺の感情が流れ込んでくる。
無理もない。
ジョウの展開した無明庭園の中では……
五感はおろか。
魔力技能を用いた空間把握まで。
およそ全ての外部情報が『遮断』されてしまう。
内部を確認できるのは、空間の創造主であるジョウのみ。
いわば個人が作り出した小規模の擬似異界と、異界強化のようなものだ。
しかし強力な魔力技能ほど、燃費は悪い。
当然これにも、制限時間がある。
また『影』を触媒としているため、展開中は操血魔術しか使えなくなるというデメリットもあった。
だが……それらを差し引いても。
十分過ぎるほどに凶悪な、〈権能〉由来の魔力技能である。
(それに『今回』は、俺にも内部が視えるッ!)
創造主と感応共有しているため、彼女の知覚を通じて、俺も擬似的に内部を把握できていた。
ゆえに……
『……カイトさん、こっちです!』
まずはカイトを、暗黒空間の外へ誘導。
影の結界は術者を中心に展開しているため、彼女から距離を取れば簡単に脱出できる。
「あああもう、鬱陶しいねぇ!」
同時に……ブオンッ!
ジョウが展開する暗黒の中。
ダイキョウが首元の魔道具を握り締めて、防御結界を展開。
これなら相手の姿が視えなくても関係ない。
(でもそれじゃあ、テメエも動けねぇだろッ!)
魔力障壁を用いた結界とは、基本的には強固であればあるほど、技能者がその場から動けないという縛りがある。
結界を術者ではなく、空間そのものに固定しているからだ。
ダイキョウの魔道具もそのパターンで、アレを使うたびに、動きが止まっている。
だからこそジョウのように『自分に追随する影という概念』を触媒として、術者に連動する魔力空間が規格外過ぎるのだ。
前後左右。
上下すらもわからない闇の中で。
血に飢えた狩人から逃げ切るのは、至難の技。
守りを固めるダイキョウの選択は正しく……
だからこそ、読み易い。
「……ぶふぅ!」
俺の案内に従って暗黒空間から脱出したカイトに、魔力通信で新たな指示を伝達する。
「——っ、了解ッ! 人使いが荒いねぇ!」
そんなことを言われても。
俺をこんなポジションに指名したのは、アンタだろうが。
苦情は受け付けない。
キッチリ働いてもらう。
「キキギィッ!」
「ギィイイイイッ!」
案の定。
守りを固めて身動きできなくなったダイキョウが、思念通信で武装サトリたちと、配下の小型サトリどもを呼び寄せていた。
下層にいる二匹の武装サトリはコテツとオボロが足止めしているが、中層にいた二匹が上層のダイキョウのもとに馳せ参じようと、階層を繋ぐ斜面を駆け上がっていく。
「……させっかァアアアアアッ!」
「急急如律令——爆ッ!」
それを狙い撃ちするのは、大魔杖に跨ったアユムと、巨大カラス《しきがみ》の背に乗るリュウケンだ。
二人の放つ攻撃魔術と爆裂呪札が、断崖の斜面に降り注ぐ。
「キョアアアッ!」
「ウギィイイイイッ!」
足場が制限された空間で、回避もままならず、悲鳴を上げて逃げ惑うサトリたち。
今回は武装サトリたちも、魔術を打ち返す余裕はない。
それどころか仲間を盾として、突破に専念しようとするが……
「……ハァアアアアアッ!」
上層部から駆け降りてきたカイトが、大剣を一閃。
爆炎ごと数匹の小型サトリを斬り捨てて、行手を阻む。
「リーダーっ!」
「このまま挟み込みますよッ!」
そして中層から駆け上がってきたのは、カイトが率いる〈白銀の樹〉の団員たちだ。
敵に囚われている副団長以外の全員が、巨大洞穴の上層と中層を繋ぐ斜面へと集結。
「コイツらは魔術を撃ち返してくるッ! 遠距離ではなく、近距離から叩くぞッ!」
「りょーかいッス!」
「クソ猿ども! ミカ姉さんを返しやがれッ!」
そのまま金等級冒険者の率いるパーティーと。
武装サトリの率いる妖怪の群れが。
階層斜面で激突した。
「うぉりゃあああああっ!」
「ケモノくっせぇんだよぉおおおおおっ!」
一方で俺は、仲間たちと共に下層まで降りていた。
キンバ、ギンジ、ダンテが切り開いた空白を占拠。
ジンヤが魔力障壁を展開して、橋頭堡を形成。
現象技能者であるミフユとナツキが、大声を張り上げながら生み出す氷柱の槍と火炎の球が、次々と上空へ向けて射出。
下層で蠢くサトリどもの頭上に広がる、虹色空間へと吸い込まれて……
「……んぎぎぎぎっ!」
湾曲空間内部で不規則に、軌道を変更。
顔を真っ赤にして虹色空間を形成するレイカ自身にも分からない軌道で……チュドドドドドッ!
