【40】肝試し③
〈ユウヤ視点〉
「うぁあああもうっ、くやじぃいいいっ! アタシらまんまと、カイチョーの手のひらで転がされてるじゃんっ!」
「……」
隣で悶えるアキラの言葉を、ユウヤは否定できなかった。
(クソっ、またハメられた……っ!)
振り返ってみれば、簡単な仕掛けである。
対象の注意を人魂やラップ音というわかり易い『平面の囮』へ向けておき、油断したところで本命である『足元の罠』を発動させる。
一メートルほどもあった『落とし穴』の底には対衝撃用のクッションが敷かれていたため、ケガはない。
しかしジンヤが平坦な足元を偽装していた魔力障壁を解除することで、唐突に訪れた落下の恐怖は、不意を突かれた二人に悲鳴を上げさせるには十分過ぎた。
今回はあくまで遊戯の延長だが……
(……もしこれが本物の悪意あるダンジョンだったら、あれで詰んでたっ!)
油断するんじゃねぇよ、と。
ほくそ笑む少年の姿が脳裏に浮かぶ。
「だ、だけどこれで確定したよね! たぶん今回の仕掛けって、仕掛け人の人たちが何人か協力して仕掛けてくるっぽいし、端からそう考えておけばもう油断はしないっしょ!」
「う、うん、そうだね! その通りだよ!」
ここまでの流れを振り返るに、仕掛け人たちはそれぞれの道中の持ち場に控えているようだった。
一度参加した彼らが再び仕掛けてくることは、移動距離的にもネタバレ的にも、可能性は低いと見ていいはず。
となると……残るはシュウにアユム。
レンジとレイカに、ジョウだ。
(山道の残り距離的にも、仕掛けはたぶん、あと一度か二度くらい)
経験を糧として。
予測を導き出すことで。
人は『未知』という恐怖にも、備えることができるのだ。
二度の敗北を喫したユウヤに油断はない。
落下の際に一度は離れてしまったものの、すぐに自然と繋ぎ直した手のひらに力がこもる。
決意を新たにしたユウヤたちが、第二の罠があった地点から十数分ほど歩いていると……
『……やぁ、こんばんは』
突如として、進路上に人影が現れた。
月光に照らされながらも、闇に溶け込んでいるかのような、どこか現実感の薄い幽幻的な美少女である。
「……ッ!?」
思わず漏れそうになる悲鳴を飲み込んで、すかさず現状を分析していく。
(あれは……ジョウさん! でも、なんでこんな唐突に……ってそうか、レイカさんの空間歪曲か!)
数メートル先に佇む少女は、目を凝らせば……ゆらゆら。
水面に映る月影のように、全体像が不安定に揺れていた。
おそらくは特殊な境界技能を習得しているレイカが、歪曲空間を用いることで、別の場所にいるジョウの姿をあの場に投影しているのだ。
(そして頭の中に直接響いてくる声は、シュウの精神干渉だね!)
対象に直接作用する精神系の魔力技能は、相手の魔力皮膜を貫通しないと通用しないため、普段であれば何らかの『下準備』が必要となってしまう。
しかし今のユウヤたちは『魔力の使用を禁止されている』ため、あっさりとその影響下に置かれてしまったらしい。
『あぁ、そう警戒しないでくれたまえ。ご存知の通りボクは「本物の鬼」ではないのだから、夜道で出会ったからって別にとって食おうだなんてつもりはないよ』
「そ、そんなこと言われても……」
『ふふっ、本当さ。誓ってボクのほうからキミたちに、何かを仕掛けるなんて真似はしないよ。邪魔もしないから、どうぞどうぞ、構わず先に進んでくれたまえ』
アキラの零した疑念を払うように……フッと。
進路上に佇んでいたジョウが掻き消える。
『ただ……少しばかり、ボクの愚痴に付き合って欲しいだけさ』
今度はもう少し先の路上に、新たなジョウが投影されていた。
ただし美しい少女は半分ほどが地面に埋もれており、残る半分は別の場所にある木の枝からぶら下がっている。
上下で分割された少女の幻影が、我関せずの面持ちで毒蛇の言葉を吐き出していた。
『返事をする必要もないから、つまらないBGMと割り切って、雑に聴き流してくれたまえ』
「「 …… 」」
その言葉を疑っていても仕方がない。
警戒と集中は切らさないまま、二人揃って歩き始める。
『そもそもだよ? ボクはねぇ、この合宿にとても期待していたんだ。なにせ中学に進学してからというもの、めっきりつれなくなってしまった親友との、滅多にないお泊まり会の機会なんだ。普段から親友との交流に飢えていたボクが少しばかり浮かれてしまうのも、無理からぬことだとは思わないかい?』
もしかしなくても。
今までも延々と。
ジョウはここを通過する肝試しの参加者たちに、同じような愚痴を漏らし続けていたのだろうか。
しかし声に込められた感情が衰えている気配は微塵もない。
相変わらず、粘りつくような湿度を保っている。
『それが何だい? いざ蓋を開けてみれば、初日の夜に少し言葉を交わした程度で、全く構ってくれる様子がないじゃないか』
むしろ、気が昂っているのか。
普段は漆黒に塗り潰されている瞳が、紅く染まっていた。
血色の良い唇からは、鋭い犬歯が覗いている。
『いや、立場的に、親友が非常に忙しい身の上であることは理解しているよ? ボクは重たい女じゃないからね。親友を束縛しようとは思わないし、その意思を尊重しようとすら思っている。ああ、愛人だって好きに作ればいいさ。それが男の甲斐性だって、親父殿も言っていたからね。ボクとしても、多少の火遊びを咎めるほど狭量ではないつもりだ。そりゃ多少のヤキモチくらいは焼いてしまうかもしれないが、それはご愛嬌というものだよ。最終的にボクのもとに戻ってきてくれるなら、何の問題はないさ。そう……ボクは全然、重くないからね』
重くない、と。
大事なことなのか二回言った。
(いやそもそも本当に重くない女の人って、自分のことを重くないだなんて、言ったりしないんじゃないの?)
