【45】方針
〈シュウ視点〉
「……よし、ハル! 次は俺への強化魔術を頼む!」
「ん、おっけぇ〜っ♡」
「ユウヤも感応共有重ねて、補助してくれ!」
「う、うん! 任せて!」
微塵も嬉しくなんてないが。
想定通り……クソったれなことに。
二周目もやはり、俺たちは魔力異界に呑み込まれてしまった。
(クソッ、これであの上位存在《クソ野郎》の言っていた通り、人間関係が多少変化したところで、世界そのものの歪みは変わらねぇってことが証明されちまったじゃねえか!)
まぁいい。
それでも一周目とは違って、俺たちは半狂乱に陥ることなく、速やかに体勢を整えることができていた。
まずは人員の確認。
次いで周囲への警戒。
それから負傷者の手当て。
必要な役割を分担した後で、今度はこの場にいない仲間たちとの連絡を図る。
「にぃに、いっくよぉ〜っ♡」
ハルカが錫杖を振るうと……シャンシャンッ。
連なる円環から舞い上がった光の粒が、俺へと降り注いだ。
本来であれば個人の魔力は、属性や相性があるため、下手に他者へ注ぎ込むと魔力干渉を引き起こして、体調不良を招く恐れすらある。
だが〈権能〉によって治癒魔術の適正に目覚めたハルカであれば、そうした条件をほとんど無視して、対象に回復や強化を施すことができるのだ。
自分という、『個』を捨ててまで。
見知らぬ誰かの役に立ちたいという、博愛を通り越した歪んだ献身は、ハルカの歪みそのものとも言える〈権能〉だ。
しかし正しく使用できるうちは、徹底的に利用させてもらう。
(……ッ!)
体内魔力量が増加することで、酩酊にも似た全能感が込み上げてきた。
だが、流されない。
理性という手綱をしっかりと握りしめる。
(来た……ユウヤの感応共有っ!)
そして魔力制御に秀でた精神技能者ならば、自分たちの魔力波長を微調整し合うことで、互いの魔力技能を重ね、高め合うことも可能だった。
ハルカによる強化。
ユウヤからの支援を受けて。
俺は全力で広域の魔力感知を発動。
術者を起点として波紋のように広がる魔力波長が、ちょうど俺を挟むようにしてそれぞれ左右の違う場所から放たれている、実に『見慣れた』魔力波長を捉えた。
(……いたッ!)
すかさず反応した魔力波長を捉え、同調していくと……
『……おいシュウ、聴こえているか!?』
『……親友ねぇ大丈夫かい親友いやもちろん親友に限ってそんな心配は無用だと信じているけれどひとまず声だけでも聴かせておくれよねぇ親友?』
脳裏に声が響き渡った。
『……うっせぇなあ、そんなギャンギャン喚かなくても、聴こえてるよ。こっちは大丈夫だから、レガリアと桜陵学園《お嬢》のほうはどうなってるよ?』
『……ッ! ああ、こちらも問題ない! 貴様の助言が役に立った、礼を言う!』
『あぁ、こっちも問題ないね』
俺と魔力通信が繋がったことで、レンジが声音を弾ませて、ジョウは今さらながらに取り澄ます。
『……へえ、本当にこの状況下でも繋がるんだ。これは凄いね』
『団長。〈白銀の樹〉もこの魔道具は、是非とも購入を検討すべきでは?』
『すいません、カイトさん。ミカんも。お守り、非売品なんですよ』
合宿中に行った特別訓練の段階から、レガリアや桜陵学園の精神技能者となる少女たちには、叛星會の産土神妖狐特製となる根付人形《発信機》を持たせて、その使用方法を教え込んである。
魔力共鳴の練習もしていたので、彼女たちが今こうして、各校の中継係を担ってくれていた。
