【38】肝試し①
〈ユウヤ視点〉
大異界蝕を経て魔素が日常に溶け込んだ現代。
かつては伝承や怪談として囁かれていた『目に視えない』存在は輪郭を増して、本能的な恐怖は今や、現実的な脅威として認識されている。
魔力生物である怪異。
精神世界が絡む心霊現象。
特殊な魔術となる呪術や霊術。
それらは魔力社会への移行とともに、現実社会を侵蝕。
現代においては野生動物や犯罪と同等に、警戒すべき対象となっていた。
だからこそ……
「……うわぁ、めっちゃ楽しみなんですけど! カイチョーや星だけじゃなくて、レガリアや桜陵の首席たちまで巻き込んだ『肝試し』とか、気合い入り過ぎじゃない!? っていうかカイチョーのプロデュースとサプライズが、控えめに言って神過ぎる!」
惹かれる。
盛り上がる。
呑み込まれる。
肝試しという行為がバンジージャンプやジェットコースターのような『一定の安全水準』を満たしつつ、『万が一』を孕んだ『娯楽』として成立していることは、ユウヤの隣で鼻息を荒くするアキラの反応から一目瞭然だった。
(酷いよ、シュウ……)
一方でそういった『不確定』を好まない人種も存在する。
(昔から僕、こういうの苦手なのに……)
整合性に重きを置くからこそ、自分で御せない不安定を忌避するのが、ユウヤという人間であった。
そもそも人間は『未知』を恐れる生き物だ。
自分の力ではどうにもならない『未来』を畏れ、警戒し、予想して迂回してきたからこそ、今日までを生き延びてきたのである。
それなのに危ないかもとわかっている危険地帯に、わざわざ無防備な状態で突っ込んでいく意味がわからない。
(他の学校を巻き込んで、先生たちまで説得してさぁ! 肝試しを『訓練』の一環にしちゃうとか、ちょっと悪ふざけが過ぎるんじゃない!?)
時刻は黄昏時。
虫たちの羽音が鳴り響く山の中。
事前にペアを組んだ生徒たちは本日の『肝試し』を前にして、興奮を隠せないでいた。
各学校の体操服を着た少年少女たちは、手首や首元に小型の測定器を着用している。
発信機を兼ねたこれらで科学的に『驚き』を判定できる仕組みだった。
(しかも『適応者でも魔力がない状態には慣れておかないといけない』とかこじつけて、魔力を使用禁止にしちゃうとか信じられないよ!)
この測定器は魔力検知機能を備えているため、恐怖心に負けて魔力技能を用いれば絶対にバレてしまう。
魔力技能を封じられ、魔素の濃い森の中を、武器も携帯せずに素手で歩く。
こんなの猛獣の潜む森を、手ぶらで散歩するようなものだ。
正気の沙汰じゃない。
でも……
(……ホント、ズルいよ)
これほどの不満を抱えていながらも、ユウヤがこのイベントを断り切れなかった理由が傍らにあった。
「でもカイチョー、今回のペアは『俺の独断で決めた』って言ってたけど、なんの基準なんだろうねー?」
「さ、さぁ……でもほら、シュウたちってここ数日はみんなの魔力訓練を見ていたから、そのときの評価とか基準にしてるんじゃないかな?」
「あ、そっか! さすがカイチョー! あのときからもうそんなことまで考えてるとか、天才過ぎるんですけど!」
「……」
嘘は言っていない。
実際に組まれた内容を観察すれば、二人〜四人程度のペアには、確かに魔術的な相性や関係性が透けて見える。
とはいえユウヤとアキラのペアに限っていえば、それ以外の思惑が確実に存在していた。
『——ユウヤ、男を魅せるときだぜ』
ニマついたシュウの顔を思い出すたびに。
恥ずかしいような。
嬉しいような。
でも少し、悔しいような。
なんとも言えない不思議な感覚が、胸の奧をざわつかせる。
「はぁ〜い、じゃあ次のペアさん、こっちへどうぞ〜っ♡」
「あ、もうアタシらの番じゃん! 行こっ、ユーくん!」
「う、うん!」
すでに陽が山向こうに沈み、木々の合間には夜の帳が降りている。
広場で待たされていたユウヤたちが懐中電灯を片手に進み出ると、一定間隔でペアを送り出していた白装束の少女が、錫杖を片手に手招きしていた。
「あ、ハルカちゃんオバケのコスプレ? 可愛い〜っ♡」