心に湧いた純粋な疑問を、ユウヤはなんとか呑み込んだ。
「はぁ、はぁ……うぅっ……」
たとえ耳を塞いでいても蛇のようにまとわりついてくる粘ついた湿度に、アキラも呼吸を乱している。
『まあ、いい。それはいいんだ。待つことが女の甲斐性だと、母上殿が仰っていたからね。それにボク自身、最近少しずつだけど焦らされることもそう悪くないって、感じられるようになってきたんだ。逢えない時間が育む関係性があるというのは、真理だったね。ふふ……全く、イケない親友だ。いたいけな少女の心をこんなふうに調教するだなんて、許されざる所業だよ。鬼畜と言ってもいい。……まあそんな親友の悪どいところも、ボクは評価しているのだけれど』
ときに縦半分に分割されて、それぞれが木々の合間から覗きながら。
あるいは複製されたジョウの幻影が、無数に道の側面に並びながら。
ふとしたときに生首だけが、黒髪を溶かして夜の闇に浮かびながら。
手を変え品を変えて。
延々と。
絡みつくように。
視界に映り続ける美しくも妖しい少女が、歪んだ己の価値観を垂れ流していく。
(キッツぅ……)
これまでとは異なる『恐怖』に、キリキリと胃が締め付けられた。
こんな濃度の激重感情を浴びせられ続けてシュウは平気なのか……と考えたところで、それくらいの耐性がなければあの幼馴染たちの面倒は見れないかと、嫌な納得をしてしまう。
『でも……これはちょっと、許せない。流石に酷すぎると思うんだ』
なんだかんだで。
ここまで皮肉風の惚気だった口調が、唐突に変化した。
『この四日間、散々と焦らされて、ようやくお声がかかったのがこの肝試しさ。しかも仕掛け役は、それぞれにペアを組んで標的を揺さぶると説明された時点で、そんなの当然、親友のパートナーはボクだって思うじゃないか? そうだろ? そうだよね? それ以外にあり得ないよね? だってこんなの、普段付き纏っているあの鬱陶しい羽虫どもを追い払ってまでボクのために用意してくれた逢い引きの口実だって、誰にでもわかることだろう?』
ギリギリ、と。
握りしめられた拳からは、血が滴っている。
『それがなんだい? え? ボクのパートナーは、こんな小娘? ちょっと親友にあやしてもらった程度で簡単に股を〈——ザザザッ——〉とか、ふざけんじゃないよねぇ!? こんなのもう、悪質な嫌がらせじゃないか! そのうえ親友のパートナーにはあの身の程知らずを選ぶとか……えっ!? もしかして、誘ってる!? 親友はわざとボクの感情を、ここまで逆撫でて弄んでいるのかい!?』
途中で投影と通信に不自然なノイズが走ったものの、期待を見事に空振りされたジョウのボルテージが上がっていることだけは理解できた。
「ね、ねえユーくん? これって大丈夫なの……?」
「た、たぶん演技だよ! こうやって僕たちを、煽ってるんだって!」
頼むから、そうであってほしい。
でなければシュウが、明日の朝日を拝める気がしない。
『なんだよ親友! そんなにその不敬者を、理解らせたいのかい!? そりゃあ親友にそういった癖があることは、薄々と察していたけれど、だとしたら順番的に理解らせるなら付き合いの長いボクの方が先じゃないかい!? そうだろ!? そうであるべきだろ!? そうじゃないと絶対におかしいよねぇえええええっ!?』
一瞬だけ魔力通信に『……うっ』と、聞き覚えのある少年の呻き声が混じった気がした。
だがこれは彼自身が蒔いた種なので、自分自身でなんとかしてもらうしかない。
絶対に関わりたくない案件だ。
「あ、ユーくん! あれっ!」
「……っ! 訓練施設だ!」
いつの間にか早足になっていたユウヤたちの視線の先に、夜の山に灯る人工的な明かりが浮かび上がる。
この難所を越えれば、肝試しは終わりで……
ぺちゃっ、と。
顔に触れる、生暖かい感触。
指先。
人の温度。
鉄錆の匂い。
付着する液体。
「……ねえ、キミたち」
一拍遅れて理解する。
(そうか! 歪曲空間を利用して姿を遠方に投影できるなら、その歪みで逆に『本体を隠す』ことだって……っ!)
ユウヤたちが近づくまでずっとそこで待ち受けていたのだろうが、こちらからすれば唐突に目の前に現れたようにしか見えないジョウが、血塗れの手のひらで自分たちの顔を鷲掴みにしているのだと一瞬で理解できた。
微妙にズレたメガネの向こうに、背筋を凍らせる少女の笑みが咲いている。
「……キミたちも、そう思わないかい?」
紅玉のように染まった瞳の奥には、ぐるぐると、名状しがたい『ナニか』が渦巻いていた。
「うわぁああああああっ!」
「いやぁああああああっ!」
ユウヤとアキラは揃って、今日一番の絶叫を上げてしまうのだった。
〈作者の呟き〉
お嬢からは、逃れられない……っ!




