【50】魔窟
〈注〉今回は不快なストレス表現があるので、苦手な方は本文スキップで最後の〈作者の呟き〉を確認してください。
〈ユウヤ視点〉
通常の魔力異界と、疑似異界。
両者の決定的な違いは、魔力によって作られた空間に『創造主の意図』が組み込まれているか否かだ。
地脈の流れ。
土地の魔素溜まりなど。
大量の魔力が一箇所に集約することで自然発生したダンジョンは、その場所に刻まれた『世界の記憶』を基に、異界が構築されている。
内部で生み出されたモンスターに多少の優位があったとしても、そこは本質的には、誰にとっても等しく危険な空間だ。
しかし。
意図的に造られたニアダンジョンは違う。
創造主にとって『有利な環境』に設計されている。
ユウヤたちがサトリに連れ去られたのも、そんな場所だった。
森型のダンジョンに空間接続された、洞窟型のニアダンジョン。
世界を覆う岩壁の檻。
無数の横穴が覗く壁際には、松明のような魔力照明が並んでいる。
原始的な炎の揺らぎが、ゆらゆらと。
内部の狂宴を炙り出していた。
「ギッギッギッ!」
「ウキャッキャッキャ!」
剥き出しの岩壁に囲われた空間には、百を超える猿型の魔力生物……サトリの群れが、ひしめいていた。
巨大洞穴は上、中、下の三階層に分かれている。
人間の子ども程度の大きさとなるサトリたちが、猿叫をあげてひしめいている下層。
中層には小型サトリ以外にも、王に仕える側近のようにして、ユウヤたちを誘拐した四匹の中型サトリたちが控えていた。
上層には王座のような岩肌に腰掛ける巨大なサトリ……ダイキョウの姿がある。
「……キキキッ♡」
悠然と、酒盃を傾けながら。
従者のようなサトリたちに団扇で仰がれる巨大なサトリが、狂乱の坩堝と化した眼下を、ニタニタと睥睨していた。
そしてユウヤたちを誘拐したダイキョウと四匹の側近たちは、森型のダンジョンから洞穴型のニアダンジョンへ帰還した瞬間から、異界強化を受けることでその姿を変貌させている。
ダイキョウは背丈が四メートルほどにも巨大化。
洞窟に保管してあった、豪奢な衣。
髑髏を連ねた首飾り。
装飾品を身に纏う姿は、まさしくサトリたちの王というべき風格だ。
中層に控える四匹の側近たちも、軒並み二メートル以上にまで肥大化している。
がっしりとした肉付き。
戦士のような体格である。
冒険者たちから奪ったものなのか、それぞれが魔道具で武装までしていた。
「キッキッキッ……あぁ、愉快愉快、愉快だねぇ」
嗤いながら。
サトリの首魁が、大きな瓢箪から赤漆塗りの盃へと、濁った液体を注ぐ。
強い酒精の匂いが、洞窟の空気に混じった。
味わうように飲み干していく瞳には、濃厚な愉悦が浮かんでいる。
こうして流暢に人語を操り、ニアダンジョンと通常ダンジョンを魔力接続できるほどの技量を持つ大妖怪。
その頭脳は確かに、人間など遥かに上回っているのだろうが……
声音には。
仕草には。
視線には。
弱者を甚振ることに悦びを覚える、強者の邪悪さが滲んでいた。
「あぁあああ゛……」
「もう、ゆるしてっ! ゆるぢてくださいぃ……っ!」
ユウヤたち以外にも、サトリの棲家には、多くの人間たちが囚われていた。
世界が魔力社会に染まっていく昨今。
行方不明者の数は、増加の一途を辿っている。
統計にはダンジョンに潜る冒険者たちも含まれているが、なかにはシュウたちのように、ダンジョンの外で神隠しに遭遇する者たちもいるのだ。
果たして、そのうちのどれほどが。
こうした邪悪さの被害になっているのかなど、想像できない。
装備を剥ぎ取られた冒険者なのか。
ダンジョンの外から誘拐《神隠し》された一般人なのか。
どちらにせよ、丸腰の人間たちが……ダイキョウの見下ろす下層の中央。
円形の闘技場じみた岩肌のうえで、複数のサトリたちに囲われ、残酷に弄ばれていた。
「キキィッ!」
「キッキッキッ!」
「い、痛い! もうやめてくれぇ!」
「勘弁してくださいっ! 家に……帰してくれぇっ!」
ダイキョウほどの知性も。
側近ほどの腕力もないのか。
下層にひしめく小型のサトリたちは、代わる代わるで舞台に上がりながら、手にする棍棒や投石などで、抵抗できない男たちを甚振っている。
(……酷い)
ダイキョウが座す、洞穴の上層部。
王座の傍らには、高さ一メートルほどの鉄檻があった。
鳥カゴに似た収納型魔導具の内部には、この場に連れてこられたばかりの新たな供物……ユウヤやミカ、合宿で訓練を共にした精神技能者である三名の少女たちが、小人化した状態で囚われている。
不快感を湛えた少年の瞳が、格子の隙間から、眼下の光景を睨みつけていた。
「……キキッ、心配ないねぇ」
当然のように。
ダイキョウは傍らに置いた、ユウヤたちの心を読んでくる。
「あそこにいるのは、もう使い潰す予定のニンゲンだから、お前たちにはまだ早いねぇ」
読んできたうえで……的確に。
精神を抉ってくる。
「人質としての価値がある間は、手は出さないねぇ。そんなことをすれば、興醒めだからねぇ。ゲームはちゃんと、ルールを守らないと、面白くないものねぇ?」
