【47】遭遇
〈シュウ視点〉
足元を埋め尽くすかのように輝き始めた、膨大な数の魔術陣。
魔力波長から推測するに、おそらくは召喚陣だ。
(……はッ!? ンだよ、これッ!?)
しかも魔力知覚が捉えているこれらは、たった今、この場に描かれているものではない。
元々『そこにあったもの』が、一斉に起動しているのだ。
(まさか俺が、ダンジョントラップを踏み抜いたってぇのかよ!?)
悪名高きモンスターハウスを始めとして、ダンジョンには時折、こうした人の目を欺くような悪意が潜んでいることがある。
しかしそれらは重々注意していれば、見破れるはずなのだが……いや、いい。
言い訳は後回した。
まずは目の前の現実を受け入れよう。
魔力結合が一度開通してしまうと、たとえ〈権能保持者〉であっても、その遮断には手間取ってしまうのだ。
召喚陣が起動するまで、まだ数秒ほど猶予がある。
とにかく今は、少しでも。
これらを先んじて潰しておくのが最優先。
「な、なんだこれは!?」
「いいから早く、手当たり次第に陣を消せッ!」
「解呪できる人、お願いっ!」
機転の利く者は手近な召喚陣を武器で破壊したり、魔力をぶつけて相殺し始めていた。
俺も反射的に、目の前の魔術陣に触れようとして……
(……っ、そうだ! ハルに指示を出さねえと!)
思い留まる。
このような魔力干渉において、高い適性を持つのが俺のような精神系や、ハルカのような生態系だ。
しかしアイツは俺からの指示がなければ動きが鈍いという、致命的な悪癖がある。
騒乱の中、慌てて感応共鳴を調整し直す。
(チクショウ! なんでこんなもんが、こんなところに——)
ああ、クソ。
さっきから思考がゴチャついてるな。
待ち構えていたようにピンポイントで潜んでいたダンジョントラップもそうだが、何よりも、発動のタイミング最悪過ぎる。
数分前の俺ならともかく、今は別行動していた連中と合流できたことで、ほんのわずかに気が緩んでいた。
たとえ魔力技能を発動し続けていても、使用者が人間である限り、どうしてもムラや濃淡が生まれてしまう。
今回の襲撃は、まさにその『隙』を突かれたかたちだ。
異常事態への反応が、ワンテンポずつ遅れている。
しかも、それに対応する前に……ドンッ!
背後から、誰かに突き飛ばされた。
(……っ!?)
気づいたときには……ビュオンッ!
背後で『何か』が通過する、鋭い風切り音。
慌てて振り向くと、つい先ほどまでそこにいたはずの少年が、見当たらなかった。
(ユウヤっ!?)
理解が追いつくよりも早くに、そこかしこで悲鳴があがる。
「きゃぁあああっ!」
「いやっ……あッ!?」
「たすっ……」
混乱に重なる混乱。
そちらに気を取られている隙に……ずるり、と。
破壊し損ねた魔術陣から、異形が溢れ出した。
それは戦国時代の武者から。
現代の冒険者まで。
様々な年代の武装を身に纏う、人間の成れの果てだった。
「「「 …… 」」」
肌は土気色で、枯れ果てている。
唇が。
瞼が。
耳が。
赤黒い糸で、縫い付けられていた。
死してなお邪悪な意志によって弄ばれる屍兵たちが、無言のまま、手にする各々の武器を振り上げて学生たちへと襲いかかる。
(させるか……よッ!)
動揺を、ようやく怒りが上回った。
再接続した感応共鳴を通して、仲間に指示を飛ばす。
「——おぉおおおおッ!」
自らが展開する『結界の内部』で召喚された屍兵たちを、ジンヤが手にするカタナで斬り伏せた。
さらにガエルやダンテ。
キンバにギンジ。
近接戦を得意とする魔力技能者が結界内に湧いた屍兵たちを無力化していく一方で、アユムたち現象技能者たちが、結界の外に湧く骸たちを焼き尽くしていく。
だが……
(……効率が、悪ぃ!)
第三中学はまだいい。
問題はレガリアや、桜陵学園の連中だ。
明らかに連携の精彩を欠いている。
(……いや、違う! チクショウ、そういうことかッ!)
マヌケな俺は、ようやく気づいた。
(偶然なんかじゃねえ! さっきの襲撃は、精神技能者《連携の要》を狙い撃ちしてやがったンだッ!)
