【48】黒い声
〈シュウ視点〉
もとより、戦うつもりなど端からなくて。
こちらの注意を散らすことと、足止め。
目的はその二つだったのだろう。
おそらくは過去に、あの邪悪な妖怪に敗れた人間たち。
死してなお弄ばれ続けていた屍兵たちは、時間をかければ容易に殲滅できた。
そして彼らはダンジョン産のモンスターではないため、活動停止しても魔素還元したりしない。
ようやく肉体の『停止』を許された死人たちが、どこか穏やかそうな表情で地に伏せている。
「……はい、そうです。この先を真っ直ぐ行ったところに、被害者たちが横たわっています。可能な限り持ち帰ってあげてください」
死者たちの取り扱いを含めて、現状の説明をしているのは、俺たちと行動を共にしてた金等級冒険者……カイトだ。
フィールドワークに参加していた学生たちが、突発的に発生したダンジョンに呑み込まれて、すでに四時間ほどが経過している。
現実世界に取り残されていた教員たちが連絡をとってくれたおかげで、ダンジョンの外にはギルドから救援要請を受けた冒険者たちが到着していた。
カイトがそんな彼らに、現状報告と引き継ぎを行なっている。
俺はその様子を、じっと見つめていた。
「そ、それで……」
「さらわれた生徒たちは一体……」
冒険者たちの話が終わると、今度は学校の教師たちが恐る恐る尋ねる。
「……問題ありません」
この異界穴から、ほんの十数分ほどの場所だった。
脱出口を目前にして、邪悪な妖怪どもに連れされた生徒たち。
その安否を問われた金等級冒険者は、力強く微笑んだ。
「まだ依頼は、継続されています。もとより彼女たちが拐われたのは、私の判断ミスだ。必ず助け出してみせますよ」
「お、おお……」
「どうか、お願いします……っ!」
社会的地位のあるカイトの言葉を、大人たちは疑うことなく受け取っている。
だが……
(……違うんだ)
アレは、俺のミスだ。
愚かな俺の失敗なんだ。
(クソったれ……五年間も猶予を与えられて、対策を練っておきながら、このザマかよ……ッ!)
無様過ぎる。
本当に俺は、役立たずのクソ無能野郎だ。
一周目から、何も学んでいない。
成長していない。
またしても……被害者を、出しちまった。
しかも今回、俺は被害者に『助けられた』のだ。
(あのとき……サトリどもは、連携の要である精神技能者を狙っていた……ユウヤはいち早く、それに気づいてたんだ……ッ!)
だから俺を、突き飛ばした。
代わりに妖怪に、拐われた。
馬鹿でもわかる理屈だった。
(……ッ!)
ギリギリと、拳を握り締める。
爪が皮膚を突き破って、血が滴っていた。
でも、もう叫んだりしない。
そんなことよりも、口に出すべき言葉がある。
それを伝えるために俺は、ほとんどの生徒がダンジョンの外へと脱出していく中で、わざわざダンジョンの内側に居残っているのだ。
【……馬鹿野郎!】
【いいじゃねえか、助かったんだから!】
【さっさとこんなクソ溜まりから、オサラバしようぜ!】
だけど煮えたぎる感情に相反して、努めて冷静であれと訓練し続けてきた理性のほうは、皮肉にもこの状況の不利さを理解していた。
そこから生まれた……俺の『弱さ』が。
黒い声となって、溢れ出している。
【ホントはわかってるだろう?】
【もう、ムリなんだって!】
【手遅れなんだよ!】
違う。
まだ間に合う。
ユウヤたちは生きている。
【いいや、違うね】
【生きてるんじゃなくて、生かされてんだよ】
【バカどもを誘き寄せるための、生き餌としてな!】
だとしても、こっちには金等級冒険者がいる。
この人たちが救出に加勢してくれるのなら……
【……馬鹿かオマエは?】
【あのエテ公どもはもう、住処に引っ込んでるんだぞ?】
【まだ公平だったダンジョン内ならともかく、アイツらの有利なニアダンで、挑戦者がどれだけ不利になるかわかっているよなぁ!?】
自然発生した魔力異界ならともかく、意図的に造られた擬似異界は、ほとんどが創造主にとって有利になる環境へと調整されている。
そこに自ら突っ込むなど、自殺志願と大差ない愚行だ。
黒い声の指摘は、全てが真実だった。
(でも……俺は……ッ!)
