【36】命令
〈シュウ視点〉
「……おい、ジンッ! テメエ、どういうつもりだッ!?」
たとえ突発的な地震であろうと、コイツなら一瞬で魔力障壁を展開することも、目の前にいたレイカを庇うことだって簡単にできたはずだ。
しかし実際は棒立ちのまま、自分自身すら守っていない。
俺のように魔力知覚をせずとも、達人的な見切りで、落下物の位置を予想していた可能性もあるが……
(……コイツは『あえて』それをしなかった!)
思い当たる理由など、たった一つしかない。
「え? だって『ユウヤくんからの指示』が、ありませんでしたし」
「……ッ!」
ほらな。
コイツ、自分の安全よりも『俺の指示』を優先しやがったんだ。
(確かに『試合中はユウヤの指示に従え』とは言ったけどよぉ、普通この状況でそれをやるか!?)
ギリリと、奥歯を噛み締める。
対するジンヤは俺の注目を浴びているため、ご満悦の笑顔だ。
「まだ『試合は終わって』いません。でしたら兄さんからの『指示』は継続中ですので、僕が勝手に動いては駄目ですよね?」
むしろ主人から命令を守り抜いた番犬が自分の功績を誇るように、俺からの賞賛を期待している有様だ。
ブチンと、何かがキレた。
「——馬鹿野郎がッ!」
爆発した感情の赴くまま、無防備なジンヤの土手っ腹に拳を叩き込む。
「——ッ!」
その気になれば簡単に回避できたはずのジンヤは、やはり避けるどころか、防御姿勢すらとらない。
魔力強化も行わずに、無抵抗で暴力を受け入れる。
「あ、え? ご、ごめんなさい……?」
「あァんッ!? 何に対して謝ってンだッ!? 言ってみろオラッ!」
「ぼ、僕が兄さんの意図を、上手く汲み取れなかったんですよね……? 僕が悪いんです、ごめんなさい……っ!」
「……ッ!」
カーッと、頭に血が昇る。
感情のタガが外れたことで、胸の奥からザワザワと黒い感情が噴出した。
【そうだよ】【コイツはこういうヤツだ】【俺が使ってやらないと何もできねぇ『欠陥品』なんだよ!】
歓喜の声は、自分より優れた人間を扱うことに対する、昏い優越感である。
(ふざけんな! だと……してもだッ!)
ジンヤは俺と同じく、魔力災害によって家族を失った、天涯孤独の身だ。
だからこそ数日前に孤児院へ引き取られていた当時の俺が、同じ境遇と聞いたコイツに兄貴風を吹かせて、全てを喪った少年に『唯一の支え』として刷り込みを行なってしまったのだ。
無自覚な洗脳とも言える愚行は、未だにこうして、ジンヤの心を歪に縛っている。
前回の俺はそんな『都合が良すぎる弟分』を随分と好き勝手に扱って、調子に乗って、挙句には保身のため使い潰したうえで逆恨みまでしていたのだが、今回は同じ過ちを繰り返さない。
(コイツは……俺の、駒だ! こんな馬鹿みたいなことで失ってたまるかよ!)
自分よりも才能に溢れた弟分の凋落を望む、黒い感情に言い聞かせる。
有用な駒だからこそ、こんなところで失うのは勿体無い。
手元に置いてしっかり管理しないといけないのだ——と。
「……おい、ジン」
「……ッ! はい、兄さん!」
息を荒げながら呼びかけると、何を勘違いしたのか、ジンヤは両手を後ろに組んで再び無防備な身体を晒した。
俺から向けられる感情は、賞賛であれ怒りであれ等しく嬉しいのか、顔には怯えと喜びが同居している。
歪んで……壊れてやがる。
(クソッたれ!)
だからこそコイツには『通常の仕置き』なんて意味がねぇ。
媚びた笑みを向けてくるジンヤを、一旦無視。
レイカに向き直って、乱暴な足取りで歩み寄る。
「なっ、えっ!? うわわっ!?」
「悪いけど、借りるぞ」
そんなに酷い顔をしているのだろうか。
俺が近づくと過剰に狼狽える少女に一言詫びてから、彼女が地面に放っていた片手剣を拾い上げる。
(コイツへの制裁は、俺が何をやったってご褒美にしかなんねぇ。だったら……)
鈍く輝く刀身は、模擬戦用に刃潰し加工がされていた。
とはいえ肉体強化を用いた魔力技能者なら、木版を力づくで貫通させることぐらいは容易に可能だ。
「兄さん……?」
怪訝な表情を浮かべるジンヤの前で、俺は……ズブンッ!
