【41】裏方
〈シュウ視点〉
『……ふぅ、これで最後の参加者が通過いたしましたわ!』
『よぉーし、ご苦労さん。レイカもそのまま、合宿所のほうへ合流しちゃっていいぜ』
『え、ええ! 承知いたしましたわぁ!』
最後の参加ペアが持ち場を通過するたび、魔力通信をしていた仕掛け人たちには、訓練施設へ帰還するよう指示を出している。
ジョウと組んでもらっていたレイカにもその旨を伝えた。
しかし……どうにも歯切れが悪い。
(……ああ)
そもそもからして、気位の高そうな子だからな。
慣れない相手と慣れない試みをした疲労もあるのだろう。
ちょっとしたリップサービスは必要か。
『しかし助かった。けっこうしんどい指示を出しちまってたけど、バッチリだったじゃねぇか。さすがレガリアの次席だな、期待以上だったぜ』
『……それは、褒めておりますの?』
『当たり前じゃねえか。俺は嫌いじゃない相手に、嘘なんて吐かねぇよ』
『そ、そうですの……まあ、当然の評価ですわね!』
『おやおや、なんだい親友? ボクに労いの言葉はないのかい?』
『オマエはやり過ぎだよ馬鹿野郎』
通信に割り込んできた少女の質問には、当然の罵倒を突き返す。
『演技だとしてもあれはヤバ過ぎだ。つーか延々と理不尽な恨み辛みを聴かされ続ける俺の身にもなってくれ』
『それに関しては親友の方こそ、胸に手を当ててしっかりと反省してもらいたいところだね。たしかに脅しは「ほんの少しばかり」誇張したけれど、嘘はついていないつもりだよ』
『コイツ、開き直りやがった……ウゼぇ……』
『あ、あれで「ほんの少し」ですの……?』
お嬢に耐性のないレイカはドン引いているけど、本当にアレでもちゃんと自制しているほうなのだ。
俺と二人きりの時にテンションぶち上がったときなんて、とても世間様には聴かせられない妄想や妄言がポンポンと飛び出してくるからな。
(将来コイツに振り回される相手は、大変だろうなぁ)
俺は〈権能〉で『女帝』の本性を知っている。
今はこんなでも、俺が少し優れた程度の凡人だと気づけば、離れていってしまうのは確定的だ。
あれだけ信じていた一周目の幼馴染たちですらあっさりと見捨てられたことで、人の心の移ろいやすさは嫌というほどに身に染みている。
過信なんてしない。
現状のぬるま湯に溺れない。
(まあ高校受験に失敗すれば、コイツらだって俺を見る目が変わるだろ)
正直ジョウとの関係もそこまでの『繋ぎ』と割り切っている。
だからこそこうした、異常な執着にも耐えることができていた。
万が一そうならなくても、物理的に逃げ切ってやるぜ。
『……親友。何かよからぬことを考えていないかい?』
『いんや別に? それより二人とも、さっさとあっちに合流しねぇと……』
どぉーん!
ぱらぱらぱら……ちゅどーんっ!
訓練施設の直上に、色とりどりの爆炎や紫電が舞い散った。
実は怪談が苦手で肝試しの仕掛け人側には参加してなかったアユムが、夜空に魔術で擬似花火を咲かせているのだ。
先生たちには承諾済みなので、今頃はあの下でバーベキューが始まっているはず。
遠く離れた山中にまで、美味しそうな焼き肉の匂いが漂ってきている気がした。
『……ほら、始まっちまったぞ。食いっぱぐれる前に、さっさと行けって』
『親友は?』
『俺も後片付けしたら行くって』
『ふふ……そうかい。それじゃあ大人しく、待っているよ。ボクは待てる女だからね』
『待たなくていいから、さっさとメシ食って風呂入って寝ろ』
『お、お兄様にも、お疲れ様ですと伝えてくださいましい!』
『おっけおっけ、じゃあお疲れさぁ〜ん』
ふぅ、と一息ついて。
魔力接続を遮断する。
「……もう、いいのか」
「おう、レンジもお疲れさん。電磁知覚を解除しちまっていいぜ」
「ふん」
なんでもないように、鼻を鳴らして。
地面に突き立てていた長槍から手を離して雷撃魔術を解除したレンジだが、その背中にはびっしょりと汗が滲んでいる。
無理もない。
アユムのように『全属性の適性を高めた』のではなく『雷撃魔術のみに一極特化した』〈権能保持者〉であっても、この肝試しの間中ずっと参加者の移動ルートを覆うようにして広域の探知魔術を展開していたのだ。
この電磁知覚に俺が感応共有で魔力感知を被せることで、ルート上の参加者の動きを把握したり、仕掛け人たちに指示を出したりしていたのだが、ただでさえ長時間の魔力行使に加えて慣れない運用まで強いられた疲労ぶりは、わざわざ語るまでもない。
(そのうえ『俺個人の調べ物』にも、ちぃっとばかり利用させてもらってたからな)
その点については魔力結合で繋がっていたレンジも薄々と察していただろうが、言及してくる様子はなかった。
あくまで『俺に協力しろ』という命令に従っている。
「なんか……意外だな」
「何がだ?」
「いや肝試しもだけどさぁ、模擬戦からこの合宿中、俺って色々とレガリアに口出ししてるけど、ずっとマジメに言うこと聞いてくれてるじゃん? 正直もっと抵抗されるかと思ってたよ」