氷と炎の弾幕が、サトリたちへと降り注ぐ。
「——ギキィ!」
「あはははは! 行かせませんよっ!」
「ゴルルルッ……貴様の相手は、俺だッ!」
頭上からの無差別攻撃に逃げ惑うサトリたちを肉壁として、その場から離脱しようとする武装サトリを、オボロとコテツが挟み込んでいた。
下層で戦い続けていただけあって、二人とも血塗れだ。
息も荒い。
しかし瞳に滾る闘志は未だ顕在。
頑強な肉体と高い回復力を備えた、輪郭技能者たちの真骨頂である。
「ヘイヘイヘーイッ!」
「モンキーちゃん、ビビってるぅーッ!」
「敵前逃亡は、ファッキンシットですヨォッ!」
もう一匹の武装サトリは、叛星會の三馬鹿が囲っていた。
「あーもーアンタら! ちゃんと言うこと聞けしっ!」
ジンヤが展開する、強固な魔力障壁の内側。
武装サトリを足止めする少年たちに向かって、俺の隣で戦闘を支援する精神技能者……アキラが、悪態を叫んでいた。
「ユリカ、大丈夫!?」
「うちは全然大丈夫! 気にしないで!」
精神技能で連携補助に専念するアキラを、強化魔術しているのは、彼女に背後から抱きつく生体技能者……ユリカだ。
別にああして密着する必要はないのだが……まあ、彼女が『そのほうが効果がある気がする!』らしいので、気にしない。
「フーッ♡ フーッ♡」
妙に荒い鼻息も、ツッコまない。
というか……そんな余裕がない。
(……頼むぞ、みんなッ!)
戦場における、橋頭堡の確保はまだしも。
アキラの担っている技能支援や。
武装サトリたちの足止め指示など。
本来ならそれは、俺の役割だ。
しかし今、そこまでの余力がない。
「……ッ!」
ツッ……と。
鼻血が垂れてきた。
ハルカからの強化魔術を受けてなお、頭がブッ壊れそうになるほどの魔力負荷が続くが、構わない。
洞窟全体の把握。
仲間たちとの思考共有。
それら情報の高速処理など。
上限いっぱい。
容量をギリッギリまで使い尽くして。
全力で精神技能を多重発動させる。
「に、にぃに!?」
「いいからバフ、続けろッ! 絶対に手ぇ抜くんじゃねぇぞッ!」
「う、うん! わかったよぉ!」
「ジンもまだまだ、イケるよなァ!?」
「当然ですッ!」
威勢よく応えるジンヤとて、表情に余裕はない。
俺からの指示を精密に実行して、洞窟のあちこちに魔力障壁を遠隔展開しているのだから、その負担は相当なものだ。
だが……それでも、ジンヤは笑う。
白皙の横顔には、歓喜が刻まれていた。
「僕は兄さんの盾であり矛ですが……壊れていいと言ってもらえるまで、絶対に壊れたりしませんよっ!」
目がギンギンに、ガンギマっている。
普通に怖い。
「はぁあああああッ!? ウッザ! フッザけんなし! おにぃにアピってんじゃねぇよッ!」
部分解除した結界の上部から、アユムが降下してきた。
「おらハル、さっさと魔力寄越せ! ジンヤに手柄取られるだろうが!」
「ひぃぃぃんっ!」
俺とジンヤへの強化魔術に加えて。
アユムから魔力譲渡を迫られるハルカは涙目だ。
だがここは貴重な〈権能〉持ちの生体技能者に、踏ん張ってもらうしかない。
「——こっちはいつでもいけるぞ、シュウッ!」
バヂヂヂッ……と。
空気が焦げる匂いが鼻をつく。
模擬戦で見せたあの強力な雷撃魔術を長槍に宿したレンジが、俺の隣で射撃許可を求めていた。
(よし、これで——)
次の瞬間、脳裏に響く不快な声。
『……キヒヒッ! 捕まえたねぇ!』
邪悪な大妖怪が、思考を読むどころか。
俺にあちらの声が聴こえてくるほど、深く。
精神に潜り込んできた瞬間に……パキンッ、と。
脳裏に響く、乾いた音。
(——ッ!)
これで盤上に、最後の欠片が出揃った。
〈作者の呟き〉
乱戦、想像するのは楽しですが、書くのは大変ですね……。




