【42】計画
〈シュウ視点〉
そもそもこの合宿中に俺が企てた『計画』は全て、一周目の合宿最終日に起きた『惨劇』回避に焦点を当てたものだ。
想定外だったジョウの乱入で桜陵学園との関係構築は省略できたものの、伝手のないレガリアに対してはどうしても上下関係を理解らせて、最終日までに手綱を握らなければならなかった。
そのために初日から、ケンカを吹っかけた。
一周目から俺に憤りを抱いてたレンジであるからこそ、そこを突けば少なくとも勝負の土台には立つだろうと考えていた。
少し過程は狂ってしまったが、結果として上手くいったので問題はない。
次いで模擬戦による上下関係の理解と、精神系技能者の有用性を示し、残る期間内で他の学校の精神技能者たちをできる限り鍛え上げた。
もとより各校選りすぐりの優等生たちである。
付け焼き刃とはいえ、最低限必要となる実用的な技能原理を理解してくれた。
ついでにこの系統訓練を通して、第三中学の評価と各学校の繋がりが強化できたのは僥倖だ。
そして今回の肝試しで最後の『口実』も整った。
(これでようやく明後日の『対策』を打てる!)
合宿最終日に起きた悲劇。
一周目の俺における、一回目の人生分岐路。
それは合宿地に突如として発生した魔力異界である。
これが本当に『因果律の歪み』なのかどうかは不明だが、少なくともただでさえ魔力濃度の高い土地に、一週間近くも〈権能保有者〉を含む50名近い生徒たちが集まっていれば、発生条件としては十分。
だから、一周目の合宿最終日。
山全体を利用したフィールドワークの最中。
突如として発生したダンジョンに、生徒たちが呑み込まれてしまったのだ。
最終的には前回もこの合宿に参加していたカイトが、自身のチームを率いて、異界に呑み込まれた生徒たちの救援に駆けつけてくれた。
しかしその時点ですでに、呑み込まれたダンジョンの内部で各自がバラバラに動いていた生徒たちが、七割ほども命を散らしてしまっていた。
二周目とは面子の異なる桜陵学園の首席たちや、レンジやレイカという一周目でも同じだったレガリアの顔ぶれもそこに含まれている。
俺もあの場所で……
自分や、他の幼馴染たちを守るために。
わかっていて、ジンヤを死地へと向かわせた。
そうした時間稼ぎの甲斐あって俺たちは救援部隊と合流でき、ダンジョンを脱出できたのだが、あの事件をキッカケに幼馴染たちとの関係が綻び始めていったのは間違いないだろう。
だからこそ今回は……
(……みんなで生きて、ダンジョンを脱出する!)
そのための『計画』だ。
一周目よりも厚みを増している戦力に加えて、ダンジョンに呑み込まれた後でも生徒たちが連絡を取り合い、連携して脱出を目指すことができれば、十分に達成可能な目標だと思う。
そのために混乱を避けるための上下関係を敷いた。
今夜の肝試しで、念押しの一手も用意できた。
これだけ下準備を整えれば、きっと大丈夫。
(本当なら、このダンジョン発生そのものを回避したかったんだけど……)
ここが非常に悩ましい部分だった。
なにせ一周目で発生したダンジョンが『土地を含めた魔力の歪み』によって生じたものなのか、それとも『〈権能保持者〉が集まっていたこと』によるものなのか、この時点では判断することができないからだ。
仮に前者であるなら、俺たちが今回参加を見送ったとしても、いつか必ず起きる事件だろう。
現場に金等級の冒険者チームが居合わせる可能性なんて限りなく低いので、その際には一周目よりも多くの被害が出ることは、想像に難くない。
一方で後者なら、より最悪だ。
幼馴染たちを起点として、いつ、どこで起きるかわからないダンジョン発生の可能性なんて、到底個人が抱え切れる問題ではないからだ。
(……あるかどうかわからない『未知』に怯えて生きるよりは、一周目をトレースした『既知』で、十分に安全マージンをとってそれを叩き潰したほうがまだマシなはず)
二周目が始まってから五年ほど。
延々と悩み続けた俺が辿り着いた答えが、これである。
この方針が間違っているのかなんて、所詮は魔力に翻弄される程度の下位存在《人間たち》にはわからない。
(そういえばあのクソ野郎って、今もまだ俺たちを覗いてやがんのかな?)