『そうか、それは残念だ』
『……言い値で買い取りますよ?』
魔力通信には、生徒たちの監督役である金等級冒険者……カイトや、彼が率いる〈白銀の樹〉の副団長……ミカさんの声も、混じっていた。
団長はあっさりと退いてくれたが、精神技能者である副団長は有用性を理解しているのか、簡単には諦めきれないようだ。
『有難いお話ですが、申し訳ありません』
『そう……ですか』
でもこれ、あのエロ狐の手が加わっているだけあって、取り扱いがすっごくピーキーなんだよね。
一般向けではないので、悪いが諦めてもらうしかない。
『……いえこちらこそ、無理を言ってしまい申し訳ありませんでした』
『いえいえ、お気になさらずに。それよりカイトさん、こっちも〈白銀の樹〉の方を同席させた方がいいですかね?』
『いいや、こんな状況だ。無駄な魔力消費は抑えよう。彼らには後でキミから内容を伝えてくれれば十分だ』
流石は国内に五十人もいない、金等級冒険者である。
俺と違って一周目など経験していないはずなのに、こんな状況でも落ち着いた対応が実に頼もしい。
『彼らに気を遣う必要はないから、私たちだけでさっさと方針を固めてしまおう』
『……いや、別に俺は、主席なんかじゃないんですけどね?』
『ははは、何を今さら!』
『シュウ、くだらない戯言を言っている場合か』
『親友、それは流石に苦しくないかい?』
カイトにレンジ。
ジョウから、総ツッコミを受けた。
会話に参加こそしないものの、魔力通信を傍受しているユウヤも、クスクスと笑っている。
ぐぬぬぬ……
『……まあいいです。それでオマエらの方にも、行方不明者や怪我人はいないんだな?』
『ああ、貴様から聞き及んでいた対応が、功を奏した』
『ボクの下僕にそんな間抜けはいないよ』
よし。
レガリアも桜陵学園も、今のところ人的喪失はないらしい。
一周目では、この時点で違っていた。
ダンジョンに呑み込まれた生徒たちの大半が離れ離れになってしまい、互いに連絡を取ることができない状況だった。
孤立して。
混乱して。
暴走した生徒たちから。
次々と、モンスターの餌食になっていた。
それがこうして各校ごとにまとまっている現状は、悪くない。
となると、次に決めるべきなのは……
『……それで、これからどうするつもりなんだい?』
と、俺が会話を誘導する前に。
カイトに機先を制された。
『外からの救援が来るまでここで待機する? それとも自分たちで、ダンジョンからの脱出を図るのかい?』
『……カイトさんは、どう思いますか?』
『シュウくん、私はあくまで監督役だ。滅多にないこの機会、勿論キミたちの安全は最大限配慮するが、そこまでの判断はキミたちが行うべきだろう』
……この人。
模擬戦のときもそうだったけど、柔らかい物腰のくせして、結構なスパルタだよな。
『いやいや、こうしてダンジョンが発生している時点で、授業もクソも——』
『——それこそ、ここで悠長に語っているヒマはあるのかい?』
クソったれ。
頭のキレる天才は、本当にやりにくい。
『……レンジとお嬢は、どう思うよ?』
『ん? ボクは親友を信じているよ?』
『……不甲斐ないが、ここは貴様の判断も従うのが賢明だろうな』
本当ならこの二人のうちどちらかが答えを決める流れに持っていきたかったのに、カイトの横槍で、俺に決定権が来てしまった。
クソが。
(でも確かに、ウダウダやってる時間が惜しい……ッ!)
