【44】異変
〈シュウ視点〉
その日の朝は、嫌になるくらい普通の一日の始まりだった。
薄闇の中、いつもの時間に目を覚ます。
(……よしっ)
今日のことを考えると、合宿中はなかなか寝付けなかった。
しかし精神技能で無理やりに意識を落とすことで、睡眠時間は確保できている。
頭は回る。
気力は十分。
魔力も滾っている。
何が起きても対応できる準備は整っていた。
(行くかっ!)
運命を変えるために。
まだ夜の帳が残っている早朝の時間帯。
日課の訓練を始めようと、俺は布団から抜け出した。
⚫︎
一週間に渡る合宿の最終日。
その集大成として本日、俺たちは午前中からフィールドワークに参加していた。
将来の魔力技能者にもっとも求められる『ダンジョン』攻略を意識したこの訓練は、訓練施設のある山をダンジョンに見立て、そこに設置された罠や課題を解き明かしつつ、宝物として設定された品々を制限時間内に回収していくというもの。
実践を視野に入れたこの授業においては、同伴する現役冒険者たちによる監督のもと、他チームとの協力や競合なども認められている。
ここまでは一周目と、ほぼ同じ流れだ。
しかしカイトさんを通した俺の主張を学校の教師たちが受けたことで、二周目は少しばかり、細部が変化している。
というのも……
「イエーッ! やっぱりボスたちと一緒ダト、テンション上がりマスねーッ!」
「ねぇねぇカイチョー、今回のこれも、カイチョーの仕込みなんでしょ!?」
「今度は一体何を考えてるんですかー?」
出発地点で、簡単な周囲の地図。
携帯食や衣料品など。
最低限の備品を渡されてから、数時間後。
俺は合宿場の周辺に広がる原生林に足を踏み入れているのだが、周囲には叛星會の顔ぶれが揃っていた。
大柄な黒人少年……ダンテや、盛り髪と巻き髪の仲良しギャルコンビ……ミフユとナツキが、ピクニックに赴くかのような楽しげな声を上げている。
「いやマジマジ。レガリアの子はぜってー、脈アリだから! さすがに勿体ねぇって!」
「あー、でも桜陵のお嬢サマも、捨てがたいしなー。っていうか結局おまえは、どっち狙いなんよ?」
金髪と銀髪の少年……キンバとギンジは、それぞれこの合宿中に仲を深めたレガリアや桜陵学園の女子たちとの今後のデートプランを相談していた。
「ねえユーくん、こっちであってる? よね?」
「う、うん、たぶん……」
「ちょっとユウヤくん、アキラちゃんにくっつきすぎ! やらしいんだけど!」
地図を広げるユウヤを、横から覗き込むアキラ。
そんな二人を指差して、ユリカがキャンキャンと吠えている。
「……それでにぃに、これからどうするのー? 今日も何かある感じなのー?」
「ばっか、ハル。先にネタバレしたら訓練になんねーだろうが。ズルすんなし」
「そうですよ、ハルカさん。兄さんの意を汲み取れない愚鈍な僕たちにできるのは、何かあったときに即座に動けるよう、備えることだけです」
流石に付き合いの長いジンヤとアユムは、ピリついてる俺に気付いているようだ。
「ひーん、アユねぇもジンくんも、マジメすぎるよ〜っ! ねっ、エルくんもそう思わないっ!?」
「……じゃまぁ」
二人に叱られたハルカが、周囲を警戒していたガエルに助けを求めるものの、鬱陶しげに突き放されていた。
「あー、やっと今日で、合宿終わるねー」
「コレ終わったら家に帰れるーっ!」
「とりあえず寝たい! 超寝たい!」
「誰か帰りに、カラオケ行かないー?」
叛星會には属していない第三中学の生徒たちも、軽口を交わしながら俺たちの後をついてきている。
「「 …… 」」
さらに生徒たちから距離を置いて、二名ほど。
監督役である〈白銀の樹〉のメンバーが追随していた。
(……流石にフィールドワークそのものを中止にはできなかったけど、一周目よりは随分とマシな状況だ)
本来であれば、今日は各校から16名ずつ選抜された生徒たちを8名ずつの2チームに分け、全6チームでのフィールドワークを行う予定だった。
しかし俺の意見を考慮した結果、こうして各校の16名が1チームにまとめられている。
単純に考えて、戦力は倍。
監督役の冒険者も増員されている。
支給される備品も調整され、緊急時の連絡網も用意されていた。
このフィールドワーク中に『何か』が起きるかは半信半疑だが、念のためできるだけの備えをしておこうという、学校側の折衷案である。
(……俺としちゃあ、このまま何事もなく終わってくれてもいいんだけどな)
今朝方、覚悟を決めたばかりなのに。
この期に及んで尚、弱気が過ぎる。
「……」
「……シュウ?」
頭を振りながら歩いていると、ユウヤが気遣わしげな視線を向けてきた。
「……わり、ちょっと今日は体調悪くてな。気にしないでくれ」
「う、ううん、大丈夫! そっか、そうだよね。シュウはこの合宿中、ずっと頑張ってたから、気疲れも溜まってるよね!」
心からの心配だ。
気づけば、他の會員たちからも似たような表情を浮かべている。
いかんな。
「まぁ今日が終わったら、しっかりと休ませてもらうさ。だからテメエも、最後まで気を抜くんじゃねえぞー」
「「 ウィース! 」」
「「 はーいっ! 」」
「もちろんですよ、カイチョーっ!」
何の疑いもなく、元気な声をあげる少年少女たち。
彼らに隠し事をしていると自覚するたび……ズキンッ。
胸が痛む。
だが今さらになって、彼らが信じている『二周目という仮面』を、脱ぎ捨てることもできない。
(本当に、このまま何も起きなければ……って、いやだから、それじゃダメなんだって! ここでちゃんと、この『歪み』は消化しとかねぇと!)