「ぐッ……ぎィッ!」
歯を食いしばりながら、レイピアで左手の甲を強引に『突き刺し』た。
鋭利ではない剣身が肉を潰し、凄まじい激痛が脳を灼く。
しかしこの程度の負傷、ハルカの治癒魔術があればどうとでもなる。
それよりも今はこの痛みを、存分に噛み締めなければいけない。
「きゃ、きゃあああっ!」
「兄さん!? な、何をしているんですかッ!?」
「黙れ! これは俺自身への罰だッ!」
口元に手を当てるレイカ。
俺に腹をぶん殴れた時よりも何十倍も悲痛な表情を浮かべるジンヤ。
二人の悲鳴を掻き消すように、怒鳴り声を張り上げる。
「俺が……甘かった! 悪かった! ジン、完全にテメエのイカれ具合を見誤ってたよ! これはテメエがどんだけ俺の指示に縛られてるのかを見抜けなかった、俺の指示ミスだ!」
「そんな……僕が、兄さんの意図を汲み取れないのが悪いんです! 叱るなら、僕を罰してください!」
「いいや、テメエは罰しねぇ! それに自分で自分を罰することも、許さねぇからな!」
案の定、自傷のため地面に突き立てたままのカタナに伸びようとしていた少年の指先が止まる。
「……ッ!」
「いいかァ、ジン! オマエは俺の駒だ! 道具だ! 下僕だ! そうだろ!?」
俺の呼びかけに、ジンヤの瞳が輝いた。
「はい! 僕の生きる意味は、兄さんの役に立つことです!」
「だったら勝手にぶっ壊れようとすんなッ!」
これはもう、指示などではない。
抗うことなど許さない『命令』だ。
「テメエの死に場所は、俺が決めてやる! だからそれまでは死ぬ気で生きろ! たとえどんな状況でも、無様に足掻いて這いつくばってでも、ちゃんと俺のとこに戻ってきやがれッ! 一度放っちまったら終わりの鉄砲玉なんて、俺は求めちゃいねぇんだよッ!」
「……ッ、は、はいッ! わかりました、兄さんッ! ありがとうございますッ!」
あきらかに無茶苦茶な物言いだが、ジンヤは直角に腰を折りながら、深々と頭を下げてくる。
一向に上がる気配のない顔からは……ポタ、ポタと。
水滴が零れ落ちていた。
「ふぅーっ、ふぅぅぅ……」
ひとまずは感情を吐き尽くした俺も、荒くなっていた呼吸を整えながら、黒い感情を鎮めていく。
しばし、奇妙な沈黙が落ちた。
「「「 …… 」」」
そして内側の黒い波紋が収まり、激昂が引いた頃には、周囲にはフィールドにいた選手や審判員たちが集まっている。
(……ヤッベぇ)
冷静になると血の気が引いた。
一周目に引っ張られて、随分と熱く語ってしまったじゃないか。
(あぁあああああ、もうっ! これだから俺は! マジでちっとも成長しねぇな!)
すぐにカッとなる。
後先を考えない。
普段は努めて冷静さを装っているが、予期せぬ事態でボロが出れば、ご覧の有り様だ。
(ど、どうしよう!? そういやまだ試合中だったのに、俺って乱入までしてるじゃん!? え、これ第三中学の失格負けとか有り得るの!? 俺の所為でッ!?)
グルグルと負の思考が渦を巻く。
いつまでも反省の絶えない俺だが、しかしこういった状況で下手に口を開くとかえって状況が悪化する程度のことは学んでいる。
「……」
結果、内心を押し殺して無表情で佇むという、意味のわからない俺が完成していた。
すると……パチパチ。
どこからか聴こえてくる拍手。
(これは……桜陵学園の方か?)
周囲からの視線から逃れるように、遠くで鳴る拍手の発生源に顔を向けると、二階の観客席からこちらを見下ろすジョウと目があった。
やがてその拍手はジョウの側近であるリュウケンやコテツ、第三中学の観客席にいた叛星會の面々や、フィールドに降りている幼馴染たちにまで伝播し、果ては事情を見守っていたカイトまでもが複雑な表情で手を叩き始める。
その他の生徒は唖然としていたり、〈白銀の樹〉で副団長を務めるミカなどは渋い顔をしているが、それを止めようとする気配はない。
体育館にまだらな拍手が鳴り響いた。
「……これが……第三中学の、影番長ですの……」
レイカの漏らした呟きが、今日一番に、俺の心を締め上げた。
〈作者の呟き〉
ユウヤ「また持って行かれた……」




