【46】合流
〈ユウヤ視点〉
(もしかして……シュウ、焦ってる?)
一週間にも及ぶ合宿の最終日に遭遇した、ダンジョンへの強制転移という不幸な事故。
しかし混乱の渦中にあってもシュウと、彼が率いる叛星會は、実に冷静な対応を見せていた。
一糸乱れぬ手際には、現役の冒険者たちも舌を巻くほど。
叛星會として貢献しているユウヤも誇らしい。
きっと他の會員たちも、同じ気持ちのはずだ。
でも……
(……シュウにとってこの状況は、本当に不本意なんだね)
思い返せば、この合宿中。
初日からシュウは様々な暗躍をしていたようだが、今になって振り返ると、その全てがこのダンジョン対策へと集約されているような気がする。
自分などよりも遥かに深謀遠慮であり、何手も先を読んでいる少年だ。
彼が一体どこまでこの状況を見越していたのかは不明だが……そんなシュウの深慮をもってしても、現状は予断を許さないということなのだろう。
「ギィギィッ!」
「ギィィィッ!」
「ギィッ!」
「「「 ウオォオオオ——ンッ! 」」」
ダンジョンとは、様々な条件が重なることで発生する『その土地の記憶に紐付いた』魔力現象だ。
そこに発生するモンスターたちも『再現された記憶』の影響を受けるため、森林地帯に発生したダンジョンには、狼や猿、怪鳥や毒蛇といった、森に住む生物を原型としたモンスターたちとなる。
今まさにこちらへ向かって殺到するモンスターたちの叫び声を受けて、頭上から少女の声が飛んできた。
「おにぃ! 右と左から来てるよ!」
「——確認した! ミフユ! ナツキ! アユと一緒に、右の狼どもを叩け!」
「りょっス!」
「うりゃあああ!」
「うざってぇんだよ、消し飛べぇえええッ!」
地毛に四色が混じったツインテールを、澱んだ風に靡かせて。
大魔杖に腰掛けて頭上に滞空するアユムと息を合わせるようにして、地上で小魔杖を構えた盛り髪の少女と巻き髪の少女が、攻撃魔術を射出。
旋風の刃。
氷柱の槍。
火炎の球。
少女たちの放つ多彩な属性魔術が、森を駆け抜けてきた狼型のモンスターたちへと殺到。
的確に撃ち抜き、殲滅していく。
「——エル! ダンテ! 左を頼む!」
「げっげっ!」
「オーケィ、ボス!」
金髪の三つ編みを翻して飛び出したガエルと、筋肉隆々の黒人が、木々の梢を渡るように接近してきた猿型モンスターたちを迎え撃つため飛び出した。
ガエルは驚異的な脚力で木々を駆け上がり、数的不利を背負いながらも、自分を取り囲むモンスターたちを次々と蹂躙していく。
ダンテは地上から石礫を投げつけ、さらに怪力でモンスターの足場となる木々を揺らすことで、その戦闘をサポートしている。
「「「 ギィィィッ! 」」」
「「「 グォオオオンッ!? 」」」
じきに肉体を構成できなくなるほど損傷したモンスターたちが、核である魔石をその場に残して、黒い靄のような魔素と化して宙に溶けていった。
「ねぇねぇにぃに、ホントに魔石、回収しなくていいの〜?」
魔石とは高濃度に圧縮された魔力が物質化したものであり、魔力社会においては新たなエネルギー資源であるそれらは、ダンジョンに潜る冒険者たちにとっては大事な資金源だ。
ハルカの問いかけに、シュウは首を横に振る。
「いや、いい……それよりもジン! キンバとギンジも、体調と魔力は大丈夫か!?」
「大丈夫です兄さん、問題ありません!」
「ジブンらも余裕っス、カイチョー!」
「まだまだイケますよっ!」
ジンヤを中心に、一団を覆う魔力障壁を展開している金髪と銀髪の少年たちが、それぞれ力強い笑みを浮かべた。
「アキラとユリカも、そっちは大丈夫そうか!?」
「うん、みんなまだ頑張れるって、言ってますよ!」
「っていうかここで弱音を吐くようなら、うちらが引っ叩いてやりますから!」
連携に綻びが生じるという理由から、叛星會に属さない第三中学の生徒たちは、予備戦力として結界内に待機してもらっている。
そんな彼らの心的負担を和らげているのは、アキラとユリカのコンビだった。
(みんな凄いけど……やっぱりシュウが、一番凄いや)
シュウ自身は直接に、モンスターを撃退しているわけではない。
しかし魔力知覚で常に周囲を警戒し、並列思考と神経鋭化で情報を処理しながら、感応共有で會員たちに的確な指示を飛ばしている。
ひとり一人の、『個』の力を。
ひとつの『群』に、束ねることで。
集団の戦闘力を何倍にも引き上げていた。
(凄いけど……怖い)
精神技能者であるユウヤは、シュウの補佐として、膨大な情報処理の一部を肩代わりしている。
しかし実戦で移動しながら行う魔力技能の多重発動は、訓練でのそれとは比べものにならない速度で魔力と精神が擦り減っていた。
当然である。
一歩間違えば自分の指揮で、取り返しのつかない事態を招いてしまうかもしれない重責を背負っているのだ。
普段は気にならないようなリスクすらも視野に入れて、淀みなく全体を指揮していく作業は、想像以上の負担であった。
それを……シュウは、ほとんど一人でやっている。
やろうとしている。
出口である異界穴を目指したダンジョン攻略を始めて、すでに二時間ほど。
先ほど切り捨てた魔石回収や。
戦力として余った第三中学の生徒たちなど。
普段はもっと効率的に全ての資源を無駄なく循環させている手腕を目にしてきた身としては、やや違和感を抱いてしまう光景だ。
手慣れた叛星會《手札》だけを使って。
最短で、結果のみを重視する姿勢は。
確かに効率的ではあるのだが、同時に余裕を感じさせない、危うさを孕んでいた。
「いや……しかし本当に凄いな、この子たちは」
「ああ、あの腹黒団長が太鼓判を押すだけのことはあるよ」
しかし非戦闘員の生徒たちと同じく、安全な結界内で待機している冒険者たちは、その采配に感心しているようだった。
シュウの遣り方に口出しすることもなく、順調に進んでいるダンジョン攻略に、賞賛の言葉を漏らしている。
(そう……だよね。普通に考えたら、これだけのことをしているだけでも、十分に凄いんだ)
少なくとも、自分なら。
ここまで見事な指揮はとれない。
だから彼に意見するなんて、おこがましいことなのだ。
(でも……本当なら、もっと……)
そんなことを考えていると……ふと。
「……」
シュウがまたしても、後方に意識を向けていることに気づいた。
(……? 何も、ないみたいだけど?)