何も起こってほしくない。
しかし起きなければ、後でもっと酷いことになるかもしれない。
グルグルと渦巻く、答えの出ない不安。
散々と焦らされた後で……
ゴッ……
ゴゴゴゴッ……
まもなく正午となる時間帯。
山全体を、合宿二日目以来となる地震が襲った。
けれど今回のそれは、明らかに異常な魔力を孕んでいる。
間違いない。
魔力災害の前兆だ。
「——ジン! それにキンとギンも!」
「了解です、兄さん!」
「あいあいさーっ!」
「お任せっス、カイチョー!」
すかさず境界系技能者であるジンヤ、キンバとギンジが、協力して魔力障壁を展開。
「きゃっ!」
「えっ……何これっ!? えっ!?」
「いいからみんな、こっちこっち!」
「早く集まって!」
困惑する第三中学の生徒たちに向かって、ミフユやナツキが声をかけ、結界内部へと招き入れた。
「冒険者の方々もゴ一緒にドウゾーっ!」
様子見していた冒険者たちにもダンテが声をかけたことで、全員が一箇所に集合。
こうした状況の可能性を各校の首席連中には説明しておいたので、レガリアや桜陵学園の生徒たちも、今ごろ同じような対応をとっているはずだ。
これで……
(……来たッ!)
大地を揺るがす鳴動は、もはや立っていられないほど。
これほどの大地震が地殻変動によって発生していれば、それこそ大災害となっていただろうが、しかしこれは魔力によって引き起こされている局所的な魔力災害である。
一箇所に収束された尋常ではない魔力圧によって……ぐにょん。
視界が歪む。
世界が変容する。
現実が魔力に侵食されて、異空間へと呑み込まれる。
十秒以上にも及ぶ、前後左右どころか上下すらわからない浮遊感。
身体が再び重力を取り戻したとき、俺たちは再び森の中にいた。
だが……
『ギョッギョッ!』
『ゲーッ、ゲーッ!』
濃度を増した、鬱蒼と生い茂る木々の暗がり。
あちこちから響き渡る不気味な鳴き声。
当たり前のように空を飛ぶ怪鳥。
肌に触れる魔力密度が。
本能が掻き鳴らす警鐘が。
ここが常ならざる場所……魔力異界であると告げていた。
「ね、ねぇ、これってもしかして……」
「……うそっ!? なんで私たち、ダンジョンにいるの!?」
実習授業として比較的安全なダンジョンに潜ったことのある第三中学の生徒たちが、自分たちに訪れた異常事態に気付き、騒ぎ始めた。
「嘘嘘嘘ッ!? なんで!? なんでぇ!?」
「ちょ、フザケんなって! なんでこんなことに——」
「——喝ァあああああッ!」
噴出した不安を、魔力を込めた一喝で黙らせる。
「「「「 ……っ!? 」」」」
息を呑む生徒たちを前に、俺はやるべきことを確認していく。
「ジン、誰か欠けてるかァ!?」
「大丈夫です、兄さん! 問題ありません!」
「アユ、とりあえず飛んで上から確認だ! エルは周囲の警戒!」
「よっしゃ、任せておにぃっ♡」
「……ん、わかったぁ」
「怪我したヤツや気分が悪いヤツは、ハルのとこへ行け! ここで遠慮すんなよッ!」
「はいは〜いっ♡ みんなまとめて、治癒っちゃうよ〜っ♡」
俺の指示で幼馴染たちが動き出し、叛星會の面々も、自分たちにできることを率先してやり始める。
「す、凄いな、キミたち……」
「本当に中学生なのかい?」
突発的な魔力災害に巻き込まれても、テキパキと状況確認と警戒態勢へと移る生徒たちに、出遅れた冒険者たちが目を丸くしていた。
「うへへ、あざま〜っす♡」
「これが叛星會《僕たち》なんです」
アキラやユウヤが得意げな顔をしているが、安心するにはまだ早いぞ。
(全員で……ここを、切り抜けるッ!)
一周目のやり直しは、ここからだ。
〈作者の呟き〉
ようやく迷子だったダンジョンのタグを、回収できました(^^)