二周目の俺を、嘲笑うかのように。
一周目の俺が、残酷な真実を告げる。
【おい、なに勘違いしてんだ?】
【オマエは主人公なんかじゃねぇだろ?】
【一周目っていうチートでズルしてるだけの、卑怯者だろうが!】
そうだ。
その通りだ。
俺は選ばれた天才などではない。
小賢しいだけの秀才だ。
本物じゃ……ない。
【いいじゃねぇか】
【オマエは良くやったよ】
【二周目ちゃんと、幼馴染どもを、ひとりも欠かさずに帰還させたじゃねぇか!】
ああ、そうだよ。
偽物にしては、上出来じゃないか。
あの状況から幼馴染たちを救い出せただけでも、誇るべきことなのかもしれない。
【だいたいよぉ、オマエひとりがくっついて行ったって、一体なにができるんだ?】
【オマエは単独だと、足手纏いの精神技能者なんだぞ?】
【それともまだ、この後に及んでオトモダチに助けてもらうつもりか?】
いいや。
それは……できない。
できるはずがない。
聡い〈権能保持者〉たちは、先の失敗が、俺の判断ミスだと気づいているはず。
あれほどの大失態だ。
化けの皮が剥がれ落ちて。
底の浅さを見透かされていても、おかしくない。
『——わかりました、兄さん』
『——もうおにぃのこと、信じらんねぇよ』
『——にぃや、飽きた』
『——だってにぃにが、可哀想だったから……』
一周目で俺から遠ざかっていた幼馴染が、脳裏を埋め尽くす。
息が苦しい。
ドクンドクンと、心臓が。
嫌な音を立てて、脈打っていた。
脂汗が滲む。
(また……捨てられる)
見限られてしまう。
それを確認することが怖くて、あの襲撃以降、俺はアイツらとまともに会話すらできていなかった。
【そうだよ!】
【それがオマエだよ!】
【俺って人間の本質なんだよッ!】
カチカチと、奥歯が鳴る。
身体が震える。
怖い。
だって……悔しいが。
コイツの言っていることは、本当に、何ひとつ、間違ってなどいないのだから。
【余裕ぶって!】
【斜に構えて!】
【影番なんて呼ばれたところで、けっきょくテメエは、表に出ていくのが怖いだけだもんなァ!?】
表舞台に上がって……期待されるのが。
期待されて……また、失敗することが。
怖くて。
恐ろしくて。
ただ、逃げているだけ。
それが俺という人間の本質だ。
【もう、いいじゃねぇかよォ!】
【オマエは十分、頑張ったって!】
【ニセモノなりに必死こいて、無い知恵を振り絞って!】
【ちゃんとホンモノを救い出せたじゃねえか!】
【だからそれで、満足しとけって!】
【それ以上は高望みだから!】
【それともまた分を弁えずにしゃしゃり出て……失敗、してぇのか?】
……。
…………。
………………そうか。
そうかもな。
いや、その通りかもしれない。
もはや幼馴染に頼ることすらできない、メッキの剥がれ落ちた今の俺に、一体何ができるというのだろうか。
(自惚れるな……現実を、見ろ)
勘違いしない。
分を弁える。
適材適所。
それが俺の、二周目の人生設計だったはずだ。
【そうだ、いい加減に大人になろうぜ】
【もう最低限の、やるべきことは果たしたんだ】
【あとは幼馴染を利用して、叛星會のガキどもを騙くらかして、〈権能〉を使って上手い汁を啜りながら、第二の人生を謳歌しようじゃねぇか!】
ああ……俺は、弱い。
醜いな。
こうした卑屈過ぎる弱音が、精神汚染として、魂を蝕んでいることは理解している。
しかしそれが、どこか、心地よかった。
だってこれこそが、誰にも言えなかった……俺自身すら、目を逸らしていた。
いつも虚勢で。
ガワばかりを取り繕っていた。
愚かな負け犬の、浅ましい本心だったから。
(……)
たった一歩。
自分だけでは、足を踏み出すことすらできない。
俺なんかを、身を挺して庇ってくれた。
俺なんかより、よっぽど大事な未来の金等級冒険者を。
我が身可愛さに、助けに行くことすら、躊躇ってしまうような卑怯者。
それが俺という人間の本質で……
「……どーんっ!」
そんな俺を後ろから『押し出した』のは。
底抜けに明るい、少女の声だった。
〈作者の呟き〉
誰にだって、躓くことはありますよね。