魔力知覚で確認すると、この場からいなくなっているのは俺を庇ったユウヤを含め、各校の精神技能者ばかりである。
もはや偶然ではない。
何者かの明確な、悪意を感じる。
「……キャキャキャッ! 鈍いねぇ。愚かだねぇ。ようやく気付いたねぇ!」
ねっとりと。
俺の焦燥を、嘲笑うかのように。
森の暗がりから、嗄れた声が響き渡った。
「……そうだよねぇ。連携は大事だよねぇ? それができないとニンゲンは、困るんだよねぇ?」
粘ついた嘲笑は、樹上の梢から響いている。
一見すると、巨大な野猿のように見えた。
しかしギョロリと異様に発達した瞳が赤く染まっており、顔には下等生物を嘲笑う、酷薄な笑みが張り付いていた。
全身を覆う体毛が異様に長く、漆黒に染まっている。
そんな黒猿型の異形が五体ほどもいて、それぞれが連れ去った人間を肩に担いでいた。
少年少女たちは気を失っているのか、ピクリともしない。
「……あぁ、大丈夫だよねぇ。ちゃんとまだ、生きてるねぇ。ここで殺しちゃうのは、勿体無いからねぇ」
その中で一際に巨大な、ユウヤを小脇に抱える黒猿が、人語を口にして嗤っている。
「——テメエ! その手を離しやがれッ!」
「それは無理だねぇ? 仕方ないよねぇ? だって私が手を離したら、そこの怖いニンゲンたちが、斬りかかってくるからねぇ?」
結界の外には、屍兵がひしめいている。
だが内部はすでに、掃討済み。
そして警戒さえしていれば、ジンヤが再展開した魔力障壁の内部に、新たな召喚を許すことなどあり得ない。
ひとまずは安全地帯となった、結界の内側。
しかし『人質が生きている』と先んじて告げられてしまったカイトやレンジが、その場から動けないでいた。
「……おっと、それは良くないねぇ? そんなことをしたらキミの大事な『親友くん』に、嫌われてしまうよねぇ?」
「……」
唯一、人質に構うことなく。
勝手に動こうとしていたジョウですら、異形の黒猿が漏らした言葉で足を止めた。
(……っていうかコイツ今、俺のことを『親友』って呼んだか!?)
俺のことをそう呼ぶのは、ジョウくらいのものだ。
しかしこの状況に陥ってからは、彼女はその名を口にしていない。
考えられるとすれば、コイツらはずっと俺たちの動向を窺っていた。
あるいは……
(……いや、まさか。コイツ——)
最悪の仮説を肯定するかのように……ニタリ。
邪悪な人型が、醜悪な笑みを浮かべる。
「——そうだねぇ。キミの『考えている』通り私はサトリ……ダイキョウと、呼ばれているねぇ。ニンゲンたちでも知っている、有名な大妖怪だよねぇ?」
古くより人の『心を覗き見る』と伝聞されてきた、危険指定妖怪……サトリ。
ダンジョンに湧くモンスターではなく、長い年月をかけて成長した、強力な魔力生物である。
そしてコイツらは自身の魔力で造った擬似異界を棲家として、こうして気まぐれにダンジョンや地上に顔を出しては、遊び半分で人間たちを襲う、極めて悪質な不確定存在と呼ばれていた。
「ひひひひっ。悔しいねぇ。苦しいねぇ。でも仲間の命は、惜しいよねぇ?」
「一体……何が、目的なんだ?」
「察しが悪いねぇ。お馬鹿だねぇ。そんなの、決まっているのにねぇ?」
ああ、嫌だ。
聞きたくない。
それでも尋ねてしまった自分が、嫌になる。
「私たちと『遊ぼう』ねぇ、玩具たちっ!」
キャッキャッと、はしゃぎながら。
首魁らしい巨大なサトリ……ダイキョウの傍に控えていたサトリどもが、一匹、また一匹と、人質を抱えたまま森の闇の中へと消えていく。
「……ッ、待ちやがれッ!」
「待たないねぇ。待つはずがないよねぇ? でも……少しだけ、人質で遊ぶのは待ってあげるから、頑張って追いかけてくるといいねぇ!」
「フザけんな、クソエテ公ッ! いいからみんなを離しやがれッ!」
「キャッキャッキャッ! いいねぇ、いいねぇ、最高に惨めだねぇ! 哀れだねぇ、ニンゲンっ! これだからニンゲンで遊ぶのは、楽しいねぇ!」
最後まで煽り散らかしながら、ダイキョウが森の中へ消えていく。
(クソッ!)
今すぐに追わなければいけない。
動きかけて……すぐに、踏み留まった。
皮肉にも魔力強化された冷静な思考が、煮えたぎる本心を抑制している。
(——いや、ダメだ! ここで熱くなったら、それこそアイツらの思う壺だろうがッ!)
結界の周囲には、会話の最中も召喚され続けていた屍兵たちが大量に蠢いていた。
結界の内部には多くの生徒たちがいるため、ここで魔力障壁を展開している境界技能者たちを動かす訳にはいかない。
ならば空を飛べるアユムや、単独で戦闘できる輪郭技能者たちを向かわせようかとも考えたが……
(……いいや、だからそれは悪手なんだよッ!)
サトリどもは、俺たちに先んじて召喚陣を張っていた。
俺たちの進路を、計画を、読み切っていたのだ。
これは高度な知性だけでは説明がつかない。
つまり……
(……アイツらはずっと、俺たちの魔力通信を『盗聴して』やがったんだッ!)
ならばそんな狡猾な連中が、追手用の罠を仕込んでいないはずがない。
下手に追撃させると、被害者を増やしてしまう。
(……っ、クソったれ! クソクソ、クソがァッ!)
追いかけたい。
でも、追えない。
その事実が何よりも腹立たしい。
通信が傍受されていることにも気づかずに、ノコノコと詰みの盤面へ踏み込んでしまった自分自身の愚かさに、反吐が出る。
「——あァああああッ! チクショウがァアアアアアッ!」
完全に無意味だとわかっている悪態を、それでも吐き出さずには、いられなかった。
〈作者の呟き〉
サトリ「フラグさんに呼ばれて来たねぇ♡」
フラグ「らっしゃい!」




