【53】戦闘②
〈シュウ視点〉
三層に分かれた巨大洞穴の最上階。
足場が限定された、崖面の上。
夜を溶かしたような黒髪を、闇に躍らせて。
「——死ねッ! 今すぐ死ねッ! さっさと潰れろよ、ゴミ屑がァッ!」
ガエルと攻撃を入れ替わりながら、鬼気迫る表情でダイキョウに襲いかかるのは、世間では名門と名高い桜陵学園の首席……クロツキ・ジョウだった。
「ボクと親友に歯向かうゴミ屑は、全部叩き潰してやるよおッ!」
肉体強化の魔力技能に加えて。
血流操作も、行なっているのだろう。
過剰魔力による体質変化で瞳が赤く染まり、犬歯が伸びるその姿は、いつにも増して凄絶ながらも美しい。
だが……
「……お、おまえは少しくらい、人質を心配したほうがいいねぇ!?」
自身の『血』と『影』を操る輪郭系〈権能技能者〉に、人質への配慮は皆無だった。
ダイキョウが見せつける、人質が囚われた鉄籠。
溢れ出る悲鳴にも、まるで頓着がない。
「黙れゴミ屑! ボクに指図していいのは、親友だけだッ!」
「狂ってるねぇ!?」
読心できるからこそ、それが本音だとわかってしまうのだ。
狂人の猛攻に、大妖怪のほうが引いていた。
「これだから、人でなしは嫌だねぇえええッ!」
圧倒的な狂気を前にして。
自分を棚上げしたダイキョウが吠える。
「ジョウくんも、貴様には言われたくないだろうさッ!」
戦闘中にも、軽口を叩いて。
少しでも敵の意識を惹きつけつつ……ギュオン!
崖面の前後。
ガエルたちの反対側で、巨大サトリを挟み続ける、カイトの繰り出す斬撃は鋭かった。
「ヒヒッ!」
背後を見ることすらせずに。
攻撃を先読みした大妖怪が、片手で操る朱棍棒を旋回。
ガギィイインッ!
重厚な金属音が、洞窟に響き渡る。
朱棍棒で腹を叩かれ、直撃を逸らされた白刃から生み出される魔力圧が……ビキィ!
軌道上にある岩盤に、亀裂を刻んだ。
大剣を弾いた反動で、朱棍棒が跳ね上がる。
「きひひひひっ!」
踊る朱棍棒の先端が、グルンと一回転。
慣性そのままに、反対側から飛びかかってきたジョウを、影爪ごと弾き飛ばした。
さらに闇を纏う少女の股下を潜り抜け、接近しようとしていたガエルに……ズンッ!
巨大サトリの、丸太のような足が振り下ろされる。
四足獣の姿勢で、褐色の少年が急制動。
両手を使って横に跳ね、頭上からの踏み付けを回避。
跳んだ先にある岩肌を蹴って、再度の接近を伺うが、その頃にはすでにダイキョウは足を引き戻していた。
(……チクショウ、流石に強ぇッ!)
自分の周囲を完璧に把握していなければ不可能な、神がかった立ち回りである。
「——ッ!」
それでも、怯むことなく。
ジョウとガエルによる上下からのコンビネーションを防いだ巨大サトリに、背後からカイトが斬りかかるが……
「「「 ……ッ! 」」」
もはや悲鳴すらあげることのできない少女たちが囚われた鉄籠を突きつけられて、剣先が止まった。
人質を内包する監獄が、最悪の盾として機能している。
「……この、ゲスがァ!」
「キッキッキッ! たった一匹を三人がかりで責め立てる鬼畜どもに、言われたくないねぇ!」
足場が限られた崖面の上。
前後を挟まれてなお、ダイキョウには軽口を叩くだけの余裕があった。
顔には戦闘という娯楽を楽しむ、喜悦の笑みが張り付いている。
(クソったれ……流石に有名な、大妖怪サマだなッ!)
高位の魔力生物という身体能力に加えて、読心の魔力技能と、それを活かし切る高度な知性が厄介過ぎる。
(だからこそ、攻略にはもっと情報が必要だッ!)
戦闘要員として現場に加わることができない俺は、大魔杖で宙を駆けるアユムの背中に抱きつきながら、とにかく戦場から情報を拾い集めていた。
「げっげっげェッ!」
「消えろ消えろ消えろッ、ゴミ屑がァッ!」
「——はァあああああッ!」
「ひっひっひィっ!」
繰り返される猛攻の最中。
ダイキョウの首元に連なる髑髏が……バギィィィンッ!
突如として発光。
硬質な音を響かせて、巨大サトリを包み込むように、強固な『魔力障壁』が展開された。
(あの首飾り、魔道具だったのかよッ!)
さらに『このタイミング』を、狙っていたのだろう。
咄嗟の出来事にガエルが後退し、カイトも剣を引く。
「……ッ!」
しかし飛びかかって上段から仕掛けていたジョウは、攻撃を弾かれた反動で、そのまま宙へと弾き飛ばされていた。
吹き飛んだ方向に、足場はない。
一瞬、心臓が停止しかけるが……パキンッ。
この『状況』を開錠設定として、情報が解凍。
(——お嬢、影を伸ばせッ!)
言葉よりも早く。
圧縮された魔力通信で。
自由落下を始めた少女に指示を伝える。
「……っ!」
それで本人も『思い出した』のか……ギュンッ!
岩壁に向けた手のひらから、鋭く長い『影』が伸びて、岩肌へと突き刺さった。
(そうだよ! お嬢は影の形状や強度だけじゃなくて、長さや硬度も変えられるんだった!)
