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【51】突入

〈シュウ視点〉


 最初の生徒たちを引き連れたダンジョン脱出は、安全マージンを確保しながらの慎重な行進だったため、片道で四時間ほどもかかっていた。


 しかし今回は、金等級冒険者が率いる〈白銀の樹〉。


 この時代においては先鋭的な魔力鍛錬を重ねてきた、叛星會の面々。


 さらには魔力教育機関でも選りすぐりの優等生たちといった、少数ながらも精鋭の混合部隊である。


 各々の魔力技能を活かすことで、二時間とかけずに復路を走破。


 そのまま一気に、目的地へ到達している。


 ダンジョン独特の湿った空気が漂う、森の奥。


 ぽっかりと空間に口を開けた『黒い穴』が、邪悪な妖怪たちの巣窟へと繋がるゲートだった。


(……やっぱり、閉じる気はねぇみたいだな)


 自然発生したダンジョンを閉じるためには、モンスターにとっての魔石にあたるダンジョンの核……異界魔石《ダンジョンコア》を破壊するなり、奪取しなければならない。


 しかし意図的に造られたニアダンジョンは、創造主の任意でゲートを繋げたり閉じたりすることができる。


 つまりあのサトリどもは、巣穴に逃げ込んだあと。


 閉じようと思えばこのゲートを、簡単に閉じることができたはずなのだ。


 それをしない理由なんて……


「……ははっ、随分と舐められてるねぇ」


 カイトがみんなの胸中を代弁した。


「剛毅なものだ。連中、魔術爆撃が怖くないのかな?」


 金等級冒険者の言葉通り。


 本来であれば、こんなにも無防備なゲート。


 発見した時点で即座に、高火力魔術を叩き込んでもいいくらいだ。


「……はあ。それができれば苦労はしませんよ」


 しかし今回は、人質がいる。


 それを見越したうえでの、嫌らしい『誘い』だった。


「それよりも……カイトさん、『信じていい』んですね?」


「ああ、勿論だとも! 私を一体、誰だと思っているんだい!?」


「……」


 道中でも散々、問いかけてみたものの。


 やはり、何かがおかしい。


(確かにカイトさんは、人格的にも能力的にも、間違いなく一流の冒険者なんだけど……)


 だが『相手の心を読む』サトリの能力を前にして、どうしてここまで自信満々に振る舞えるのかが、わからない。


 しかしパーティーメンバーも。


 この場にいる他のメンツも。


 金等級冒険者の尊大な態度に、異を唱える様子はなかった。


(もしかして、俺の知らない秘策でも……)


 ズキンッと、脳裏に疼痛。


 思考に薄靄がかかる。


(……?)


 何か大事なことを考えていた気がする。


(……まあ、いいか)


 とにかく『他に手だてがない』以上、ここは彼の言葉を信じるしかない。


「ははっ、まあ案ずることはないよ! たとえどんな強敵難敵豪敵であろうと、この〈大剣〉ヒイラギ・カイトが、尽《ことごと》くを斬り伏せて見せようじゃないか!」


 大仰に二つ名まで持ち出して、高笑いをするカイト。


 やはり違和感を覚えるものの……フッと。


 表情を一転。


 偽りの笑みが消えた。


「……よし。じゃあ、行こうか」


 瞳には怒りが宿っている。


 当然だ。


 カイトだって大事な副団長《ミカ》を攫われている。


 社会的な地位。


 実力者としての矜持。


 人としての義憤。


 煮えたぎる様々な激情を、理性で抑え込んでいるに過ぎない。


「では、頼むよシュンくん」

 

「……ウッス。行くぞアユ、それにエルも」


「おっけおっけ♡ 任せて、おにぃ♡」


「……ん」


 最初の打ち合わせ通り。


 アユムが腰掛けている大魔杖《ロッド》の後ろに、俺が跨る。


 その後ろにガエルがくっついてきた。


「えっへへ〜っ♡」


 こんな状況下でも、俺に抱きつかれてドヤ顔のアユムである。


「……」

 