俺のような一周目の経験持ちや。
実践慣れしている冒険者たち。
良くも悪くも肝が据わった叛星會の連中はともかくとして、こんな状況下に置かれた生徒たちのストレスは凄まじいだろう。
今はまだ制御できているが、時間は敵だ。
加えて今回はカイトたちもこうしてダンジョンに呑み込まれているため、今ごろ外の先生たちが救援要請しているにしても、到着には時間がかかる。
それまでの間、場慣れしていない生徒たちの精神が持ち堪えられるかは、怪しいところだ。
ほんの少しの油断や失敗が、命に直結するのが、ダンジョンという危険な世界である。
(チクショウ、やるしかねぇよなあ)
時間にして、ほんの数秒ほど。
答えは決まった。
『……脱出しましょう。ここから距離はありますが、俺の魔力知覚に異界穴のような魔力反応が検知できています』
魔力通信で繋がった精神技能者たちに、周辺情報を共有させていく。
各校の携帯用品には、学校側が急遽付け足した『ダンジョン用のコンパス』がある。
俺の情報と照らし合わせれば、進路に迷うことはないはずだ。
そして目的地となるダンジョンの外と中を繋ぐゲートを起点として、捉えた場合。
二方向に伸びた扇状の両端に、レガリアと桜陵学園。
ちょうどその中間地点に、俺たち第三中学が固まっている。
『とりえず各々がゲートに向かって、定期連絡を取りながら進んで行こうぜ。この距離と位置ならちょうどゲートの手前あたりで、上手くいきゃ全員が合流できるだろ』
こうした魔力通信は、ずっと訓練を積んできた叛星會《俺たち》でさえ、移動しながらだと難易度が高いのだ。
それを他の学校の精神技能者に求めるのは、現実的ではないからな。
『先に合流して、戦力増加を図らなくていいのかい?』
わざわざカイトが反論を口にするのは、効率良く話をまとめるためだった。
『それだと余計な時間がかかりますし、そうして横移動するよりも、縦移動でゲートを目指した方が、結果として効率的な合流を図れます。それに俺の見立てだと、このダンジョンの危険度はDランク程度……違いますか?』
『ああ、そうだね。私の肌感でもそれくらいだよ』
だよな。
Dランクダンジョンとは、駆け出しの冒険者たちが挑むレベルの攻略難易度。
しかも一周目のように不意を突かれて、混乱による自滅に陥っていないため、生徒たちも戦力としてカウントできる状況だ。
『でしたらこれだけの魔力技能者を、経験豊富な冒険者がカバーしてくださるなら、脱出は十分に達成可能な目標です』
だからこそカイトはこの状況下でもリスクを背負って、生徒たちを育てようとしているのだ。
俺の推測に、金等級冒険者は微笑んだらしい。
『ん、実に良い状況判断とプレゼンだ。やはりキミは、素晴らしいリーダーとしての素質があるね!』
『……そりゃどうも』
やめてくれ。
こんなの一周目の経験と、これまで何百回とこの状況をシミュレーションを繰り返してきた、試行回数の産物に過ぎない。
本来の俺は、土壇場の判断に優れていない自覚がある。
だからこそ念入りに備え、慎重に安牌を選んでいるつもりだ。
『ああ、俺も異論はない』
『うんうん♡ さすがボクの親友だ、実に頼もしいねっ♡』
そんな俺の本音を知らないレンジとジョウから、感心と賞賛の感情がダイレクトに伝わってくる。
『……ッ! それじゃあ、そういうことで! 次の通信は一時間後な!』
これ以上不釣り合いな評価を受ける前に、魔力通信を遮断して、今の会話をこの場にいる面々に伝えていった。
一方で……
(……なんだったんだ、アレ?)
これから向かう、外部へと通じるゲート。
それとは異なる『もうひとつのゲート』が、俺たちの後方に存在していたことを、魔力知覚を展開していた俺だけが知っている。
(あんなの……前回もあったのか?)
生憎と一周目の俺はこうした状況確認など考えつかず、ただ幼馴染たちを引き連れて逃げ惑うばかりだったので、答えなど持ち合わせていない。
ただ……外部へと繋がるゲートとは異なり、もう一方からは、規模こそ小さいものの『このダンジョンよりも濃い魔力波長』が感じ取れた。
(……)
漠然とした不安を、胸に抱えて。
俺たちはダンジョン脱出を目指して、移動を始めるのだった。
〈作者の呟き〉
フラグさん「よぉ、待たせたな」