嘘だ。
ただこの邪悪は、少しでも、被害者たちの絶望を味わいたいだけだ。
心を読める妖怪だからこそ、肉体的な苦痛よりも、精神的な苦悶に価値を見出しているのだろう。
獲物の心身がまだ『マトモ』なうちに、こうして様々な刺激を与えて、反応を楽しんでいるに過ぎない。
「うんうん、だとしてもニンゲンは、私の言葉を無視できないねぇ?」
ニタニタ、と。
嗜虐の笑みを浮かべながら。
「目の前の恐怖から、目を逸せないんだよねぇ♡ 臆病だねぇ♡ 哀れだねぇ♡ 可愛いねぇ♡」
瓢箪から盃に注いだ酒精を、上機嫌なダイキョウが一息で飲み干す。
さらに器に盛られた生肉を……ペロリ。
見せつけるようにして、摘んで平らげた。
「……ひッ!」
「もぅいやぁ……っ!」
「ママ、パパ、たすけてぇ……っ!」
巨大な妖怪の、一挙一動。
言葉のひとつひとつに。
反応して、ガタガタと怯える少女たち。
年下の彼女らを背に庇っているのは、この中ではもっとも年上であるミカだった。
「……ッ!」
女の険しい視線を受けて。
ダイキョウが、揶揄うような笑みを浮かべる。
「大丈夫だねぇ。これはただの、獣肉だねぇ。すぐに食べるだなんて、そんなそんな、勿体無いことはしないねぇ」
すぐに、という言葉に。
少女たちがまたしても、悲鳴を漏らす。
「キッキッキッ。私たちはこう見えて……えぇっと、エコロジスト、だからねぇ? 活きのいいうちは、オスからはたっぷりと種を絞って、メスには孕んでもらうねぇ♡」
最悪だ。
妖怪の中には人間との交配で子どもを設けるものもいるらしいが、サトリもその類らしい。
(ってことは、もしかして……)
眼下で蠢く『どこか人間じみたサトリたち』を目にして、ゴクリと、喉を鳴らしてしまう。
「この……ッ!」
ミカがさらに表情を険しくする。
少女たちはついに泣き出してしまった。
キッキッと、心から愉しげにダイキョウが嗤う。
「それに死んだり、壊れたりした後でも、ちゃぁんと呪兵にして、最期まで使い切ってあげるから、安心してくれていいよねぇ?」
呪兵とは、先ほど目にした目と耳と口を塞がれたあの哀れな屍たちのことだろうか。
生きている間は弄ばれ。
死んでもなお、使い潰される未来には。
絶望しかない。
こうやってこの邪悪は……数え切れないほど。
犠牲者たちの心を、折ってきたのだろう。
こうした態度や会話から感じるのは、圧倒的強者ゆえの慢心と、それを裏打ちするこれまでの経験と実績だった。
「……ああ、いいねぇ。実にいいねぇ」
未知とは恐怖。
理解とは暗闇を照らす松明だ。
たとえ目を背けたくなるような現実でも。
状況を把握して、理解へ落とし込もうとするユウヤの姿に、ダイキョウが頬を吊り上げる。
「お前まだ、折れていないねぇ? この状況でまだ、抗おうとしているねぇ? 可愛い顔のクセして、強いんだねぇ? 私のタイプだねぇ♡」
この妖怪、メスだったらしい。
好かれたことで、全然嬉しくない。
「これは私が直々に、種を絞ってあげてもいいかもねぇ? そうすればきっと、強い子を作れるねぇ?」
「……その前に、舌を噛み切って死にますよ」
「あぁ! 嘘は、よくないねぇ!? おまえみたいな強いニンゲンは、最後まで諦めないからねぇ? だってそんなことをすれば……おまえが好きなその『メス』や、信じているあの『オス』に、二度と逢えなくなってしまうものねぇ? せっかく助けに来てくれたあの二人を、ガッカリさせたくないものねぇ?」
「……シュウたちは、助けになんて来ませんよ」
「キキキッ、いいやそれも、嘘だねぇ! 私は、ちゃんと視ていた! 聴いていたからねぇ! おまえたちのあの、強い『繋がり』を! あんなにも強固で美しい繋がりは、滅多にお目にかかれないからねぇ! それを否定するのは、さすがに無理だねぇ! だから少なくとも、あのオスたちは、おまえたちを助けにノコノコとここにやってくるねぇ!」
と、そこで。
岩肌洞穴の支配者であるダイキョウが、何かを察したようだ。
「……ほぉら、やっぱりねぇ♡」
パチンと、指を鳴らす。
すぐさま中層に控える武装サトリたちが、臨戦態勢をとった。
下層のサトリたちからも狂乱の熱が引いていく。
「たずけてぇ……」
「もういやだぁ……っ!」
ボロ雑巾のような被害者たちも、乱暴に引きずられて、下層の横穴へと消えていった。
それからややあって……ドッゴォオオオンッ!
爆音と共に、中層にある横穴のひとつが火を噴いた。
「オラァ、クソエテ公どもッ! カチコミの時間だァアアアアアッ!」
直後に横穴から……ビュオンッ!
飛び出してきたのは、大魔杖に跨って宙を駆けるアユムである。
さらにその後ろには……
(……シュウ! ガエルくんも!)
来てほしくなかった。
でも期待していた。
ユウヤが信を置く、二人の少年たちが跨っていた。
〈作者の呟き〉
邪悪なサトリたちの住処である巨大洞窟型のニアダンジョンに、主人公たちが突入しました。