 ジョウがもの凄い顔で睨みつけていた。


「アネさん、ほなワイらも行きまっせ」


 側近であるリュウケンは慣れているのか、気に留める様子もない。


 懐から呪札を取り出して……


「……式神よ、契約に従い我が命に応えよ。急急如律令——発ッ!」


 魔力を込めながら呪言を唱える。


 ボンッ。


 白い煙が噴出。


 巨大なカラスが顕現した。


 その背中に、リュウケンとジョウ。


「……グルルルッ」


 さらに輪郭技能で半獣化したコテツが、飛び乗っていく。


「さて、私たちも往こうか」


 カイトが背にする大剣を横に倒すと、魔導具である巨大な刃が、水平状態を保ったまま空中に浮遊した。


 軽やかな身のこなしで、金等級冒険者が白刃の腹に飛び乗る。


「……うへぇ。ほ、ホントに僕も、行くんですかぁ?」


「ほら、ゴネてないで、さっさとおゆきなさいな」


 輪郭技能で小人化したオボロが、レイカの手でその足元に載せられた。


「にぃに、気をつけてね〜っ!」


「兄さん、すぐに追いつきますから! くれぐれも無理はしないでくださいね!」


「シュウ、後追い部隊(こちら)は任せておけ」


「おう」


 俺とガエルを同乗させたアユム。


 ジョウとコテツを乗せたリュウケンの式神。


 大剣を踏み締めるカイトと、その足にしがみつくオボロ。


 以上が高機動力を活かした、先行突入部隊となる。


 残りのメンツはあとを追ってくる手筈で、それらを率いるジンヤにレンジ、ハルカたちに、軽く手を振って応える。


「そんじゃっ……ゴーッ♡」


 アユムの掛け声とともに、大魔杖が急発進。


 飛翔する大剣と、カラス型の式神が。


 やや後れて追随してくる。


(……クッソ! やっぱそこそこデケぇ、ニアダンだな!)


 ニアダンジョンへ踏み入った瞬間、ガラリと景色が一変した。


 薄暗い森から、さらに暗い洞窟の中へと、空間が切り替わる。


 光源がなく、空気も澱んで。


 視界は最悪だった。


(でも……視えるッ!)


 俺の魔力知覚《マナセンス》は直径数十メートルほどの空間を、はっきりと認識できている。


 初見のダンジョン攻略にも関わらず、迷うことなく進路を選択。


 ダンジョントラップを警戒せず、ここまでの勢いで走破できるのは、精神技能者の強みであり、俺たちが先鋒を任されている理由でもあった。


(ちゃんと、ついてきてくださいよッ!)


 魔力知覚で読み取った洞穴内部の構造を、追随する仲間たちに感応共有《シンクロ》で送信。


 最短経路でニアダンジョンを進んでいくと……


「……ッ!」


 先行する魔力知覚が、空間の広がりを捉えた。


「アユ!」


 抱きしめている手のひらから、魔力通信で指示を伝える。


 小柄な少女の周囲に、いくつもの攻撃魔術が展開された。

 

「オラァ、クソエテ公どもッ! カチコミの時間だァアアアアアッ!」


 敵陣《ニアダンジョン》へ踏み込んだ時点で、どうせ侵入はバレているのだ。


 遠慮することはない。

 

 牽制の攻撃魔術をぶち込んだ直後に……ドォオオオオオンッ!


 爆音。

 

 視界が開けた。


 空中で盛大に弾けた炎。


 剥き出しの岩壁に灯る、松明のような魔力照明。


 ふたつの光源に照らされて浮かび上がるのは、広大な岩壁空洞の光景である。


 俺たちが飛び出した横穴は、空洞の中層。


 眼下には百を超えるサトリの群れが、悍《おぞ》ましくひしめいていた。


「ウキキキキッ!」


 上層には、首魁である巨大なサトリ……ダイキョウ。


 異界強化《フィールドバフ》の影響だろうか。


 その姿は先の倍ほどまでに膨れ上がっており、豪奢な衣や、不気味な髑髏の首飾りまで身につけてやがる。


 まるで王様気取りだな。


「——くたばれぇえええええッ!」


 問答無用。


 キーキーと眼下で喚くサトリどもや。


 高台で嘲笑を浮かべるダイキョウ。


 中層で武器を構える、武装したサトリなど。


 目につく全ての悪意に向けて。


 アユムが旋風の刃、氷柱の槍、火炎の球、岩石の礫などを、次々と生成して打ち出した。


「ウキキッ!」


「キキィッ!」


 すると中層にいた四匹の武装サトリたちが、一斉に宙へと跳ね上がる。


 最下層に群れる小型サトリたちは、魔術爆撃を器用に回避して逃げ回っているものの、どうやらコイツらは迎撃をするつもりらしい。


(——ッ!? いや、違う! この軌道は……)


 悪寒を覚えた次の瞬間。


 背後のガエルに、手を伸ばしていた。


 触れた指先を通して、指示を送り込む。


「——キィッ!」


「ウッキィ!」


 同時に並列思考《マルチタスク》は尚も、情報の収集と分析を続けていた。


 この武装したサトリどもは、たぶん先ほど見かけたヤツらと同一の個体だ。


 コイツらもしっかりと、異界強化を受けていやがる。


 そして武装サトリどもは、冒険者たちから強奪したのであろう長剣や長槍、手甲や短刀などの魔道具で、高速飛翔する攻撃魔術を正確に『打ち返して』きやがった。


(……ッ!?)