脳裏にふと、無邪気に下位存在を踏み躙る、上位存在の残酷な笑みが浮かんだ。
ともあれ。
「……ッ! 誰だッ!?」
「あー、大丈夫だレンジ。怪しいヤツじゃねえよ」
山中から夜空に舞う花火を見つめながら雑談を交わしていると、近づいてくる気配がある。
レンジが警戒の言葉を放つが、少し前に気づいて俺が、それは不要だと宥めておいた。
「……参ったな」
木々の合間から姿を見せたのは、イタズラがバレた子どものような表情を浮かべる金等級冒険者である。
「隠密にはそこそこ自信があったんだけど、ちょっとキミたち、鋭過ぎない?」
「いやカイトさん、ふざけないでくださいよ。普通にビックリしますから」
「ははは! いやなに、せっかく少年たちが青春のボーイズトークに花を咲かせているんだ。邪魔するのは大人気ないだろ?」
「盗み聞きの方がもっと、タチ悪いと思いますけど?」
「それは勘弁してくれ。こう見えても私は一応、合宿中は生徒たちの監督役なんだから」
実際にカイトが率いる〈白銀の樹〉のメンバーは、模擬戦でも、合宿の訓練中でも、この肝試し中だってずっと、影に表にと生徒たちの活動を見守ってくれていた。
今回だってなかなか合流しない俺たちを、こうして心配して探しに来てくれたのだろう。
まさしく、金等級評価に恥じぬ人格者だ。
だからこそ。
(……ちょうどいいな)
俺はここで、最後の切り札を切った。
「カイトさん」
「ん、なんだい?」
「ひとつ、折り入って相談したいことがあります」
流石にここで『俺は〈権能〉で未来を知っているんです』なんて妄言は吐かない。
それに俺の知っている未来と、現在は、微妙にズレ始めている。
合宿二日目に起きたあの地震だって、一周目では三日目に起きていたはずのものだった。
この邂逅だって、前回は肝試しを行なっていないので、起きるはずのないイベントである。
だけど俺にとって都合のいいこの『揺らぎ』を、逃す手はない。
「どうしたんだい、そんな怖い顔をして? 何か問題でも?」
「いえ、もしかするとなんですけど……それこそこの合宿中にでも、この付近にダンジョンが発生するかもしれません」
「……ほう。それで、キミがそのように考える根拠は?」
普通なら一蹴されてもおかしくない発言だが、この合宿中における活動が功を奏したのか、カイトは真剣な面持ちで耳を傾けてくれた。
有難い。
「はい。そもそもカイトさんは、僕が神隠しに遭ったことをご存知ですか?」
「ああ、それを機にキミの幼馴染たちは〈権能〉に目覚めたんだよね?」
「ええ、そして僕は未だに〈権能〉に目覚めていませんし……今後も目覚めるかどうかはわかりませんが、でもあのときからときどき、妙な感覚に襲われるようになったんです」
「へえ。というと?」
「ざっくり言うと『何か起きそうな気配』が、なんとなくですが、わかるときがあるんですよね」
「これまた酷く、抽象的な物言いだね」
「すいません」
俺に宿った〈権能〉を伏せつつ、未来の情報を匂わせる。
そのための方便としては、この程度が精一杯だ。
しかし〈権能〉のことを直接語らずとも、その周辺情報なら開示できる。
「でも実際に、その感覚を頼りいろんなことを調べてくと、まだ正確じゃないんですけど、いくつかの魔力災害の発生条件のようなものが、うっすら見えてきたんです」
これは前半が嘘でも、後半は真実だ。
なにせ俺の中にある魔素力学の知識は、一周目のもの。
つまり二周目の現時点では世間が知らないような情報も存在している。
前回の知識人たちには申し訳ないが、それらの情報を『俺個人の推測』という形で提示すれば、実際の魔力災害とある程度の整合性が取れてしまうのだ。
そのための『資料』はデータとしてまとめてあるので、要請があればいつでも提出可能である。