だがこれまでにも何度となく、シュウは背後を警戒している。
「ねえ、シュウ。後ろに何かあるの?」
「いや……なんでもねぇ、気にしないでくれ」
まただ。
シュウがこのような反応を見せる以上、何もないはずはない。
自分には感じ取れない『何か』があるのか……そう考えると空恐ろしいが、しかしシュウは、それを相談してくれない。
本当に確証がないからなのか。
それとも相談するだけの価値がないのか。
余裕がないのか。
いずれにせよシュウは、彼が見ている世界を、ユウヤに共有してはくれなかった。
それがたまらなく悲しくて……悔しい。
「……行こう」
「あ、うん」
すぐに踵を返した少年の後を、慌てて追いかける。
(……そりゃ、確かに今の僕は、シュウからすれば頼りないかもしれないけどさぁ)
それでも少しくらいは……と。
願ってしまうのは。
浅ましい承認欲求なのだろうか。
わからない。
とにかく今は、遠ざかっていく背中を見失わないようにと、込み上げてくる感情を噛み締めながら足を早めた。
⚫︎
そうしてさらに、一時間ほど。
順調にダンジョン攻略を進めていくと……
「……どうやら、無事だったようだな」
まずは別行動をとっていたレガリアの生徒たちと、合流することができた。
表情は相変わらず厳しいものの、初対面のときの侮蔑や嫌悪がなくなったレガリアの首席……レンジが、声に安堵を滲ませている。
「ま、まあ別にワタクシは、全然心配などしておりませんでしたが!」
「あははは! いやレイカさん、ずっとシュンくんのことを——オブッ!?」
「……オボロくん、ちょっと一回魔術を解除して、クールダウンしておこうか?」
双子の妹であるレイカや、肥大化したオボロ、苦笑を浮かべるカイトなどが顔を見せて、こちらにも人的損失が出ていないことに胸を撫で下ろす。
「……やぁ、親友。ボクがいなくて心細かったかい?」
すぐに桜陵学園とも合流できた。
「いやいや姐さん、そないなこと言うてずっと——」
「——コテツ」
「はっ!」
妖しい笑みを浮かべるジョウに、彼女の側近であるリュウケンが軽口を叩こうしたところで、もう一人の側近であるコテツが鋭い拳を叩き込む。
「……皆さん、ご無事で何よりです」
たった今『無事ではなくなった』少年を見下ろしながら、引き攣った笑みを浮かべるミカが姿を現した。
こちらも誰ひとり、欠けてはいない。
目的地である異界穴も、すでに目と鼻の先である。
生徒たちの顔にも、明るさが戻ってきていた。
「……よしっ」
自分自身に、言い聞かせるように。
シュウが小さく、拳を握り締める。
そのときだ。
張り詰めていた何かが……ほんの少しだけ、緩んだ。
「……いま、油断したねぇ?」
その間隙を縫うようにして……ねっとりと。
森の暗がりから、不気味な声が零れ落ちた。
直後に足元が発光。
大量の魔術陣が、一斉に浮かび上がる。
「な、なんだこれは!?」
「いいから早く、手当たり次第に陣を消せッ!」
「解呪できる人、お願いっ!」
突如として足元を埋め尽くすように発生した魔術陣に、学生たちが声を荒げる。
だがそれよりも……ゾクリ。
(なんだ……この、違和感っ!?)
この奇妙な感覚を、つい先日。
自分は体験したばかりである。
(そうだ、わかりやすい『囮』に注意を惹きつけておいて、本命は……ッ!?)
背筋を貫く、本能的な悪寒。
考えるより先に身体が動いて……ドンッ!
目の前にいたシュウを突き飛ばす。
直後に、ユウヤの身体を……ゴッ!
横手から、凄まじい衝撃が襲った。
〈作者の呟き〉
一度安心させてから突き落とすのが、和製ホラーのお約束ですので。