 ただ闇雲に、弾くのではなく。


 放たれた魔術を相手に打ち返す。


 尋常な技量ではない。


 おそらくはこれも、異界強化だ。


 そうでもないと説明がつかない光景を、一秒未満を数十倍にまで希釈した時間のなかで分析すると……ズキンッ。


 またしても、脳裏に走る疼痛。


「——げェッ!」


 直後にガエルが、大魔杖から飛び出していた。


 驚異的な跳躍力を、推進力へと変換。


 瞬き以下の速度で、弾き返された攻撃魔術に迫ると……


「……ェらァあああッ!」


 裂帛の一閃。

 

 指示通り、俺たちに直撃コースだったものだけをまとめて『蹴り』飛ばす。


 ズドォォォンッ!


 輪郭技能者の驚異的な脚力に弾かれた攻撃魔術の一部が、地上へと降り注いだ。


「……ギィイイッ!?」


「キキィッ!?」

 

 このとき、それまで降り注ぐ火球などを器用に回避していたサトリどもに、攻撃が初めて『命中』する。


(——やっぱりか!)


 外では『対象の思考を読む』というサトリの能力。


 ここではそれが『意図した攻撃の先読み』レベルにまで、強化されている。


 だからこそ、こうした『本人が意図していない』攻撃には、反応が遅れてしまうのだ。


 数秒間の戦闘で得られた結果から。


 無数の情報を抽出していると……カチリ。


 何かがハマった感覚。


 ここまでの『情報収集』こそが、開錠設定《トリガー》だったのだろうか……パキン。


 脳裏に響く、乾いた音。

 

 これは俺が『俺自身に仕掛けた』精神技能。


 対象の記憶を条件付きで一時的に凍結する記憶封印《メモリーラプス》が、解凍されたことを示していた。


(……ッ! よし、ちゃんと『思い出した』ぞ!)


 偽装《ブラフ》ではない。


 ここに突入する前に想定していた、本当の『勝ち筋』を。


(これなら……イケるッ!)


 今回の救出作戦。


 考えうる限り最悪だったのは、俺たちが何らかの『勝機』を抱いていることを見透かされて、ニアダンジョンへの入り口を閉じられてしまうことだった。


 だからそれを、条件付きで凍結。


 自分でも思い出せないようにしていた。


 だがこうして……無事、解除条件を達成したことで。


 凍結されていた情報が解凍。

 

 記憶が再結合。


 まだ一部が凍結されたままだが、今回はすでに次の解除方法がわかっている。


「ははっ、これは壮観だね!」


 俺たちの到着から、数秒ほど遅れて。


 大剣を足場としたカイトや、巨大カラスに乗ったジョウたちが、巨大空洞へと到達した。


 大剣からオボロが、カラスからコテツが飛び降りると同時に、俺は声を張り上げる。


「——カイトさん、『あいうえお』ぉおおおおおっ!」


「——ッ、了解だッ!」


 これでカイトも、あらかじめ合意を得て仕込んでいた『自分がいればなんとかなる』という強烈な暗示催眠《ヒプノシス》が解けたはず。


「ん? んんん〜? いいねぇ、いいねぇ、小賢しいねぇ! その調子でどんどん悪足掻きをしてくれると、私たちも楽しいねぇ!」


 この時点で早速、ここまでの思考を読まれたのか。


 ダイキョウはそれでも、愉悦の笑みを崩さない。


 きっとこの程度の小細工など、幾度も打ち破ってきたのだろう。


 尊大な態度は、揺るがぬ実績の表れだった。


 だが……


(……舐めンじゃねえぞッ!)


 俺自身が仕込んだ計画の全貌を。


 この時点では俺自身すら、わかっていない。


 ただ……これだけは、自信を持って断言できる。


(俺はなァ、悪知恵や悪足掻きだけは、誰にも負けねぇんだよッ!)


〈作者の呟き〉


 ちょっと補足させていただくと、記憶封印は『対象の記憶を凍結』で、催眠暗示は『対象に虚構を信じ込ませる』という、精神技能です。


 どちらもハマれば強力ですが、技能者の魔力皮膜を貫通する必要があるため実践で扱うことは難しく、今回は対象(シュウとカイト)が受け入れているため、こうして問題なく発動できていたワケですね。

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