「そして今回、合宿二日目に起きた地震でその予兆を感じたので、今日まで少しずつこの土地のことを調べていました。そして今日、レンジの電磁探知で最後の条件を確認できました。おそらく現在この土地には、ダンジョンが発生する条件が揃ってしまっています」
「シュウ……貴様、いつの間にそんなことを……」
「悪いなレンジ、せっかくの機会だったから利用させてもらったぜ」
というか。
この口実を敷くための『肝試し』だったのだ。
こうして『実際に得られたデータ』と俺の用意した『資料』を提示すれば、少なくとも、ガキの戯言なんかよりもよっぽど信憑性があるだろう。
「……なるほど、そこまで考えあっての発言なら、一考の余地はありそうだね」
そしてこれを社会的な地位がある金等級冒険者が少しでも信じてくれれば、影響力はマシマシとなる。
「面白いじゃないか。ちょっとその資料とやらを、私にも見せてくれないかい?」
「大丈夫です! 合宿所に戻ったら、是非! USBメモリに入れてあるので!」
「へえ、随分と準備がいいんだね」
「ま、まあこれはもう半分趣味みたいなものなので、合宿中にも少し調べていたんです。だからたまたま……ね?」
「ははっ、謙遜することはないさ。そうした向上心や探究心は実に得難いものだ。これからもどんどん磨いていってくれたまえ」
さすが金等級さま、懐が深いな。
「……ッ!」
そしてレンジが目を剥いている。
(本当ならコイツにここまで裏事情を明かすつもりはなかったんだけど……)
まあ、流れだ。
しゃーない。
でも余計なことは吹聴しないように、しっかりと口止めだけはしておかないと。
「……だけどね、シュウくん。ひとつだけ私からも条件がある」
「なんでしょうか?」
「今のこの話、私も同席するから、キミ自身が先生方にも説明して差し上げるんだ」
「……えっと、なんでですか?」
「私はね、才ある人間が怠けていることが許せないタチなのだよ」
ニヤリ、と。
意地悪な大人が、意味深な笑みを浮かべる。
「どうやらキミは友人たちに評価されるのを厭っているようだから、そこは酌量してあげるが……しかしその知見と能力は、もっと世のために人のために活用すべきだ。力ある者は、それを使用する責任がある」
「その通りだシュウ。貴様はもっと、評価されるべきだ」
「いやぁ……それはちょっと、買い被りすぎっていうかぁ……」
やめてくれ。
俺は可能な限り、目立ちたくねぇんだよ。
そりゃ今回みたいな惨劇の回避には全力を尽くすけど、それは〈権能〉ありきの評価で、正確な俺の評価ではない。
所詮俺は、未来をカンニングしているだけの秀才だ。
本物の天才たちには及ばないのだと、一周目の失敗で痛いほどに理解できている。
もう絶対に……勘違いなんて、しない。
したくない。
「でも実際、キミが思っている以上に、先生方だってキミのことは評価しているみたいだよ? とにかく席を用意するから、この話、彼らにもちゃんと説明してみるべきだ。きっと悪いようにはならないから」
「ああ、レガリアのほうにもオレから口利きしておくから、是非ともそうすべきだ。あとは……そうだな、少なくともこの話は、各学校のトップ程度には話を通しておくべきだろうな。貴様の見積もりでは最悪、この合宿中にそれが起きるかもしれないのだろう? ならば集団の頭と連携しておいて、悪いことはあるまい」
「ああ、それは良い提案だね。採用しよう!」
「……」
なんか……俺の意向を無視して、どんどん話が進んでいくな。
なまじレンジもカイトも人間性能が高いため、述べる意見が的確過ぎて、いつものように舌で煙に巻くことすらできない。
(これだから、正真正銘の天才どもはよぉ!)
やりにくいったら、ありゃしないぜ。
〈作者の呟き〉
地獄への道は、人の善意で舗装されている。
そして今日はもう一話、更新します。