ゴネて教師たちには屁理屈でゴリ押したとはいえ、肝試しなんて、言ってしまえばお遊びの範疇なんだ。
クソ真面目なレガリアの連中からすれば、付き合わされるのは噴飯ものかと思っていた。
(それ以前に系統別の魔力訓練だって、あれは叛星會の遣り方であって、外部にそれを押し付ければ反発くらいあると思ってたのにな)
ところがそんなことは、ついぞ起きなかった。
正確には序盤でレンジが直々に、言い聞かせたらしい。
桜陵学園はジョウの独裁政権なので心配していなかったが、レンジが陰でそのように動いていたのを知った時は正直意外だった。
しかもそのことを、コイツは俺に自分では語っていない。
普通にちょっと、カッコいいじゃねえか。
少なくともこの数日間で、一周目の俺が抱いていた『クソ生意気なボンボン崩れ』というイメージは払拭されている。
「……別に、そういう約束だったろうが」
「まぁな。でも、それだけか?」
「……」
しばしの無言。
俺とレンジはまだ山中にいて、互いに腰を地べたに下ろしたまま、少し離れた場所にある訓練施設から打ち上がる花火をぼんやりと眺めている。
夜の森を撫でる生ぬるい風が虫除け線香の香りに混じって、独特な夏の匂いとなっていた。
リーリーと、遠くで虫たちの鳴き声も聴こえてくる。
「……正直、俺は貴様のことを舐めていた」
ポツリ、と。
溢れた少年の言葉に、無言で耳を傾ける。
「たまたま神隠しに遭い、仲間に恵まれ、その幸運に胡座を掻いている下郎だと、一方的に決めつけていた」
それは……ある意味では、ぶっちゃけ正しい。
まさしく一周目の俺は、そういった典型的なクソガキだった。
だから今回の流れとは違うけど、結局はレンジと対立して、そのときは幼馴染を前面に押し出して完封勝ち。
虎の威を借る狐のように、自分の実力ではないところで見苦しく威張り散らしていたのだ。
(そりゃ、嫌われて当然か)
その皺寄せが……あの『惨劇』である。
(でも今回はアレを、絶対に繰り返しさせたりはしねぇぞ!)
密かに決意を噛み締める俺に気づいた様子はなく、幸運にも一周目とは違う関係を築き始めているレンジが、自分の思考をまとめるようにして滔々と語り続ける。
「だが……違った。貴様は本物だった。間違っていたのはオレの方だった。それは認めよう」
「ンなことはねぇよ。今の俺が幼馴染のおかげでこの立ち位置に収まってるのは間違いねぇし、単独だとオマエに勝てるかどうかすら怪しいところだ」
勝率は、現時点で七対三ってところ。
だが一周目からのチートを用いてこれなので、最初から成長限界が見えている俺とは違い、これからもどんどん伸びていくレンジにはいつか追いつかれ、追い抜かれてしまうのだろう。
そんな未来もあった『はず』なのだ。
「謙遜するな。自らの力を卑下することは、踏み躙られた弱者を嘲る行為だぞ」
「単なる事実だよ。俺とオマエじゃ、見ているものが違うんだ。違う方程式で観測した結果が違うのなんて、当たり前だろ?」
「確かに……オレと貴様とでは、見ているものが違うな……」
呟きには、様々な感情が滲んでいた。
「オレは……オレたちは正直、自分たちのことだけで、手一杯だった。自分たちの立場や評価を守ることで、精一杯なんだ」
「別にそりゃ、フツーのことだろ?」
「だが貴様は、貴様だけでなく、他者を救っている。救おうとしている。その結果として集まった力が、オレたちを凌駕しているのだ。ここまで完膚なきまでに叩き潰されれば、いっそ逆らおうなんて気は起きんよ」
「はっ、それこそ過大評価だね。俺は俺のために、好き勝手にやらしてもらっているだけだってーの。それをどいつもこいつも、都合のいいように解釈しやがって。オマエらの目が全員節穴過ぎるんだよ」
「たとえ貴様がそう自認していようと、評価とは、他者が決めるものだ。それは覆らん」
「……はあ。オマエも頭でっかちクンなのかよ」
「ああ、よく言われる」
「……」
「……」
「……ぷっ」
あまりにもレンジが真顔で語るものだから、思わず吹き出してしまった。
「なんだよオマエ、自覚あんのかよ!?」
「まあそんな陰口を叩いてきた連中は、全員叩きのめしてきたがな」
「じゃあ俺は!? いいのっ!?」
「貴様は目の前で言っているから、まだマシだ。特別に見逃してやろう」
「はははははっ! そりゃ、ケッサクだな! ありがとさん!」
「……ふん」
もしかしてコイツ、笑うこと自体に慣れていないのかもしれない。
しかし夜の空気に当てられたのか、普段の厳しさが取り除かれた少年の口元は、穏やかに緩んでいた。
やはり他人は、自分の鏡だ。
悪意には悪意が。
好意には好意が。
相手に与えたぶんだけ、返ってくる。
だからこそ……強く、思う。
(やっぱりコイツらを『死なせたく』ねぇなあ)
レンジと談笑する一方で、俺の脳裏には一周目の惨劇が蘇っていた。
〈作者の呟き〉
先に言っておきますが、薔薇が咲く展開はありません。