というか、そんな大事な魔力技能。
気安く封印記憶させてんじゃねえよ。
開錠設定ミスって思い出していなかったらどうするつもりだったんだと、本気で問い詰めたくなった。
「〜〜〜っ♪」
しかし危機一髪だったはずのジョウは、上機嫌そうな笑みすら浮かべて、軽やかに岩壁へと着地。
引っ張られたゴムを、伸縮させるようにして。
細長く伸びた影を手繰りながら、崖面を駆け上がっていく。
「……チッ!」
ダイキョウが不快そうに目を細めていた。
(あ、あっぶねぇ!)
バクンバクン、と。
俺の心臓も暴れている。
(い、今の、お嬢じゃなきゃ、あのまま地上に叩きつけられていたぞッ!?)
足場がないことを逆手に取った、非常に嫌らしい攻防一体の一手である。
さらに……チュドドドッ!
(……ッ!?)
轟く爆音。
発生源は……ガエルの背後と側面から飛来した、無数の攻撃魔術である。
「げェッ! げッ!」
直前でそれに気付いていた褐色肌の少年が、岩肌を蹴って、飛び跳ねるように回避していた。
そして地肌を炙る火炎には、見覚えがある。
(あれは……『アユたちの攻撃』じゃねえか!)
一拍遅れて、理解した。
なるほど。
(そうか……飛来する攻撃魔法を正確に『術者へと打ち返せる』技量なら、それを『対象へと弾き返す』ことだって、できるよなァ!?)
ガエルを襲ったのは、アユムやリュウケンが放つ攻撃魔術を、武装サトリたちが『弾いた』ものだ。
「……キヒヒッ!」
戦闘の最中に、わざわざ俺に視線を向けて。
愉快げに目を細めてきたダイキョウ。
そのまま次の一手に打って出る。
「——いひひひひひィッ!」
「クッ……!?」
魔道具の障壁でジョウを弾き飛ばし。
武装サトリを利用した援護射撃でガエルを引き剥がす。
自由の身となった巨体が……ジャランッ!
背後へと振り向くと同時、またしても手にする鉄籠を、風を引き裂く白刃の前に晒していた。
「……ッ!」
全身の筋肉を軋ませて、カイトが剣筋を捻じ曲げる。
しかし姿勢を崩した金等級冒険者の隙を見逃さず、卑劣なる大妖怪が朱棍棒で猛攻を仕掛けた。
「きゃッははははぁっ!」
人質の盾を構えたうえでの、大質量の連打である。
見事な剣捌きで凌ぐものの、カイトの顔に苦悶が浮かぶ。
このままだと……押し切られる。
「——アユッ!」
「オーライ、おにぃ!」
俺の指示に応えたアユムが……ズドドドッ!
機関銃の掃射じみて、崖上の巨体へと攻撃魔術を叩き込んだ。
するとまたしても……バギィンッ!
ダイキョウを中心に、魔力障壁が展開。
攻撃魔術の豪雨が弾かれるが、足が止まった。
「……ッ!」
一瞬の隙を利用して、カイトが死の暴風域から離脱することに成功。
「……チッ!」
直後に舌打ちを漏らした少女が……グルンッ!
攻撃魔術を停止して、急速旋回。
直後に……ビュオン! ビュンッ!
凄まじい風切り音が、俺たちを襲った。
「ギキィ! ギイッ!」
「あぁもう、ウッぜぇなァ!」
アユムが苛立つのも無理はない。
先ほどまで逃げ回っていた武装サトリが、攻撃魔術による足止めがなくなった途端に、足元の岩礫を拾って投擲してきたのだ。
直撃すればタダでは済まない。
飛翔する大魔杖が、上下左右へと高速移動。
狙いを散らして、飛来する石礫を回避していく。
アユムの背後で、凄まじい重力を感じながら……
(……さっきの異常なコンビネーション、俺たちの感応共有みてぇな魔力技能か?)
俺は必死に、思考を回転させていた。
(ここまでの情報から推察するに、おそらくサトリたちの異界強化は、三段階ある!)
第一段階。
小型のサトリたちも使っている攻撃の先読み。
第二段階。
武装サトリとダイキョウに見られる身体強化。
そして第三段階。
先ほどサトリの首魁が披露した、異常な連携……思考共有。
もしかすると思考共有はサトリども全員と繋がっているのかもしれないが、チームの連携を束ねるのが精神技能者であるように、思考を束ねて指示を出すのは群れの長であると、ひとまずは仮定しておく。
(んでもって、人質の囚われた鉄籠に、魔術を弾く朱棍棒、ついでに魔力障壁を張れる首飾りまであるのかよッ!?)
さすが悪名高い、大妖怪だ。
自分の能力と相性のいい魔道具を、しっかりと取り揃えてやがる。
だが……パキン。
情報という欠片を集めるごとに。
俺の中で凍結されていた情報が溶けて、攻略の地図が埋まっていく。
「……ひひひっ!」
そうした俺の思考すらも読んでいるのだろう。
ダイキョウがまたしても、いやらしい視線を向けてくるが……
(……エテ公が! 人間サマの性格と諦めの悪さを、舐めんじゃねえぞ!)
まだ勝ち筋の全貌は見えていない。
だが俺は、俺自身の底意地の悪さを信じている。
少なくとも賭けに相応しい『何か』がなければ、こんな不利な戦いに、身を投じてなどいないはずだ。
(見てろよクソ猿! ぜってぇにその不愉快なツラ、歪ませてやるからな!)
全てのピースが揃ったとき。
あの大妖怪が、吠えヅラをかくことを疑わずに……
とにかく、今は。
勝利への布石を積み上げていくのであった。
〈作者の呟き〉
基本的に頭脳戦って、性格が悪い方が勝ちますよね。