「えへへ、ありがと〜っ♡ 」
「ひゅ〜、どろどろっ!」
「どろどろ、ばぁっ♡」
パシャリ。
ハルカとアキラが顔をくっつけるような姿勢で携帯電話を構え、撮影機能を使ってキャッキャッと騒いでいる。
「……」
流石にその隙間に挟まる勇気はなかったので、ユウヤは無言で少し距離を置いた。
「……あっ! うんうん、ごめんにぃに! そんなに怒らないでよぉ、すぐに送り出すからぁ〜っ!」
しばし所在なさげに佇んでいると、唐突にハルカが慌て始める。
おそらく魔力結合で繋がったシュウと、魔力通信をしているのだろう。
もともと魔力適合者用の訓練施設が建てられるほど魔素が濃い土地である。
魔術が使いやすい環境下で、シュウほどの卓越した魔力技能であれば、広範囲の空間把握や魔力通信など十分に可能だ。
「それじゃあ……えいっ! やっ!」
気を取り直して。
ハルカが錫杖を振るうと……シャラン。
響き合う金環から溢れ出した光の粒が、ユウヤたちへと注ぎ込まれた。
「ん……これ、強化魔術? ハルカちゃん、さっきから出ていくみんなにかけてるみたいだけど、身体強化でもしてくれてるの?」
「んーん! じゃなくて、みんなの『感度』を上げてるの!」
「……? 何それ、意味ある?」
「知らなぁーい! でもにぃにがそうしろって言ってたから、たぶん大事なことなんだよー」
「カイチョーが言うんなら間違いないね」
「ん、だよねっ♡」
なんだか少女たちが危険な納得の仕方をしているが、ユウヤはシュウの意図を瞬時に理解した。
(あー、この流れで聴覚とか嗅覚とかを強化してくるのかぁ……)
相変わらずエグいこと考える。
だがわかっていても、今さら後には退けない。
「いってら〜っ♡」
笑顔で手を振るハルカに見送られて、ユウヤとアキラは、ようやく薄闇の中に足を踏み出した。
舗装されて整備された山道を指定されているため、懐中電灯で足元を照らせば、転んだり道に迷うこともない。
小一時間も歩けば山の中をぐるりと回って、再び訓練施設へと帰還できるルートだ。
「……」
「……」
昼の暑さが残り、蒸せ返るような地面の熱。
リーリーと鳴く虫たちの合唱。
肌を撫でる生ぬるい風。
ふと香る、隣を歩く少女の匂い。
普段よりも鮮明に感じられる情報は、強化魔術の効果だろう。
丸く切り取られた薄闇の中を、普段にはない熱に浮かされながら、しばし無言で歩み続ける。
じきに……
「……ぎゃー!」
「……うぉおおおっ!?」
「……きゃー!」
「……いやぁーっ!?」
山のあちこちから、先行ペアたちの悲鳴が響いてきた。
「カイチョーたち、ガチだね」
「みたいだね」
ちなみにこの『訓練』の結果は、後で集計して張り出されることになっている。
無様は晒せない。
ユウヤはアキラに聴こえないよう、細く長い息を吐き出した。
すると。
「……あはははっ!」
不意に闇の中から、不気味な笑い声が転がった。
「あははははっ! あははははっ! あははははははっ!」
もの凄い速度で移動しているようで……ガサッ! ガサガサッ!
木々の隙間を駆け抜け、草むらを揺らしながら反響する笑い声が、徐々に二人へ接近している。
「だ、誰だろ? たぶん星じゃないから、他の学校の人だよね……?」
「う、うん」
ボイスチェンジャー。
あるいは輪郭系技能でも使っているのだろう。
不自然にハイテンションな幼い声音が、夜の闇に溶け込むことで、不気味な存在感を纏っていた。
「あはははは! あはははははははっ!」
ガサゴソッ……ガザザザザッ!
近づく気配。
(……来るッ!)
悲鳴のような大声はもちろん、動悸や心拍数も測定されているため、何があっても動じたりしないようにと心を固める。
そして……
「……あははははっ!」
笑いながら、道横の茂みから飛び出したのは。
「「 ……ッ!? 」」
身長50センチほど。
猿の覆面を被った上、半身裸の『小人』だった。
〈作者の呟き〉
読者さんの夏の思い出といえば、なんですか?
作者は基本的に、冷房の効いた部屋に引きこもっています!




